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第16話 父の日のポテトサラダ

 修司は体重計からそっと降りた。


 さほど痩せていない……。


 頑張って運動を続けているつもりだったが、停滞期に入ってしまったようだ。気候雨が多く、なかなか運動公園に行けないと思うのは、言い訳だろうか。もっとも先日は、誠治と咲子と一緒にピザを食べて楽しかった。こういう食事の時はダイエットは忘れてしまおう。その為にも日々の食事が大切だ。特別な時に美味しいものを食べる為に、だ。


 こうして体重計からおりた修司は、食卓に直行し、妻のレシピブックをペラペラとめくる。思えばここに書いてあるレシピは、だいたい作ってしまった。美加子や瑠偉、凛子から聞いたレシピも作ってしまった。


 作っていないのは、ハードルが高そうな揚げ物、自家製パン、ポテトサラダだった。


 この中で一番ハードルが低いのは、ポテトサラダか? しかし、妻のコメントを読むと後ろ向きになる。


「二度と作りたくない」

「ワーキングママやシンママは、お惣菜の方が時短になるし、そうした方が良いと思う」

「二人分作るだけなのに五十分かかった」

「似たようなコロッケも絶対作りたい」


 妻のコメントを読みながら、これほど嫌われているポテトサラダって一体……と思う。確かにポテトサラダは、食卓に上がった事はほとんどなかった。あっても明らかに惣菜だった事もある。


 今は年金暮らしで暇だ。時間の問題はない。そう思えば揚げ物よりハードルは低いか?


 しばらく腕組みしながら考える。


「やっぱりポテトサラダつくろう」


 そういう事になった。買い物メモ作り、明日の昼間か作ってみるか。


 翌日は朝からずっと雨だった。レインコートをきて、傘をさしてスーパーに向かう。雨だと客も少ないのか、値引き商品もいっぱいあった。ニンジン、きゅうり、じゃがいも、ハムなどの材料も安く買えてしまった。マヨネーズは切れていたので買ったが、意外と高い。というかスーパーの商品は全体的に値上がりしている印象だった。昨今は物価高がニュースになっているようだが、事実のようだ。その中でやるくりしている母親には、頭が上がらない思いだった。


 惣菜コーナーに行くと、ポテトサラダは案外安かった。果たして手間暇かけて作るのと、惣菜を買うのが良いのか修司は全くわからない。


 料理=愛情というが、惣菜を使う母親に愛情が無いとは言い切れないんじゃないか。ポテトサラダを手作りするなんて趣味の領域かもしれない。修司の自炊も最近はすっかり趣味化しているように感じる。


 そんな事を考えながらレジを終え、エコバッグに買ったものをつめた。


 サッカー台はキャベツの切れ端や肉の汁で汚れていたが、まあ、仕方がない。汚れがつかないようにエコバッグに商品をつめると、早歩きしながら自宅に帰ったら。


 家に帰ると、手を洗い、エプロンをつけると、さっそくポテトサラダを作る事にした。まずはじゃがいもを洗い、目を落とす。このまま茹でる。妻のレシピブックによると、皮ごと茹でた方が栄養素が残り、美味しいのだという。


 茹でてる間ハム、きゅうり、ニンジンを切る。ニンジンはレンジで加熱。キッチンのコンロもレンジもフル回転だ。この時点で修司のおでこには汗が浮かぶ初めていた。


 次にマヨネーズを出し、計量スプーンで計ってボウルに入れておく。


 こうしている間にじゃがいもが茹で上がり、皮をむく。


「あつ!」


 熱いが仕方ない。じゃがいもは熱いまま潰す必要があるからだ。妻のレシピブックによると、じゃがいもを冷めてから潰すと、不味くなるらしい。


 熱さをが我慢しながら何とかじゃがいもに皮を剥ぎ、ボウルへ。次にマッシャーで潰す。これもなかなかの力仕事だった。一言で言うと、面倒くさい。


 思わず惣菜コーナーにあったポテトサラダが目に浮かぶ。どう考えても惣菜の方がコスパがいい。粗熱をとっている間、マッシュしたじゃがいもを見つめるが、これとスーパーの惣菜、どっちが美味しいのか判断がつかなかった。


 粗熱が取れたら、レンジからニンジンを出し、混ぜあわせる。きゅうり、ハムも混ぜ込み、最後にマヨネーズ。再び混ぜ、塩胡椒を振って完成。


「すごい疲れた……」


 出来上がった達成感より、疲労感が上回る。妻が二度と作りたくないと言った気持ちがよくわかる。しかも、これは副菜でメインでも無いのが驚きだ。腹が立つので、今日はポテトサラダのホットサンドにしよう。これだったらメインになる。


 汚れたボウルや包丁、まな板などをチラ見する。流しは大混雑中で、これを見るだけで疲労感が上昇していく。


「あぁー、疲れた!」


 これで不味かったら、今までの苦労水の泡と化す。だいたい味の想像がつき、揚げ物ほど豪華にもならないのが、また虚しい。


 ホットサンドにして食べたが、感動するほど美味しくは無いので、思わず脱力してしまった。確かにお惣菜のポテトサラダのように潰し過ぎていないので、じゃがいもの食感は楽しいが、正直なところ、美味しくない。前誠治や咲子と一緒に食べた宅配ピザと比べてしまうと、虚しさがどっと押し寄せてしまった。


 こんなコスパの悪い料理があったとは、知らなかった。


 ポテサラのホットサンドを齧りながら、子育てもそんなものだったかも知れないと思い始めた。実は咲子には自分と同じような大学教授になって欲しい夢があったが、今は在宅でライターやイラストの仕事をやっている。咲子の子供の頃は英会話、ピアノ、バレエと色々やらせてみたが、全部無駄になっている。


 子育てなんてそんなもんかもしれない。究極にコスパは悪いが、咲子からはそれ以上にいろんなものを貰ってるから、いいのだ。そう思いながら、感動するほどには美味しくないポテサラのホットサンドを完食した。


「あぁ、洗い物……」


 食べ終えた修司は、どっと疲れながら、洗い物を片付けた。ボウルはマヨネーズで汚れ、案外落とすのが大変だった。


 じゃがいもの皮はよけ、コーヒーカップや湯呑みの黒ずんでいる所を落とす。これはずっとやっている裏技で、じゃがいも料理の時は皮も捨てずにとっておいていた。


「あぁー、ようやく片付いた!」


 全部終えると、すっかり疲れていた。リビングのソファに行き、しばらく仮眠をとった。夢の中でもポテトサラダが出てきてしまい、まいった。妻が二度と作りたくないと言った気持ちがわかる気がした。自炊は楽しいが、ポテトサラダは惣菜で良いと心に決めた。夢の中の決心だが、二度と忘れないと思う。


 目が覚めると、もう夕方だった。よっぽどポテトサラダで疲れたらしい。スマートフォンを見ると、咲子からメールが届いているのに気づく。来週の日曜、家に遊びに来ないかと誘われた。


 来週の日曜日って何かあったか。


 全く心当たりはないが、断る理由もない。さっそく返事を出し、来週の日曜日、昼間に咲子の家に向かった。


 咲子の家は駅から直結にマンションだった。新しく綺麗なマンションだった。その二階が咲子たち夫婦の部屋で、さっそく訪問する。


 すると、咲子と誠治に出迎えられた。


「お父さん、父の日おめでとう!」

「おめでとうございます!」


 すっかり忘れていた。今日は父の日だった。


 そういえば咲子が子供の頃は、母の日も父の日も祝っていたが、今はすっかり忘れていた。スーパーには父の日ギフトのチラシも置いてあったのに、どこかで自分の事ではない気がしていた。


「あ、ありがとう」


 修司は戸惑いながらもリビングの食卓につく。食卓の上は手巻き寿司、サラダ、コロッケ、ケーキもある。それに片隅にはポテトサラダがあった。見た感じ、これは全部手作りか?


 手巻き寿司などはともかく、ポテトサラダが手作り?


 そう思うと、ぐっと込み上げるものがあった。聞くと、咲子と誠治で二人がかりで今日のメニューを手づくりで用意したという。


 別に手料理が愛情の象徴なんて思っていないが、素直に嬉しい。


 今は自炊をしてる。料理がどれだけ大変なのかよく知っている。特にポテトサラダのコスパの悪さは、身をもって知っている。


「ありがとう!」


 心の底からお礼を言った。


「僕からはお父さんにプレゼントです」


 少し大きめな箱を誠治から貰う。ノンフライヤーだという。油を使わず揚げ物ができる機械のようで、「欲しかったやつ!」とテンションがあがる。凛子から貰った調理器具も全部使いこなしているわけではないが、嬉しい。


「私からは、これよ」


 咲子からは妻のレシピブックだった。なんと第二弾。先日咲子が実家に帰った時、掃除をしてたら、偶然出てきたのだという。第二弾があるとは、知らなかったが、これはこのまま自炊を続けようという天からのメッセージなのだろう。


「ありがとう!」


 嬉しくて涙が出そうだった。こうして父の日に食べたポテトサラダは、世界で一番美味しい食べ物のように感じた。


 確かに味は普通だった。それでも、その過程を想像するだけで、とびっきり美味しかった。


 さて、明日はどんな料理を作ろうか。


 妻のレシピブック第二弾をめくりながら、修司の胸は一杯になっていた。

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