第10話 苦手な塩揉みキャベツ
「これはどうするか……」
修司は、食卓の上に美加子から貰ったキャベツをいおく。節約の成果&美加子の御礼の結果のこのキャベツ。現金として貯金はできなかったが、こうしてキャベツがゲットできた。それは嬉しい事だ。
ただ、この大量キャベツをどうすれば……。
とりあえず保存方法を調べる事にした。と言ってもSNSでキャベツの保存方法を質問しただけだが、すぐに返事が返ってきた。世の中には親切な人がいるものだ。
「えーと、キャベツは芯がポイント。ここから腐るらしいから、芯にフォークで穴をあけ、濡れたペーパータオルに包み、ポリ袋に入れる。そして、冷蔵室へ。かあ。さっそくやってみよう!」
教えて貰った手順通りにキャベツを保存した。とりあえずしばらくは大丈夫だろう。問題は、この大量キャベツの消費方法だ。
修司は再び食卓に戻り、妻のレシピブックを開いてみた。キャベツ料理が書いてあるページに付箋も貼ってみる。付箋は百均で買ったものだが、案外使い勝手がよく、家計簿でも大活躍していた。
「ふむふむ、お好み焼きに豚肉の炒め物、キャベツのシューマイなんてあるのか。これは見覚えがあるが。おぉ、塩揉み野菜……」
レシピブックにはキャベツの塩揉み野菜も書かれていた。これは修司の苦手なメニューだった。子供の頃の給食に出て無理矢理食わされたのがトラウマになっていた。そもそも塩っぱいだけで美味しくない。妻にも何回か出されたg事があるが、当然野ように文句をつけ、めっきり出なくなったメニューの一つだ。
今思うと、料理に文句つけた事は恥ずかしいが、苦手なものは仕方ない。この塩揉み野菜はスルーだ。レシピブックには妻も文字で「塩昆布入りなら修司さんに食べてくれないかな?」とメモしてあったので、心はチクチクしてくるが、苦手なものだから仕方ない。そう結論づける事にした。
今晩の夕飯はキャベツ料理にしよう。お好み焼き焼きだったら豆苗で作った時の粉が余っている。豚肉はないが、卵とキャベツもあるにので、今晩はお好み焼き焼きにしよう。
さっそくキャベツを切り、お好み焼きの準備に取り掛かった。
ホットプレート出しちゃう?
さすがに一人でホットプレートというのもどうかと思ったが、好きなDVDを見ながらホットプレートを楽しむのも悪くはないだろう。さっそくホットプレートを用意したり、お好み焼きの生地を用意したり、DVDをセッティングしたろ、忙しく動いた。
まず、ホットプレートを温め、一枚目のお好み焼きだ。キャベツたっぷりの生地を落とすと、次第のジワジワと音を立ててきた。表面がふっくらとしてきたところでフライ返しでひっくり返えす。
その間にDVDを再生し、テレビを見ながらお好み焼きを焼き、食べ続けた。やはり、こうして一人自由にお好み焼きを食べながらDVD鑑賞は楽しい。少々奮発してしまったが、DVDを購入して正解だった。一人でホットプレートもどうかと思ったが、意外と楽しかった。
お好み焼きのキャベツはシャキシャキ、生地はふっくらと甘やか。トロトロソースの濃厚な風味。上にトッピングした鰹節も踊るが、修司の気分も踊っていた。以前は豆苗でお好み焼きを作ったものだが、やはりキャベツも美味しい。
修司の顔はすっかり腑抜けていた。キャベツの消費方法は悩む必要はないだろう。今日みたいにホットプレートでお好み焼きを作れば数日で消費できるはずだ。
「あはは、楽しいなぁ」
こうして今晩は、自由な一人の夜を謳歌すてうた。そんな日々がずっと続いていくと思っていたほどだったが、予想外の事がおきた。
翌朝、メールやトークアプリをチェックしていると、妻の妹・小林凛子が遊びに来るという。
「げ!」
思わず、顔を顰めてしまった。
凛子は妻と歳が離れていて、まだ五十代だった。金持ちの男と結婚し、見た目も派手な女性だった。芸能人のおっけなどにも精を出し、修司のいる町にもコンサートで来るという。そのついでに顔を見たいという話だった。
妻はどちらと言えば真面目でしっかり者だったが、凛子は不真面目で金遣いが荒い。10年前に夫をなくし、未亡人となっているが、遺産で遊び回っている。それだけだったら、修司に実害は無いが、親戚の集まりなどでは空気が読めない性格で、周りからすっかり浮いていた。修司もナチュラルに「大学教授なんて偉そうねぇ」など言われ、すっかり苦手になっていた。出来れば会いたくないが、手土産をもって遊びに来るという。言い返すのも、立場上、なかなかできない。
仕方ない。
とりあえず客間を掃除したり、準備をする事にした。自由気ままな生活だったが、そうそう自分の思い通りにはならないようだ。
何かお菓子も用意しないと。
妻のレシピブックをペラペラめくると、コーヒーゼリーやフルーツゼリーは簡単にできそうだった。スーパーへ直行し、寒天やアイスコーヒー、フルーツの缶詰めなどを購入し、すぐに作った。本来なら菓子は市販の物が良いとも思ったが、レシピブックには「妹にも好評」とあった。ここではゼリーを出すのが一番良いかもしれない。
コーヒーゼリーやフルーツゼリーは、驚くほど簡単にできた。とかして固めるだけと言った工程だった。固めるのも冷蔵庫にお任せだ。
その間に客間に花を飾ったり、スーツに着替えたりして準備は完了。ちょうど準備が完了した頃、凛子がやってきた。
「修司さん、久しぶり!」
凛子は相変わらず派手な格好で、声も大きかった。しかも低い。全身ピンク色のスーツ姿で、スーツケースも転がしていた。人目で旅行客だとわかる。スーツケースにはド派手なうちわも挟まっていたが、おそらくコンサートで使用するのだろう。
「いやあ、お久しぶりです。お会いできて嬉しいですよ。さあ、客間へどうぞ」
心にも思っていない事を言い、凛子を客間に案内した。冷たい紅茶と手作りゼリーを凛子の持っていく。
普段使われていない客間は、凛子の存在で一気に華やかになったように見えた。少々派手といってもいいかもしれない。妻は真面目で淑やかなタイプだったが、本当に血が繋がった妹なのか首を傾げたくなる。
「これ、お土産のお饅頭。どうぞ」
「いやあ、悪いですよ」
「いいのよ」
凛子からお土産の箱を受け取った。どこにでも売っていそうな饅頭だった。凛子にしては無難なチョイスだ。見た目はいつも通り派手で圧が強いが、どうも変だ。いつもより目が大人しい。聞くと、推しのコンサートで、目当てのアイドルが長期休養に入るという知らせがあり、すっかりロスなのだという。
「それは、残念でしたね」
推しとかアイドルとかはよくわからないが、ロスになる気持ちはわかる。修司は深く頷いてしまった。
「ええ。寂しいわぁ」
凛子は目を伏せてフルーツゼリーを食べていた。修司はコーヒーゼリーを食べる。ほろ苦い味を感じながら、凛子はただ単に嫌な奴ではないと思い始めていた。一方的に苦手意識を持っているだけで、推しの休養に胸を痛める普通の女性かもしれない。外見は派手で圧は強いが。
「あら、このゼリー。妹が作ってくれてのと味がそっくりね」
「ええ。妻が残したレシピで作ってみました」
「まあ、修司さん自炊をやってるの?」
さっきまで沈んでいた凛子だったが、華やかな声をあげていた。凛子も料理好きで家には、各種スパイスや圧力鍋などの調理器具がいっぱいありという。
凛子が料理好きだとは初耳だった。亡くなった旦那が美食家で、健気に料理を頑張ってうたという。
「でも、もう夫はいないし、こっちもロスね。最近はデリバリーばっかりで、そんなに料理はしないのよ」
「それは勿体ない」
「でも作りがいがないのよー」
そう語る凛子は、寂しそうだった。やはり、凛子については誤解賀多かった。一方的に嫌っていただけだ。その証拠に凛子と料理の話題で盛り上がってしまった。妻のレシピブックを持ってきて、野菜や肉の保存方法など教えて貰った事をメモをとる。
「やだ、修二さん、勉強熱心ね!」
凛子は修司の肩をバシバシと叩くが、それも悪くない気がしてきた。すっかり苦手だと思っていた凛子とも打ち解けてしまった。しかも家で使っていない圧力鍋やヨーグルトメーカーなども譲ってくれる話にもなり、今まで凛子を嫌っていた事が恥ずかしくもなってきた。
「じゃあね、修司さん」
こうして凛子は帰って行ってしまった。その目は少し寂しそうで、時々こちらから連絡取るのも悪くないだろう。凛子も夫がなく、子供も独立し、一人暮らしだった。自由で楽しい一人暮らしだが、寂しさは隠せない。
凛子が帰り、一人残された修司は、妻のレシピブックを再び開いていた。
塩揉みキャベツのページが目に飛び込む。このメニューも一方的に嫌っていたものだったが、それは間違いだったかもしれない。
もう夕方近くなっていた。夕飯の準備をしなければ。今日もホットプレートで肉を焼く予定だったが、それだけだとバランスは悪いだろう。
「よし!」
保存していたキャベツを切り刻み、ポリ袋にそれと塩を入れて揉み込む。シャカシャカと音が響く。
「こんなもんでいいか?」
しんなりとしてきたので、皿に盛る。
苦手だと思い込んでいた塩揉みキャベツ。それでも今日は、悪くない出来だ。
確かに味も得意ではないが、その後に食べた焼き肉が妙に美味しく感じてしまった。
たまにはいいかもしれない。
一人で自由気ままな成果だが、時には苦手な人を受け入れても。それぐらい大人の男として広い器を持っていたいものだ。
もう好き嫌いのワガママをしている子供でもない。嫌いなものを一方的に拒否するのは、子供がする事だ。
「ふっ」
苦手な塩揉みキャベツを食べ終えた修司の顔は、満足気だった。
後日、凛子から圧力鍋、ホームベーカリー、ヨーグルトメーカー、燻製機まで届いてしまい、修司は嬉しい悲鳴を轟かせた。