第24話 お家の唐揚げ
優斗にはゆで卵の実験の時に撮った写真を送っておいた。これでだいぶ自由研究が進むと喜んでいた。早くも来年の自由研究のテーマはどうしようと悩んでいたので、豆苗などの再生野菜を育ててみたらと提案しておいた。なんせ場所も時間も金もかからずに出来るので、朝子からも「ナイスアイデア!」とい言われてしまった。
それはともかく。
コロッケだ、コロッケ!
修司はコロッケの材料を買い揃え、再び作って見る事にした。今度はノンフライヤーは使わず、フライパンだけでチャレンジしてみたが。
「あー、くそ! 衣が剥がれる!」
またしても失敗。皿の上には、コロッケのような何かがあるだけだった。これはSNSで聞くしかない。お手上げだ。
すると、すぐ返事がきた。原因は水分かもしれないという事だった。炒める時にしっかり水分を飛ばした方が良いとアドバイスされた。確かに水分量が多かったかもしれない。
この後、油に後処理を思うとウンザリしてくるが、原因がわかった。さっそく次に活かすしかない。
「コロッケは難しいよ。まずはスコップコロッケ作ったら?」
「そうよ、ころけなんて主婦でも滅多に作らない」
そんなコメントが続々と届く。
スコップコロッケとはなんだ?
妻のレシピブックではそんな物は書いていなかった。
仕方がないので、ネットで検索する。どうやらグラタン皿で作るコロッケらしい。グラタン皿にコロッケの中身を入れ、その上に炒めてパン粉を乗せ、オーブンに入れて完成。スプーンで掬って食べるコロッケなのでスコップコロッケなのか。
これだと確かに楽だ。まだ少しコロッケのタネやパン粉が残っている。さっそくグラタン皿を出し、スコップコロッケを作ってみた。
「か、完成!」
これは難なく完成してしまった。確かに普通のコロッケはまたしても失敗。それでも原因と代替のものができた。全く収穫がないわけではない。
「いただきます!」
さっそくスコップコロッケを食べる事にした。ソースをかけ、スプーンで掬ってみる。確かにこれはスコップ。子供の頃、公園で土いじりをしていた事を思い出す。サクサクなパン粉をから、柔らかなマッシュポテトが姿を表す。
「うん、これ、普通にころけだわ……」
味は全くコロッケ。食感は多少違うが、何の違和感もない。むしろスプーンで掘り起こす一手間が楽しい。子供の頃に戻った気分だ。パン粉とマッシュポテトという遊び場を掘りまくる。
こんなコロッケが意外と美味しかた為、コロッケへのやる気は急速に失われていた。このスコップコロッケを発明した人は天才ではないかと思うほどだった。
それでも頭に丸いコロッケが頭に浮かぶ。確かにコロッケはお惣菜の方がコスパがいい。家で作ってもスコップコロッケの方がいい。それでも、一回技ぐらいはちゃんと作ってみたくなった。
再びコロッケへの情熱を取り戻したところだが、さすがに明日もコロッケというのも大変だ。しかも明日は土曜日。休みだ。町内会の面倒な仕事などもない。ちょっと豪華なものも食べたい。かと言って簡単過ぎる料理も手応えも感じない。
「うーん。明日のご飯何にしようかね」
迷う。自炊は好きになってきたが、献立を決めるのはなかなか難しい。冷蔵庫の食材、材料の価格、栄養、手間などあらゆるものが頭に浮かぶ。
とりあえず冷蔵庫を見てみたらが、調味料が中途半端に余っていた。特に醤油は賞味期限が近くなっていた。
食材の管理も難しいが、調味料の管理も案外頭を使う。修司は中途半端に開けているナンプラーの瓶を横目に冷蔵庫の扉を閉めた。
こういう時は落ち着いて妻のレシピブックを見てみよう。
再び食卓に戻り、妻のレシピブックをめくってみた。
「何か、ないかねー」
ナンプラーの事はとりあえず無視しながら、ページをめくっていく。ふと、唐揚げのページが目についた。ジュワッと揚げられた唐揚げにイラストとともにレシピが書いてある。妻のコメントには「休日は唐揚げ!」とある。確かに土日や祝日には唐揚げがよく食卓にあった記憶がある。
「そうか、唐揚げか」
確かに今の気分は、唐揚げになってしまった。明日の夕食は唐揚げ!そう思うと、修司の気分は盛り上がってきた。
翌日、土曜日の昼過ぎ、スーパーに向かった。今日は珍しく天気は曇りで、少し気温が低くてありがたい。夏休みという事もあり、スーパーは子供がいつもより多い。ちなみに修司は買い置きなど高度な事は出来ず、毎日のようにスーパーに買い物に来ていた。ちょうど散歩にもなるし、その点は諦めていた。美加子や瑠美からは、コスパ悪いと言われてしまったが、買い置きして計画的に食材を使っていくのは、ベテランの領域だと思っている。
さっそく肉や生姜、レモンなどを買っていく。買い物メモを見ながら、必要なものをカゴに入れる。「余計なものは買わない」と心の中で念じながら、お菓子やお酒のコーナーをスルーしていく。
ただ、レジの近くにお惣菜コーナーというラスボスがあった。あんなに苦労しながらチャレンジ中のコロッケは、一個百円。しかも衣が黄金色でどう見てもサクサク。これから作ろうとしている唐揚げもある。一パック数百円。こちらもどう見ても美味しそうだ。
「いやいや」
ついつい手が伸びそうになったが、寸前のところで自制心を働かせた。確かにおお惣菜は美味しそうで、コスパも悪くはない。しかし、これから自炊する前に見ていいものではない。修司は心を無にし、お惣菜コーナーを去り、早歩きでレジを突破した。
こうして買い物を終え、家に帰るとさっそく唐揚げ作りだ。
手を洗い、うがいを終わらせるとエプロンをつけ、準備にとりかかった。
まず、鳥もも肉の脂身を取り除く。次に調味料や生姜を混ぜて漬け込む。ここでようやく醤油を全部使い切ったので、修司はっこ心の中でガッツポーズをとった。
漬け込んでいる間に油や小麦粉や片栗粉の準備をすます。
「いい感じかね?」
つけ込みが終わった鶏肉に小麦粉や片栗粉をつけていく。妻のレシピブックでは生卵を使う方法も書いてあったが、今日はベーシックに作ってみる事にした。
そしてフライパンの油を温め、揚げる。ジュワッとジュワッと良い音がする。この音を聞きながら、今回の唐揚げの成功を確信していた。
キッチンペーパーを載せた皿に、揚げあがった唐揚げを載せていく。キッチンはふわふわと醤油と生姜の良い香りがただよう。暑さが限界で修司のおでこからた汗が流れていたが、気にせず、どんどん揚げていく。今回は肉をいっぱい買ったので、大量に作った。余ったものは唐揚げ丼やあんかけをかけたりアレンジして楽しもうと計画中だった。
「あー、いい香り!」
少々、行儀が悪いと思ったが一個だけ揚げたてをつまみ食いする。衣はサクッと上がり、綺麗に揚がっている。「食べて、食べて」と何度も誘惑を仕掛けてきて逆らえない。
「あっつ!」
口の中は熱で大変だったが、代わりにジュワジュワと肉の美味しさでいっぱいにんなる。揚げたての唐揚げは、想像以上に美味しく、今まで食べた中で一番美味しいと言って良いぐらいだった。
スーパーの惣菜コーナーで売っている唐揚げも美味しいが、揚げたては違う。醤油の味も濃く衣もサクサクだ。正直、妻が作っていたものよりも美味しく、軽く衝撃を受ける。
「そうか、唐揚げはできたてか……」
つまりお家で食べる唐揚げが一番美味しいという事だ。
「ふふふ」
ついつい機嫌も良くなり、大皿にこんもりと出来立ての唐揚げをもる。くし切りのレモンを添える。醤油の匂いとレモンの爽やか香りが溶け合い、修司の表情もトロトロに変化していた。
さっそくご飯を温め、食卓に並べる。グラスには冷たい麦茶をそそぐ。今はお酒は飲めないが、この麦茶だって悪くない。なんせ唐揚げが美味し過ぎる!
ピンポーン。
食べようとしたところ、娘の咲子が訪ねてきた。聞くと、こっちの方に用事があったらしいが、唐揚げの匂いに咲子もソワソワし始めていた。
「えー、お父さん。唐揚げ作ったのー? えー、食べたい」
明らかに出来たの唐揚げに理性を乱されていた。どちらかといえばしっかり者で冷静なあの咲子が。それだけで出来立ての唐揚げに力があるという事だろう。
ここまで出来立ての唐揚げが美味いとは想像していなかった。ご飯も炊き立てにしとけば良かったと後悔しかけたが、仕方がない。
「咲子も唐揚げ食ってくか?」
「う、うん! まあ、旦那は適当にやるでしょ」
こうして久々に咲子と一緒に食卓を囲み、唐揚げを食べた。
二人ともしばらく無口だった。本当に美味しいものを食べたら、無口になるのかもしれない。
「お家の唐揚げって最高だよな?」
完食した後、ようやく修司は口を開いた。
「ええ。なぜかうちで揚げると醤油の味も美味しいのよねぇ」
「なぜかそうだな……」
二人でその理由を考えていたが、答えは出なかった。




