#薫るVは凛と咲く
怖いか?余の二回行動が?
朝から、と言いたいがもう昼前か。
腹が重い。
どう考えても昨夜は食い過ぎたな。
あとまぶたも重い。
寝起きは眠いんだわ。
洗面台へ向かう途中、寝巻きの愚妹と八重咲がすれ違って行った。
結局全員泊まっていったな。
何度もあり過ぎたイベントのせいでもう何も感じなくなっている。
鏡の前までたどり着き、歯ブラシを取ろうとしたところで、横の壁に何かが張り付いた。
それは何か、というより誰かと表現する方が正しいのかもしれない。
「無言で背後に立つのはやめて欲しいんじゃが……」
「すまん、視界がまだボヤけてた。あとおはよう」
「お、おう、おはよう、じゃのう……」
なにやら警戒するように距離を取っている蛇王エリカがそこにはいた。
張り付いているところ悪いが、忍者屋敷でもないウチじゃそこから脱出は無理だぞ。
寝ぼけていたのもあるが、身長差で視界に入らなかったというのは黙っておこう。
元々泊まる予定じゃなかった彼女は、愚妹に部屋着を借りている。
しかし、貸したのが中学時代のジャージって……いや黙っておこう。
俺は自分の歯ブラシを取り、粘度の高いミントを乗せたそれを口の中へ突っ込む。
「え、なに?なんで俺睨まれてんの?」
「……警戒もするじゃろ」
「俺なんかしたっけ?」
「寝起きのお主、目付き怖いんじゃよ」
「この顔は生まれつきだが」
「それに勢いとはいえ男の家に泊まっとるんじゃぞ!」
「昨日、愚妹に無理矢理泊めさせられてたもんな」
「というか他の連中はなんで平気そうなんじゃ!?」
「愚妹の友達はほとんどの割合で複数回泊まってるし」
「あいつら配信者の自覚あるんかのう!」
今までも散々やって来たし、配信でも全然話してるような内容なんだがそんなに問題なのだろうか。
まぁ男女が二人でってなると流石にアレだが、ウチの場合そういうシチュエーションにはほぼならない。
泊まりに限らず、愚妹のワガママと行動力からよく人が来るし、P.Sライバーの訪問回数はかなりのものになっている。
なんなら最近はP.S事務所のセカンドハウスとか宣ってるクソ鳥女までいる始末だ。
人の家を溜まり場カウントすんじゃねぇ。
「配信者ってそんなに色々気にするもんなのか」
「そりゃそうじゃろ。男女関係とか特に、炎上の火種でしかないんじゃぞ」
「まぁ普通はそうだよな。あいつら揃いも揃って普通じゃねぇけど」
「P.Sライバーが如何に異常か分からされるのう……」
「エリカも元P.Sライバーなんだろ?0期生とか呼ばれてたし」
「そう呼んでるのはグランツだけじゃ。それに厳密には、儂はP.Sライバーにはなってないんじゃ」
「デビュー前にいなくなってるって話か」
「そういう事じゃな」
エリカは洗面台に常備された、使い捨ての歯ブラシを取る。
愚妹のせいで突発の泊まりが多いからな。
いつの間にか我が家にはアメニティが置かれるようになった。
置いたのは俺だけども。
なんで宿としてのクオリティ上げちまったんだろう。
もう宿泊料金を取ろうかしら。
泊まりたければ金を払え。
いやこれもう詐欺師だな。
シャコシャコとブラシを動かしながら、鏡越しに互いの顔を見る形となる。
「のう、兄者殿」
「なんだよ」
「儂に借りを作ったということは、そういう事でいいのかの?」
「好きにとってくれていいが、全然焼きそばパンとか買ってくるぞ」
「パシリに使う訳ないじゃろ」
「そんなに不思議か?」
「アレだけ渋っていた割に、いきなり出る気になったんじゃ。その変化は気になるじゃろう」
覚悟が決まった、なんて言うほど仰々しいものはない。
もっと単純に、出てもいいなと思った、くらいのテンションだ。
昨日、姉御やおねじさん達と話す中で整理できた部分は多い。
俺が大会に出ない理由と、出ることに対するリスクやデメリット。それらを差し引いた上での俺の心情を踏まえてそう判断した。
「負けっぱなしってのも癪だからな」
「あのリバーシ戦の事かの?クキキ」
「それなんの笑い?」
「いや、グランツの話も多少は合ってるんじゃのう、と思っての」
「どこがだよ」
「兄者は負けず嫌いじゃっての」
「人を意地張りみたいに言いやがって」
「安心してよいぞ、儂らも同類じゃ」
それが嫌だって話なんだが。
俺はあのゲームに関してそこまで引きずっていない。負けっぱなし云々もほとんど口実みたいなもんだ。
誰がP.Sライバーのゲーム担当と同類って言われて喜ぶんだよ。
遠回しにやべぇ奴認定してるだけだろ。
私がそう判断したからだ、とかどこのダブスタクソ親父だ。
そういえば、確か夜斗にはゲーム担当という肩書きがあったはずだ。
それは単純に得意だから名乗っているのだろうが、P.Sライバーとしての分担もあったのだろうか。
「今思ったけど、もしかして夜斗ってエリカの代わりか?」
「鋭いのう。前はそこまで話してなかったの」
「代役を立てた、とか言ってた気がしてきたな」
「隠すような話でもないしの。といっても、儂以外で強いゲーマーを紹介しただけじゃが」
「エリカから見ても、夜斗は強いゲーマーなんだな」
「それはそうじゃろ。無論、儂には劣るがのう」
「ゲーマーってのはエゴイストばっかだな」
「なら、兄者殿のエゴも見せて欲しいものじゃな」
エリカは紙コップに入った水で口を濯ぎ、悠然と振り返る。
さしずめ大会前の挑発、と言ったところだろう。
俺に背を向け、後は部屋を出るだけ。
「一晩、世話になったのう」
「こっちこそ愚妹が迷惑をかけたな」
「別によいわ。……そうじゃお主、人との接し方をもう少し気を付けた方がよいぞ」
「そうか?」
「いつか刺されるぞ」
「誰がホストだ」
「ナチュラルに女を口説くタイプじゃろ」
「そんなエゴ持ち合わせてねぇ」
「まぁよいわ。次に会うのは大会かのう。会うと言っても配信上でじゃろうが」
「……それは、どうかね」
「ここでまた出ないとか言う気かの?」
「いや、次に配信上で会うのは大会じゃないだろうなと」
「どういうことじゃ?」
立ち去るはずだったエリカが動きを止める。
それとは対象的に、騒がしい足音が凄まじい速さで近付いて来る。
「リカ姉ぇ〜!オフコラボ始めるよ〜!」
「……サクラ?儂もう帰るつもりだったんじゃが?」
「まぁこういうことだな」
忘れているようだがエリカ殿。
洗濯した服が乾くまで、貴方はそもそも帰れません。
それに限らず、我が家のアホが遊びに来た配信者を何もさせずに逃がすはずがありません。
昨日の泊まりを断れなかった時点で、あなたは詰みです。
【オフコラボ】リカ姉ぇも入れてITOやる!!!【春風桜、吹雪菫、八重咲紅葉、蛇王エリカ、兄者】
コメント:リカ姉!?
コメント:オフコラボで蛇王様!?
コメント:春風家どうなってんだよ
コメント:もう誰が来てもおかしくない
コメント:VTuber事務所でも立ち上げる気か?
立ち上げる訳ねぇだろ。
まぁあまりにもレアというか、本来いるはずのないメンバーがいるのは否定できない。
順番に名乗っていくが、やはりここでの反応が一番大きい。
ちなみに姉御は用事があるとの事で既に帰っている。
エリカがキレ気味だったのは言うまでもない。
「個人勢の蛇王エリカじゃ」
「リカ姉ぇ〜!いえ〜い!」
「儂だけP.S所属ではないんじゃが、混ぜてもらおうかの」
「いや俺も所属してないから」
「ほとんど身内みたいなものじゃろう」
「身内なのは愚妹であって俺じゃねぇ」
コメント:まさかのP.S移籍?
コメント:ついにエリカ様まで……
コメント:兄者ハーレムの新メンバーか
コメント:正妻に挨拶かな?
「ちょっと待て、なんじゃこの最悪な響きのグループ名」
「存在しない団体だ」
「兄者さんが出始めた当初から呼ばれてますけどね」
「ハーレムの定義に属さねぇだろ」
「男女比的には正しいですよ?」
「それが成り立つならP.Sは夜斗ハーレム事務所だろ」
「え、キモ〜」
「気持ち悪いのう」
「あー、えっと、はは……」
「申し訳ないですけどその括り嫌ですね」
「夜斗、ドンマイ」
コメント:夜斗散々で草
コメント:何も言ってないのにキモがられてるw
コメント:兄者はいいのか
コメント:夜斗の扱いよw
まぁ本人の前でキモいとか言うよりはマシだろう。
俺だって言われたら傷付くし、こういう話題が出ても否定ではなくいじりにシフトするのは優しさだろう。
夜斗への流れ弾に関しては跳弾させた俺が悪いんだろうが、うんごめん。
今度練習付き合うわ。
「じゃあITOってゲームやるけど〜兄者説明して〜」
「するけどお前はちゃんとルール分かってんだよな?」
「友達と結構やってるから大丈夫〜」
価値観共有ゲームこと『ITO』はそれほど複雑なルールじゃない。
それこそ愚妹ですら理解できるくらいには簡単だ。
プレイヤーにはそれぞれ1から100の間で数字がランダムに配られる。
次にお題を決め、自分の数字がどれくらいかを、お題に合う度合いで周りに伝える。この時は数字を言うこと、自分の数字を見せることは当然禁止。
最後に数字を順に開示し、小さい順に並んでいればクリアとなる。
「例だが、お題が美味しいおにぎりの具とかなら、100が鮭で1がワサビみたいな感じだ」
「数字が大きいほど、お題に合うものを言えばいいんだね?」
「パイセンそゆこと〜」
「どうなったらゲームオーバーなんじゃ?」
「ミスの数をライフ制でやる場合もあるらしいが、綺麗に並べばクリアでいいんじゃねぇの」
「それはノーミス前提って事じゃないですかね」
「まぁやるなら目標はパーフェクトじゃろうのう」
コメント:姫やばそう
コメント:パイセンヤバそう
コメント:これクリアできんのか?
コメント:姫本当にルール分かってるよな?
コメント:実は八重咲も結構やばそう
いやあの、もれなく全員ヤバそうなんだよ。
バカと天然がゲームブレイカーというのは誰でも分かるだろう。
しかし、これは価値観共有ゲームであり、ただ動いたり考えたりするものとは違う。
端的に言えば、P.Sライバーがまともな価値観を持っている訳がない。
いやこれも偏見だけども。
紙媒体もあるのだが今回はアプリ版で進めることになった。
自動で数字が割り振られ、それぞれのスマホには今、ランダム配布されたものが映っているだろう。
俺の数字は42。これまた悩ましいな。
「お題はね〜強そうな名前〜」
「これは創作でもよいのかのう?」
「特に縛りはないな」
「わたしは決まりましたよ。『五〇悟』です」
「だいぶ強いが、それ本人が強いだけじゃね?」
「現代で五条を名乗るハードルの高さを舐めないで欲しいですね」
「名乗るも何も苗字だろうに」
コメント:最強じゃんw
コメント:強そうじゃなくて強い
コメント:相当数字上だ
コメント:強いの確定してるじゃんw
「儂は、『やまだたろう』じゃな」
「名前のお手本来たな」
「スミレはどうじゃ?」
「私は……うーん……あ、『ゲレゲレ』くん!」
「急にモンスター出て来ましたけど」
「並の人間が太刀打ちできないくらいには強いの来たな」
「え〜?ゲレゲレって弱そうじゃない〜?」
「知識ありきの評価じゃな」
コメント:キラーパ〇サーw
コメント:モンスターアリなのかよw
コメント:人間の勝負じゃなくなった
コメント:まぁいっても中盤キャラだし……
コメント:クソ強いだろこれw
コメント:名前としてはそんなにか?
マジでどのくらいなのか分かんねぇな。
比較的常識枠の八重咲とエリカは概ねこの辺りだろうという想像がつく。
上手い下手以前に、分かりやすい数字を引いているのかもしれない。
このゲーム、10以下とか90以上みたいな極端な数字はかなりやりやすい。
逆に50付近、今回の俺みたいな数字は難易度が高い。
スミレさんのがどの位置か分からないが、高いならもっと強いモンスター選ぶよな。
「アタシはね〜『デビル・フラ〇ケン』だね〜」
「普通にクソ強いが」
「禁止カード持って来たのう」
「うっ、頭が……」
「さきちゃんがダメージ受けたよ!?」
「もう超強い〜」
「そういや昔から大暴れしてたなお前のそれ」
「兄者はどうなんじゃ?」
「俺は、全部ミラ〇フォースで返してたな」
「誰もデビフラの対策は聞いてないんじゃが」
コメント:マジモンの禁止カードw
コメント:バケモンだ
コメント:なぜ唐突に遊〇王w
コメント:そういや姫前にやってたんだっけ
コメント:さすがに強い
コメント:兄者とやってたんだな
「まぁ、あれだな、『サ〇バイマン』だな」
「あ、強そうだね」
「実際はそんなにですけど」
「少なくとも儂よりは上じゃろうのう」
「比べるならスミレさんとのやつかと思ってるが」
「キラ〇パンサーとサイ〇イマンってどっちが上なんですかね」
「まぁ本人の戦闘力は関係ないんだけどな」
「パイセンはどっちだと思う〜?」
「ゲレゲレくんは強いと思ってるんだけど……」
「じゃあ俺の方が下だろうな」
「そうなの?」
コメント:異種格闘技すぎるw
コメント:名前の強さなのか?
コメント:近い数字だったら悩むやつ
コメント:この後デビフラvs五〇悟あるの草
俺の数字が50以下だからな。
スミレさんが強いと評価している時点で50よりは上ということだろう。
……多分。
一旦は下から、エリカ俺スミレさんの順となる。
次の問題は頂点組だな。
お互いに100に近い数字であることは確かだ。
「サクラちゃんがデビフラを出してる時点でわたしは負けてる気がしてるんですが」
「イコールでアルティメットドラゴンみたいなもんだからな」
「春ちゃんはどっちだと思う?」
「アタシの方が上かな〜紅葉ちゃんならもっと強そうな名前出すと思う〜」
「確かに、まだ上がありそうなラインで出した節はあるのう」
「じゃあサクラちゃんの方が大きいってことで行きますか」
コメント:オープン!
コメント:えすご!
コメント:一発成功じゃんw
コメント:91と93で成功はすげぇ
コメント:姫と兄者の読みすごくね?
コメント:兄者とパイセン通じ合ってんな
コメント:流石は夫婦
数字は下から順に、11、42、62、91、93となり成功。
八重咲と愚妹のところはよく当てたという印象だな。
これは価値観出しというより愚妹の読み取り能力って気もするが、クリアはクリアだ。
この後も何ゲームかやったが、エリカの出す指標が外れていることはほとんどなかった。
情報の正確性というか数字の扱いというか、ゲームが上手いってのはこういう側面もあるのかもしれない。
俺の勝手な印象だが、夜斗と対極に位置するスタイルで論理的なタイプ、いわゆるデータキャラに近いものを感じた。リバーシが強かったのも納得だな。
逆に、P.Sライバー共はもれなく暴走している。
いや彼女らにとってはそれが平常運転なんだろうがな。
案の定訳がわからん愚妹の、人気の職業85はお金持ち。
それは職業じゃねぇ。
スミレさんによる一人暮らしに欲しいもの51、サボテン。
ギリ要る側なのそれ?
八重咲の人気アニメキャラトークがクソほど長かったのは言うまでもない。
数字関係なく全部に解説入れんな。
そのせいとは言わないが、ほとんどクリアせずに配信は終わった。
一回目が奇跡だったという他ない。
まともなのは俺だけか。
数日後。
色々あって、エリカの連絡先が俺のスマホに追加された。
最初こそ愚妹を通じて連絡を取っていたのだが、中継役がめんどくさくなったために半ば強引にLIMEアカウントを渡された。
「そういえば兄者〜アタシも天V出るじゃん〜」
「そうなのか」
「え、聞いてないの〜?」
「お前の予定は知らんが」
「だってアタシと兄者チームだよ?」
「…………」
「聞いてる〜?」
脳裏に、大会でふざけたムーブを繰り返すバカの映像がフラッシュバックした。
光の速さで大会辞退のメッセージを送った。




