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第15話 和解のオリーブ

 運動公園の一件以来、修司はちょくちょく運動するようになっていた。体重はゆっくりと落ちていて、確かに痩せたという感覚はないが、身体を動かしていると楽しかった。さすがに毎日のように運動公園には行けないが、室内でできるストレッチの講座なども参加し、楽しい毎日だった。


「よーし!」


 今日は、雨なので、家で軽くストレッチをする事にした。保っともテレビを見ながらゆるく腹筋をしているだけだったが。


 今日のテレビは、民放の情報番組を見る事にした。朝の情報番組で俳優・野口隼人が出演しているお料理コーナーが面白い。珍しいハーブやアメリカやタイの料理も紹介されたりしておもしろい。再現はしたくないが珍しい料理の数々が画面に映ると楽しい。今日は海鮮のアヒージョ、アメリカ南部のスイーツであるピーチコブラーを作っていた。ピーチコブラーは、桃のコンポートの上に小麦粉生地をかけて焼き上げたスイーツのようだ。見た事もないスイーツだが、色々と手間がありそうで、再現するのはやめておこう。


 アヒージョは逆に再現したくなった。野口隼人はこれでもかとオリーブオイルを注ぎ、画面からニンニクに良い香りが伝わってきそうだった。そういえば野口隼人は二十代前半のイケメン俳優だったが、オリーブオイル好きだと有名だった。ファンからはオリーブオイル好きだと言われているぐらいだ。よっっぽどオリーブオイルが好きらしい。あアヒージョだけでなく、サラダや炒め物にも使っていたのを思い出す。


 こんなテレビを見ていたら、最後に野口隼人が出しているレシピブックの宣伝も流れる。


 ストレッチを一旦休憩した修司は、この宣伝を食い入るように見つめる。出てくる料理は意識高くて難しそうだが、欲しくなってしまった。若いイケメンがこんなに一生懸命料理も頑張っていると思うと、応援したくなる。ついつい孫のような視線で見てしまう。修司には孫がいないが、もしいたら、甘やかしそうだった。それに野口隼人は、一人娘・咲子も旦那にも雰囲気がかぶる。海外で経営者として働いていて、滅多に会えないが、誠実で優しい男た。


 野口隼人のレシピブックは二千円もした。来月発売で、ネット書店では予約が始まっている。値段は少し高いと思ったが、応援の気持ちを込めてポチってしまった。毎日のようにテレビで楽しい気分にさせてくれるし、これぐらいは高くない買い物だろう。


「よし、よし」


 ポチった満足感に浸った修司は、何かオリーブオイルを使った料理を作りたくなってきた。妻のレシピブックを開くと、シラスのペペロンチーノの作り方が載っていた。妻の手書きのメモによると、手抜きしたい時のお昼ご飯にピッタリとある。ワンパンでできる速攻レシピだ。工程もそんなに多くはない。さっそく今日のお昼ご飯にしよう。修司はご機嫌で買い物メモリストを作成し、家事を終えるとスーパーへ向かった。


 スーパーでは、野口隼人のパネルやポスターが置いてあるところがあった。カレールーの広告塔のようで、目立つところにカレールーが積み上げられていた。別にカレールーを買う予定はなかったが、若者が演技の仕事や料理を頑張っていると思うと、やっぱり応援すしたくなる。予算は超えてしまったが、カレールーもカゴに入れた。


 こうして買い物を終えた修司は、家に戻ると手を洗い、エプロンをつけ、昼ごはんの準備に取り掛かった。


 今日はオリーブオイルでシラスのペペロンチーノを作ろう。


 オリーブオイルとニンニクを炒める。この時点で良い香りだ。その後に水や塩、パスタを入れる。麺が柔らかくなったら、シラスを上にかけて完成だ。確かに驚くほど簡単にできた。


 さっそく皿に盛り、食卓で食べる。ニンニクとオリーブオイルの組み合わせは、これ以上ないほどマッチしている。オリーブオイルもサラダ油と違い、さっぱりしている。その割には香りもよく、濃厚な舌触り。パスタもちょうど良い感じに柔らかく、シラスのしょっぱさが癖になる。


「ああ、幸せ」


 思わず一人で呟いてしまうほどだったが、チャイムがなった。今朝注文した野口隼人のレシピブックがもう届いたのだろうか。いや、あれはまだ予約の段階だった。修司は首を傾げながら玄関に向かうと、一人娘の咲子が立っていた。


 こんな時間に珍しい。しかも咲子が怒っているようだった。目頭が吊り上がっている。


「まあ、咲子ちゃん。上がりなよ」


 怒っている咲子を刺激刺激たくない。ちゃん付けなどして家に入れた。


 咲子は「良い香りー。ペペロンチーノ作ってた?」とキッチンに直行していた。咲子もシラスのペペロンチーノが食べたいというので、作ってやる事にした。


「えー、お父さん。ペペロンチーノできるの?」

「簡単さ。ちょっと待ってろ」


 訝しがる咲子を食卓に座らせ、修司は腕まくりをした。そしてさっき同じようにシラスのペペロンチーノを作った。余ったシラスは朝食で白米の上に載せようと思ったが、仕方がない。


「どうぞ、できたよ。シラスのペペロンチーノ!」


 出来上がったペペロンチーノを咲子の目の前に置く。


「えー、美味しそう」

「だろう?」

「いただきます!」

「おお、食べよう」


 こうして修司は咲子と二人でペペロンチーノを食べた。珍しく咲子と二人での昼ごはんだったが、雑談などをしつつ、なぜ怒っているのか探る。


 どうやら夫の誠治と喧嘩してしまったらしい。夫はアニメヲタクで咲子に黙ってDVDボックスとフィギアを購入してしまったらしい。しかも夫婦の口座から金をおろして、買った為、大喧嘩。普段は離れて暮らしている夫婦だが、ここ一か月は誠治も日本に帰ってきて二人で生活中だという。


「まあ、誠治くんも日本に帰ってきてよかったじゃないか」

「よくないわよ。あんな勝手にお金使う人とは思わなかった」


 咲子はぷりぷり言いながら、シラスのペペロンチーノを完食してしまった。原因が夫のDVDとフィギア購入とは、修司もなんとも言えない。修司もつい先日DVDを買ってしまったばかりだった。それに妻と夫婦喧嘩した事もいっぱいある。これは咲子を責められない。無理矢理返すよりも、とりあえず気がすむまま家にいたら良い。


 そう伝えると、咲子は少し泣きそうな笑顔を見せていた。


 修司も咲子がいて困る事はない。夕飯の支度もやってくれた。ずっと自炊をしていた修司だったが、やはり他人に料理を作って貰えるのに越した事はない。お陰で時間があき、久々に夕方の散歩なんかをしてみた。


 家に帰ると、キムチチャーハンとわかめスープ、キャベツのサラダがあった。冷蔵庫にあった残り物で急いで作ったと思われるメニューだったが、嬉しい。他人に料理を作って貰える事が、こんなに嬉しいとは知らなかった。これは自炊をずっと続けてきたからこそ思う事だろう。


「咲子、ありがとう」

「何が?」

「食事作ってくれて」

「そう。そういえば旦那も一応食事のお礼は言ってたけどね」


 夕飯を食べながら、そんな話題になり、咲子の表情も複雑だった。喧嘩中だが、夫の誠治の事は根から嫌っている様子はないようだった。


 翌朝も、咲子にご飯を作って貰った。もうついでにスーパーの買い物も頼もう。何もしないで実家にいるのもストレスが溜まるだろうし、家事でもやってれば気が孫れるだろう。


 その間修司は、しばらく読めていなかった文庫本や新書を読もうと思い立つ。二階にある書斎に行こうとしたら、チャイムが鳴った。


 咲子が帰ってきたにかと思ったが、ぜいぶんと早い。首をかしげつつ玄関の扉を開けると、咲子の夫・誠治が立っていた。スーツ姿で身なりは整えているようだったが、目の下は真っ黒だった。黙っていれば野口隼人似のイケメンなのに、今日は台無しだった。


「おぉ、誠治くん。どうしたんだい?」

「すみません、お父さん。咲子ここにきてませんか?」

「実は……」


 本当の事を話そうかと思ったが、立ち話はなんだ。今は咲子が帰ってくる様子もなさそうだし、誠治を客間に連れていった。コーヒーを淹れ、クッキーを誠治に出したが、下を向き、手をつけなかった。


 誠治は咲子と喧嘩し、反省していると語った。最初はイライラして咲子が家にいない事にスッキリしていたが、今日も帰ってこないので、さすがに不安ぬなり、反省したと語った。


「本当に悪かったですよ……」


 素直に反省している誠治を見ていると、関心する。修司は妻と喧嘩しても、自分から折れる事は稀だった。


 そんな誠治を見ていたら、褒めたくなった。それに自分の体験も話す。妻が亡くなっていかに家事を丸投げしていたか。いかに自炊が大変なのか。ただ作るだけでなく、食材や節約に頭をつかう。栄養バランスをとるのも難しく、最近は太ってしまった事を自虐を交えて語った。


「そうですか。やっぱり咲子に謝りたいですよー」


 そんなエピソードが誠治に刺さったらすく、泣きそうになっていた。やはり、誠治はいい男だ。修司と違って素直さがある。


「誠治くんはいい男だよ」

「お父さーん!」


 なぜか妙なムードになり、二人で目頭を熱くしていた。男二人で語っていると、いかに自分たちでは家事や料理が何にもできないと実感してしまう。


「は? お父さんも誠治も何やってるの?」


 いつの間にか帰ってきた咲子は、男二人で泣いている光景を見てドン引きしていた。ただ、この妙な状況に咲子も気が抜けられたようで、夫婦二人で仲直りしていた。これで夫婦喧嘩は終了だ。


「なんかお腹減ったな」


 気づくと修司にお腹もなっていた。娘夫婦の問題が解決してホッとしたというのもあるが、時計を見るとお昼すぎていた。しかし、これから三人分の料理を支度するのも面倒だ。咲子も修司の意見に同意で、ピザを取る事になった。スポンサーは誠治が名乗りをあげた。この事で咲子は完全に誠治を許したようで、満面な笑みを見せている。我が娘ながら、なかなか現金だった。


 こうしてピザをとり、客間のテーブルに広げる。トロトロチーズの上にベーコンやハム、ピーマンとともにブラックオリーブもトッピングされ、見た目も鮮やかだ。濃厚なチーズの匂いも部屋に満ち、三人とも目尻が下がる。


 そういえば野口隼人は料理番組でピザの上にもオリーブオイルをかけて食べていた。品のない食べ方で娘夫婦は苦笑していたが、これも悪くない。


「そういえばオリーブって聖書では和解の象徴とかあったなぁ」


 修司はピザの上にオリーブオイルをかけながら、呟く。オリーブと和解がなぜ関係あるのかは忘れてしまったが、今は娘夫婦が笑顔だ。それだけで満足だ。


 それに今日の昼ごはんは自炊じゃない!


 宅配ピザだ!


 もう、それだけで百点満点だ。修司はこれ以上に楽しい事は思いつかなかった。

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