⒈プロローグ
a
「あがッ……うっ……あっ………………やめ……てっ……」
声音に応じて、喘ぎ声とは時として、魂から乞う悲痛めいた叫びである。
ホルモン分泌不全症の如き背丈の、小太りした〝ナニカ〟によって犯される様。残念ながら、不確かな事象ではなく、事実そのものであった。
ベッドなるは砂浜にして傍ら、濁りの窺えない海のハープ。ミッドナイトブルーに彩られた満天の星空の下。満月の月灯りに照らされて、提灯は不快不敵に微笑む芸術の転嫁。芸術の名の下に、その美しくも果てしなき相応の行儀は、少子高齢化へのリスペクトと貢献。
ミッドナイトブルーに誘われて、月灯りに遊ばれればレジスタンスの効かぬ集団――可憐な花を散らす。ドリッピング技法の惨劇――押し倒され、飛び散る白妙。咲ければお腹と蒼白の顔面、あらゆる場所の落花狼藉。
故意だ――前衛芸術にしてアヴァンギャルド、嘆きの効かぬ儚い門にして大門。一人なら悲劇が、集団とならば惨劇で、悍ましい修羅に流離える。正常位国事行為に加えれば、それなりに長けた実を鷲掴む。
揉みたくられ、揉みたくられ、甚振られ、甚振られ、嬲られ、嬲られ、反芻し。泡を構えれば、雫を称した憐憫の彼は誰時。ネバツキ、摩擦で悶え苦しみ、程なくして壊れたラブラドールは中古店へ――
ショーケースに飾られた。
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――統一歴X年Y月Z日――日本国首都――
時計の短針は午前一時を、時計の長針は六を過ぎたあたりを示していた。
薄暗い部屋に申し訳程度に光を放つ無数のモニタ。光源も然り。部屋は見るに堪えない程ゴミが散乱し、溢れ返ったゴミ箱はその終焉にして、修羅と秀逸さを知らせる。
凡そ十五畳ある筈の空間はいつしか五畳程度……あるいはそれ以下の敷地面積を模しており。レターケースが列にして並べられているアルミ製ラックが大半と、無駄に多いい機材等、それに連なるが床を蛇の如く這うケーブル類が十畳を蝕んだ。
一括りに行ってしまえば、さしあたり、セルフネグレクトの下位互換。正式現在地は不明にして、しかし日本の首都に在するのは確か。逗留ではなく居住だとしなくとも、東京駅を中心とした半径百五十キロ圏内か。
いずれにせよ、それ以外は依然不明にして明らかではない。大家としても、不動産会社としても、なんにしても、どうあれ月の納めるモンは納めている所為もあり、特に何か言えるわけでもない。というよりか、誰も興味がない。間違っても、男なら一度は憧れるであろうミステリアス系ではないはずだ。たぶん。
そんな住人は今日も今日とて、口には簡易食糧を咥え、不敵に微笑むのと同時、とある一台のモニタを眺めていた。無数あるうちの特に中央に位置するモニタ。型番なんぞ誰も興味が無ければ、使い物になる情報でもない――依然不明であるが。幸運にも、モニタに映し出されているのは一人の男の写真。彼も有名になったものだ。
名は――
「綾野蓮くん、ねえ」
――名前:綾野蓮――
――年齢:十八歳―― ・一般人にして一般人・
――生業:大学生――
「上も上。これは面白くなりそうだ」
――統一歴X年六月十三日――午後一時過ギ――東京都――
とある区の一角に位置する一軒家の一室――屋根裏。
息の詰まりそうな部屋で一人の男は――可愛い彼女との出会いを求めた末、白羽の矢がたった。あるサイトへ手を出したばかりに男の人生は終了の鐘が鳴らされる。
事の発端は今日――梅雨にして、湿気は比較的少なく、逆に言えば乾燥していて肌寒い日だった。それこそ、というよりかまさに暗雲低迷日和。時刻は午前十時過ぎ。ある男――即ち綾野蓮は自身の通う大学へと赴くべく、重い足取りをセッセと運ばせていた。普通なら通常運行の筈の足取りも、今日に限ってはやけに鬱々としていた。
皮肉にも、大学までの道すがら、蓮の周りには学生だの大人だのカップルがヤケに多かった。四面楚歌とはこのことか。非常に不快極まりないのは常識として、ハッキリ言って羨まs……ごほん。人間の恥だ。羞恥に芽生えて死ね。破廉恥にも程がある。
暴言も悪態も尽きないのも、あれもこれも全部、全て蓮が
《彼女いない歴=年齢》
の一人としてあるからだ。蓮はきっと、良くも悪くも模範人間なのだ。――物は言いようとは心外である。
ところで、なぜ今日に限ってこんなにもリア充が湧いて出ているのか。
ハッキリ言って、この道は然程……というか、全くを以てして人気のある場所でも、人気のある場所でもなかった筈。
それこそ、カップルが来るのには持ってこいの場所とは正反対。寧ろ寧ろだ。
それとも、ここで何かのイベントが始まるのか?リア充が皮肉にも集まる理由の自問自答の末、出た答えは――とりあえず死ね。一遍死ね。~妬みの種にしかならなかった。
――切実に俺がかわいそう。
それはそうと、この道がリア充なんぞに占領されてしまうのは大変喜ばしいことではない。早急に対処、処置を施したい次第ではあるのだが……実際にその権力を蓮が握っている筈も無く、公共の場だ。みんなのものだ。どうしよう。
この道は蓮が愛しに、愛し、高校の頃から使っている道だ。愛着もあれば、もはや家族である。最短ルートであり近道。サッと学校へ行き、サッと家に帰る。その為の帰路通路。動線である。そんな場所が占領など……クソったれめ、言語道断、同担拒否。爆ぜろリア充。
――とは内心叫ぶものの、リア充の定義とは一体なんなのだろう、と時折賢者に陥ることがある。
それもこれも全て、蓮が強がって「彼女なんて非効率的だし!」とかかんとかほざいているものの、内心かなり欲しくてたまらないからだろう。
そもそも論の話、リア充とはそれ即ち、現実世界において充実している人等を対象に指す言葉なワケであって、偏に自分が非リア充とは言えない。なにせ、それなりに充実した平和かつ平穏な日々を無理なく優雅に暮らせているからである。
しかし、決して金が有り余っているからとかではなく、言ってしまえば年中金欠なのだが……。
ともあれ、従って自分が〝非リア〟とは一概に言えないのである。断じて、証明終了(?)。どう足掻いたところで所詮非リアの負け惜しみだ。
しかしまあ、そもそもリア充という単語がどこでどう捻じれて拗れて
《リア充=恋人持ち+イチャイチャ》
になったかは知らんが、その概念を植え付けた奴……ハッキリ言ってクソだ。うんこだ。うんちではない。うんこだ。一遍死んでみる?どうお世辞を効かせようにも邪道極まりない。早急に閻魔にお仕置きされることを願いたい。クソ概念であることはさておき、もしこの恨みが晴らせるのであれば、極楽浄土なんぞこの際どうだっていい。藁人形の赤紐を解いて、正式に和服美女と契りを交わしたい。
さしあたり、そんな調子であるからこそ、綾野蓮は久しく焦りを、どことなく感じるのであった。
おやおや?このままいけば一生DTで誰にも気づかれることなく孤独に死んでいくのでは?と。
おやおや?このままいけば一生女と言う神にも等しい存在を抱くことなく死んでいくのでは?と。
おやおや?このままいけば一生恋人がいると言う優越感に浸れることなく朽ちていくのでは?と。
そんな些細な理由から産まれる焦りであった。
然れども、言い返せば唐突に綾野蓮を襲った〝焦り〟という一つの感情が、ある種の原動力となりて、彼を足早……というかもはや疾走にも近しき迅速さで大学へと赴かせた。ありがとう。
ただ単に大学へ行き、やることを済ませる為ではない。それは、ある、とある人物に訊ねるためだ。本題である――大学へ着くなり、早急に、同じサークルに属する大親友――サムに、直接問い合わせを行われたし。しかし、ハッキリ言って盲点だった。
「おっはぁ、お、おはえ、はぁ、か、かしょ、ひゃあたり、はぁ、しゅ、はぁ、はぁ?」
「すまん我が友蓮よ。俺外国人だからニホンゴ喋ってもらわんと理解できん。通訳をこちらに派遣することを願う。切実に」
大学までの道すがら、継続の完了形で休む間も惜しみ、疾走していた為に息を切らし、誰がどう見ても、誰がどう聴いても、理解には到底及ぶことのできない域の言語を口走っていた。
ヒトってある意味、案外高性能なのかもしれない。少なくとも、母国語が飛び出すことがあるのは理解した。ラクダが口から口蓋を吐き出すようなものか。
僅かに走っただけで息を切らしていることから凡そ自分は運動不足である、と言うことが分からないでもないが……正直言って、知りたくもないクソ情報なのでここは一旦、考えることを止め、無に帰そう。
そう、嫌なことを全て忘れることができればこちらの勝だ。
とはいえ、唐突にそこら中に湧いて出たリア充を見て、焦りを覚えた、と言う事は忘れがたい。それ故今もこうして……こうして?そうか。大切なことを訊きにワザワザここまでやってきたのだ。危ない危ない。無駄足にならずに済んだ。
数十秒時を置いたのち、粗方呼吸も安定したところで一度、深呼吸をおき、それからようやく自分が訊きたかった現実を遂行すべく――
「……お前って……彼女いたりするか…………?」
戦々恐々ながらの気持ちで、精一杯の問い掛けを遂げた。我ながら任務遂行とはよくいったものだ。皮肉な現実が朝起きたら突如として襲ったとはいえ、さすがのさすがに同じサークル……いうなれば同志サムの答えは言うまでもない。
尤も、サークルとはいっても、決してヤリサーではない。健全で純粋でピュアなサークルだ。
さて、分かり切っているにも関わらず、現在進行形で自身が欲しがっている答えを聞こうではないか。内心口角を上げ、ドヤっていた。つまりは勝ち誇った気で――しかし現実が世知辛いものであったのと同時に、非リアには到底生きづらい世の中だった模様。
凍結していたSNSのアカウントが解凍されるかの如く、サムの口は動作を再開する。
「よくわかったなぁ!あ、今度紹介すんよ!すっげぇかわいいかんさ!!」
……………………
……………………
……………………
一過性のものとは言えど、やはりズイブンと長い時間が蓮の思考回路を混濁させる勢いで、なおも良くも悪くも思考停止させるのには持ってこいの一時となる。まさにこの場において「・・・チーン」とかいう効果音が良し悪しもなく似合うものだろう。
皮肉なものか?アフリカの駝鳥も押っ魂消るサムの返答には、蓮は理解に至れないでいた。
戦意喪失?茫然自失?放心状態?思考停止?
つまりは抜け殻で。心ここに非ず、とはこれだ!沈思黙考ではない。蓮自身は魂が抜けている、であれど、カラダのどこかで、我ながらの低スペックなお花畑CPUと言う名の、脳に心底脱色を覚えつつあったのはまた別の話。
まさか、自分がいちばん理解していた筈の大親友の言語が、理解に及ばない日がくるとは、恐縮の極み。所詮は〝つもり〟だったのか。同志が同志でなくなる瞬間、とは、なんとも形容し難い、感慨深いものがある。
つまるところ、強いて濁さないで言うのならば……「案の定」だ。実質的に、心、あるいは脳の何処かしらでサムの答えを知っていたのかもしれない。あれでも覚悟はしていたつもりかもしれない。
なればこそ、大親友サムのベストアンサーに知恵コインを五百枚程度贈呈したい気分だ。皮肉なことに、そして不快なことに、強制的にフラッシュバックするサークル名が追い打ちをかけるかの如く、感情を混濁させた。
『彼女なんて一生つくらないぜ!』
そして、二人しかいないサークルの二人だけの合言葉が……
『DT万歳!DT幸あれ!』
…………………………
…………………………
…………………………
これは……夢か。そうなのだな!?
それともあれか!大学へ向かってる途中にトラックにハネラレ、中途半端な涅槃に達したのだな!?
そうなんだな!?
それともそれとも、もしや自らの力で解脱するスキルを獲得したのか!?
そうなんだよね!?
胡蝶之夢?
OK。承知した。
「ふぁっきゅー!ふぁっきゅふぁっきゅー!!」
空気の一掃を終え、思考停止した脳に、十分すぎるほどの酸素が供給されるまでには然程時間は要しなかった。
気が付いた頃には外に飛び出していて、しかしこれでいいのだ、と一人涙を流しながら納得に至っている。
ところがドッコイ、夢じゃありません……! 現実です……! これが現実……!――強かな怒りは治まることを知らない。これではまるで、奴に「彼女いるよね?ね?ね?ね?」とあたかもそうであることを催促したみたいではないか。やはり確認しに行っただけではないか。クソが。
自分の思い描いていた世界とは大体的に異なり、酷く頭を打ち付けた思いでいた。思い描いていた世界ならば、今頃はサムと二人仲良く仲睦まじく抱き合い、慰め合っていた筈だ。そう、今頃は。しかし神は蓮に味方をしなかった。これはある種のいじめか?無駄足だった。割に合わない。骨折り損のくたびれ儲けではないか。
――ああ、ちくしょー。
怨嗟に口数が増える一方なのもまた、神は哄笑。いや……?怨嗟ではなく、ただの癇癪か。これは失敬。
どう努力しようにも、現実が変わるわけではないのは重々承知。しかしながら、悪態を吐かづにはいられない。寧ろ、悲しみと裏腹にある裏切られた怒りにより、忘我し、その身に委ねて鉄拳制裁しなかっただけ、自分は偉いと――偉業を成し遂げたと思う。
但し、残念なことに、今までの自分の〝オコナイ〟の怠惰の祟りに、心底自身を怨んだことはもはや言わずもがな。なにせ、別に非リアでもよくね?この世界にリア充が生息しているのも背き難い事実であるのと同時に、非リアという同志も数多くいるのもまた事実。世の中にリア充と非リアがどのくらいの割合でいるかは知らないが、便宜上、三十 対 六十と暫定しておいた方がよさそうだ。うん。
朴念仁であると言う事はやはり、恋人ができない運命にあるらしい。暗愁とした出来事は、もはや誰も蓮を庇護してはくれなかった。
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\\\ニード彼女///