転生女子、異世界で親友をプロデュース
初投稿です。
宜しくお願い致します。
文中で「~!!1!」の表示はわざとです。
メアリーズローズ・ベルニス・ローゼッタ侯爵令嬢は激怒した。
必ず邪知暴虐の輩は取り除かねばならんと。
メアリーズローズは婚約者はいない。だから婚約者界隈の道理は分からぬ。
だが少なくとも
『どうせ結婚するんだから、それまでは別の女友達と遊んでもいいだろう』とは思わぬ。
「ええメイ…もう、何度も言ったわ。
でも、いくらこの婚約は家同志の結びつきだからって、
先を見据えたお付き合いが必要な年齢になっているのって言っても、聞いて下さらないの…」
親友シャロンは家柄は良いが、経済的には中堅クラスの伯爵家令嬢だ。
対して彼女の婚約者とは同じ伯爵家だが、武人が多いせいか以前から男尊女卑の傾向がある家と見受けられた。
件の婚約者は同じ王立学園の学生だが、
今日、メアリーズローズの親友とは正反対のタイプの女学生と親しげに連れ添っていたのも見た。
あれは浮気もするし結婚して奥さんを家に入れたらDVするタイプよ。知ってる。
メアリーズローズ───メイは前世でも経験があるから。
転生プロと自認しているメイは心の中で断言した。
◇
今世のメイは、生まれた瞬間から異世界転生したのを理解した。
前世は地球───ここはどこか分からないが、同じ地球ではないだろうとも思う。
なぜなら、メイは地球で長きにわたり転生を繰り返していたからだ。
何時の時代でもメイは女性で生まれていた。
おそらく最初はいつも空腹だったあの時だ。あっという間に死んでしまった。
「み…水───」が今わの際の記憶だった。
何度目かの転生で、最初に生まれた時代は紀元前とかその辺りだったんだろうと推測した。
あっという間に死ぬを何度も繰り返し、ようやく言葉を発する年まで生きられるようになるまで数百年かかった。
その後も色んな国や時代で転生したが、基本的に不幸な人生が多かったと思う。
だが前回の転生は日本だった。
これが転機だったのかもしれない。
珍しくメイは激動の時代を生き抜き、百歳大往生を達成したのだ。
自分の死期を悟った時は、天に拳を突き上げんばかりの気持ちだった。
我が生涯に一片の悔い無し───
お疲れさまでした……───と、そっと閉じた眼を眩い光が差した。
知ってる。これ。
メイ、何度目かの転生は、
まさかの孫や曾孫に教えてもらった異世界転生とは予想の斜め上だった。
◇
今世の人生は、とある王国の侯爵令嬢だった。
今までのメイの転生ログにも、数少ないが王族で生まれた経験はあった。
初回は『今回はお姫様!長生き出来るかもぉぉぉぉ!!1!』と思ったが、8歳で死んだ。
隣国の何番目かの王子様の婚約者として、王室教育の為にと隣国に移住してあっけなく殺されたのだ。
殺された理由は判らない。
どうせ『同盟解消で婚約解消になってもうたわ、ついでに始末しとこか』とかそんなところだと思う。
酷すぎる初回ボーナスを経験して、メイは尊い地位への色んな期待がなくなってしまった。
そんなメイでも、異世界の貴族は初体験だ。
後に、メイの生まれて最初の言葉は一般的ではなく
『あれ、ひょっとして今までの転生ログはリセマラやったんか?───』
だったと聞いて、多少自分のヤバさを自覚した。
前世では、齢六十を超えてサブカルにどっぷりハマったヲタクお婆ちゃんだったのだ。
◇
王都の大通りのカフェで、秒速の走馬灯を走らせたメイの心は現実に戻ってきた。
今世の大切な親友が泣いている。
体の弱いと嘯いて、余り通学していなかったメイが偶々登校した日に、
学園で親友が揶揄われているのを目撃したのだ。
口先三寸で割って入り、学園を早退して親友をカフェへ連行…誘った。
なかなか口を割らなかった親友も、
前世で大好きだった、いぶし銀のドラマを思い出しながらのメイのおとし…話術で話してもらった。
親友シャロンは、家の都合で幼少期に婚約をした。
経済地盤はそこそこだが、創立の歴史は古い家柄のシャロンの家は領地の守りを、
最近領地で鉱山が発見された相手の家は家柄の強化を狙い、同い年の子供を婚約させたらしい。
多額の鉱山開発資金を銀行から用立てるには、家柄も借り入れ審査に入る為で、
新興貴族だった相手の家が申し込んできた、いわゆる政略婚約だった。
だが、シャロンの弟が家を継ぐと決まった途端に次第に婚約者の態度が変わっていったと言う。
これ見よがしに女友達と称して、シャロン以外の女性と外出するようになった。
機を見てシャロンが注意をすると、
『結婚したら、もう女遊びが出来ないから』
『あの子は友達だ。まだ婚約者の分際でなんて嫉妬深いんだ』などなど
前世でいう【モラハラ】をかましまくる。
まだ幼少期の子供が、交友関係を制限されて怒るのは分かる。
だがもう成人が近い年なのに、その男はそんな戯言を言うのだ。
挙句の果てには、その男は自分の誕生日をシャロン以外の女友達と祝った。
当初『誕生日パーティは延期した』と聞いていたシャロンが、
実は、別の女と誕生日を過ごしたくて騙されていた事を知ったのは
その女──なんと同じ学園の女生徒──とその取り巻きから教えられたそうだ。
シャロンが後継者だったら、女伯爵の配偶者として生活出来たのに当てが外れたと言っていたらしい。
メイは偶然にその修羅場に出くわしたのだった。
◇
今回は順風満帆で育ったメイも、貴族社会での婚姻がどんなものかは分かっている。
そりゃ恋愛結婚は望ましいが、国力が脆いセレブがどんなものか身に染みて知っている。
そう、あの王族転生の初回とか。
でもな。
あの男は駄目だ、ああいうタイプは駄目だ。
またメイの頭の中で走馬灯がアップをしだす。
「前に婚約解消も打診したんだけど、じゃあ違約金を払えって言われて…
なんで、私なにも悪い事をしていないのに…もう…疲れちゃった───」
いやいや待て、ちょっ、待てよ。
親友の声に、心の中の小さいメイが現実に戻ってきた。
いつもは凛と背筋を伸ばしているシャロンが、涙も隠さず泣くなんてメイは信じられなかった。
←そして最初に戻る と、ばかりに怒り心頭だったメイの心が周回するので
メイは場所を移動する事にした。
◇
大通りのカフェから程近いメイのたまり場──サロンへ移動をした。
ここは法律家の家系であるローゼッタ侯爵家のタウンハウスの一つであり、
既に法律家として仕事をしているメイの仕事場だ。
今はメイとシャロンと、学園の新入生として入学してきた男子学生が一人いる。
だが実態はシャロン以外───
このサロンに出入り出来る人間はメイドや従僕に至るまで、全てが転生者達で構成されている。
メイが今世までの転生経験を駆使して作り上げた【転生者クラブ】の集会所だ。
現在、この部屋にいる生え抜きの現地民は親友のシャロンだけだった。
「シャロン、彼を紹介するわ」
ニコニコと親友に自己紹介をしている黒髪の男子学生はまだ十歳。
そんな彼も転生チートで、飛び級で入学した天才美少年と有名だった。
まだ子供だから、小柄なメイより大きいが長身のシャロンより低い。
だがそこがいい。
クズ男のせいで現在進行形で傷ついているシャロンも、十歳の美少年のさり気ない心遣いに癒されたようだ。
やはり転生チートの使い手。
隙がない。
前世で夢中になった某傾奇者のような感想を心中で吐露しながら、メイはご満悦だった。
いつもブルネットの髪を三つ編みにして、眼鏡を掛けている小柄なメイは大人しく見られがちだ。
大きな瞳は年齢より幼さを醸し出し、その容姿はどちらかと言えば舐められがちな方だが
転生プロを自認するメイにとって、勝手に相手が油断をしてくれるので大いに結構と思っている。
「ね、これからどうしたい?」
どうするの?ではなく、どうしたいか。
そんな事を聞くメイを訝し気に見るシャロンに、
メイは『守ってあげたい』と、周囲から言われる微笑みを返した。
◇
マークは王国騎士団の現副団長を親に持つコンラッド伯爵家の三男だ。
順調に後継者が育った後に生まれたので、両親──特に母の愛情を受けてきた。
三人の男児を生んだ母は、それなりに伯爵家での発言権が強くなったが
それでもコンラッド伯爵家は男性を優先する家系だった。
「お前、シャロン嬢とはどうなっているんだ?」
伯爵家を継ぐために、最近騎士団を退団した長兄に問われてマークは舌打ちをしたくなった。
「あぁ、うまくやっている。」
以前は男の権利を声高に語っていた長兄だが、最近は様子が違っていた。
伯爵家の後継者勉強に入った頃からか、マークの形だけの婚約者であるシャロン嬢の事をよく褒めるようになった。
シャロン嬢は同じ王立学園に在籍している伯爵家令嬢だ。
兄が聡明だと褒めるシャロン嬢を、マークは疎ましく思っている。
『聡明で魔獣が倒せるかってーの!』と、心では罵倒するが、
マークは魔獣討伐もした事が無いし、今まで長兄に勝てた事もないので口にはしなかった。
だが最近のマークの素行について、長兄が苛立ちを感じているのは分かっていた。
たしかに延期したと嘘を言って、今年の誕生パーティにシャロン嬢を外したのはやり過ぎたかもしれないと思う。
でも楽しい誕生パーティに、いつも小言ばかり言うシャロン嬢の顔なんか見たくなかった。
気に食わないヤツを殴ったり、同行させられたショッピングで店員を揶揄ったくらいで
弱い女のくせにマークに説教をしてくるのだ。
最近知り合った女子生徒に愚痴ったら
『シャロン嬢はそんな人なんですねっ、ヒドイ!』と、慰めてくれたから
その女生徒をシャロン嬢の代わりにパーティに招いただけだ。
同じ女でも男を立てるその女子生徒と、小言ばかりのシャロン嬢は全然違う。
騎士団の部隊長として励んでいる次兄のように、マークは実家を出て独立しなければならないので
学園を卒業したら色々な遊びも出来なくなる。だから今は好きにする事にしただけだ。
マークは素直な性格だったので、良い友人に巡り合えばと母親の希望で王立学園に入学したのだが
学園で知り合った悪友達にすっかり感化されてしまっていた。
自分の現状があまり良い環境じゃない事を深く考えず、今日も元気にマークは登校した。
◇
登城するついでに学園まで乗せてもらう次兄の馬車から降りたマークは、
芝生で覆われた学園の馬車停留場で、シャロン嬢が待っていた事に気が付いた。
「この間、早退したらしいな。」
シャロンと会ったのは、一週間前の修羅場の日以来かもしれない。
やたら聡明とかインテリとか持ち上げられていたが、
『友達が助けに来るまでずっとダンマリでした!』と件の女子生徒から得意げに報告を受けて
その現場に居なかった事が残念だったとマークは思っていた。
つい、小馬鹿にしたように鼻で笑ってしまったが
シャロンはマークに声を荒げるでもなく、淡々と告げる。
「コンラッド伯爵令息マーク殿、勝負をしましょう。」
どちらが正しいか、貴男の得意分野で決めましょう。
学園の制服姿も凛々しいシャロンが告げた。
◇
王立学園の一角で、どぅっと声が沸いたと思った。
今、マークは芝生に寝ころび空を見上げている。
『どうしてこんな、停留所の芝生の、馬が通るような、…こんなところで?』
登校してきた生徒達の顔が、地面に寝そべっているマークを見下ろしている。
数分前に『どちらが正しいか決闘で決めましょう。貴男はそれしか出来ないでしょう?』と、
生意気な口をきいてきた女を躾けてやろうと、女───婚約者のシャロンの薄い肩を掴んだ。
それから。
…それから、なんで俺は空を見ているんだ?
「介在人立ち合いの元、決着が付きました。私の勝ちですね。」
シャロンの冷静な声が聞こえた。
「なんだと、何言ってんだお前っ!」
慌てて立ち上がり、シャロン嬢を睨みつける。
同級生の中でも一際体格の大きいマークは、腕っぷしも強いので睨みつけるだけでも効果があった。
そんなマークにも敢然と立ち向かってきたのがシャロンだった。
『弱い女の分際でっ!』と、いつも腹立たしかったので、シャロンから喧嘩を吹っかけて来たのは渡りに船だった。
◇
シャロン嬢の提案した『それぞれの介在人二名と、武器無し素手の一本勝負』を意気揚々と受けて
偶然通りかかった自分の友人──ナンパ仲間の公爵令息と伯爵令息を介在人に指名して決闘を始めた。
「お前の介在人はソイツ等か?」
シャロン嬢の連れていた介在人は女と子供───
確か三つ編み女はシャロンの親友で、子供は飛び級で入学した天才と噂の男子生徒だ。
『おい!あれはローゼッタ女史だよな』とか『噂の辺境伯子息じゃねーか!』とか悪友の声が聞こえたが。
その声に嘲りが含まれている事に気づき、マークはニヤリと笑った。
「ええ、そうです。」
二コリと微笑む三つ編み女はシャロン嬢とは正反対の、か弱そうで
『こんな女なら怒鳴りつければすぐ弁えそうだ。』との印象だった。
ふんっ!とせせら笑い、
さっさと終わらせようと相手の介在人の紹介もそこそこに、シャロンの肩を掴んだ。
そっとシャロンの手がマークの手を掴む。
その一瞬後、次に見たのはマークを見下ろしたシャロンのスカートの中だった。
同じ白でも男の下履きとは違う、もっとよく見たいが膝上にあるレースの縁飾りが邪魔だ。
違う、そうじゃない。
「介在人立会の元、決着が付きました。私の勝ちですね。」
宣言したシャロンが自分の介在人の陣営に戻って行ったので、
「なんだと、何言ってんだお前っ!」と、破落戸なみのセリフを吐きながらマークは立ち上がった。
「コンラッド殿、事前に取り決めた条項によって、この決闘の『うるさいっ!!』」
シャロンの介在人の言葉を遮り、マークはシャロンに詰め寄ろうとした。
次の瞬間シャロンにのばしたマークの腕に、シャロンが飛びつく!
「わっ凄い。飛びつき腕ひしぎ十字固めだ」
「ね、一回見せただけよね。すごいわぁ」
『ぐっっ!い、痛い離せッ「降参しますか?」なに言ってんだクソアマっ!』
「シャロン様、才能ありますね。さすがメイ様のご友人。」
『お、おいっ!お前ら「降参しますか?」しねーよっ!!!』
「うん、彼女乗馬も得意なのよ。」
『お、お前…───そこのガキ!!このおん「降参しますか?」ち、ちが…』
「あー、シャロン様は元から体幹がしっかりされているんですね。」
ねー。と、ほのぼのとしたシャロンの介在人達の会話の中、マークと友人達はパニックになっていた。
マークの悪友達は驚愕した。
あの肉体派マークが苦しがっている。
常日頃、体を鍛え荒事なら負けないと豪語していたマークが。
シャロンから申し込まれた決闘は
①介在人二名の立会
②武器無しの素手勝負
③背中が地面に着く、もしくは降参で敗北
④一本勝負で、敗者と敗者の介在人は勝者の名誉を守る事に尽力する。
⑤以後、決闘の結果が覆らないかぎり両者の関係性は維持される。
との事だった。
決闘が開始されるとマークはすぐにシャロンを捕まえた。
勝負は決まったと思った矢先、マークが地面に叩きつけられていた。
それはシャロンがやった事だと、悪友二人は直ぐに理解できなかった。
才女と誉れ高いシャロンの事を、婚約者でありながらマークは馬鹿にしていた。
最近は罵倒ともとれる言動をしていたから、シャロンは我慢ならなくなったんだろう。
『婚約解消したいとか言い出したけど、慰謝料を請求したら悔しそうに黙りやがってさぁ~』
なんてマークは言っていたが、悪友達は他人事とだと窘める事はしなかった。
だから今回も面白そうだと軽い気持ちでマークの介在人になった。
シャロンが介在人と紹介した小柄な男女──三つ編み少女と黒髪の少年に説明を受けて書類にサインをさせられた。
『お遊びにしては本格的だな』ぐらいにしか思わなかった、軽率な行動の結果に悪友二人は震えあがった。
マークが助けを求めると、シャロンの介在人は揃って会話を止めてじっとマークを見る。
だがシャロンの「降参しますか?」にマークが断ると、興味を失ったように会話を始める。
小動物のような行動だが、マークの怒号や悲鳴が飛び交う中に我関せずとした二人の様子は悪友達の恐怖を増幅させた。
数分後にマークが口から泡を吹き出したので、彼の介在人として降参を申し出た。
後日、サインした書類は正式な決闘申請書で、既に学園の事務局を通して貴族院に受理された事が判明した。
法律家のメイが手を回していたのだ。
学園の登校時間という慌ただしいなか、馬車停留所で起こった決闘事件の結末は瞬く間に広がった。
◇
シャロンは親友が主催するサロンに、招待された日を覚えている。
関係が悪化していた婚約者との諍いに、シャロンが初めて弱音を零した時だった。
忙しい親友の顔を見た途端、自分の不安な気持ちを自覚してしまったのだ。
「…草原の匂いがするわ」
「草で編んだ絨毯よ。タタミっていうの」
慣れないと変な匂いだもんねーと、親友メアリーズローズ───メイがおっとりと笑う。
嗅ぎなれない匂いに驚いたが、気を使った表現も友人にはお見通しだったようだ。
「言い訳になっちゃうけど、タタミの香りってクセが強いって後で気づいたの。
ここは仕事部屋でもあるし、慣れない人には余り寛いでもらえないかもって。
だから今までシャロンの招待が遅れちゃって…ゴメンね。苦しい時に一人にしちゃったね………」
メイの言葉にシャロンが押さえ込んでいた思いが溢れる。
貴族として華々しさはないが、穏やかな家族に恵まれたシャロンの生活だったが、
婚約者───マークの問題でそれは一変した。
そもそもマークのような【厄介な人物】が身近にいなかったせいもあり、
両親はシャロンの幸せを願い婚約解消をする為に、婚約時に交わした契約を精査したようだが、
あまり良い結果が期待できない様子だった。
『こんな事になるなんて…』と、頭を抱える父に、シャロンは自分の不安なんて些細な事と相談出来なかった。
「私たち、ずっと親友だから。」
メイの言葉に、シャロンの滂沱の如く溢れる気持ちは抑えられなかった。
シャロンが落ち着いた頃合いを見計らい、メイは別の客人をサロンに招いた。
若いというか、まだ子供の黒髪の男子学生───今年、王立学園に飛び級で入学した天才少年と噂の生徒だ。
まだ十歳と聞いて、今年十二歳になる弟と良い友人になってもらえればと悠長に考えていた。
「隙をつく作戦は賛成ですけど、相手は武人なんでしょう?
試合に勝つためには、幾つか関節技も習得された方がいいと思います。」
ニコニコとシャロンやメイの世間話に相槌を打っていた黒髪の彼が、
話が一段落した辺りで、いきなりシャロンに尋ねて来た。
「カンセt『うん、もうちょっと待ってね。』…?」
メイが食い気味にシャロンを遮ると、少年を手招きをして呼び寄せる。
耳打ちのように話をしていたが、少年が『すみません…』と、メイに謝罪していた。
シュン…と気落ちしてしまった少年を、理由も解らず慰めるシャロンの背中越しに、
メイがサムズアップを少年に送っていたのにシャロンは気づかなかった。
メイはシャロンに協力をする為に、少年と引き合わせたらしい。
シャロンの婚約について、メイの考えた解決策とは【決闘】だった。
介在人の立会や勝敗の条件の取り決め等は正式な作法に基づくが、武器を不使用にする事で
相手方に【正式な貴族の決闘】の意識の目くらましをして承諾させて、決闘が正式に承認された暁には
結果を持って、この婚約騒動の主導権をシャロンに取らせる事が目的だと言う。
今日、シャロンが婚約者の友人達に受けた嫌がらせを目撃したメイの憤りを知り、シャロンは友情を感じた。
「相手方の家とシャロンの家風が違い過ぎるのよ。だから主導権を握っておかないと相手を増長させちゃうわ」
「メイ、協力は嬉しいけど…」
たしかに家風の違いは痛感した事だ。だから主導権をとる為には策が必要なのはシャロンも判る。
だが決闘は無いと思う。
裁判と違い短時間で結果は出るが、問題は決闘者が勝たねば意味が無いのだ。
まさかと思うが…
「えぇ、シャロンが戦うの。」
「───ッ! メ、メイ…待って、メイ─……」
とんでもない事を言い出した親友にシャロンは固まった。
「ああいうタイプって、自分が相手に従うかどうかが行動の判断基準だから認めさせればいいのよ?」
どっちが上かってね。と、メイがほわんとした笑顔で答えた。
結果はメイの目論見通り、シャロンは決闘に勝利したのだ。
◇
王立学園の朝は最近慌ただしい。
生徒達の登校時に、馬車停留所で男子生徒が待ち伏せているのだ。
まるで周囲を威圧するように仁王立ちするその男子生徒に、事情を知らない生徒達は驚き、遠巻きに移動するが
彼──マークの事情を知る者達には毎朝の恒例行事と化していた。
『シャロン!今日こそ決着を「では、手続きを。」』
『っ!───手続きなど要らん!「では、私はこれにて───」』
相手の女生徒───シャロン嬢は学園に入ろうとする。
最早【決闘】でない時点で、シャロンがマークを相手をする必要が無いからだ。
「このっっっ!」
マークがシャロン嬢にタックルを掛けるッ!
ドウッ!!と生徒達の声が沸いた。
◇
「今日もやられたのか……」
ふらつくマークに肩を貸しながら日頃のたまり場に戻ってきた二人の顔を見て、残っていた悪友は結果を知る。
公爵家の次男に生まれた彼は嫡男でない限り、何れは独立しなくてはならない。
なら早い内にと、自分の楽な未来の為にこれまで行動してきたはずだった。
『家格は気にしない』と、父の部下だった子爵家へ婿養子での婚約を早々に済ませたが、
内実は『学生の内に人脈を広げる』為に、『色々な交際を経験する』と説明してナンパを繰り返していた。
私塾で好きな分野を学びたがっていた婚約者である子爵令嬢には、
自分と彼女の差を【理解】してもらう為に、彼女の希望を知らぬ顔をして王立学園に入学させた。
公爵家の縁づきが出来る事がどれほど素晴らしいかと言いながら、
重要な決定事項を家長ではなく、上司の息子たる自分が裁定出来るように少しづつ変えていった。
『──…承知しました…』と、何を押し付けても断らない、物わかりの良い婚姻先を見つけた。
彼は計画通りと思っていた。
「あ、アイツ…」
回復したらしいマークが呻く。
「今日はなんだ。
今までの反省を生かす為に、シャロン嬢に腕を取らせないようにするはずだったろう?」
マークの付き添いをした仲間の伯爵家令息──彼もクズで同類だ──に状況説明を促す。
「そうだっ!
で、でも、今日は今までとは違う……見たことが無い技だった…」
なんだと───
「ちなみに、どんな技だったんだ?」
「腕を取られないようにタックルしたんだけど、足を払われて」
「それから?」
「腹這いになったマークの片足をシャロン嬢が取って」
「へぇー…それから?」
「………」
そのまま背中に座ったんだ───
悪友から公爵令息は衝撃的な事を聞いた。
「……マークの背中に、その、座ったのか?」
「そう…だ。座った。」
「その、尻をつけてか?」
「そ、そうだ、あのお尻を付けて…」
「……」
「……」
いわゆる変形のボストンクラブだが、この放蕩息子達は異世界のプロレス技など知る由もない。
マークは『アレはものすごく痛いんだ』と憔悴しているが、年頃の男子達には、
偶に制服の長いスカートがふわりと捲れてシャロン嬢のスコート──下着ではないらしい──が見えたり
乙女の体と触れ合えるなど、ご褒美としか思えないのだ
「……今日も、いい香りだった。」
マークが呻く。
「それは羨ま、ヒドイな」
「あ、ああ」
「───そ、そうだ、酷いんだっ!あんな痛ーえのにっ
なんであんないい匂いで胸も手も柔らかくて、太もももスベスベでっっっ!!」
そのうえ、尻の感触も良かった…
そうなのか──────と、放蕩息子達は項垂れる。
決闘が正式に受理されたと知った時に、余りの手際の良さに調査したら
シャロン嬢の介在人を務めていた黒髪の学生──彼は辺境伯令息で王家も認める実力者だったのだ。
どうやら、その彼がシャロン嬢に格闘技を指導したらしい。
通常、婚約者がいる令嬢に異性を接近させるのは憚れるが、令息はまだ十歳。
何せシャロン嬢の弟よりも若いのだ。
『常識の範囲でしょ?』とシャロン嬢の親友であるローゼッタ侯爵令嬢が微笑む。
『それに私達は淑女が身を護るには、こんな方法もあるとシャロンに教えただけだもの。』
未成年の上に年端もいかない少年と、か弱き少女達が護身術の練習をしただけだ。
軽率にも、そんな【決闘】の書類にサインしたのは自分達だ。
それなら、文句のつけようが、無い。
事前の取り決めで【決闘】の敗者マークは、シャロン嬢の名誉の為に行動をしなければならない。 そして同じくシャロンへの不当な扱いをした介在人にも適用される。
今まで放置していたシャロンへの対応を改善するだけならまだいい。
以前は横暴ともとれる振る舞いだったが、最近は不貞ともとれる行動に周囲の擁護は無い。
そう、本来は味方である筈のコンラッド伯爵家までも。
現在の家長である伯爵は勿論、後継者の長兄の怒りが凄まじいのだ。
最近、長兄はマークの悪評を知るとコンラッド伯爵家の名でシャロンにフォローの贈物をしていた。
それもあり、シャロンはまだ【婚約解消】を踏み止まっている。
だが長兄は分かっていた。
元々コンラッド伯爵家はシャロンの家の【家柄】と縁づく為に婚約を進めたのだ。
互いの不足な部分を補う筈の婚約は、先にコンラッド伯爵家の方が銀行の審査が通り
一時的な資金調達の目途が立った事で、領地の治安強化を求めるシャロンの家への配慮を怠っていた。
生粋の貴族であるシャロンの実家が荒事が苦手だった事で、婚約を止める事は無いと増長していたのだ。
だが、それも終わりだ。
騎士団に在籍する武人を輩出したコンラッド伯爵家の子息が、付け焼刃の武術しかない婦女子に負けたのだ。
「お前の軽率な行動でコンラッド家の威信は地に落ちたんだっ!!!」
殴られた勢いで壁に激突したマークに長兄の憤怒は収まらない。
グズグズ言い訳をするマークにシャロンへの謝罪と、事態の改善を通達する。
だが長兄は分かっていた。
今更謝罪をしてもコンラッド家有責で【婚約解消】か【婚約破棄】のどちらかになるだろうと。
まさかマークが毎日シャロン嬢に決闘を仕掛けるも、その内シャロンによる唯の【公開処刑】になる事も、
有責で婚約破棄にならないようにと、母と二人でシャロンに謝罪しに行った際に、
母が『マークと結婚しなくても、貴女に弟子入りしたい』とシャロン嬢に懇願する事は分からなかったが───
そんな状況だったが、未来が詰んでいたのはマークだけではなかった。
マークを含む放蕩息子達……彼らは同じ穴の狢だから。
最近、彼らの婚約者達がシャロン嬢と仲が良いのを知った。
婚約者達がシャロン嬢に友達になってもらったと、嬉しそうにしていたのだ。
「学園に来て良かったですわ。
シャロン様の技って、非力な女子供でも殿方に勝てるんですのよ……方法はいくらでもあるって。
貴男がおっしゃる通り、知見を広げる事は───」
本当に、新しい世界が広がるんですね───
見たことが無い程に美しく微笑む婚約者達を見て、放蕩息子達は自分達の行いのツケを知る。
人間は心があり、それを踏みにじれば未来など無いのだ。
◇
「教えたって言っても、大した事は無いのよね。」
「俺も中学とか高校の授業で習った程度ですしね。」
黒髪の男子生徒がシャロンについて語ると
『私もこうすりゃ痛いよ─って孫に何個か教えてもらった程度だもん。』と、前世トークでメイも同調する。
二人は異世界転生して、この世界はどうやら関節技の技能が無い事は気が付いていた。
居住区から出ると、獣や魔物が闊歩しており身を護る甲冑や鎧が店に売られているのだ。
どうやって関節技を掛けるのだ。
だが、防具を着ていない人間相手なら。
見た事もない関節技なら。
いくら未知の技でも相手が手練れなら返り討ちに合いそうだが、
シャロンへの特訓と並行して【転生者クラブ】の格闘技経験者数人でマークの観察をして
【傲慢で単純、素直だが要領が悪い】と分析し、一回限りの大勝負に出たのだ。
勿論シャロンがケガをしない事も重要なので、そこは慎重に特訓したのだが。
意外にも、シャロンは格闘技に適正があった。
一を教えると十を知るとはこの事とばかりに、吸い込むように覚えていった。
メイ達が手に負えなくなり【転生者クラブ】の猛者達とスパーリングを熟すようになり。
そして───
後に、大陸全土に近接格闘技の祖と詠われる【シャロン・グレイシー総裁】の格闘技との出会いは、
麗しき青春時代の友情の結晶だった。
閲覧頂きありがとうございました。
楽しんで頂けたら幸いです。