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第13話 ふわふわパンケーキ

自炊もだいぶ慣れてきた。もうプロと言っていいんじゃないかと自画自賛したくなる。今日はジャガイモのポタージュ、オリーブのサラダ、生ハム、バゲットという意識の高いメニューだった。食卓に上にも一輪挿しを飾り、修司は出来上がった料理の出来を楽しんでいた。家での料理だが、「おうちレストラン」と言いたくなっていた。


 煮る、蒸す、炒めるといった調理はできたので、後は揚げ物だ。これが一番大変そうだが、チャレンジしたいものだ。


「うまい!」


 バゲットに生ハムとオリーブの身を乗せ、さらにオリーブオイルを垂らして齧り付く。少々行儀は良くないが、修司の顔はすっかり緩んでいた。


 バケットはサクサク、生ハムもトロリと滑らか。オリーブの実のアクセントも素晴らしい。ジャガイモのポタージュも滑らかで、喉越しも優しい。


 すっかりいい気分で夕食を食べ終えた。圧力鍋や食器、生ゴミの片付けは大変だが、いい気分が持続していた。面倒な片付け作業も楽しく済ませ、最後に紅茶を淹れて一休み。テレビをつけてニュースを見る。


 しかし、だんだんと修司の表情は曇っていく。自然災害、海外の戦争、疫病、子供の貧困やいじめのニュース。アナウンサーの顔も暗く、さっきまで感じていたいい気分も萎んでいく。


 とどめは、高齢化した引きこもりの子供と孤独死のニュースだった。引きこもりはどんな条件でもなりうる病気で、主婦などにもなりやすいという。思わず一人娘の咲子の顔が浮かび、不安になってくる。咲子はしっかり者だが、繊細なところもある。高齢化引きこもりになる可能性も捨てきれず、どっと憂鬱になってきた。


 孤独死のニュースも他人事では無い。今、自分が突然死したら、孤独死だ。咲子が発見してくれなければ、死体も痛む。臭くなっていく自分の死体を想像したら、泣きたくなってきた。


 自由気ままな年金生活を楽しんでいたが、そう遠くない未来に介護や死の問題もやってくるだろう。


 介護施設に入所の為の貯金はあるが、そこでうまくやっていけるのか。管に繋がれ、寝たきりになったらどうしよう。下の世話は誰がするんだ。咲子はいるが、もう嫁いでいる。いつまでも世話になるわけにもいかない。


 そんな事を考えていたら、憂鬱でたまらない。修司はニュースを消し、DVDを見る事にした。激安スーパーで買ったクッキーでもお供にDVDを見よう。


 甘いクッキー、紅茶、DVDで修司の気持ちも明るくなってきた。甘いものの効果も侮れない。


「そうか、明日は何か甘いおやつでも作ろう」


 最近ま仲良くなった瑠美に蒸しパンやパンケーキのレシピも聞いていた。レシピを見る限りは意外と簡単そうだ。


 明日の3時はホットケーキでも作って食べよう。現実逃避かもしれないが、いるまでも孤独死とか介護とか引きこもりとか暗い事を考えているのも嫌だった。


 こうして次の日、3時。修司はキッチンに立っていた。瑠美に教えてもらったアメリカのパンケーキミックス(なんと激安スーパーで安く売っていた!)、卵、牛乳、蜂蜜、バターと用意していく。フライパン、ボウル、おたま、フライ返し、菜箸、スプーン、お皿も出して準備は完璧だ。


 まず牛乳を測り、ボウルの入れる。その後に卵を割り、混ぜ合わせる。瑠美によれば、ここで混ぜておくと、パンケーキミックスを入れた時に楽らしい。次にパンケーキミックスを入れた。ふわっとバニラの香りが広がり、これだけでもヨダレが出そうだ。


 瑠美からは、あんまりかき混ぜ過ぎないようにと言われていたので、さっくりと混ぜ合わせる。クリーミーな色の記事を見ていると、なんだかこれだけでも食べたくなってくるが、我慢だ。


 生地ができたら、フライパンを温め、一旦濡れ布巾をおく。瑠美から絶対こうするようにと念を押されていたので、きっちりと守る。


 こうしてフライパンの準備が終わると、生地を入れる。そういえばここでフタをすべきか失念してしまった。まあ、いいか。表面がプツプツとし、キッチンは甘いバニラの匂いに包まれる。


「うーん、これだけで良くないか?」


 この甘い香りだけですっかり満足してしまったが、ひっくり返さなければ。


 しかし、フライパンにくっついて上手くひっくり返せない。なぜだ?瑠美に言われた通りの火加減で焼いたつもりだが、うちのコンロは火が強買った可能性もある。なぜか二枚目から綺麗に焼け、表面綺麗なキツネ色のパンケーキが出来上がった。


 一枚目は失敗してしまったが、二枚目と三枚目は成功したので、悪くはないだろう。


 ボソボソと崩れた一枚目を見て見ぬしながら皿に盛り、ハチミツとバターのカケラを落とす。


「うーん、いい香りだ」


 アイスコーヒーもグラスに注ぎ、さっそく食卓でパンケーキを食べる。確かに一枚目は失敗したが、二枚目と三枚目は、ふっくらとした甘いパンケーキができた。ハチミツが染み込み、修司の目尻も下がりっぱなしだ。もう昨日の悪いニュースの事などは、すっかり忘れていた。


「しかし、もっとフカフカなパンケーキを作ってみたいな」


 概ね成功と言ってよい出来だったが、欲が出てきた。カフェやテレビで見るような分厚いパンケーキを作りたい。


 毎日パンケーキを食べるのは健康に悪いだろう。三日目ぐらいに再挑戦だ。その間に色々と作成を練らなければ。


 妻のレシピブックを見直すと、パンケーキのレシピも載っていた。瑠美に教えて貰った手順とほぼ変わりないが、百均のシリコン型を使って厚焼きにすると書いてある!


 さっそく食器棚を漁ると、シリコン型が出てきた。今はこれに会いたかった!


 修司の口元はニヤっと緩んでいた。明後日これで厚焼きパンケーキを作ろう。あと、コンロは火加減が難しいし、ホットプレートを使った方が良いかもしれない。そんな事を思い巡らす修司は、昨日見たニュースの事などは全部忘れていた。


 三日後。十五時。


 今回は、ホットプレートを出し、型を使いながら厚焼きパンケーキを焼く事にした。


 生地を作り、ホットプレートを温め、型に流し込む。表面がプツプツとしてきたら、ひっくり返す。


「お、上手くいったか?」


 今回は一枚目から大成功だった。厚焼きなので、パンケーキというよりケーキのようだ。表面のキツネ色も綺麗だ。


 さっそくハチミツとバターを落とし、厚焼きパンケーキに齧り付く。少々行儀が悪いと自覚しつつも、口を大きくあけて食べる。それぐらい今回のパンケーキは厚みがあった。


 じゅわじゅわとハチミツと溶けたバターが染みこみ、修司の表情はこの上なくだらけていた。


「うまい!」


 すっかり上機嫌になった修司は、DVDを再生させながら、厚焼きパンケーキを焼いていく。ここでまとめて作って明日の朝食に食べよう。妻のレシピブックによるとパンケーキは冷凍保存出来るようだった。数日はもつらしい。


 今回の厚焼きパンケーキは、想像以上に上手くいった。修司は満足気に頷く。出来上がったパンケーキを眺めながら、悪いニュースの事などすっかり忘れていた。甘いものは悪い記憶を一時的に消す力があるらしい。生前の妻はストレスが溜まるとチョコレートをつまんでいたが、今はその理由がよくわかった。


 翌朝も厚焼きパンケーキを温めて食べた。食材の関係上、味噌汁と一緒に食べる事になってしまったが、それでも美味しかった。


 今日はゴミステーションの掃除当番がある。いつもだったら面倒くさいだけだが、厚焼きパンケーキを食べた後は、上機嫌だった。


 朝食の片付けが終わったら、さっそくゴミステーションに出向き、掃除をはじめた。


「修司さん、おはよう!」


 掃除を始めてしばらくすると、美加子がやってきた。今日もジョギング姿だ。しかも瑠美も一緒だ。すっかり仲良くなったようだ。瑠美もジョギング姿で、これから二人で町の運動公園へウォーキングに行くらしい。おばさん二人は圧が強いが、相変わらず元気そうだった。


 運動を頑張っている二人を見ていると、パンケーキ祭りを開催中の今は、ちくっと罪悪感が刺激される。


 事情を二人に話すと、ジョギングやウォーキングを勧められた。


「そうよ、修司さんも運動しなさいよ」


 美加子にはバシバシと肩を叩かれたが、いつものようにスルーできない。やはり運動をした方が良いのだろうか。


「最近パンケーキ作りにハマってまして」


 墓穴を掘るようにそんな事も告白してしまった。


「だったら、お豆腐でパンケーキ作るといいわよ」


 今まで黙っていた瑠美がアドバイスをくれた。


「お豆腐?」


 そんなんで出来るのか。美加子もお豆腐パンケーキは知らないようで、首を傾げていた。


「意外な事に味は全く変わらないし、よりフワフワになるわ」


 瑠美はドヤ顔でいう。ここまでドヤ顔で言われると、試してみたくなる。


 パンケーキ祭り開催中だが、さっそくお豆腐でパンケーキを作る事にした。十五時、おやつの時間にホットプレートを出し、生地に豆腐を混ぜ込み焼いてみた。今回は型を使わなかったが、想像以上にフワフワだ。


「おお、いい感じだ」


 ひっくり返すと綺麗なキツネ色に焼けていた。


「うまそう」


 思わず呟いてしまった。


 見た目も香りも豆腐が入っているようには見えない。むしろ、ふわふわだった。


 ふわふわパンケーキを見ているだけで、心は軽くなってきた。今はすっかり忘れていたが、悪いニュースを見て考えすぎるのは辞めておこう。一人娘の咲子まで引きこもりになると思うのは、明らかに考えすぎだった。咲子は仕事もあるし、主婦業もこなしていた。


 孤独死は?


 それも考えすぎだったかもしれない。今の状況で何かあれば、咲子が駆けつけるだろう。それにお隣には、あの美加子もいる。何かあれば鉄の重そうなフライパンを持って駆けつけるかもしれない。そんな美加子の姿を想像するだけで、ちょっと笑えてきた。肩の力も抜けたきた。


 再びお豆腐のパンケーキを口に入れる。


 ふわふわなパンケーキを食べながら、気持ちもすっかり軽くなっていた。


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