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ヒリア戦線  作者: 。
第一章:始まるのです、マジックショーが。
2/12

⒉上がるのです、階段を。

 家に着くなり、速攻で『彼女作り方』とテンプレ要素丸出しの検索をかけつつ、何かに期待している自分が、そこにはいた。やや息を切らし、焦りが少なからず現存している分、指が……というか、もはやれんを構成する原子単位で震撼シンカンしている。これは必然?宿命?いいや、女だ。


 なんにせよ、震えていては真面マトモに打てるものも打てない。寧ろ、とでも言っていいのだろうか、その状況下の中、ただひたすらに鼻の下を伸ばし頑張る蓮は酷くカッコいい。


 家までの道のり、疾走継続とかいう、なかなかにハードなワードが出現したるや、汗が額より頬に伝わって、滴り落ちる。スマホの画面にポタッと――その汗が仮にも希望と代入しうる場合、それは斯くして蓮の生きた屍だ。可愛い子分のよう。


 とまれ、煩わしくも高鳴る鼓動、ドクンドクンと体内で重低音が鳴り響いている現状。それはつまるところ……興奮?つまりはバイアグラ?しかしなぜ?


 ありふれたテンプレ要素の塊でしかない検索をかけ、漁ること凡そ一時間半。ネットと睨めっこ勝負を挑んだのがそもそもの間違いだった。勝てるはずがない。仮にも蓮はある意味、満身創痍マンシンソウイだ。


 何とまれ、調べ、得た結果は……それと言って心惹かれるモノはなかった。とかいう酷く残酷な現実。


 正直、言ってしまえば色々なモノが出てきたには出てきた、しかし。俄然心が動かされるものが現れなかったまでの話。


 検索をかけて出てくるのはみな、胡散臭い出会い系サイトだの、女を落とす方法だの。剰えには、レンタル彼女、とかいう後始末。これに関してはもはや一過性のものでしかなく、なんなら中古品ではないか。出会い系サイトなら百歩……千歩譲って理解できる。あのクソほどやかましいクソ広告のアレだ。


 一番訳が分からないのが、「女を落とす方法」だ――言ってしまえば記事にしてブログではないか。意味が分からない。なぜ現れる?切実に失せてもらいたい。有名人など、所謂に名が知られている者が書く記事とかブログとかならまだ価値がある。しかしながら、ザンネンな話、どこのどいつかもわからぬ一般人が書いた奴に関しては、信憑性は限りなくゼロに等しく。なんならなにを根拠に?試用価値に欠ける。検索エンジンで調べては、現れる度嫌気が注す。僭越センエツながら、女を落とす方法などに試用価値はない。それは誰が綴ってもそうだ。


 確かに実験などインタビューなどして得られるものはある。だが、それは女を落とす方法についての答えではなく、単なる相場に過ぎない。所謂平均値。人間の感情……況してや、対象が〝女〟になった場合、それこそ難しい話だ。女の喜怒哀楽など、どんな計算式を用いたところで訳が分からない。ある意味神出鬼没だ。それに女心に関しては……もはや世の男性陣が踏み込んで良い領域ではない。伴いましては、絶対に解明されることのない問題だ。


 とまれかくまれ、自分は何を、どのようなものを求めているのだろうか。それさえも定かではなかった、と今更気が付く。きっと、探しているうちに「これだ!」と心の底から思えるものが、向こうからやって出てくるだろう、とヨコシマ怠惰タイダな気持ち全開で約一時間もの時を費やして探していた。それこそ時間も無駄に過ぎない気もしなくもない気もするが、結果的に否めない。


 自分は……綾野蓮あやのれんは何を探しているのだろうか。加工がバリバリにかかり、クソ可愛くなった女、且つ本当の顔は会ってからのお楽しみ、とかいうある種のミステリーボックスの〝出会い系サイト〟なのか。


 それとも単に、どこのどいつ、どんな職業に就いているかもわからず、試用価値に限りなく欠ける記事ブログ等〝女を落とす方法〟なのか。


 あるいはただ一定の時間、それなりの諭吉を課金して、さも彼女の如く振る舞い接してくれる中古品〝レンタル彼女〟なのか。


 わからん。わからんぞ。探せば探すほど、このインターネット……気持ちを混濁させる。モヤモヤさせる。イライラさせる。腐る程でてくるというのに……良さ気なものは一向に姿を見せてくれない。


 このような事態があってもいいモノなのだろうか。いいや、ならん。ならんぞ。決して。


 いっその事、一か八かで片っ端から東京の気に入った女の人にナンパでもしようものか。当たって砕けろ精神はそれほど大事か。


――待って、無理、死ぬ。


 ハードコアすぎる。自殺行為だ。


「はぁぁ……」


 濁点染みた、深くも長いため息が漏れた。それと同時に、さもアホらしくなったのか、頬杖をついては――ヤケクソになってサッサッサっとスマホをスライドさせる。道中気になった見出しを見ては、帰りて――。


 そんなある種の業務作業を繰り返しているとき――ヤツは突然現れた。もちろん、Gではない。ふと、ある広告が眼球に突き刺さる。それは、先ほどまでは無かった広告。恐らく、今現在見ていたページの情報が更新されたからだろう。その広告には、良く分からんが、割かし良さ気な海外の女性の立ち絵 (ボンキュボン)と、真横に添えられるように綴られる――


『さぁ、あなたも理想の恋人をゲット!Try this site!!』


――と、非常に馬鹿げたもの。


 それ以外は特に目を惹かせる魅力的なものはない。非常に、それはそれは非常に、馬鹿げたモノである。誰がこんなものに手を出すのだろう。試用でさえ価値がない。誰が好き好んでこんなもに……。


 本気でそう感じつつ怪訝ケゲンした。ここまで来ては胡散臭ウサンクサいを通り越して、もはや関心の情が湧き出るものである。内心呆れと、シニカルに微笑みつつも、なぜだか、妙なことに、その広告に若干ながら心が揺らいだ。


 次に気が付いた頃にはその広告をタップし、広告のホームぺージへ……サイトへ飛んでいた。なんというか……今更ながらにして、なぜなんの躊躇チュウチョさの欠片も無しにサイトへと移っていたのだろうか。普通に考えれば胡散臭うものほど、ウイルスの感染、ハッカーによる情報の盗難・流出の可能性も十二分にありえる。


 しかしなぜ?なぜ逡巡さもなしに?恐らくもクソも、蓮には悠長ユウチョウに有休などとっている暇がないからだろう。であるが、さすがに危険性の考慮しなかったのは迂闊ウカツだ。迂闊であった。そんなこと今時、子宮の中にいる赤ちゃんなる前段階の生命体……いわゆる胎児でさえ知っていることだ。


 だがしかし、如何せん現在の蓮の心理状態は決して良好とは言い難い。ただ単に彼女が欲しすぎるあまり、少しばかり〝ハイ〟になっている所以の副作用程度だろう。


 ゆえに、少しばかりの判断の衰え並びに、五感の一部も少しばかり感電している。あくまで予測に過ぎないが。予測?ある種の願望ロマンの間違いか。


 さしあたり、以上の事を考えるとなると……致し方ないものは致し方ない。次回が無い事を切実に願う一方ではあるが、万一に備え、これを教訓として生きていこう。尤も、教訓もクソもないが。そこら辺はぼちぼちということで。


 最終結論として、結局頼ることになったのは出会い系サイトだ。

今さっきまで見ていたページから広告のサイトへと移行するのと同時に、一瞬画面が真っ白になったかと思いきや、瞬時に文字など画像などが浮かび上がり、サイトの構築を始める。サイトの名前は――


――《LDG》――


「えーと、なになに……『このサイトを見つけたアナタは超ラッキー!そん所其処等ジョソコラの結果がロクに出ない出会い系サイトと違い、確実に彼氏彼女ができます?』と……んだこれ」


 謎に疑問形なのと、他社への敵対意識が強いのはさておき――読み上げるは、サイトに移ってまず最初にデカデカと印象強いフォントで出迎える一文。間違ってもモットーではないと思うが――明らかながらにして漂う胡散臭さ。それはそれは消臭剤でも消すことのできないような強烈な臭いだ。


 正直、ここまで来ておいてなんだが、試す意義さえも怪しく……いいや間違っても試そうなど、思ってはいないがね。ハッキリ言ってくだらない。しょーもない。非常に馬鹿馬鹿しい。なにが理想の恋人ゲットだ。


 サイトを当然の如く見下すように、しかし暇潰し程度に閲覧を続ける。いくら見たところでサイトに対する意義――絶対値が成立しないのは百も承知。所謂産業廃棄物。


 絶対的なまでに釣りサイトである。これに関わったが最後、絶対的なまでにロクなことにならない。それこそ、老後が心配……。


 ともかく、良くないことが起こるのは確信的だ。事実無根でしかないが、偏見。だがだが、なぜだろうか。無償に心が擽られる。いや、訂正――好奇心がクスグられる。このサイトにはそんな感覚に陥らせることのできるだけの魅力も仕掛けもなんにもない。しかし、それなのにもかかわらず、現状としては妙に、妙に好奇心が四肢を躍らせ、ドンチャン騒ぎを開催している。


 心臓を舐められ、妙にくすぐったい。抉られる快感?痛みはない。あるのは異様なまでのくすぐったさのみだ。癖にさえなりえる。


 結論から言うに蓮は――というか人間は本能というか、好奇心には逆らえなかったらしい。


「なぜに疑問形かはさておき、問題は……」


 胡散臭さの濃度だ。濃ゆい。


「クッソ胡散臭いが……賭けてみるのもあり、か」


 不敵に微笑んだのち、サイト上にある応募用紙に必要事項を記入、同意し、エントリーした。本来であるならば、やはりなんの躊躇いも無く応募するものではない。それなりに逡巡するものだろう。しかも、危険性が飽和しているサイトが開催するソレだ。況してや況して、信憑性のあるサイト等ならまだしも、明らかなまでに胡散臭く、生きてきた中で、見てきたものとは違う雰囲気がそれはそれは旺盛であるものでは、信憑性に著しく欠ける。


 一刻も早く彼女を入手したい綾野蓮。でなければ、給料日にお金が振り込まれていなかった、あるいは先月より少なくなっていた人並に発作を起こす危険性がある。


 つきましては――危険どうこうはもう知らん。許容範囲である、と。もはやこの世に思い残すことは無い。もちろん、タカが広告と言って侮ってはいけないのも事実だ。侮ったら最後、息を飲む結末になるのかもしれない気もしなくもないような気もする。つまりそういうことだ。ここは暗黙の了解といこう。


 応募してから数十分が経過した。が、蓮は現在惰眠に耽っている。


 あのあと、ある種の賢者タイムに陥り、急にアホらしくなってスマホを投げ飛ばさんばかりに腕を勢いよく上げたところ、その勢いに釣られて床に倒れ、気が付いた頃には、疲れて眠っていた。


 次に自然と目が覚めたのは午後四時過ぎ。自分が気づかぬうちに眠ってしまっていたことへ少々の動揺は否めない気持ちではあるものの、それ以前に――スマホに一通のメッセージが届いていた事に気が付く。むろんとも、メッセージの主は先程応募したサイトからだ。寝起きの所為か、真面に回らぬ呂律で――


「ーっと『ご応募誠にありがとうございます。結果は後日発表致します。ご確認のお忘れないようお願い致します。引き続きLDGを宜しくお願い致します。』……」


 これは夢か?だとしたらありがたい。


 正直もう面倒になった。寝起き僅か数秒の人間に、これほどの難しい事態を紹介されても困る。意外と結果が早い事に些かな驚きを感じつつも、本音では早いに越したことはない。尤も、もう少し時間のかかるものとばかり思っていたが。


 とにかく、メッセージの内容を理解しようとするのは止そう。ここで頭を使ってはしょうがない。それに、現状の問題が一つ現れては、残っている。午後四時過ぎの起床……イヤらしい時間帯の上、二度寝が効かない。せめて午前四時にしてほしかった。粗方脳が目覚めてきた以上……うん。完全に生活リズムが狂う一本道だ。蓮にだって、それなりの生活リズムがある。その面を切実に考慮して頂きたい。


 沈思黙考の末、結果的に出た最終判断は――目を瞑って忘れることだ。敢えて言おう。二度寝した。


 やっぱりボク、思うんだよね。人類にとって二度寝とは、どんな学術書よりも、どんな赤本よりも、どんな国家機密の託された資料よりも、大切だと思うんだよね。二度寝こそ正義。二度寝こそ、ブラックに勤める大人には必要なものである。


 世のお年寄りも吃驚ビックリ仰天の時間帯就寝ゆえに腰を抜かすことだろう。しかし心配には及ばない。安泰だ。大丈夫。杖を二刀流使いすれば結果論、オールオーケー。


――結論寝た。


統一歴X年同日――午前一時過ギ――東京都――


 薄暗い部屋に申し訳程度に光を放ち、光源の役割を担う無数のモニタ。部屋はゴミで散乱し、彼方此方アチラコチラにケーブルが蛇の如く渦巻き、床の占領並びに、自分達の縄張りの権化と化した。些少埃っぽく、また、凡そ十五畳程度ある筈の部屋は、誰がどう見ても五畳以下にしか見えない敷地と化している。よく言えばヒトの錯覚の応用か。


 いずれにせよ、そんな部屋に一人、簡易的食糧を咥えた人物が椅子の上で胡坐アグラをかく形で座っている。とある一枚のモニタと、勝負の行方など分かり知れているバトルを繰り広げては。


「逃げられはしないよ、綾野蓮あやのれんくん。キミはもう私のものだ。フッフハハハハハハ――」


 さぁ、私の手の中で思う存分四肢を躍らせてくれ――狂気に滲みた懺悔ザンゲの心中。


 綾野蓮の行く末は運命?宿命?女だな。


統一歴X年六月十四日――午前六時半前――東京都――綾野家屋根裏――


 次の日の早朝一番、スマホからサエズる通知音のモーニングコール――目が覚めた。起きたばかりな為か、脳はまだ完全には覚醒に至っておらず、意識が朦朧モウロウとし、やや頭痛がする。いや、これは反動か。なにしろ、十五時間近くもの長期にわたって眠っていたのだから。そりゃあ身体に対しての反動も生ずる。バッキバキだ。無理もない。体に圧し掛かる倦怠感ケンタイカンに苛まれ、現在進行形でソレとの異能力バトルの末、負けた。


 通知の主は、例によってあのサイトからだ。


「……『おめでとうございます。あなたは当選しました。明日アスの午前五時頃に港へお越しください。引き続きLDGを宜しくお願い致します』……」


 寝起きの所為により、やや籠った声に続いて、蓮の口から発せられたソレは怪訝。


 はたまた胡蝶之夢か。


………………………………

………………………………

………………………………


――心ここに非ず。


 些少慮ってみたが、結果として、ただいま自分が置かれている状況について理解するのは、大学生の脳みそでは困難でした。


――目がしょぼしょぼする。


 そもそもの問題、体は起きているが、脳は既に二度寝モードへと切り替わらんとしている。いいや、間違っても十五時間近く寝ている筈なのだが……とかく。思考すら覚束ない現状に、理解など到底至らない。言うなれば、ただ単にボーッとスマホに届く一通のメッセージと、マジマジ見つめ合っているに過ぎない。が、すべてを察するのに要した時間は、然程であった。


「ぇ……い、あ、ぁぁぁああああああああ――ッ!?」


 喜悦な奇声に、時刻は現在朝方。この時間帯で早朝と言うのか否か。きっと、早朝と言ってしまったら最後、世のお年寄りに怒られる羽目になるかもしれないが、蓮にとっては早朝なわけであり、つまり早朝。


 そんな時間帯にとある一軒家の屋根裏部屋からトドロく夥しい奇声。ハッキリ言わなくとも、迷惑極まりない。近所迷惑――


 ともあれ、外には辛うじて朝の運動がてらランニングや犬の散歩などをしている人がいるくらいなのでよしとしよう。にしても、いくら起きている人が少なからずいようが、比較的世はまだおねんねタイムに変わりない。中には夜中に帰って来て、今さっきようやく就寝に到達して配達業などの人もいることだろう。そのような人達には申し訳ないくらいに騒音な代物。


 そんな蓮を、近隣住人に打って変わって苦情を入れるのが、ドアを蹴り破り、どこぞの軍の如く突撃してきた輩――。


ドンドンドンッ!

FBI OPEN UP!


バッコーン!!


「ちょっとお兄ちゃん!!朝からうっさいわ!」


蓮の妹――美蓮であった。


――名前:綾野美蓮あやのみれん――

――年齢:十三歳―― ・かわちい・

――生業:中学生――


 ちょうど旋毛ツムジ付近に、近所から持ってきた髪の毛を、ピンクのヘアゴムで縛り、さもアホ毛があるかのように模したボブカットの、クリンクリンの大きな目を持つ、元気いっぱいの中学一年生。


 蓮の唯一話せる女の子ではあるものの、曰く、妹なだけあって、面白くないのだとか。全く、この世には〝妹萌え〟とかいう、控えめに言ってもゴッドのジャンルが存在するというのに。世の妹好きに怒られてしまえ。


 とはいっても、実際、実の妹がいるからなんだというのだ。正直実の妹では面白くない。なにせ、実の妹とえっちできないし、ちゅっちゅできないし、イチャコラサッサできないし、あは~んできないし、結婚できないし、何より欲情しない――下心しかねぇじゃねぇかぁ!


 なんなら義理の妹、と言う方がグッとくる。ワンちゃんある。もし願いを一つでも三つでも叶えてくれる竜、あるいは魔人とお目に掛かれる機会があれば是非ともこうお願いしたい。


「俺にめっちゃくちゃ惚れてる義理の妹をクレメンス!」


と。

うん、ちょっと何言ってるかわかんない。


「ん、あぁ、すまんすまん」


「んで?どったの朝っぱらから奇声なんて上げて。ご近所さんに迷惑でしょう?」


 まるで謝る気の無い兄を遠目に、呆れつつも――はぁ、と小さくため息を吐いて、そこら辺に置かれた椅子に胡坐をかく。


「あぁ、我が妹よ。よくぞ訊いてくれた。いいか、落ち着いて聞くんだぞ?」


 通常運行であったならば、死んで一ヶ月経った魚の目をしていた兄の目、しかし今回の兄の目には希望(?)が宿りし、輝きを放ち、いつにも増して真剣な表情の兄。美蓮は反射的にゴクリと咽喉を鳴らし、額から滴る汗が、頬を伝った。


「お兄ちゃん、彼女できちゃった……」


…………………………………………

…………………………………………

…………………………………………

…………………………………………

…………………………………………


 あれ、おかしいない。空気が一掃されている。


 どうやら喜悦による奇声はモノホンだったらしく、蓮の脳内は舞い上がっていた。事実、まだ当選が決まっただけだと言うのにも関わらず、もはや既に彼女が出来た気になっている。


 DTの脳というものは、これほどメデタイものなのだろうか。それとも単に、DTの脳というものは、自分にとって都合の良い風に、自動解釈機能、が携えているだけ?


 これ見よがしに胸を張り、ドヤ顔。つきましては、我が身を喝采せよ、と言わんばかりの堂々たる姿勢は、滑稽の対象になり兼ねない象徴。


 蓮の部屋は、沈黙が場を黙れせた。


 実際には進行しつつある秒針の音が鳴るも、もはや許されざるよう。蓮が現在進行形で感じているのは、やや軽蔑気味の視線。それの真偽が問われようモノなら自決せざるをえないのはさておき、その場にいた蓮も美蓮も共に時間静止。


 唯一使えそうな機能は聴覚だけ。一定のテンポで鼓膜を震わす秒針の針の音。それ以外に得られる有益な情報や、感じ取れるものは一切合切ありはしなかった。


 やがて美蓮の時間だけが解凍し、おもむろに胡坐を崩し、椅子から静かに立ち上がると――


「あそ、じゃ」


 と素早く言葉を発し、音速にも負けじと部屋を後退る。勢いよくドアを閉めて。


ドンドンバコンッ!

FBI GO HOME!


ニューン


 そんな様子の妹子を後目に、時差が生じて蓮も解凍されると。


「な、なんだよ……あ、もしかしてもしかして、妬いてる?やっだなぁ、もう!実の妹に妬かれるなんてさっ!いいか、見とけよ我が妹よ。兄は本日を以て脱非リアを成し遂げてみせる!フハハハハハ――」


 などと、どこか得意げに、かつ気色悪く哄笑する、控えめに言っても気色の悪い実の兄を、ドアの隙間から見ていた妹子は、驚愕のあまり顎を落としたまま、体を震わせていた。


 動作不能の権化と化し。開いた口が塞がらないとは、まさにこのことをいうのだろう、と、同時進行、痛感して止まなかった。模範的回答であるがゆえ、テストにはでない。


 さぁ、当選とあらば致し方ない。もろもろの準備をするべし。伸びていた髪を切りに美容室へ。おしゃれな服を買いにデパートへ。持っていくものをバッグに詰め、いざ――。


次の日、六月十五日――出発日当日。


やってきましたが今日。


「俺は、今日この時を以て。俺は……大人の階段を上るんだッ!」


 強く、確固たる意志と言う名の願望シタゴコロを胸に秘め、御機嫌よう、の代わりに玄関に置いたのち、家を後に、大人の階段を一段上った。


 これから幕を上げる劇団四季には心底感激を、震撼を捲し立てた。誤っても劇団であるがゆえ、それを観賞している観客らはまず、良く良くつくりこまれた舞台、演劇だと、世界観であると、錯覚に陥っているに違いない。間違ってもこれがリアルだとは、到底……。


 舞台裏の役者はこれ以上の地獄は無いだろう、と信じたかったが所以。されど役者の最悪アクシデントはいつも唐突としてアドリブを強要される。まさにプロが試される場所だ。


 蓮を含めた凡そ数万近辺の規模の人が突如として日本国土内全域からなんら音沙汰も無しに、姿を消したことはすぐさまメディアに取り上げられた。どの番組に切り替えても、引っ切り無しに放映されるのは「影さえも残さずに消えた人々は今、どこへ?」など、如何にもテレビがやりそうなものばかり。


 SNSでは面白がっている者や、某探偵くんがワンサカ湧いている。報道陣は止まらず、何人かの消えた人の親族が餌食となっているのもまた必然。


 やがて今回の事件は海外メディアまでもが取り上げる恐慌事件となり、国内はもちろんの事、外国さえもが震撼を示した。


 のちにこの事件は神隠しの領域を疾うに超越している、ことから「TSAサイレント消失事件」とされ、事件簿には勿論のこと、歴史の一ページに刻まれることとなるのだが、それはまた別の話。

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