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思い出レシピ帳〜お父さんの初めての自炊〜  作者: 地野千塩


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第21話 誰かの為のポトフ

 冷奴のアレンジにハマっていた修司だったが、そろそろ飽きてきたところだった。


 妻のレシピブックをペラペラとめくる。


「お、具沢山の豚汁もうまそうだな」


 レシピブックには、具沢山豚汁のイラストも載っていた。ゴロゴロの野菜や肉がよく表現されていて、美味しそうだった。確か冬によく作ってくれた料理だったが、なぜか夏の今も食べたくなってしまった。


 逆に冬に冷たいアイスを食べたくなったりする。その心理状態は、なぜくるのか疑問だちゃが、無性に豚汁が食べたくなってしまった。た


 さっそく材料を書き出し、具沢山豚汁の材料をメモに書き出し、買い物に行くことにした。スーパーのチラシもチェックする。人参とじゃがいもが安い。大根は高いだろうが、やっぱり具沢山の豚汁を作りたくなってしまった。


 修司は朝の家事を全て終えると、さっそくスーパーに向かった。もう梅雨も明けかけているのか、空は晴れていた。太陽の光が眩しく、思わず目を細めてしまう。日焼け止めを塗ったり、日傘を持って来るべきだったのかもしれない。妻が生きていた頃は、紫外線対策もやってくれたものだが、今は何もかも一人でやらなければならない。


 そんな事を思いつつ、スーパーに行く。もう開店していて、さっそく野菜コーナーから政略していく。


「お、じゃがいも安い」


 ホクホク顔でじゃがいもや人参をカゴに入れていく。大根や肉は思ったより高かったが仕方ない。そのまま肉コーナーから加工肉のコーナーからレジに行こうとした時だった。加工肉コーナーでソーセージを選んでいる女性がいた。


 アラサーぐらいの女性で、見覚えがあった。少し考えて誰だか思い出す。


「ちょっとすみません。沖田朝子さんじゃないですか?」


 思わず声をかけてしまった。10年以上前の教え子だった。成績優秀で卒論の出来も素晴らしきかった記憶がある。着眼点も修司が決して持てないものに注目し、気にかけていた教え子だった。卒業後は一切連絡をとっていなかったが、まさか近所に住んでいるとは知らなかった。


「え、松宮先生ですか?」

「おお。このあたりに住んでいるのかい?」


 朝子は少し戸惑いながら、駅前のマンションに住んでいる事を教えてくれた。あの新しいマンションか。


「でも懐かしいな。卒業後は?」


 確か中小の出版社に就職した記憶があったが。この時、なぜか朝子は目を光らせた。もともと切れ長で大きな目だったが、野生動物のような鋭さを見せた。当時よりだいぶ老衰したというか、大人っぽくなったようで、修司も少し戸惑ってしまっていた。


「いまは看護師やってるの。今日は夜勤明け。息子もいるしね、旦那はいなけど」


 朝子の口からでる言葉は、修司の予想を遥かに超えていた。驚きでフリーズする。スーパーにながれる呑気な音楽も耳に入ってこない。


「そ、そうなのか」

「ええ。残念だけど大学で勉強した事は生きる為には全く役に立ってませんからね」


 朝子は、皮肉っぽい笑みを浮かべていた。この10年で性格も変わってしまったようだ。ショックで言葉も出てこない。大学教授時代に教えた事も無駄になってしまったと思うと、これもショックだった。もっとも食える分野の学問でも無いが……。


「お? 今日のご飯は何かい? ソーセージとカット野菜。うーん、でもこれだと割高ではないのかい? 胸肉やじゃがいも一個でも買った方が安上がりだ」


 修司は朝子の持っているカゴを覗き込む。中にある物は、どう見てもコスパが悪い。缶詰めにコーンや子供用のお菓子も買買い過ぎでは無いだろうか。修司も自炊を続けいる。コスパは良い悪い食べ物の区別はつき始めていた。


「そんなのわかってます。でも料理にいちいち時間かけてられないし。暇そうな先生とは違いますからね」


 捨て台詞のようだった。朝子はそう言い、修司の前から去って行ってしまった。


「そんな……」


 修司は余計にショックだった。親切心でアドバイスしたつもりだが、朝子には嫌われてしまったようだ。


 それでもずっとスーパーに立ち尽くしているわけには、いかない。修司もレジに向かい、会計を済ませた。サッカー台で朝子の姿を見かけ、声をかけようとした。


「あの、沖田……」


 しかし、スッと無視され、駐車場の方へ逃げるように行ってしまった。


 ショックだった。教え子が変わってしまった事も、教師違いしての無力さも実感してしまった。


 とぼとぼと家に帰りながら、考える。確かに朝子の言う通りだった。自分はもう定年退職組だ。一方、朝子は働いてる。子供もいるという。それなのにこっちの食品の方がコスパが良いとか言うには、上から目線だった。想像力もかけていた。自分も自炊を始めた時は、失敗したり、惣菜に頼っていた。コロッケだって上手くできない。朝子について文句など言える立場でもなかった。


 そんな事を考えながら、家で具沢山の豚汁を作った。今まで何回も味噌汁を作っていたので、豚汁も手早く完成した。


 ご飯を温め、豚汁を食べる。豚汁具沢山なので他におかずは要らないだろう。ゴロゴロ野菜と温かい味噌スープを味わう。肉の味も染みて、心もじゅわっと温かくなって来るようだった。


 こんな温かい豚汁を飲みながら、朝子の持っていた買い物中のカゴを思い出す。


 ソーセージやコーンも子供賀好きそうなものだ。カット野菜も少しでも時短になるように買ったのだろう。お腹を空いた子供を待たせたくない。思えばあのカゴの中見は、全部子供を優先したものだった。


 やはり、一方的なにコスパは悪いなどと言うのは間違えだった。


 具沢山の豚汁を食べ終えると、何か罪滅ぼしをしたくなってきた。別に罪悪感などは持っていないが……。


「そうだ、子供の好きなご飯ってなんだ?」


 修司は食事を終えると、妻のレシピブックをペラペラめくる。一人娘の咲子は、豚汁よりポトフが好評だった事がメモしてあった。「子供はみんなソーセージとコーンが好きね!」とある。ポトフは手羽先や大根を入れてアレンジするレシピも書いてあり、これは良さそうだ。


 受け取ってくれるかどうかはわからない。ポトフを作り、朝子の家に持っていうと思いつく。余計なお節介、自己満足な罪滅ぼしと言ったら否定できないが、いてもたってもいられない気がしてきた。


 さっそく妻のレシピブックを見ながら、ポトフの材料をメモし、スーパーに買い物に行く。確かにソーセージや缶詰のコーンはコスパが悪いが、コスパばかりを優先したいわけじゃない。そもそも今やってる行動だって愚かだ。受け取って貰えると確実な保険もない。愚行だ。


 それでも世の中、案外、効率の悪い事で回っている気がした。子育てだってその最たるものだ。こんな金と時間がかるものはない。それでも人類は、どうしたってコスパが良い事ばかり選べないのだ。


 修司は買い物を終えると、家に帰り、さっそくポトフを作り始めた。工程は簡単。野菜を切って、ソーセージを入れて煮込むだけ。それでも人参やソーセージの色で、見た目も華やかだ。調子に乗り、人参は花型に切り抜く。子供はこういうのも嫌いじゃないはずだ。


 キッチンにふわっとコンソメの良い香りが広がる。夏場のキッチンでポトフを作るなんて地獄みたいに暑いが、なぜか気分は楽しかった。


 鍋に中は、煮込まれ、柔らかくなったジャガイモやニンジン、ソーセージ、それに大根もちょっと入れてみた。花型にくり抜いた人参も可愛い。ちなみに余った人参はみじん切りにし、タッパーへ。明日は何か炒め物か肉団子でも作ろう。


 出来上がったポトフ粗熱をとると、大きめなタッパーにつめた。保冷バックに入れて完成。


 少しドキドキしながら、駅前の方に向かう。確かに新しい七階建てのマンションがあった。駅から直結でマンションに入れるようで、なかなか便利そうだ。近くにコンビニや歯科、弁当屋、ベーカリーもあり、なかなか賑やかだが、困った。


 朝子家の部屋番号など知らない。何も考えずにここに来てしまった事に後悔しかけたが、目の前に下校中の子供がいるのに気づいた。この子供、八歳ぐらいの少年は見覚えがある。スーパーで転けて助けた事のある小年だった。


 そういえばあの小年も親が看護師といっていた。もしかしたら、朝子のこどもだったりするか。そういえば大きな黒い目や、凛々しい眉毛も朝子とちょっと似てる。


「もしかして」


 さっそく小年に声をかけたが、案の定朝子の子供だった。優斗くんという。


 よく躾けられた子供なのか、突然話しかける修司に不審感を露わにしていたが、以前スーパーで会った事や朝子の名前を出すと、優斗も警戒心を解いてきた。


「おじいちゃん、何かコンソメの良い匂いがするー」


 おじいちゃん呼ばわりをされてしまったが、仕方ない。優斗に案内し貰い、マンションに入る。二階の端っこの部屋だった。


「ママー、おじいちゃんが来たよ!」


 優斗が鍵をあけ、朝子を呼ぶ。すぐに朝子は玄関の方にやってきたが、目が丸くなっている。


「先生、何しに来たんですすか?」


 明らかに不審がっている。さっきの優斗より警戒心マックスだった。


「いや、今朝は悪かったかなぁと思って。お詫びの品を持ってきたんだ」

「お詫び?」

「うん。ポトフ。最近、自炊にハマってて、作りすぎた」


 作りすぎたというには、嘘だったが、優斗は信じてくれた。


「僕、ポトフ大好き、大好き」


 子供の無邪気な笑顔に、朝子も折れてしまったようだった。


「よく自炊なんてできますね。私は、料理なんてあんまり好きじゃないけど」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、朝子は修司から保冷バックを受け取った。


「でも俺は最近料理が好きになったんだ。もはや趣味だ。ぜひ、お裾分けをしたい」

「変わってますね、先生」

「アハハ!」


 朝子はため息をつき、優斗はケラケラ笑っていた。さすがに朝子もご近所の目があるのか、優斗を軽く叱って黙らせた。


「これからもお裾分けしていいかい?」

「先生、本当に美味しくできてますー? 先生が料理するなんてイメージつかないな」


 それでも朝子は、前ほど否定的な態度ではなくなっていた。


「いや、是非食べて確かめてほしい。うまかったら、また試食するっていうの、どう?」

「試食ね……」


 朝子はすっかり呆れていたが、保冷バックをつっ返す事はなく、優斗と共に家の中に入っていく。


 やっぱり、お節介過ぎたか?


 無理矢理渡してしまったような形になったが、自分の行動に後悔はない。余計なお節介だったという自覚もあったが、行動は止められなかった。


 今も自分が、なぜこんな行動をとったかわからないが、もしかしたら、誰かのために料理を作るたかったのかもしれない。人間は自分だけが得できれば幸せ、という風には出来ていないのかもしれない。


 後日、スーパーで会った朝子と優斗から保冷バックやタッパーを返して貰った。


「おじいちゃん、ポトフ大好き。美味しかった!」


 優斗はご機嫌で修司に懐いてきた。これは、胃袋掴めたか?


「まあ、それなりに美味しかった」


 朝子は相変わらずツンと塩対応だったが、今後も作りすぎた料理のお裾分けの許可も得られた。


「よし、いっぱい料理作るぞ」


 料理にやる気を見せる修司に、朝子は呆れていた。


「先生、料理なんてよくできますね。私はやっぱりあんまり好きじゃないけど」

「うん、でも、一歩ずつ階段上がっていく感じが楽しいんだよ」


 最初は自分の為だけの自炊だった。ただ、あのポトフは誰かの為に作っていた。


 本来、料理もそういうものかもしれない。今の自炊も楽しいが、もう一度誰かの為に料理を作りたくなってしまった。


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