第27話 肉じゃがの本性
タコライスを作った翌日、修司はキッチンに立っていた。トルティーヤチップスはちょっと余ったので、今日のおやつに食べた。単体でも十分美味しい。
そして夕飯。
今日は、昨日の最強なタコスライスと違い、余った食材の処理ディーだった。昨日のタコライスで余ったトマト、なかなか減らないオイスターソースを使ってトマトと玉子のふわふわな炒ものを作る予定だ。
妻のレシピブックにも「爆速、超簡単!」とある。そういえば、このトマトと玉子のふわふわな炒め物が二日連続で続いた時があった。当時は文句を言っていたものだが、今ならその理由がわかり、全く怒る気はしない。料理は食材の管理、毎日の献立作りが難しい。単に作って並べるだけならもっと簡単だ。毎日連続性のある事を繰り返し繰り返し行う事が、これほど大変だとは知らなかった。
あまりやる気はしないが、食材の関係なら仕方ない。トマトをざく切りし、フライパンでにんにくで炒める。そして、さらにオイスターソース、マヨネーズ、胡麻油を入れて炒め、最後に溶き卵をぐるっとかけたら完成。余熱でちょっと固まってきたところを皿に盛る。もうちょっと固めでも良い気がしたが、トロトロなのも悪くない。
そしてご飯を茶碗に盛り、味噌汁もよそう。食卓に全部並べて今日の夕ご飯は完成だ。
今日は食材処置ディーだった割には、見た目も華やか、食感も良さそうなものができた。生野菜は足りない気もしたが、これはきっと昨日、タコライスを食べたせいだろう。
「いただきます」
さっそく食べる事にした。端では玉子がふわふわ過ぎてすくえない。スプーンを持ってきて、少し冷ましつつ、食べた。
想像以上の玉子がふわふわ、トマトの酸味が口の中で溶ける。
「ふふふ、うまいじゃん」
思わず笑顔になりながら、スプーンを運ぶ。これが白米とピッタリマッチしている。秒で白米も消えていきそうだった。
そういえば、こう言った野菜と玉子の炒め物は外食向きではない。こうして家でゆっくりと味わうのがいいってもの。あとは、肉巻き野菜、ピーマンの肉詰め、煮物なんかも家庭料理の代表といったところか。あまり煮物は作らないが、たまには悪くない気がしてきた。煮物も難しいイメージがあったが、今のスキルだったら決して難しくない。必ずできる!
修司は夕飯の片付けが全部終わると、リビングのいき、妻のレシピブックをペラペラとめくる。
テーブルにお茶とクッキーを出し、テレビを見ながらレシピを探す。食後にゆっくりと献立を考える時間は、なんと贅沢な事か。クッキーを齧り、贅沢な時間を楽しむ。
良い時間だったが、テレビから流れてくるドラマが気になった。婚活中の男女のラブコメディだが、男性はずっと女性に料理スキルを求めていた。肉じゃがを作れと何回も言っている。女性の方は看護師として働いているのに……。
「なんという古臭い男だ」
ついついドラマに文句を言ってしまった。ただ、修司もちょっと前には、あの男と似たようなキャラだった。プライドが高く亭主関白、男尊女卑。妻の料理にも文句をつけていた過去を思うと、恥ずかしくなってきた。
「そうか、肉じゃがでも作るか」
妻のレシピブックにも肉じゃがの作り方が書いてある。お袋の味、女性の料理=肉じゃがというには、ステレオタイプとしか言いようがないが、一回ぐらい作っても良いかもしれない。なんとなく肉じゃがができたら、一人前という感じもしてきた。
「俺は古臭い男じゃないぞ」
修司は、一人で宣言し、肉じゃがの材料をメモに書きとった。
翌日、開店時間にスーパーに行く。チラシを見ると、今日はじゃがいもや人参が安い。早く行って新鮮で良いものを選びたかった。
他の主婦や家族連れに揉まれながら、野菜コーナーで美味しそうな人参やじゃがいもを選ぶ。SNSの情報によると、人参は軸が小さいものの方が美味しいらしい。さっしそくそんな人参を選んでカゴにイン。じゃがいも、玉ねぎも順調に選び、牛こま肉も買って帰った。
正直、じゃがいもの皮や芽を見ていると「面倒くさい」とは思うが、肉じゃがが出来て一人前だ。
気を取り直し、家に帰ると、準備に取り掛かった。
まず手洗いうがいをし、エプロンをつけ、野菜から切っていく。難関の玉ねぎも号泣しながら乗り越え、野菜の準備は終了。
「ふう、疲れる」
この時点で修司のおでこには、汗が浮いていた。
「さて、次は」
次は肉をフライパンで炒め、野菜も炒める。
「あっつー」
今日の気温も四十度近い。この暑さで肉じゃがを作ろうなんて正気ではなかった。ただ、肉じゃがが出来たら一人前という常識に囚われいた結果だった。しかしそんな常識に囚われている人も多いかもしれない。
昨日見たテレビドラマのように婚活中の男女は、余計な思い込みに囚われているかも知れない。婚活市場でモテる事よりも自分とマッチする異性を探した方がいいかもしれない。料理上手を装うよりも、仕事ができる事をアピールするとか。余計なお節介だが、第一線から引いた修司はそんな事を思いながら、炒める作業も終了。
次は煮込みの工程だ。水や調味茶を鍋に入れ、弱火で煮込んでいく。
もう修司は汗だくになっていたが、甘辛い臭いを嗅ぎながら、悪くない気がしていた。
「おぉ、うまそう!」
鍋に中にあるじゃがいもはホロって柔らかくなり、味も染みてきたようだ。
「しまった」
ちょうど完成かと思った時だった。サヤインゲンをかってくるのを忘れた。お陰で彩りは悪いが、まあ、仕方がない。妻のレシピブックでは糸蒟蒻を入れたり、豚肉に変えたレアレンジレシピも書いてあったが、別の機会で試す事にしよう。
さっそく深皿に肉じゃがを盛り付ける。余ったものはタッパーに入れ、冷蔵庫へ。
こうして盛り付けられた肉じゃがを見ると、確かに家庭調理、お袋の味という雰囲気はする。
ご飯も茶碗によそり、朝作っておいた味噌汁も温めてよそう。こいして見た目は、丁寧できちんとした和食ができたが、これまでの苦労を思うと、どっと疲れた。確かにコロッケよりはマシだし、甘辛い良い匂いを嗅いでいると、悪くはない。ついつい以前作ったタコライスの最強さと比較もしてしまい、微妙な気分だった。
「いただきます!」
修司はおでこの汗をふきつつ、肉じゃがを食べ始めた。
まずはじゃがいも。確かに味が染み込み、弱火で煮込んだ甲斐がある。タコライスと比較してしまった事を全力で土下座したくなる。人参も玉ねぎもくったりと煮付けられ、口の中でほろほろと崩れていく。コスパは悪い料理だと思ったが、煮物は日本人の心に何か訴えかけるものはあるようだ。
といっても修司の母は、あんまり煮物料理は作らなかったが。具沢山の味噌汁の方が多かった記憶。妻も頻繁に肉じゃがは作っていた記憶はない。
この肉じゃがは、決してお袋の味ではない。それでも何故か懐かしい。これはテレビやメディアが見せていた幻か。それでも今は、幻でも十分美味しく感じてしまった。
「ごちそうさま」
口元を拭い、肉じゃがも味噌汁も白米も完食した。例え、この肉じゃがが幻でも良い。完食した後は、肉じゃがを作った事に後悔はなかった。
「フッ……」
これが男の料理というもの。一度作った料理は、どんなに手間がかかっても、不味くても最後まで責任をもって完食だ。一人、そんな美学を貫く自分は、男の中の男。自画自賛したくなる。
ピンポーン。
己の美学に浸っている真っ只中、チャイムがなった。美加子だった。なんでも親戚の家からたくさんピーマンもを貰ったというので、お裾分けにきたそうだった。袋ごとどっさりピーマンを貰ってしまった。
「あら、良い匂い」
玄関先にまで肉じゃがの匂いが届いていたようだ。美加子は目を細め、クンクンと嗅いでいた。
「やはり、肉じゃがや煮物は日本人の心ですから」
「あはは、何言ってるのよ」
カッコつけた修司に美加子は大ウケしていた。修司の肩をバンバン叩く。
「 肉じゃがって歴史浅いのよ。元はビーフシチューで東郷平八郎が考案したとか」
「え!? 本当ですか?」
それは初耳だった。
「ええ。明治にイギリスに行ってた東郷平八郎がビーフシチューを食べたのね。その味を再現しようと思ったけど、日本は醤油やみりんばっかりじゃない? だからあんな肉じゃがができたらしいわ」
お袋の味、日本の心だと酔っていた修司は、このエピソードを聞き、ショックだった。肉じゃがは、ナポリタンやオムライスと似たようなカテゴリーだったようだ。味噌汁の方がよっぽど日本の料理だったのかもしれない。
「それに肉じゃがってレンジで作ると時短で美味しいのよねぇ」
「え、レンジで作れるんですか?」
「そうよ。レシピ教えてあげるわ」
それもショックだった。手間をかけて作り、お袋の味、日本の心だと懐に入っていた自分って一体なんだったんだろう……。
その後、美加子に教えてもらったレシピでレンチン肉じゃがを作ってみた。ちょうど材料も余っていたというのもあるが、本当にそれで出来るか試したかった。
出来上がったレンチン肉じゃがを試食する。
「うまい。っていうか、鍋で作った肉じゃがとあんまり変わりないな……」
SNSを調べると、焼肉のタレを使ったり、コーンビーフを使った肉じゃがの時短レシピが山ほど出てきた。
そんなレシピを見ながら思う。
たぶん、婚活で料理上手に見せるのは簡単だ。そして見せ方がうまい女性ほど先に結婚していくのが目に浮かぶ。レンジで作っても鍋で作っても味自体は大して変わらない。実際、SNSでがスーパーの惣菜をうまく盛り付け、結婚までこぎつけた女性の声も書かれていたりした……。
肉じゃがは、思ったより二面性があるようだ。お袋の味だけではないよう。小悪魔な女の顔がチラチラ見える。
それでも今日は、ちゃんと肉じゃがを作れた。サヤインゲンは忘れてしまったし、肉じゃがの本性には驚いたが、この料理が出来たら、一人前って事で良いか?
良いはず!
修司は一人で納得し、深く頷いた。




