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第14話 達成感とサンドイッチ

 パンケーキは豆腐だけでなく、ヨーグルト、カルピス、炭酸水などを入れて色々試してみた。豆腐が一番ふわふわになった気がする。それがわかっただけでも満足してしまいパンケーキ祭りは終了した。


 暗いニュースを見てネガティブ思考になっていた修司だが、一人娘の咲子にこの事を伝えると爆笑された。勝手に人を引きこもりにするなと怒られてしまった。無駄にマイナス思考になったようで、さすがの修司も赤面していた。


 美加子や瑠美にも同じ事を話すと、大爆笑。ただ、孤独死に関しては思うところがあるようで、美加子は老人用のシェアハウスを作りたいと夢を語っていた。意外だが、悪くない考えだ。もっともシェアハウスは女性限定で作りたいと語り、修司には関係の無い話だったが。


 そんなある日。


 久々に体重計に乗ってみた。風呂上がり、何となく乗ってみただけだったが、明らかに増えていた。パンケーキ祭りは、こんな副作用をもたらしたようだった。


 医者には何も言われていないが、このままでは不味い。心なしか頬も丸くなってきたような……。


 大学教授時代はダンディでオシャレなおじ様と言われていた。それは妻が陰で支えてくれたからこそだったのかもしれない。うっかりしていると太ってしまった。


 体重計から降りた修司は、キッチンへ直行し、妻のレシピブックを持ち、食卓に広げた。


「えーと、糖質オフレシピとかないかな」


 ペラペラとレシピブックをめくる。糖質制限オフメニューは、蒸したブロッコリー、ツナの餃子、鶏肉の照り焼きなどだった。あと以前美加子に教えてもらった油揚げのピザも糖質オフになるだろう。メモをとっておいてよかった。


 この中で鶏肉の照り焼きは、ボリュームもありそうで良さそうだ。さっそく翌日作る事のした。


 翌日、スーパーに行き、鶏もも肉を選ぶ。ラッキーな事に鶏もも肉は安い日だった。修司はホクホク顔で鶏もも肉をカゴに入れた。スーパーではカートを使う事が多いが、今日はカゴを手に持っている。少しでもカロリーが消費できるんじゃないかと考える。もっとも今日は、節約デーでもあるので、余計なものを買うつもりは無いが。


「あら、修司さんじゃない」


 肉コーナーからレジに向かおうとしたところ、美加子に声をかけられた。今日はジョギング姿でもなく、グレーのチノパンに白いシャツ姿だった。


「なに? 今日の夕飯、鶏もも肉?もダイエットでもしてるの?」


 大正解。美加子はエスパーだろうか。


「そうなんですよ。パンケーキ食べすぎてしまって」

「あら、あら」


 何がおかしいのか美加子は大笑いしていた。最近美加子は機嫌がいい。おそらく瑠美という同年代の友達ができてお陰だろう。最初は瑠美の事を嫌っていたとか嘘のようだ。


「でも食事制限だけじゃ痩せないわ」

「そんな」

「運動もしなきゃね」


 確かにそうだ。筋肉がつけば痩せやすいだろう。ただ、この歳になって筋トレというのも気が引ける。


「だったら私みたいのジョギングかウォーキングがいいわ。私は米山町にある運動公園まで歩いたりしてる。いい運動よ」


 米山町は隣の町だった。確か北部に大きな運動公園がある。グランドだけでなく、プールやテニスコートなんかもあったはずだが、ほとんど行った事がない。


「まあ、運動がいいわよ」


 美加子はそう言い残して、レジの方に行ってしまった。


「運動か」


 確かに食事制限だけというのも頼りない。妻が生きていた頃は、彼女にガッツリとカロリーをコントロールされていたが、今は自由気ままな一人暮らし。運動もプラスするのも悪くないだろう。そういえば医者にも運動を勧められていた。一度チャレンジして見ても悪くないはずだ。


 こうして修司は、運動もする事に決めた。


 スーパーから家に帰り、昼ごはんを終えると、インターネットで米山町の運動公園を調べる。時々高齢者向けにスチレッチ教室もやっているらしい。それに自宅から運動公園まで三キロ弱ぐらいある。往復するだけでも良い運動だ。休憩室もあり、ここでお弁当も食べられるのも悪くない。


 お弁当か。


 弁当は何となく苦手で妻に作ってもらった事は少なかったが、自炊したている今は自分で作ってみるのも悪くない気がした。それに運動公園の近くにはコーヒーチェーン店とファストフード店がある。せっかくカロリーを消費しても、ここでフラペチーノやハンバーグを食べたら無駄になる。


 弁当を作ろう。


 さっそく修司は妻のレシピブックを開き、弁当に合いそうなメニューを調べてみた。メモに書き出し、材料リストも作る。野菜たっぷりのサンドイッチとウィンナソーセージが良さそうだ。飲み物はコーヒー。これがマグボトル に入れよう。確か凛子が送ってくれた荷物の中にマグボトル も入っていた。


 弁当箱はあるだろうか?


 修司はキッチンの棚をあさり、弁当箱を探した。普段いじらない奥の方を見てみると、弁当セット一式が出てきた。キャラクターの絵がついた弁当箱、サンドイッチケースはもちろん、弁当用の小さな旗やピック、型なども出てきた。妻が娘の咲子に作っていた弁当のグッズだろう。保存状態もよく、丁寧に使われていた。どれも子供っぽいデザインだったが、咲子の為に妻が買い揃えたものだと思うと、ちょっとグッとくる。


 今は弁当を作る手間暇も理解できる。妻の毎朝の努力も容易に想像ができた。このキャラクターデザインの弁当箱を使うのは恥ずかしいが、わざわざ新しいのを買うのも節約にならない。それにサイズもダイエット中には子供用のがちょうどいい。この弁当箱を使う事にしよう。


「よし! 運動して弁当作るぞ!」


 修司はやる気になり、再び妻が書いてレシピブックをめくった。


 運動公園は三日後に行くことにした。もう梅雨に入り、天候も安定しないので、天気予報で晴れの日を狙う事にした。自由気ままの年金暮らしでは、生活時間を左右するのは天候ぐらいしかなかった。本来は人はそういう風にできているのかもしれない。地震や台風の日も会社に行こうとする社畜もいるらしい。修司も大学教授時代は、そんな傾向もあったが、今思うと狂っていたかもしれない。


 そして当日の朝、いつもより早起きし、弁当作りに取り掛かる。


 まずはサンドイッチだ。


 キャベツを切り、ツナとマヨネーズを混ぜ、ゆで卵をつくる。ゆで卵が出来上がるまでパンにマヨネーズを塗る。


 ゆで卵ができたら、冷水で冷やし、殻をむく。ちょっと欠けてはしまったが、概ねツルッと剥ける。ゆで卵の殻むきは他にも色々コツがあるので、後で試してみよう。


 そんな事を考えつつ、ゆで卵を切り、パン煮挟んでいく。ツナマヨ、キャベツの千切りもセットし、そっとパンを切る。


「う、うまくいくか?」


 少し緊張しながら厚みのあるパンを切ると、断面も綺麗なサンドイッチができた。


「成功だ!」


 出来上がったサンドイッチをラップに包み、サンドイッチケースに入れておく。元々咲子が使っていキティちゃんのイラスト入りのサンドイッチケースだが、悪くはないはずだ。小さなサンドイッチケースに綺麗に詰め終わる。この作業が意外と面倒くさく、毎日弁当を作っている世界の母親には、全く頭が上がらない思いだ。


 そして、次はウィンナーソーセージを焼き、ミニタッパーにつめる。最後にイチゴを洗い、これもタッパーにつめて完成だ。保冷バック(これも咲子が使っていたものでキティちゃん柄だが)準備終了だ。出かける直前に保冷剤を入れる予定だが、とりあえず全部完成。


「うー、疲れた」


 修司はおでこの汗をふく。もう夏に近いので火を使う調理も一苦労だった。ますます世界の母親、主婦、主夫には頭が上がらない。最近はヤングケアラーという存在もニュースに載っていたが、料理も重労働だと感じてしまった。


 朝ご飯はトーストと味噌汁で軽く済ませ、着替え、身支度をした。最後にアイスコーヒーをマグボトル のつめ、保冷剤も用意し、出かける事にした。窓の外を見ると、太陽が眩しいぐらいよく晴れていた。


 今日はウォーキングもするので、動きやすいジャージ姿だ。もうダンディな大学教授の姿はどこにもない。片手にはキティちゃんの絵がついた保冷バックを持っているが、今はなんだが自由な気持ちだ。元々ダイエット目的で運動公園までウォーキングするだけだが、心はワクワクとし、何も縛られていないと感じていた。


「よし!」


 玄関で軽くストレッチをし、さっそく出発だ。一応地図アプリを見ながら、運動公園げGO!


 最初は住宅街を歩き、県道に出る。そこをひたすらまっすぐの歩く。


 車の通りも大いが、意外とジョギングやウォーキングをしている人が目につく。ジャージ姿の修司も全く浮いていない。まあ、キティちゃんの保冷バックは、すれ違った大学生ぐらいの女子に笑われたが、単位をとるコツなどをこっそりと耳元で言う。大学によって違うところもあるが、だいたいどこも同じようなものだ。


 そう言うと逆にお礼にパックに入ったオレンジジュースを貰ってしまった。


 降ってわいた幸運にニコニコしながら、オレンジジュースを啜る。こういうのも案外楽しい。


 そう思っていたが、家から二キロぐらい歩いた時から、足が痛くなってきた。あと一キロぐらい歩く予定だが、膝が痛い。耐えられないほどではないが、普段の運動不足を実感してしまった。


「悔しいぞ」


 少し悔しくなってくるが、ここでバスに乗るわけにもいかない。バス停を横目に見ながらも、今朝作った弁当の内容を思い出し、根性で運動公園まで歩き切った。修司の顔は汗でべったりだったが、達成感で目が輝いている。


 ちょっと昔だったら、すぐバスに乗ってリタイアしていたかもしれない。でも今日は、最後までたどり着いた。やはり、日々料理を続け、少しでも忍耐力がついたのかもしれない。


 さっそく運動公園で軽くストレッチをしたり、走ったり、汗を流す。


 それが終わったら、いよいよお楽しみのお昼だ。


 公園にある休憩スペースに向かう。椅子とテーブル、自動販売機が並んでいる休憩スペースだったが、修司と同じように運動しにきている人達で賑わっていた。今日は平日なので、修司と同じように定年退職組が多そうだ。食べているものもサラダチキンやプロテインが多く、意識の高そうな人が多い。


 修司は少し恥ずかしくなりながら、すみの方の席に行き、冷凍バックの中見あけた。保冷剤も入れていたので、サンドイッチも全くいたんでいない。妻のレシピブックでは、保冷剤を忘れずにとメモが書いてあったので、本当に忘れないで良かった。


「いただきます」


 まず、サンドイッチにかぶりつく。ツナマヨとゆで卵、キャベツ、そして柔らかなパンのハーモニーに修司の目尻が下がる。


「うま」


 思わずつぶやく。


 このサンドイッチを食べるために片道歩き続けたと言っていい。今までの道のりが目に浮かび、余計にサンドイッチがうまい。これは達成感がより美味く感じさせていた。一人で弁当なんて冷静に考えれば寂しい行為だが、心は楽しくて、最高だった。


 付け合わせのウインナーソーセージもうまい。最後に甘いイチゴを食べ、修司の達成感はマックスになっていた。


「ご馳走さま」


 そう言う修司の目は輝いていた。特に目標もない年金生活だったが、こうして運動という目標ができた。


 また、ここに運動しに来よう。最初はダイエット目的だったが、達成感とともに食べるサンドイッチが、こんな美味しいとは知らなかった。


 頭の中は、弁当につめる料理の数々も浮かんでいた。美味しい弁当の為だったら、少しぐらい大変な事も達成できそうだ。修司の心は、希望に満ちていた。


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