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思い出レシピ帳〜お父さんの初めての自炊〜  作者: 地野千塩


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第28話 新しいピーマンの肉詰め

暑い。


 クーラーもつけ、扇風機もつけているが、この夏の暑さは異常だった。スーパーに置いてあったノベルティのうちわで、パタパタとあおぐ。それでも暑さは消えない。


 今日はネットスーパー使おう。以前は風邪ひいた時しか使わなかったが、この暑さで溶けそうだ。熱中症のリスクをおかすぐらいなら、割高でもネットスーパーが良い。


「さて、今日の献立は何にするかなぁ」


 先日作った肉じゃが、美加子にもらったピーマンで作った炒め物がまだ残っているので、今日の昼や夜は残り物処理ディーにし、明日の献立を決めるか。


 美加子にもらったピーマンは、まだ余っていた。炒め物にするか、焼きそばか肉うどんにするか迷うところだ。


 妻のレシピブックをペラペラとめくる。食卓に座り、冷たい麦茶を飲みながら。献立を決めるのは、いつも悩むものだが、美味しい麦茶を片手に決めると乗り越えれそうだ。


「ピーマンの肉詰めか……」


 妻のレシピブックをめくっていたら、ピーマンの肉詰めが目に留まる。ころっとしたピーマンにジューシーな肉が詰まっているイラストも描かれている。まだ、お腹は減っていないが、思わず口の中にヨダレが出る。


 ピーマンの肉詰めというと家庭料理の代表料理だ。肉じゃがはお袋の味、日本の心というイメージだとしたら、ピーマンの肉詰めはTHE・家庭料理。食卓で家族が食べている光景とよく会う料理だ。


 そういえばピーマンの肉詰めは、外食ではあまり食べない。お惣菜やコンビニ弁当に入っているイメージもない。おそらくピーマンに肉を入れる工程に手間がかかり、外食向きではないのだろう。一方、ピーマンの肉詰めは「お家大好き!」と言いたげな子だ。妻もよく作っていたが、当時はそんな事は全く気にしていなかった。ナチュラルに食べていたが、家でしか食べられない貴重なメニューだったのかも知れない。


「明日の夕ご飯はピーマンの肉詰めだな。昼は暑いし、冷やして中華にでもするか」


 さっそく明日の献立が決まり、材料を書き出し、ネットスーパーで注文した。


 翌日。


 この日も暴力的に暑い。今日は運が悪い事にゴミステーションの掃除があり、せっせと箒ではく。相変わらずゴミの捨て方のマナーの悪いものもいるようで、そろそろ町内会長に報告しなければ。


「にゃー」


 そこに野良猫がやってきた。前にも見た事がある黒い猫だ。足先だけ靴下を履いているように白い。それが特徴的で覚えていた。


 野良猫は、修司に近づくと、足元でにゃーにゃー鳴き始めてしまった。上目遣いで修司を見てくる。


 どうやら野良猫に懐かれてしまったようだ。今日の朝は、トーストを食べたから、その匂いに惹かれて来たのだろうか。


「にゃー」


 餌をくれると思っているのかもしれない。この猫は確かに可愛い。他の野良と違い、顔も整っているが……。


 修司は首を振り、この野良猫を追い払った。責任も取れないのに安易に餌をあげるのは、よくない。心を鬼にして野良猫を追い払った。


「にゃ」


 野良猫はちょっと寂しそうな声をあげ、この場から去っていく。この声にキュンとしてしまうが、野良猫に安易に優しくできない。


「うぅ……」


 さすがの修司もこの野良猫に心を乱され、ゴミステーションの仕事を終えると、そそくさと家に帰る。


 家に帰り、クーラーのついた涼しい部屋で一休みする。再びあの野良が頭に浮かび、無理矢理追い出す。


「うちで飼えないか……」


 そんな思いも出てくる。確かに一軒家だし、飼えない環境ではないが、毎日餌をだし、世話出来るか?と自問自答すると、自信はない。やはり、安易に動物なんて飼っちゃダメだ。家の掃除や洗濯、メールのチェックなど雑務をこなし、野良猫の事は無理矢理頭から追い出した。


 それが終わると、昼は、冷やし中華だ。さっそく具を揃えて作る。市販の麺を使ったので、それは楽だったが、野菜やハムを切ったり、錦糸卵を作るのは、案外骨が折れる作業だった。


 昔、妻に「お昼は簡単な冷やし中華でいいよ」なんて言って喧嘩になったが、その理由はよくわかる。見た目はさらっとしているが、意外と面倒な食べ物だった。


 冷やし中華は美味しかったが、昔の事や野良猫の事を考えると、すっかり疲れてしまった。食べ終わった後は、流しのフライパンや鍋、まな板や包丁を見て、どっと疲れてしまった。


「はぁー」


 洗い物を終え、食卓に布巾をかけている時には、体力もほぼ残ってなく、リビングで昼寝した。


 夢の中では野良猫、喧嘩中の妻も出て来て、せっかくの昼寝も台無しだった。


 身体はまあまあスッキリしていたが、心というか脳の疲れは取れていない。


 窓の外を見ると、もう夕方になっていた。こんなスッキリとしない気分で、夕飯作り? しかも今日は明らかに手間がかかるピーマンの肉詰めを作る予定だった。


 正直、面倒だ。


 確かに今は料理が好きだが、今はその気力がない。それでも冷蔵庫の中には、ピーマンの肉詰めの材料はある。さて、どうしよう。


 そうだ、SNSだ。何かヒントがあるかもしれない。


 さっそく「ピーマンの肉詰め 手抜き」などと検索すると、驚くべき情報が出てきた。


 大きなハンバーグ状の肉にピーマンが埋まっているレシピがあった。肉詰めというより、ピーマンの巨大ハンバーグのようだ。詰める作業はなく肉に埋めて焼くだけのレシピらしい。


 見た目のインパクトもすごい。ピーマンの肉詰めという概念ってなんだったのかと、価値観も崩壊しそうだ。


 この新しいピーマンの肉詰めを作ってみたくなった。今日は手抜きしたい気分というのもあるが、この新しさにワクワクしてくる。人のアイディアや想像力の素晴らしさに、悪夢での気分の悪さは解消していた。


 さっそくSNSからレシピをメモし、新しいピーマンの肉詰めを作る事にした。手を洗い、エプロンをつけ、材料を冷蔵庫から出していく。


「よし!」


 まずはピーマンを洗って切る。美加子からもらったピーマンだが、色艶も良く、輝いている。ピーマンのワタや種も栄養素が高い。一応タッパーに保存し、後で野菜炒めにでも使おう。


 次は玉ねぎのみじん切りという苦行を乗りこえ、ひき肉にまぜる。そこにパン粉、塩胡椒、ケチャップ、ソースを混ぜ、しっかりと混ぜ合わせる。これで肉だねは完成だ。


 この肉だねをフライパンに広げる。巨大ハンバーグのよう。表面のピーマンを埋め込み、中火で5分。フタも被せる。ジューシーな良い香りもしてきた。


 その後、ひっくり返して裏も焼く。ひっくり返すのは骨が折れたが、皿や菜箸を使い、なんとか完成させた。


 あっという間にできてしまった。見た目は肉詰めというよりは、ピーマンの巨大ハンバーグ。ピーマンは放射状に埋めたので、ちょっと花びらのようにも見える。


 もし、修司にまだ家族がいたら、このピーマンの肉詰めを見たら、目を丸くするだろう。特に娘の咲子はキャーキャー騒ぐのが目に浮かぶ。そんな想像をしていたら、楽しくなってきた。こも新しいピーマンの肉詰めは、「見た目でも人を楽しませる!」とサービス精神も旺盛のよいだった。


 さっそくご飯や味噌汁ももりつけ、食卓に持っていく。写真もとりSNSにもあげるが、案の定評判も良かった。このレシピを思いついた人には、感謝しかない。憂鬱だった気持ちも一瞬で吹き飛んでしまった。


「いただきます!」


 修司は元気よく言い、さっそく食べ始めた。ケチャップもはしにつけ、大きな肉の塊を箸できる。ちょうどピーマンが埋まっているところを端でとり、口に入れる。少々、行儀悪く大きな口を開けて食べていたが、まあ、今は一人だし良いだろう。


「あつ!」


 まだ出来立てで扱ったが、肉汁が染み出し、柔らかなピーマンの食感も楽しめる。ピーマンの苦味がいい感じの肉汁と溶ける。


 味だけだったら完全にピーマンの肉詰めだ。何の問題もない。全然、オッケー。


 ある意味、野生見や大らかさも感じさせる新しいピーマンの肉詰めだ。食べていると、さっきまでの悪夢や野良猫の事などどうでもいい。あの猫も、腐っても野良だ。そう簡単に死んだりはしないだろう。


「美味しかった」


 気づくと、一人で全部食べてしまった。明日の体重は気になるが、夢中で食べ続け、後悔は全くない。白米も味噌汁も美味しく、一瞬で消えてしまった。


「ごちそうさま!」


 とりあえず、元気は出て来たようだ。まだまだ夏の暑さもしんどいが、乗り越えられそうだ。


 大丈夫。


 元気になったところで、コロッケの事を思い出す。もう二回も失敗しているが、三度目の正直だ。


 唐揚げも肉じゃがやピーマンの肉詰めも乗り越えられた。次は、コロッケのリベンジする時ではないか。修司はそう確信していた。

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