⒌こんにちわ世界 中編
説明回です。
――――【LDG】――――
正式名はラヴァ―・アンド・デスゲーム。
ありきたりな名前であると言う事実はさておき、これはサイト自体のネームであり、同時にゲームのタイトルでもある。言ってしまえば、某デ〇ズニーアニメの――日本では「アナ〇雪の女王」が本場では「フローズン」とかいう、もはや面影もクソもありやしない後始末のソレと同じである……うん、ちょっと違う。
前者であるサイトはそう簡単には明るみにでない、いわばダークウェブ的存在に近しい何か。曖昧なのは、あれもこれも全て、正確な情報の展開、及び開示が進んでいない所為だ。
それ以前の問題として、国の豊満ボデーのお偉い方が、警察などの組織と話に、話し合った末に結成された組織が、真面に機能していなかった。……つまるところ、組織……ある種の特定班の任務遂行が間に合っていなかったのである。人手不足?無きにしも非ず。
というのも、今回のゲーム、今回が初めてではなかった模様。過去に幾度か行われてきたらしく、その都度大勢の人が消えることから、国としても、何にしても、重大であり、組織、体制の立て直し並びに、変化を齎せているのだが、勝てるには足らない、と。現状、未だ嘗て、有力な情報の特定ができていないのがいい証拠だ。結果的に組織なんぞ作ったところで、よ。犠牲しかでることはなかった。
過去に幾度か行われてきた、都度、インターネット上を特段手厳しく管理したり、呼びかけを行ったりした。が、どいつもこいつも残飯にも下らない結果を挙げるばかりで、ようするにインターネット上を管理するなんて、もとより無理は話だったのだ。あんなクソ広い無限空間の管理など死んでも無理だ。
国はサイトへ辿り着けていない。完全にプログラム上の痕跡も一切を以て抹消されている。このようなことが仮にもありうるのだろうか。言わずと知れた天才ハッカーとやらを雇って試そうも、そこまでの金がない……というか、もったいない、という方が大きいがゆえ、未だに試してはいない。完全に、時間だけが歳をとってして終わりを告げる。
まあ、しかし、国が直々に動いたくらいだ。感謝の念を備えるとともに、驚きを隠しきれないか。我武者羅に動くことはできよう、としてもだ。しかし、豊満ボデーのお偉い方は冷静な思考は健在だったらしく、それだけは解禁してはならぬと、やたらめったらうるさかった。理由は考えずとも分かるにしろ、これだけは言える。
――期待するだけ無駄である、と。
続いて、後者であるゲーム内容はというと――男一、女一の男女ペアをそれぞれが〝絶対〟に作り、そのペアで、他のペアを潰しながらサバイバルをし、なんとしてでもこの島から脱出する、と。大まかにいってしまえば、そんな感じだ。どうやら島に滞在し、生活を営んでいくのは無理があるらしい。愚問だ。また、どれくらい〝絶対〟ペアを組まなければいけないかというと、数学のテストで、問題用紙に計算して答えを出したはいいものの、肝心の回答用紙に答えを書き忘れた、なんてことが〝絶対〟に起こってはいけない並みに〝絶対〟だ。端的に言ってしまえば、それが何かしらの重要な試験だった場合、それこそ最悪。
蛇足に過ぎないが、以上の感じのゲーム内容を聞き、尚も簡単と思うか否か――賛否は七対三くらいで分かれるだろうか。少なくとも、現実において、死人が出るゲームであると言う時点で、どちらも専らクソゲーである、という感想は満場一致だろう。あくまでも、一部の特殊な変態を除いた場合であるが。にせよ、満場一致のパラドクスが本当に存在するのか否か、都市伝説程度に嗜むとして、あくまでも0と1の集合体ではないのか。いずれにせよ、暫定満場一致のパラドクスが存在するのならば、それはそれでくそである。動く点Pというものが存在している並みに〝クソである〟ということだけでなく、やはり現実は世知辛かった。
続けてQは参加者の神経に入り込むかの如く、恐怖を濃厚に絡ませるべき、こう口を縫い合わせた。
『でも!そんな単純かつ簡単なゲームじゃ、ツマラナイ。だ・か・ら!この島に逐一鬼を投下することを、運営より決定いたしました!!ここではその鬼を仮にDと呼びましょう』
それこそが、このクソゲーにおいての、最もクソったれなクソ要素であり、決定づけた運営の上層部こそクソだ。もとよりこのゲームを大体的に指揮する運営の思惑だったってワケだ。
鬼と言っても、世間一般的イメージするあの角が生えて、あの特徴的なぱんつを履いて、金棒を持ったソレではない。近いイメージ……某化物製造団体及びコミュニティサイトのSafe、Euclid、Keter、Neutralized、Explained、Thaumielのようにオブジェクトクラスわけされたところの化物だろう。尤も、違うが。
というか、人を殺すだけでも異常者ではない限り、薬物を使用しないと手厳しいところを……そこに理解し難い非情の非現実的な化物までも投下されては……。クリアもクソもない。ハードコアが過ぎる。あくまで、クソったれなエンティティ様というワケか。
『ゲストの皆様にはそのDと交戦しつつ、同時進行、皆様同士で殺し合いながらこの島からの脱出を試みてもらいます。なお、島から脱出する方法は問いません。そもそもルールというものはございません。好き放題足掻いてみてください。ちなみにですが、この島に潜伏し続け、助けが来るのを待つ、という選択肢は愚行に過ぎません。期待しない方が身のためです』
助けは期待してはいけないのか。まあ無理もない。化物が現れる程のファンタジーなのだ。この島が島なら、もはや現実を疑うべきだ。そもそも、Dがどんな感じで出現するかにもよる。
『Dは日が経つに連れ、強さも数も大幅に増加します。況して、Dの中には特殊効果を持つものや、知能レベルが発達した質の悪いものまでいます。よって、潜伏し続けても待つのは死のみ』
まさか、D自体が、そもそもが空想的概念であるのに加え、それ以上に特殊能力があるとでもいうのか。現実の境界線を越えすぎいる。リアルとはなんだ。哲学なんぞ勉強していないぞ。Dは一体一種だけではなく、多種多様?百人百様というわけか。
――お伽バナナ。
強さも数も異なる。ファンタジー同様、特殊能力を携える鬼さえも……?
もしかしたらクソゲー以前の問題なのかもしれない。ムリゲーだ。キチガイと交戦など、馬鹿が過ぎる。限度を弁えてくれ。クソゲーにもクソゲーなりの魅力ってものがあるのは事実だ。認めよう。しかし、しかし!これは度を越えすぎてる!!無理だ、どう考えたって無理だ。無理なモンは無理だ。
『まあ、それ以前の問題に、食料が尽きるでしょうけどね』
つまりは飢餓にもだえ苦しむと?餓死と?やめてくれ。
厳密に、そもそもサバイバルの経験がない人間は即刻ご退場ではないか。キャンプ経験にしろ、もって最初の一周だ。二週目以降無理な話だ。あくまで、殺し合いだの、化け物だの一切存在しない場合だ。いわゆる遭難シチュエーションの場合だ。
恐らく、今後の主な、初めの一週目で死ぬ人々の主な死因は以下の筈だ。
水不足や感染症、動物などによる逆屠殺。
水不足に関して言えば、初めに降り立った場所に比例しなくもないが、少なくとも、水中にはエキノコックスを初めとした寄生虫や、バクテリア汚染がある、と誇張気味に危惧しておいた方が身の為だろう。飲めなくはないにしろ、多少の反動は覚悟しておいた方が良い。死ぬケースがあるくらいだ。余裕があるのならば煮沸消毒をしたいところではある。
感染症は当然ながら切り傷などから細菌やウイルスの侵入が主だ。ほんの小さな小さな傷でさえ油断は禁物。一歩間違えれば死――言うなれば死と隣り合わせってワケだ。
または、動物に屠殺されるケースにしろ、主が熊?果たして熊に勝てる輩がいるだろうか。銃があれば……まぁギリ?いずれにしろ互角か、刺し違え、だ。いくら強力な麻酔銃を持っていたとて、ヒグマなら十歩は耐えられるだろう。
間違いなく素手では到底無理な相手だ。況してや、近接武器で挑むのも愚の骨頂。殺せるかもしれないが、代償が大きすぎる。それこそ刺し違える覚悟だ。端的に、ボディービルダーに一般人が挑むようなものだ。勝てるわけがなかろう。
爬虫類系統の生物にしろ、蛇が一番怖い。人間なんて秒だ。蛇は怖い。あと虫も怖い。あれは完全に質が悪い。
とかく、ここが一番の詰みどころだろう。あとは何があるだろうか。
今までのQの言ったことを完結に要約すると――この島にいる以上、女よりも温かく出迎えてくれるのは〝死〟。早いとこ脱出しましょうね、と。
一先ず人を殺すどうこうの話はおいておくとして、脱出の準備に最善を尽くした方がよさそうだ。恐らくもクソもなく、延長戦に持ち越せば持ち越すほど不利になりえる。
『Dは獲物を見つけると、殺すか、獲物が死ぬまで追跡する、という傾向があります。即ち、ゲストの皆様方が先にDを殺すか、あるいはDに殺されるかの二者択一。いいや、その前に同じ境遇の者に殺される可能性もありますね!もちろん、死んだふりをするのなんて愚行に過ぎません。死んでいてもエサはエサ。食われるか踏みつぶされるか。いずれにしても、死ぬ以外に道はありません』
実感が湧かないのにも関わらず、些かな恐怖を覚えるのはなぜだろうか。どうなろうとも、女性陣は相も変わらずの様子でありながら、最も変化を見せたのは男性陣であった。今の今までと言うか、怒りを飽和させ、それを体内の二酸化炭素と一緒に排出していた男性陣も、Qの詳細を聞いたが所以に摩訶不思議。表情筋に多少ばかり、野蛮な力が働き、必然的に表情を強張らせた。その場から微動打にすることもなく、また、惜しくも表情だけ止まらず、基本的に体のありとあらゆる筋肉全域に同様の力がはたらいた。
掌に爪が食い込まんばかりに強く強く握りしめ、声を出そうにも声にならない声が漏れるばかりで、まだQの話を完全には信じていないとはいえ、些かの疑惑はあった。
もはや声帯までもが遠慮している。海に飛び込みし、その身を、水死体へと志願するものも……ありがたいことに、現状はまだ存在していなかった。自害ほどいろいろな意味で第三者の心を揺さぶるモノはない、と。
そんな中、蓮の脳内……というよりかは、体全域に突発的な悪寒が電流の如く走った。
筋肉が一瞬、ビクッ、とジャーキングのような、ある種の不随意筋肉痙攣を呼び起こす。それによる筋肉の痙攣はおよそ〇・二五秒。不吉な予感か。不覚にもフラッシュバックするゆえん、なんら不自然性の見受けられない現象であった。確認を兼ねて、戦々恐々ながらの面立ち、気持ちで体内に遺残する違和感を祓う。
静かに小さく挙手し、Qの応答があったのちに。
「サイトに書いてあった確実に彼氏彼女ができます?のハテナの部分に齎す意義はなんだ?」
確認を兼ねて、訊ねるに然るべき最重要質問。
それ以上に、ここで、コトを解決しておかなければ、アントン・チェーホフに怒られて叱られてしまう。
ヤケに蓮の感情には、それがばかりが引っ掛かりをみせた。忘れていた、とはいえ図ったかのようなタイミングで思い出したのだ。それ相応の意味があるに違いない。
間違っても、取るに足らない代物ではない筈だ。
『……単なるミス、と言う可能性は考慮しなかったのですか?』
この時点な半ば強制的とはいえ確信を覚えていた。なにかある、と。
ミスと言う可能性……確かに考えはした。それはそれで一理ある、と。単なるミスでしかなく、価値などどこにも存在しえない、と。さればとて、だ。ミスをミスの儘放置することは果たしてありうるのだろうか。……いいやないか。
「まあ、考えたには考えたが、それはあり得ないと判断した」
『ほう?それまたどうして?』
「別に深い意味はない。ただただそう判断した」
別途、単純に説明が面倒くさく、省略しただけのもの。些かな慄然の中心に置かれる参加者に「んだそれ?」と思わせることにより生ずる慄然の減少。それが狙いだ……うん。苦笑できる場面ではないにせよ、少しでも気が楽になったのなら何よりだ。
『……ちょっと何言ってるか分かりませんが、まぁ、いいでしょう。隠すほどのものではありませんしね』
結論から言うに――やはり単なるミスではなかった。やはり意図がそこには……その記号には存在した。そもそも、ハテナ自体は所詮は一種の記号に過ぎない。本来であるなればこそ、そこに意味を求めては、探ってはいけないのだろう。ある種の暗黙の了解ならぬものか。いずれにせよ、今回に限って別途だったまで。
ハテナの意味……それは、誰一人として彼氏彼女をつくれることを〝証明〟することがままならぬ事実がそこにあったからだ。つまりは――
『みな、死にました』
果たしてそんな事がありうるのだろうか。いつ頃からこのサイトが存在し、またいつ頃からこのサービスのリリースがあったのかは推測にも及ばぬ、理解の域に達しえないにせよ、果たしてそんな事があるのか……?クリアできないゲームなど存在しない筈では?バグの所為?運営による修正は?チート?banは?つまりはエンティティにとらわれていたんだ、と?まさか。
まさか、とは疑ったが、参加者の目には明らかな動揺が窺えた。驚愕の名の下の平等……現実味など至極当然あるわけがなく、非現実に、今の今まで存在しえなかった筈の希望が打ち拉がれた。明らかな動揺が窺えたとは言え、依然半信半疑だ。実感が湧かない為に生じる混沌か。ないしはお察しの領域か。いずれにせよ、馬鹿馬鹿しいが過ぎるだけの怪談。
「う、うそ……だろ」
「ありえない……」
「じゃ、じゃあやっぱこいつの言う通りみんな……本当に死んで――殺されたってか?!」
「ばか言え」
「ありえない、絶対にありえない。夢だ。偽りだ。ふざけるなクソったれ」
「い、いや、家に帰りたい……家に帰して!!」
「ざっけんな!!家に帰せ!」
「そうだそうだ!!」
現実に背き、二次元へと誘われる。しかし積分すれば三次元だ。プラマイゼロ、と。やはり現実逃避、というのは単なる言葉ではなく、事実そのものであったのか。紺碧の地球に存在したと。一種の猿夢だ、胡蝶之夢だ、車に跳ねられたせいだ、と駄々を捏ねてはならなく。それもまた至極当然の人の心理
会場がざわつくのと同時に、参加者の感情という臓器に輸血パックと共に送迎されるのは混乱と絶望、不安と恐怖、後悔と怒号の雨霰。「お母さん……」母の名が口にされることは、もはやなんら不自然性も見受けられない。恐怖と比例の関係に相対する涙腺。後悔の懺悔がまさに内なる下に行われし。涙が浮かび上がる頃合だろうか。人間は決して弱い生き物ではないにせよ、強くもない。言うなれば非常に脆い生き物なのだろう。物理的にも、精神的にもどの観点においてもだ。
足の根源たる筋肉が恐れ戦け逃げ出したのか、跪かずにはいられない。後悔に、後悔に駆られる感情というものは惜しくも残酷であり、情の情けがないのだって何ら不思議ではない。宗教勧誘ならば今が潮時。感情に激しく現在進行形で翻弄されている人間ほど落としやすいものはない。余談に過ぎないが恋愛においてもそうである。失恋したアノコこそ堕としやすいものはない。
今回が初ではないこのゲーム。それにも関わらず未だ嘗てクリアした者……彼氏彼女ができる、ということを立証できた者は誰一人としていない。それだけでも難易度が高いことは容易に理解に至ることができるが。それ以上に、参加者同士で殺し合うだのDと呼ばれる所謂鬼と交戦するだのドMゲーにも程がある。落胆に値するゲームか。皮肉にも、レビュー爛には桜が満開。果たしてこの現実味を帯びないある種の非現実は現実なのだろうか。夢、というエンディングも期待したにはしたが、所詮は便宜上の妄想に過ぎん。
儚く溶け散るまで。高難易度のソレとはワケが違うわけであって、故かはさておき、果たしてこの次元に……現実に化け物、というモノは存在するのだろうか。どこぞの架空生物大好きマンによるコミュニティではないのか。それはそれで変態であるが。そもそもこの次元に映画やゲーム、マンガのような化け物を作り出すことは可能?ウイルス変異によるもの?科学的根拠は?証拠は?……いうなれば科学的とかクソくらえ、とかいう妥協せざるをえない結論。積分すれば三次元になる――ゆえに化け物は可能か。
依然の問題点として、死人が出る可能性が限りなく不可説不可説転に近いゲームが、この現実で起ころうとしている時点で、専らクソでしかなく、クソ以外のクソが生まれる可能性はクソ以下。クソを通り越して、もはやエロシティズム運動がはたらきを齎しそうである。センシティブの発動か。
基本的に金があれば、なんとけできそうな現実世界……地球において、スキルだの魔法だのは聞いた事がない。超能力とまでは言えぬが、それなりに近しいモノは存在する。にせよ、呪文詠唱によって〝ナニカ〟が飛び出すなど、まずありえない話だ。もしや、世間に流されていないだけで、実際にはもう存在している?どうせ実験道具だろう。どうあれ、非常に馬鹿馬鹿しい。
問題点はそれだけに止まらず、アニメやゲームならではの重力やら物理法則やらを無視したあの動きは果たして可能範疇?人間にできるの?馬鹿な話だ。普通に仕事をし、やつれきった表情で帰宅する、という一連の業務作業の反芻している人間しか凡そ存在しない。至極当然、蓮は社会人ではないにしろ、極々一般的な大学生であり、当然ながらにしてスキルなど魔法など携えているワケでもなければ、使ったこともない。剰え、体をハードに動かす、ということ自体長年行ってこなかった人間だ。つまるところ、論外であり、恐らくもクソもなく、こういう人間が、まずまず初めに死ぬのだろう、と。刮目せしめたい。
『さて、前戯はここまでにして、早速本番に移りましょうか』
その一言はもはや参加者の耳には届いていなかった。否――正確には届いているのだが、もはやそれどころではない感情に狩られ、酷い表情にして茫然自失に身を委ねているのみだった。
『本番に移る前に、ゲストの皆様には運営チーム一同より、ささやかながらにこちらを提供させて頂きます』
直後、天から聞き覚えのある鳥の鳴き声が響き割った。
カーカーカー――鳴き声に促されるようにして、なんら不自然性もなく、顔が上へ向くと。晴天をアクロバットに行き交う多勢の烏が。いつの時代から烏と言う鳥は、航空自衛隊に属する曲技飛行隊へと願書を提出し、実際に入隊したのだろうか。空に、円を描くようにして飛行すること数秒。一時の間でありながら、平和をもたらした烏、を眺めていると突如――一斉に進行方向をこちらへ変えて、猪の如く、さながら猪突猛進――滑空してきた。
「――ッ!?」
必然性のみぞ存在する一瞬にして、息を飲むかのような、声にならない悲鳴が飛び出し、顔面のディフェンスをオートでしてくれる両腕には大変感謝。しかし数十秒――と、いつまで経っても訪れない痛みの伴う攻撃に、疑問に思ったのか、恐る恐る腕を退けてやると――黒煙を纏う銀狼が頭上を飛行し、血濡れた烏はさも犬用のおもちゃであるよう。
牙が肉体を貫いた。蓮の周りを囲う他の参加者の悲鳴が、当本人である蓮はというと物事の処理が追い付いておらず、未だに硬直していた。
「ぇ……?」
阿保らしい声帯の震わせ、目先にあるグロ画の嗜み。黒煙を纏う狼の牙に貫かれてメスイキしたような表情の烏。些かな流血は静寂とかした砂浜へと、明るい色を齎せた。咥えた鳥を静かに降ろし、立方体のナニカと共に、蓮の下へと差し出した。おかしいな。主従関係を築いた覚えもなければ、遊んでやった覚えもない。が、狼に「もっとぉ、もっとくだしゃぃ」と強請れているような……尻尾をブンブン電流計の針が暴れ狂うかの如く、懇願の権化を示していた。おかしいな。狼が狼のコスプレをした女の子にしか見えなくなってきた。これは……末期か。ある種、獣人族だと信じたい。
差し出された死体とルマルシャンの箱のような物体の一瞥――目線を差出人の狼に合わせるや否、数秒。見つめ合った。
……目と目が合う~瞬間~好きだと、気づいt……ごほん。決してトキメいたりはしないものの、なぜだか、徐々に愛着ならぬものを覚え始める。これは必然?いいや、犬は苦手だし、猫か犬、どちらが好きと問われれば即座にハムスターと答える。
――小動物しか勝たん。
あまりにメラニン色素が美しいまでに配合された狼を見て、考えるよりも先に、売り捌いたらいくら儲かるのだろう、と、人間の醜くも、らしい部分が出てしまったことはここだけの話。しかし例によってそんな事を考えてる時間は少なく。
『おや?またずいぶんと汚らわしいクソ犬が迷い込んできましたね。いやはや、致し方ない……』
恐らくは、参加者に、耳を凝らしてでも聞こえないであろう声量で言ったのち、パン、と手を鳴らせてみせれば途端に。――今の今まで気が付かなかったが、狼の左後ろ足に繋がれた銀の鎖がチャラチャラとゆっくり静かに音を鳴らし――刹那の時間の進行により、轟いた悲鳴は狼のものだったという。
急激に、勢いよく引き釣り込まれる狼は、衝撃にバランスを崩し、地に腹を預ける形で、無残に姿を消した。腹の肉が削れんばかりに、摩擦による抵抗と損傷は大きかった。思い返せば、繋がれていた鎖は、ただの鎖ではなく、手にも代入しうる。いや、あくまでも幻覚(ヒトのヒトによるヒトの為のロマン)に過ぎないが。
迷い込んだ一匹の狼が駆除され、会場は騒然と、声がまきあがった。なにしろ、やり方がやりかたであるが所以。気を取り直して、Qが再度手を鳴らすと森の奥の方から烏が一羽、空気を羽搏きやってくる。
例によって、その烏は蓮の下へとやって来てはルマルシャンの箱のようなものを足で咥えると――
『皆様、両手をお出しください』
Qの指示に煽られるもと、恐る恐る手を前に差し出す。
――すると、ポトン、と重た気なルマルシャンの箱の如き代物が、触覚を刺激するのが分かった。何が落とされるのかわかっていたとはいえ、やはりある意味未知なものだ。それに可能性は無きにしも非ず――力を加える方向を過って、糞が落とされた、ということも……。女の子のソレならまだしも……いいや、どうあれ糞は糞だ。糞となれば、それはそれで号泣案件だ。思わず投げ捨てようかと思ったが、脳が追い付いていないらしい。シグナルを送る暇もなく、停滞前線。読んで字の如く、頭が真っ白になっていたのだ。
――まぁ、要するに言えば、何においても、初めての処女の如く大切に扱え、とそんな教えだ。
また、いくら未知のモノを恐れるのが人間とて、好奇心がうんちなワケではない。寧ろ好奇心旺盛と言う方が近いくらいだ。それこそ、箱をベタベタ舐めまわすように触りて、気が付いた頃には開けている。ミステリーボックスこそ、ソソラレルモノはない。
「とけ……い?」
まさしく、時計であった。
誰がどの角度からどの高低差から見ようも、どこの国の人が見ようが、満場一致で、それはまさしく〝腕時計〟だった。
ボディーは基本的に黒塗りされていて、マット加工が施されたような質感。完結に見た感じいい所を述べれば、軍の連中も使っていそうな、それ相応の品質だった。
『そちらはご覧の通り腕時計です、えぇ、アウストラロピテクスが見ても、恐らくは腕時計である、と認識できることでしょう』
デバイスの一瞥――程なくして、質疑応答の時間がやって来た。
「こ、この時計……壊れることって……あるのか?」
男の問いに、さもただいま自分が不安に思っていた案件であり、聞き出そうか悩んでいたところだ、とでも言いた気に、他の参加者も同意の意を表情で示す。
確かにそうである。もし仮にもこの時計が壊れる、なんて事態となった場合、これはあくまでも仮説とロマンでしかないが、この時計がゲームの鍵を握っている、と考えることができる以上――そんな事態、明らかに詰みゲーである。それに、時間が確認できないというものは意外にも致命的なものであるからするに、時計がぶっ壊れるなんていう結末になってしまえば、それこそ死亡フラグだ。
更に言えば、壊れる以外にも、充電どうすんねん問題が二の次にある。残念な話、背き難い事実――むろんともこの島に電源キャビネットも電池もある筈がなく。一から電池なり電源キャビネットをつくれ、と?んな無茶な。知識がない人間には無理難題過ぎる。それに、そもそもの発電所があるかさえ怪しい。……というか普通に考えれば無人島に発電所がある時点でアホだ。もしかしたら、少しボートにでも乗って移動した先の孤島に発電所があるのかもしれないが、それはそれで現実味が著しく禿げている。
とにかく、もし仮にも、この時計に充電必須、的なうんちが搭載されているのだとしたら、それはもう……消沈。諦めてタイタニック号の真似するほかない。
さて、確率はどう考えても二分の一。神が本当に下界を見下しているのだとしたら、果たして行く末は、どちらの見方につくのか。
――参加者か、Qか。
結果によっては当然ながら粗方生死が決まってくる。
『あぁ、そのことですか。そうですね……通常、壊れる、ということはまずないでしょう。なにせ、この時計は我社がこのゲームの為だけに試作に検証を重ねて作り上げた最高傑作の代物です。ご安心を、耐久性にはもちろんのこと、耐衝撃性、耐水、耐火、防塵、防水、防火、その他もろもろが通常と時計とは比べ物にならない程飛躍しています。ですのでご安心を。通常、壊れるというケースは百パーありえません。それこそ、以前のモデルでしたら精々八十パーが限界値でしたが』
数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使う、と某政治アナリストが言っていた。が、あくまでもケースバイケースということ……なのか?まあ便宜上も兼ね備えるとなると……。どうたらこうたら、この場合には適用されないだろうが、如何せんQとやらは信用度に著しく欠ける。詐欺師要素が否めないのも事実・現実か。
信頼しても信用するな、と。MAX値数を使う人間は詐欺師のほかただならない。それこそ、何を根拠にMAX値数を掲げているのか、わかったものではない。事実無根は許さぬぞ。
――エビデンスしか勝たん。
口頭数字は安心できぬ。
――過去の統計上の数字しか勝たん。
『ちなみにですが、この時計のバッテリー……充電に関しましてはめっぽう心配には及びません。先程にも言った通り、我社が全身全霊をかけましては全て、完璧に仕上げることに成功した、と。必要に応じて、神さまとやらに誓って言い切りましょう。大丈夫である、と。この時計には充電システムとかいう控えめに言ってもクソみたいなものは元より携えている筈もなく、言うなれば凡その永久機関と言うわけであります』
それこそ神さまに誓ったのだ。
それとも、半ば永久機関と言う言葉を本当に信じてもいいのだろうか。まさか、永久機関が実在したなんて。初耳だ。胡散臭い。ある種のエネルギー効率と費用対効果は大丈夫であると?まさか。
些かな不安が油汚れ並みに残る一方でしかない。が、きっと大丈夫。大船に乗った気で、外部からのエネルギー供給を必要としなくとも、可動し続けることのできる代物だと信じよう。なぁに怖がる必要はない。よく言うだろう、無知は剣にはならないが、盾にはなると。
それに、壊れる時も、充電がなくなるときも、みんな一緒だ。
『それではさっそく、本題のゲームに移ってもらいましょう』
尺が足りないのか、いささか急かすような声音だった。