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思い出レシピ帳〜お父さんの初めての自炊〜  作者: 地野千塩


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第20話 包容力のある豆腐

 もう7月に入り、気温も上昇していた。そんな中でも、修司の自炊熱は止まらない。先日は、誠治にもらったノンフライヤーでフレンチフライを作ってみた。少し時間はかかったが、フライパンで作ったものと遜色はない。夜、DVDを見ながらフレンチフライを食べるのは、至福の時間だった。


 このノンフライヤーがあれば、揚げ物も余裕かもしれない。自信をつけた修司は、コロッケにチャレンジする事にした。


 工程は、難しい。とにかく手間が多いが、ポテトサラダは作れたのだ。さっそく、じゃがいもをつぶし、玉ねぎとひひき肉を炒め、そこに混ぜ合わせた。俵の形に形成し、小麦粉、卵、パン粉の順番につけていく。この工程は単純作業すぎて飽きるぐらいだ。決して難しくはない。


 まずはノンフライヤーで作って見ることにした。


「うーん」


 一応出来たが、パン粉が白っぽいとうか、パサパサしているような。もう少しノンフライヤーに入れてみたが、なんとなく納得行かな出来だった。やはり、フライパンで揚げてみよう。


 そしてフライパンに油を入れ、熱すると、残りのコロッケを全部入れてみた。最初はジュワジュワと良い音を響かせていたが、衣が禿げてきた。


「やばい、やばい!」


 急いで油の海から救出するが、もう遅い。揚げあがったソレは、ジャガイモの何かだ。決してコロッケにはならなかった。


「あぁあーー!」


 頭を抱えたくなった。あれほど苦労してジャガイモを潰し、肉と玉ねぎを炒め、衣をつけた時間を思うと、虚しさがドッと押し寄せる。うっかり鬱になるぐらい落ち込んでしまった。しかも油の処理が果てしなく面倒くさい。余った卵やパン粉で散らかったキッチンの作業台を見るだけで、肩に大きな石が乗せられた気分になった。


 仕方がないので、一応皿にコロッケ的な何かを盛り付けた。プチトマトやキャベツを添えるが、全く彩りもよくない。ノンフライヤーで作ったコロッケもパサパサしていて、売れ残りみたいだった。


「いただきます……」


 自炊は好きだが、こんな風に失敗した時のダメージは相当だった。一応コロッケ的な何かは、味はコロッケ。でも食感は、パン粉付きのポテサラといった感じで悪いものだった。


「ハァー」


 ため息をつくが、食材は無駄にしたくないので、我慢しつつ完食。この時、自炊がなぜダイエットに良いかも理解する。揚げ物など面倒くく失敗のリスクのある料理店は、滅多にしないからだろう。自ずとカロリーが抑えられ、痩せるのだ。一時期太っていた修司だが、運動を始めて、どうにか元に戻していた。そのことを思うと、わざわざハイカロリーな揚げ物をチャレンジする必要はない?


 ここで逃げるのは男として恥ずかしいが、やはり揚げ物はまだまだ早かったようだ。もう少し難易度の低い料理をチャレンジする事にした。


 ただ、このコロッケの失敗は想像以上にメンタルにダメージを与えているようだった。翌日、何か料理を作ろうとしたが、やる気が出ない。ワンパンパスタか手抜きレンチン鯖カレーで良いやと思うようになってしまった。


 それに気温が高く、キッチンにたつのも面倒くさい。あれだけ楽しんで自炊をしていたのに、コロッケの失敗は想像以上に尾を引いていた。


 そんな折、SNSで自炊がしんどいと呟くと、また親切な主婦からコメントが入った。


「夏は辛いよねー。こういう時は、冷奴のアレンジがおすすめ。リンクのレシピも見てみて」


 というコメントが届き、さっそく貼り付けられたリンクを見てみた。レシピを公開しているサイトで、色々な冷奴のレシピが載っていた。さほど手間もかからないものばかりで、見た目も悪くない。揚げ玉、オリーブオイル、きゅうり、胡麻などアレンジが美味しそうだ。豆腐は栄養素も高いし、これだけでもおかずになりそうではないか。


 これを見ていたら、だんだんとコロッケの失敗はどうでも良くなってきた。再び自炊にヤル気が出てきた。


 修司はすぐにコメントをくれた主婦のお礼書いた。


 しかし、世の中にはこうやって親切な人もいるものだ。胸がグッとあつくなる。どちらと言えば悪口、妬み、中傷が溢れるネット世界だが、全てが悪いものでは無いようだ。


 試してみたい冷奴のレシピをメモし、買い物に出掛ける事にする。もし、誰か困っている人がいたら、率先して自分から動きたいと思ったりした。修司もSNSで親切にしてもらった。同じように誰かに親切にしたいと思ってくる。こんな風に親切、善意が循環していけば世の中は良くなる気もしたが、お花畑だろうか。


「おい、君。大丈夫かい?」


 スーパーの入り口で、こけている子供がいた。たぶん、小学四年生ぐらいの男の子だった。親と同伴しなきゃいけない年齢というわけでもないが、抱え起こす。


「お母さんはどこ行ったんだい?」

「ママは仕事ー。看護師やってるんだよ」

「そっか」

「おじさん、バーイ!」


 そう言って駆けて言ってしまった。な普段だったら、礼儀のなっていない子供だと思うが、今日は怒る気もなくなっていた。


 さっそくスーパーのカゴを持ち、豆腐や揚げ玉、ネギ、トマトなどを入れる。今は夏だ。トマトだけでなく、とうもろこしや枝豆、桃やづスイカなどにもひかれるが、ぐっと我慢だ。あとは、お菓子、お惣菜の誘惑に打ち勝つ。


 こうして買うべきものだけを買うという苦行を制し、家に戻って料理をする事にした。


 まず、手洗いうがいをし、エプロンをつける。


 次に冷奴の準備だ。


 絹ごし豆腐をパックから出し、二等分して皿によそる。


 ネギを切り、麺つゆをかける。白い豆腐は、茶色と緑色の色づく。最後にパラっと揚げ玉をふるかけ完成。


 料理とも言えない料理だ。ただ、今はコロッケ失敗のダメージを抱えている。これぐらいの簡単さが逆に救いになっていた。あとは、納豆、キムチ、塩揉みキャベツを小皿に盛る。ご飯もよそり、これで今日のご飯は完成だ。


 ぱっと見、低カロリーで量も少なそうだったが、冷奴は意外と食べ応えがある。豆腐はチーズのように濃い味の感じたし、キムチや納豆、塩揉み野菜を少しずつ食べるのも満足感がある。何よりコロッケ失敗で背負った心のダメージが癒やされていくようだ。あっさりと低カロリーなものは、食べ応えはないが、心が落ち着く。お坊さんが精進料理を食べる理由などがよく分かる気がした。


 その後、しばらく冷奴のアレンジにハマっていた。トマト、オリーブオイル、しらすで洋服っぽくしても美味しい。サラダチキンや海藻、野菜と合わせてサラダっぽくしても美味しい。キムチと合わせても美味しい。シンプルにネギと醤油だけでも美味しかった。


 シンプルで美味しい冷奴を食べていると、自分の中にある欲望みたいに物が薄まっていく感覚も覚えた。


 別にコロッケを失敗してもいい。難しい料理はお惣菜に頼ってもいい。完璧にならなくてもいい。


 真っ白でツルッとした豆腐を見ていると、そんな風に励まされてくる気がした。ネットでは「お豆腐メンタル」という言葉があり、良いイメージはないようだが、ここまで包容力がある食べ物は知らない。何より醤油とネギだけで食べられる事がありがたい。その上、タンパク質も多く、値段も安く、パーフェクトな食材に見えてしまった。保存が効かないのが玉に瑕だが、それを差し引いても、パーフェクト。包容力のある食べ物だった。


 そんな折、スーパーで麗羅に会った。いつかジュースをくれた大学生で、内科でもバジルのアドバイスをくれた人物だ。スーパーのイートインスペースでコーヒーを飲みながら、何か悩んでいるようだった。


 余計なお節介だとは思った。それでも豆腐も包容力に癒されていた修司は、麗羅に話しかけてしまった。


 きくと、友達との関係に悩んでいるようだった。人にどう思われるかのか気になり、NOと言えないらしい。


 優しい子なのだろう。こんな事に悩んでいる事が健気で修司は涙が出そうだった。


「もう私なんてダメです。お豆腐メンタルなんですよぉー」


 麗羅は泣き言を言っていたが、「そんな事ない!」と強く否定した。いかに豆腐がすばらしい食材か、癒されたか力説する。


「麗羅さんもこうして人に合わせられるのは、長所じゃないですか?」


 そう思う。


 こうして自炊をしてわかったが、癖の強い自己主張の強い食材より、なんでも合わせてくれる包容力のある食材の方が、いい。人もそうかもしれない。自己主張よりも時には、調和や人と協力していく事も必要だ。


 こうして豆腐の有り難みを力説していると、何故か麗羅も元気になってきたようだ。最後には「修司先生っておかしい」とケラケラ笑っているぐらいだった。


「ありがとう、話聞いてくれて」


 しかも感謝までされてしまった。


 修司だって人間だ。こんな風にお礼を言われて嬉しくないわけがない。いつか自分に与えられた親切を他人に返せたようで、修司の胸はいっぱいになってしまった。


 年金生活になり、他人に感謝される事も少なくなってきた。こうして御礼を言われるなんて、かえってこちらが嬉しいぐらいだった。時には、他人に頼っても良いのかもしれない。お礼を言われたら、迷惑なんて思えない。


 修司はいい気分のまま家に帰る。


 もう、失敗したコロッケの事などはどうでも良くなってきた。


 再び自炊へのやる気も芽生えてきた。失敗してもいい。時には他人に頼ってもいい。


 つるっと白い豆腐を思い浮かべる。今日はどんな冷奴のアレンジにしようか。心はワクワクし、軽くなっていた。


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