第19話 きちんとしたカレー
「つ、疲れた……」
夕方、修司はぐったりしながら家に戻った。今日は午後から町内会の会議と広場の草むしりをやっていた。コロナ中は町内会会議は簡易だったが、今は元に戻り、ダラダラと生産性のない会話を繰り返した。
特に美加子と瑠美は、ゴミステーションの野良猫やマナーの悪い住民に文句をつけ、町内会長もたじたじ。話の終着点が見つからず、時間だけが過ぎた。その後、町内の空き地、広場、公園などの草むしりをし、とても疲れた。美加子や瑠美はぺちゃくちゃ楽しそうにおしゃべりしながら草むしりをしていたが。修司は全く楽しくない。すっかり疲れた。
ただ、美佳子と瑠美から有益な情報を一つ手に入れたい。タッパーのお手入れ方法だった。タッパーには作りすぎた料理をよく保存していたが、油や匂いがつき、洗うのに時間が取られていた。その事を愚痴ると、美加子や瑠美からコツを教えてもらう。タッパーに洗剤、水、それに千切ったキッチンペーパーを入れ、フリフリすると汚れが落ちやすいらしい。
「ネットで流行ってた方法なのよ、修司さんも為してみてね」
「そうだな、やってみます」
最後に美加子に押され、試してみる事に決めた。
ちょうど今日は、疲れている。タッパーに鯖缶、カレールウ、ケチャップで味付けして鯖カレーにするか。この手抜きメニューならレンチンでタッパーを使うし、ちょうどいい。疲れながらも手洗いとうがいを終え、エプロンをつけると、さっそくタッパーを出し、レンチン鯖カレーを作る。
ご飯も予め作って置いた冷凍ご飯をレンジで温める。帰ってから十分そこそこで完成してしまった。
あまりにも簡単で手応えがない。最初に鯖カレーを作った時は、その簡単さに感動したものだが、今はそんな感動はない。手抜きすぎる。疲れている今は良いが、そうでも無い時だったら、余計に手応えを感じないだろう。
あまりにも手応えがないので、味噌汁も一品作ってしまった。疲れているのに、レンチンの手抜きカレーに手応えを感じなかった。味噌汁を作ってようやく、この違和感が解消されたが。
思えば春からずっと自炊をし続けて、修司のスキルも上がっていたようだ。
「いただきます」
甘辛い鯖カレーを咀嚼しながら、今までの成長を実感したりした。思えばポテトサラダは辛かった。手間をかけたわりに副菜のようで、コスパが悪く、ものすごく美味しいわけでもない。
「うん、うん」
鯖カレーも味噌汁もおいしかったが、もう少しレベルの高い料理にチャレンジしても良いだろうか。頭にコロッケ、天ぷら、唐揚げなどの揚げ物も浮かぶが、そこまでするのは自信はない。かと言ってレンチン手抜き鯖カレーというのも手応えがない。揚げ物も挑戦するつもりだが、その前にもう少しハードルが低い料理はなんだろうか……。
修司は食べ終わったカレー皿を見ながら考ええる。そうだ、きちんとしたカレーを作ろう。ちょうどカレールウも残っている。スパイスカレーというのも魅力的だが、食材の兼ね合いもある。そうだ、カレールウできちんとカレーを作ろう。
二日連続でカレーというのもちょっとダサい。明後日、カレーにしよう。じゃがいも、にんじん、玉ねぎの基本的なカレーだ。きっとこれがちゃんと出来れば、自炊をしていると胸を張れる気がした。
「明後日はカレーだ!」
そうと決まると早い。冷蔵庫の中身をチェックし、買い物メモも作る。スーパーのチラシをチェックすると、じゃがいも、にんじん、玉ねぎが安くなっていた。これはカレーを作れと誰かが言っているようだ。
「そういえば……」
妻がたまに出してくれるカレーは、ご飯の色が白くなかった記憶がある。黄色っぽいご飯で、やたらオシャレだったような。娘の咲子はあの黄色いご飯がやけに気に入り「オシャレご飯」と呼んでいた。娘の大学受験や就職試験の前日もあの黄色いご飯のカレーだった。験担ぎというほどではなかったは、我が家では「ちょっと特別なご飯」という立ち位置だった。
「あのオシャレご飯って何だったんだ?」
修司は、夕飯の片付けを終えると、妻のレシピブックを捲った。ちなみにタッパーは美加子と瑠美に教えて貰った方法を試し、すぐに綺麗になって大満足だ。
「あ、これはターメリックライスっていいのか」
オシャレご飯の謎が解けた。ターメリック、塩、バターを入れて炊いたご飯だ。通常のご飯に入れて炊くだけなので、工程は簡単そうだ。
妻の書いたメモを見ると「ウコンは、食欲推進、便秘解消、精神高揚など女性に嬉しい要素いっぱい!」とある。こんなメモを見ていると、ターメリックライスを作るのは、恥ずかしくなってきたが、きちんとしたカレーを作りたくなった。このターメリックライスも作ろう。あと、ゆで卵、サラダもつければ、妻が作っていたカレーにかなり近づけそうだった。
「よし!」
やる気になった修司は、明後日が来るのが楽しみになってきた。
明後日、夕方。
今日も町内会の草むしりがあったが、そそくさと終了させ、すぐに家に戻ってきた。
手洗いとうがいをし、エプロンをつけると、キッチンへ向かう。まずは、事前に仕込んでいたターメリックライスのチェックだ。炊飯器を覗くと、綺麗な黄色いご飯が炊けている。ほんのり匂いも良い。久々に見たオシャレご飯が懐かしい。
しかし、いつまでも哀愁に浸っているわけにもいかない。まずはカレーに入れる野菜の準備だ。じゃがいもは重曹で洗い、芽を取り除き、皮を剥ぐ。くし切りに切り、一個のじゃがいもから八等分して水にさらす。次はにんじんを乱切り。ここまでは他の料理でもやっているので簡単だ。
問題は玉ねぎだ。皮を剥ぎ、くし切りにしていくが、すでに涙がポロポロ出てきた。どうにか涙を堪えながら、くし切りに切り刻んだ。これが終われば八割ぐらい乗り越えられた気がした。
その次は、フライパンで肉と切った野菜を炒める。炒め物も何度もやっていたから楽勝だ。肉と野菜の良い香りがキッチンに広がる。カレーの日の匂いだ。修司はこの匂いを胸に吸い込み、最後の煮こみの過程に取り掛かった。
弱火〜中火で十数分。途中でアクを取ったり、かき混ぜたり、ぼーっと立っているわけにもいかない。そうは言ってもちょっと手が空くと、まな板や包丁は先に洗って片付ける。流しのゴミもゴミ袋へ入れていく。
最後にカレールウを入れ、弱火で煮込んで完成だ。
レンチン手抜きの鯖カレーとは、工程が全く違う。はっきり言って手間だ。それでもキッチンは肉や野菜の良い香りがし、手応えを感じていた。これで不味いわけはない。
そして皿にターメリックライスを盛り、カレーをよそった。心なしか具材も多めによそる。きちんとしたカレーを作りお腹が減っていた。今日は少し具材が多くても良いだろう。余ったカレーはタッパーに入れ、後でアレンジを考えよう。
最後にゆで卵とパセリをトッピング。食卓へ持っていき、一応写真も撮る。最近はSNSにログインしていなかったが、今日は上手くカレーができた。写真を撮ってSNSにあげておこう。特にコメントなどは来ないが、いいね!が一つつくと悪い気分はしない。
「いただきます!」
ようやく食べ始めた。もう窓の外は夜んsっていたが、美味しいカレーをが食べられるのなら良いだろう。見た目も妻が作ったものと同じだ。自信を持ってスプーンを運ぶ。
「うまい!」
野菜や肉の甘みが溶け込み、想像以上においしかった。鯖カレーだっておいしかったが、今までの手間を思うと、やっぱりこのカレーの方がおいしい。この黄色いターメリックライス、オシャレご飯もおいしかった。味はほとんど変わりはないが、黄色い見た目に食欲がそそられていた。
満足だ。
ここまで自分の自炊スキルが上がった事も達成感で胸がいっぱいだった。
ただ、妻が作ったカレーと比べて、少し味が違う気もする。使ったカレールウの問題だろうか。いや、もしかして一人で食べているから寂しくなったのだろうか。
食べている途中だったが、慌てて妻のレシピブックからカレーのページを見る。そこには、隠し味としてチョコレート、味噌、ハチミツ、林檎のすりおろしなどを入れる事が書いてあった。
「そんな、隠し味はチェックしてなかった!」
自炊について自信を持ち始めていた修司だったが、まだまだだと思い知らされた。見た目はそっくりに出来たカレーだったが、隠し味は入れていなかった。
「よし、まだまだだ」
心を入れ替え、再びカレーを食べた。ここで慢心しないでよかったのだ。何でも簡単にゴールまで到着してしまったら、つまらない。
ちなみに二日目のカレーが美味しいのは、本当だった。次の日もカレーにしてしまった。さすがに飽きたので三日目はチーズドリアにアレンジし、ようやく一鍋完食。
どうやら修司は作り過ぎてしまったようだ。一人暮らしなのに、三人分のレシピで作ってしまったようだ。そう思うと、レンチンの手抜き鯖カレーも一周回って良い気もしてきた