第25話 夏の焼きそば
「あつー」
町内のゴミステーションの掃除、草むしり、ドブ川の清掃を終えて帰ってきたが、すっかりバテてしまっていた。
とにかく暑い。気温は四十度近い。朝早く起きて、比較的涼しい時間にこなしても、暑い。
夏バテというほどでは無いが、自炊のやる気も低下中だった。コロッケに関しては保留。一回ぐらい葉成功させたいものだが、今はこの暑さを乗り切るのが先決だった。
この後、家の掃除や庭の草むしりなどもこなしたが、いつのまにか昼ごはんの時間になっていた。
庭の掃除中にお隣の美加子と立ち話したが、彼女の暑さに参っていた。あの圧の強そうな美加子でもバテるとは相当だ。電気代節約のためにクーラーは控えていると言っていたが、「それはダメだ! クーラーつけろ!」と口酸っぱく注意した。どう考えても電気代より身体が大事だ。この際、節約なんて全中止すべき。
といっても、冷蔵庫の中をのぞくと、さほど贅沢もできない。ジレンマに「ぐぬぬ」と言いたくなってくるが、今日の昼は素麺にしよう。確か麺つゆとネギ、揚げ玉もある。ご飯は少し余っているので、卵かけご飯にでもしよう。
暑さでやる気は出ないが、お湯を沸騰させて素麺を煮た。確か妻のレシピではお湯を沸騰させた後、火を止め、この瞬間に素麺を投入し、余熱で煮ると美味しいとあった。
「本当かー?」
疑いつつもその手順で素麺をつくり、冷水で冷やす。冷凍庫から氷も持ってきて皿にもる。ついでにネギをきり、麺つゆもつくる。ご飯をあたため、醤油よ卵もかけた。
こうして昼ごはんの準備を終え、食卓に並べる。いつもより手抜きだが、修司のおでこにはうっすら汗が浮いていた。見た目はつるっとシンプルな素麺だが、案外手間がかかる。いや、コロッケや唐揚げとかよりはマシだが、お湯を沸騰させる手間は、なかなかの重労働だ。
そう言えば、妻が生きているころ「簡単な素麺か冷やし中華でいいよ」と言い喧嘩になった時があったが、今ならその理由がよくわかる。あれは全面的に修司が悪かった。見た目は簡単そうに見える麺類だが、レンチンして終了ではない。
「いただきます」
そんな事をしみじみと思い出しながら、素麺をすする。つるっと冷たく、するっと腹に落ちる。余熱で茹でるのに疑っていたが、全く門田ない。むしり、麺がつるりと滑らかな気がする。揚げ玉をジャクジャクと噛み潰すのも楽しい。あんまり揚げ玉を柔らかくしないように、つゆにつけないように気をつけながら食べる。もはやちょっとしたゲーム感覚で素麺を啜っていた。
最後に卵かけご飯を食べると、今日の昼ごはんは終わり。皿だけでなく、ザルや鍋が溜まった流しをチラ見する。
「うーん、やっぱり素麺は簡単では無いな……」
改めてそんな事を実感しながら、流しの後片付けもした。それが終わったら冷たい麦茶で一服した。お酒でも無いのに、この麦茶は異様に美味しい。お徳用大増量の麦茶だったが、家事を終えた後に飲む麦茶は格別だった。この麦茶のために今日、自炊をした。そう思うと、全てが報われる思いだった。
麦茶を飲んだ後、急激に眠くなってきた。麦茶はカフェインレスだろうか。
「はぁー」
あくびも出る。今日はもう町内会の雑用や通院なども無いし、昼寝しよう。
二階にあがり、クーラーをいい感じの気温に調節し、ベッドに潜りこんだ。外から蝉の鳴き声は聞こえて少々うるさいが、眠気には勝てず、即刻で眠ってしまった。
夢の中では、コロッケ作りに成功して喜んでいる自分がいるではないか。サクサク衣に柔らかジューシーな中身。
「うまい!」
夢の中でも料理を作り、食べていた。現実では無いとはいえ、美味しいコロッケの夢。失いかけていた情熱が取り戻せそうだった。
「うーん!」
いい夢見たなぁ。
起き上がり、時計を見たらもう夕方だった。
「わあ、こんな寝てしまった」
短い昼寝のつもりだったが、ガッツリ眠ってしまったようだ。修司は寝癖を整えながら、一階に降りる。お腹が減り、冷蔵庫の中をチェックしたが、何もない。昼ご飯に卵かけご飯を消費してしまったので、ご飯もない。今からご飯を炊くか?
米を洗い、浸水させ、炊いて、蒸す。
その工程を思うと、今日はお休みでもいいかと気が抜けてきた。
今は夏だし。
ちょっと気分も怠惰になっているようだが、毎日キッチリ真面目に自炊するのも息がつまる。今日の夕ご飯はスーパーの惣菜でもいいかもしれない。
そうと決まると、寝癖を整え、着替えてスーパーに行くことにした。シャツとハーフパンツ、サンダルというラフしぎる格好だが、今は夏だ。誰にも文句は言わせない。
外に出ると、もう日が暮れかけていた。そのおかげで、風は少しだけ涼しい。
スーパーまでの住宅街の道をぶらぶら歩いていたら。賑やかな声が聞こえた。声だけでなく、何か屋台が出ているのが見える。近所の会社が駐車場でお祭りを開いているようだった。
社員が屋台の売り子をやっているのか。大規模なお祭りではないようだが、収益は地域に福祉に寄付するというポスターが出ていた。屋台には野菜も売っている店があり、これも福祉施設が作っているもののようだ。まだ始まったばかりで客は多くはないが、会社のお祭りということもあり、大人も多い。浴衣を着ている子供が目の前をかけていく。
同時に良い香りがした。たこ焼き、焼きそばのソースの匂いだろうか。いや、焼き鳥か? 焼きとうもろこしのバター醤油の香りもする。
「うーん、いい香りだ……」
スーパーで惣菜を買おうと目論んでいたが、やめた。ここのお祭りで何か買おうと!
お祭りなんていつ行ってもワクワクする。果たしておじさん一人でお祭りに行くにはどうかと思ってが。会社が駐車場でやってる小規模なお祭りだ。入っていくハードルは限りなく低く、まず野菜の屋台から枝豆やじゃがいもの袋を買った。
スーパで買う野菜より安い。見た目も正直あまち変わらず、得した気分だ。屋台の店員も制服を着た事務員というのも、なんだか面白い。
「福祉施設の野菜なんですね」
「ええ。新鮮ですよ!」
にっこりと笑顔でいわれる。さっそく蒸し芋か枝豆を作ろうか。今日は自炊のやる気はなかったが、枝豆を作るぐらいは出来るかもしれない。
子供が群がるヨーヨーすくいや射的の屋台を横目で見つつ、たこ焼きや焼きそばの屋台も惹かれる。くるくると回るたこ焼き、鉄板の上で炒められる焼きそば。てり輝くソース……。
たこ焼きにも心が惹かれたが、最終的には焼きそばをえらんだ。あの輝く茶色いソースには勝てそうに無い。
大盛り一パックを購入し、さっそくお食事スペースに向かったが、人が満員だった。中にはお酒を飲み、酔っ払ってる大人もいる。
「家帰るか」
本当は出来立ての焼きそばをこの場で食べたかったが、仕方ない。酔っ払いに囲まれて食べる焼きそばは美味しくなさそう。それに出来立ての枝豆も食べたい!
修司はそそくさと自宅に戻る。もうすっかり日が暮れ、夜になっていた。爪の先のようの細い月も出ていた。
「ただいま」
家につくと、まず手洗いとうがいだ。暑いのでクーラーもつける。すぐに涼しくなってくるが、まずは枝豆の準備だ。よく洗い、塩を揉み込み茹でる。妻のレシピブックでは塩だけでなく砂糖で茹でる方法ものっていたので、ちょっと試してみた。
「いい感じだ」
枝豆が茹で上がり、皿に盛る。さらりと天然塩を振りかけると、完成だ。一つ枝豆を味見してみたが、砂糖の味はしないのに、まろやかに甘い。砂糖を入れて茹でた効果は謎だが、美味しくできたようだ。
グーと腹がなる。もう待ちきれない。
さっそく食卓に焼きそば、枝豆、冷えた麦茶を乗せる。まさに夏といった食卓になった。
焼きそばはすっかり冷えていたが、これも悪くないはずだ。
「いただきます」
ぱちんと割り箸を割り、焼きそばを食べ始めた。濃い茶色いソースが麺と絡んで輝いている。キャベツはしなっ柔らかく、もやしはシャキシャキだった。
「うま!」
青のりが歯や口につくのも無視して焼きそばを食べる。こうして青のり問題をスルー出来るので、やっぱり家で食て正解! 一人で夢中で焼きそばを楽しむ。ソースがちょっと焦げたところも美味しい。これは家で再現するのは難しそうだ。
涼しくクーラーのきいた部屋で食べるお祭りの焼きそば。最高ではないか。
前に作った唐揚げは、家で作った方がうまい。一方、焼きそばはフライパンやホットプレートより大きな鉄板で作られたものの方が最強だ。そんな最強の焼きそばを青のりを気にせず、家で食べる。
「おいしい、おいしい」
枝豆をつまみ、冷たい麦茶も飲む。これ以上楽しい夏の楽しみ方は、修司は知らなかった。
食べ終わる頃には、今日はほとんど自炊は手抜きだったと気づく。朝はちゃんと作ったが、昼と夜はほとんど何もしていない。素麺と枝豆を作っただけ。
いつもだったら、ちょっぴり罪悪感も持ってしまったかもしれない。
ただ、今は最高な夏の楽しみ方を実践し、幸福に満たされていた。
明日も暑いだろう。お湯を沸かすだけで汗をかく。後片付けも面倒だ。この暑ささえ無ければと思ってしまう事は、一度や二度では無い。
それでも今日のひと時を思い出したら、この夏も超えられそうな気がしていた。
「最高、焼きそば最高」
思わず、笑顔で呟いてしまった。




