⒍こんにちわ世界 後編
どいつもこいつも焦ればフカイ。もはや動揺はしなかった。却りて「ですよねぇ」「そうなりますよねぇ」「分かっていましたよ、えぇ、分かっていましたとも」。ごめんあそばせ――ありがたいことこの上ないがな。慣れは無敵に陥る最強のクスリ。あぁ、生きているってなんとも素敵なものなのだろうか。とはいったところで、別に心の照準が定まった、と言うわけではない。一種の現実逃避に過ぎん。意識とは別、内心かなりびびっている。
コップに入った水も何らかの衝撃が生じれば論を俟たなく水は揺れ、波が立つ。つまりは、人間が新たなるものに挑戦するときに心情ロジックは大体こうである。稀にキチガイもいるが。所詮論外は論外だ。
――むろんとも、知らんが。
『えーゲストの皆様方には今かお渡しする箱の中身をご拝見ください』
なんだね、またしても卒業祝いの代物か。花束ならいらんぞ。営業スマイルで受け取りつつ、帰ったらただの可燃物だ。
直後、どこからともなく、黒衣を纏った人間なのか、AIなのか判断に至れない者達によって、各々がコトリコバコを贈呈された。尤も、そんな物騒なモノではなく、寄木細工の立体パズルのような箱である、というだけだが。
木箱自体は至って普通で、どこか美しさというか、畏敬さを感じうる。アンティーク調?言葉だけならまだしも――それにはなんとも、人々の心を虜にさせてしまうだけの魅力がどこかあった。だが、そんなことを味わっているだけの余裕も時間など微塵も存在しなく、中身をご拝見もなにも、そもそもの開け方がわからない。自分だけならただ単に馬鹿か、クソ不器用なだけの可能性も無きにしも非ずであったが、どうやらそうではなく、他の参加者も以下同文の有様。然りの祠だ。
卒業祝いが立体パズルとか……鬱陶しいったらありやしない。そもそも本当にパズルなのかさえ怪しい。あくまで〝その様である〟系ではないのか?
そもそも鍵穴式開錠という説もある。しかし、それなら鍵穴はどこへ?自ら歩いて消えた?馬鹿な。伝統技法にはとにかく疎く、もしかしたら寄木細工には鍵穴という概念そのものがないのかもしれない。結局の所、初めて入った女の子の部屋を、一ミクロン単位で舐めまわすように隅々まで見たが、誰一人として開けることはままならなかった。どう足掻いても、奴に頼る他ないらしい。即座にして悟った。
言われた通りにするなればこそ、時計の淵に内臓されているsimピンみたいなものを、箱の正面にある小さな穴に刺す、と。馬鹿いえ。そこには穴なんて存在しなかったはずだ。探りが、浅はかなモノであったとでも?一ミクロン単では取るに足らない、と。
結局は鍵穴式開錠――ピンを差し込むとすぐに、カチャ――箱の上部が開いた。
また恐ろしい事この上ない話――いつの間にやら腕時計が装着されていた。元より自分から率先してつけた覚えも、それ以前にそもそもつけるかどうか迷っていた次第。なにせ、もしこの時計がある一定の条件をクリアすると瞬時に爆発する、とかいう逆トラバサミみたいなものだったらどうしろと。デスゲームといっているのだ。なくはない話であり、この手の話はよくみる。
「「「――ッ!?」」」
各々が驚きを示すのも無理もない。他の参加者に倣うように、顔色を瞬時にして変える蓮。間違っても、血に浸る子供の指などではなく、しかし、さながら物騒なモノに変わりない――一丁の拳銃と弾倉、弾丸が三発。キレイに型にはまって入っていた。実に本物実を帯びているとはい、依然本物。非常に非現実的な有様で、タブーな商品である。なおもこの日本という治安の比較的宜しい国において、非常に、非常に似合わない代物、ある種の豚に真珠か。うん、ちょっと違う。
銃刀法は完全にクリアされている。是非とも完璧で間違った踊り方を習いたい次第。
というか、そもそもこの島は日本の所有下なのか……?それとも他国のもの?それともそれとも、まだ発見されていない土地?筆界未定地?いずれにせよ、汚すことになる為、それ相応に罰則は否めないか。最悪死刑にしろ、どっち道死ぬのだ。日本のものではないにせよ、領事裁判権が認めらるのなら、それなりに罪は軽く……なるのか?
良くも悪くも歴史に名を残せるかもしれない。結局の所……この銃は本物なのだろうか。非常に本物味を帯びている事にかわりない。にせよ、どうあっても本物であることは間違いないのだが、認め難い自分が、ねじれの位置に突っ立っている。本物であるか否か、触って確認したいが、万一にも……下手に触れない。おもちゃではないのだ。下手に触って撃ち殺してしまっては即刻アウト。殺人罪の確立、殺人者のレッテルが貼られては困る。なにより自分の手を汚したくない。なんとしてでも、避けたい事実だ。
『総弾丸数はご覧の通り三発。つまり、弾倉に装填できるのは三発であり、最低でも三人は殺せると言う単純な計算。それ以上でもそれ以下でもなく、最低ヒトは三人殺せる、三発撃つことができる。三発撃ち終えてしまえば、おめでとう。あなたの負けです。ご退場頂く前に、敵を仕留めつつ、死に物狂いでペアを組み、脱出を試みてもらいます』
腹部の最も柔らかな部位に麻縄が巻きつけられ、綱引きの如く、左右から引っ張られる――瓢箪締めか――――酷い嘔気と目眩、頭痛の状態異常。呼吸が苦しくなり、酸素を寄こせ、と次々に身体は喚く。全力で腹部圧迫されれば至極、否応なしに絞られるウエストは、臓物を握り潰し、腸は捩じ切れる。胡蝶之夢ならぬ誇張之幻覚か。全く、なぜ世の女性というものは、数学定義上の線に憧れを抱くのだろうか。女性が求めている最終形態はカマキリでしかない。実に、実にまろやかな思考だ。
咽喉をゴクリと鳴らせば、突拍子――喉頭隆起は押しつぶされるように咽喉の奥へ奥へと後退し、甲状軟骨が首を奥深くへツキササル。痛みさえも感じないのが現実。声すら荒げる猶予もなく。馬鹿な――いくらドラッグをやっていたとて、物理攻撃、そりゃぁないだろう。
今も尚湧かない実感と、体積が割かし小さな不安と言う名の物体が、大の字に寝かされた再現模型の四肢に落ちては、骨を砕き――砕かれた骨の破片は無情にも血管、神経、肉に悉く掣肘の痛み。申し訳ないが、ガラスの靴を落とされたのはどちらさま?腹部、胸部、頭部、やがては逃亡。無慈悲な祟りに合えば、これもまた現実のラブソングとでもいうのか。諸行無常に焼かれれば憂いなき、実写化された殺し合いの、事実布告に強兵共は恐れ慄き逃げ出した。
従わなくとも、必然性を見いだせず、ただ只管に宿命の完膚無きまでに――過呼吸になる者はいた。原則的に生じるは何らかの状態異常。男性陣は依然顰め面。顰蹙に嘆き、「おいおいまじかよ」と言わんばかりに脂汗を伝わせては、歯茎を喰い千切った。
中には実銃を前に興奮している野郎もいたが、所詮、変態の所業。構っているだけ無駄だ。
『ではみなさ――』
ゲーム開始を告げる無慈悲なトランペットのが鳴るのを遮って。
「少し待っていただきたい」
しゃしゃりでるおこちゃまは至って冷静沈着のご様子だった。