#You☆遊☆白書
お久しぶりです。
あと三巻出ました。
これは夢だ。
教室の真ん中で、女の子が、泣いている。
背格好からして小学生だろう。
周りの雑音は、まるでたった一人を責め立てるように、彼女を取り囲んでいる。
そんな少女の目の前にいる俺は、何もできず、何も言わず、ただ立ち尽くすことしかできない。
そんな夢を見ていた気がする。
ひでぇ悪夢だ。
インフルエンザしかり、体調不良で見る夢にロクなものはない。
昨日まで本職の方が忙しかったからなぁ。
まるで副業があるみたいになってるが、気にしない。
繁忙期の業務をちゃんと終わらせて、疲れて惰眠を貪ったらこの仕打ち。
俺の前世は大罪人か?
ブチ切れて国とか滅ぼしてねぇよな。
仮にそうなら、今見ているこの悪夢も妥当かもしれない。
我が家のリビングで、女の子が、両腕をV字に振り下ろしている。
どう見ても八重咲だ。
その横にいる音無は、真面目な顔をして、八重咲の力説を聞いている。
「杏ちゃん、分かります? これが、ブッピガンです」
「うん……分かんない」
「ひでぇ悪夢だ」
「兄者〜これは現実だよ〜」
「認めたくないものだな」
愚妹も俺の横で立ち尽くしている。
手に持ったお盆の上に飲み物があるのは、今まさに取りに行ったからだろう。
我ら兄妹は死んだ目で二人を、いや主犯の一名を見ている。
「あ! 兄者さん! 元気そうですね!」
「なに人んちでサンド〇ックごっこしてんだよ」
「ごっことは失敬ですね。わたしは真面目にやってるんですよ!」
「真面目は奇行の免罪符じゃねぇ」
なんなの……この人……。
宇宙の心はおろか、八重咲の心理も分かりゃせん。
なんでも、効果音の話で盛り上がったらしい。
んで効果音といえば、ブッピガンというわけだ。
だめだ、ちょっと分かってしまう。
「音無はまだ未履修じゃねぇの?」
「…………」
「なっしーめっちゃビビってるぞ〜兄者〜」
「兄者さん、今度は何したんですか?」
「知らんて」
背丈がほぼ変わらん八重咲に隠れても意味無ぇだろうに。
そういや、最近また距離感が遠くなったんだっけか。
扱いに困るなこの小動物。
まぁ、この前の打ち上げでぶっ倒れてるからな。
それも理由が酒とかじゃなくただの寝不足。
そりゃ引くわ。
引かれるのは仕方ないが、最低限の会話はできて欲しいところだ。
「眠気覚ましに、ドーナツでも揚げるかね」
「あー! 餌付けする気ですよこの人!」
「わ〜! ドーナツで釣る気だ〜!」
「了解、二人前キャンセルな?」
「さぁ兄者さん、どうぞ餌付けして下さい!」
「はいなっし〜、ドーナツ〜みんなで食べようね〜」
「え、ちょ、二人とも……?」
「君らプライドとかねぇの?」
【復活】2週間ぶりの兄妹雑談タイム【春風桜、兄者】
コメント:おかえり
コメント:待ってた
コメント:お前はいつも遅いんだよ
コメント:ヒーローは遅れてやって来る
コメント:魔王再臨
コメント:ラスボスの帰還
コメント:絶望の復活
「わ〜兄者来て盛り上がってる〜」
「これ盛り上がってんの? 大喜利大会の会場と化してるだけじゃね?」
「大会は盛り上がるでしょ〜」
「お題にされた側は冷めきってるんだが」
「テンション低いな〜はい、レ〇ドブルあげる〜」
「いらんわ。……このくだり、前にやったか?」
「いっつもこんな感じじゃない〜?」
コメント:実兄のような安心感
コメント:この緩さ好きよ
コメント:前はモ〇スターだった
コメント:エナドリはゲーマーの血液
コメント:飲め
「やったことあるって〜」
「あそう」
「興味なさそ〜」
「実際ねぇし」
「兄者〜久々すぎて配信のテンション忘れた〜?」
「大体いつもこんな感じだったと思うんだがな」
コメントが高速で流れていく。
何をそんなに語ることがあるのだろうか。
こっちは中身が欠片もない雑談をしてるだけだぞ。
久しぶりにこの異常な光景を見るが、やはり理解ができない。
俺は、オタクを名乗るには推し方を知らな過ぎるな。
コメント:兄者元気だった?
コメント:話聞こか?
コメント:お仕事大変だったって?
「なんで事情を知ってそうな奴らがチラホラ見えるんだろうな」
「さ〜なんでだろ〜ね〜」
「なんでお前は人のプライベートを配信で垂れ流してんだろうな」
「手ゴキゴキすんのやめろ〜! いいじゃん〜お仕事大変だよ〜くらい言ってもさ〜」
「お前が発言元なら絶対余計な事を言ってるだろ」
「言わないようにしてたよ〜。兄者キレるし」
「は? お前、まさか……」
「なに〜?」
「偽物だな。早く顔の皮取れ」
「取れるか〜!」
コメント:ひでぇw
コメント:姫が学んだ? ばかな
コメント:姫が学習するわけないだろ!
コメント:なんだ偽物か
コメント:偽物扱いで草
コメント:【速報】今日の姫は偽物
コメント:兄者が言うんだから偽物だな
コメント:あんた程の者が言うなら
「アタシはホンモノだ〜!」
「うちの愚妹が、俺がキレるからやらないなんて言うわけないだろ」
「言うよ〜怒られるのやだし〜」
「の割には、かなりの頻度で逆鱗を鷲掴みにされてたんだが」
「最近は怒られてないでしょ〜」
「最近はそもそも配信に出てねぇわ」
「今週とか〜アタシめっちゃいい子だったでしょ〜」
「俺の出勤後に寝て夕方に起きるやつが、いい子?」
「それはしょうがないじゃん〜」
まぁ活動時間的にな。
特にこの二週間は、いつもより深夜帯に配信が固まっているはずだ。
平日に俺が出る配信は、可能な限り早めに開始して睡眠時間を確保するようにしていた。
俺を気にしなくていいため、人が集まりやすい時間を好きに設定できたことだろう。
その分、愚妹の人間的生活が生贄になったようだが。
「んじゃ答え合わせでもするか」
「答え合わせ〜?」
「はい、お前らー、愚妹のやらかし書き込めー」
「兄者ァ!?」
コメント:RPGのセーブ忘れて1章分戻った
コメント:兄者のシャンプー紹介
コメント:午前三時にジャンボプリン
コメント:リコーダーの先端だけ無くす
コメント:鼓膜破壊RTA
コメント:あのガチャ配信だけは許さん
「すげぇな、まだまだ出てくるぞ」
「やめて〜付き人さん達やめて〜!」
「本当にこれ二週間でやったの? 企画って言われた方がまだ信じるぞ」
「兄者〜シャンプー教えたの謝るから〜怒らないで〜」
「中でも特にどうでもいいところに謝罪入れたな」
「いやじゃないの〜?」
「それによるダメージが何も想像できん」
「ん〜シャンプーが売れる?」
「そんなんで売れてたまるか」
コメント:ちなみに売れてる
コメント:買いました
コメント:購入済み
コメント:近所のスーパーで売り切れてたぞ
コメント:手に入りにくくなる
「んなバカな」
「むしろアタシのおかげだね〜褒めていいぞ〜」
「褒めるポイントは皆無だとして」
「あるだろ〜!」
「それはそうと、これなに?」
コメント:先週のテンションおかしかった
このおかしな愚妹を見慣れてるリスナーにそう言わせるとはな。
愚妹が静かになった。
おいどこ見てんだ、前向けよ。
首が真横向いてるけど、それ絶対マイクに声入らんだろ。
愚妹はグギギとかゴギガ〇ガガギゴとか鳴ってそうな動きで向き直した。
「深夜テンション的な話か?」
「あ、そ〜それそれ〜」
「嘘つけ、とか流れまくってるが」
「……兄者さ〜ずっと配信出てたじゃん?」
「まぁ、一旦聞こうか」
「久々にさ〜一人でゲーム配信したんだけどね〜」
「おん」
「ゲーム進まないし、途中めちゃ黙ってたし、やばってなって喋ってたら〜は? ってめっちゃ言われた……」
「配信のテンション忘れてんのお前じゃねぇか」
コメント:兄者に頼りすぎた
コメント:チャンネル主交代か
コメント:そろそろ&兄者くらいは付けていい
コメント:迷走してた笑
何やってんだか。
まぁ通常攻撃レベルで引き起こすいつものトラブルに比べれば二度見する価値もない内容だが。
次の日には勘を取り戻したらしいし、特別何かが起きた訳ではなさそうだ。
つかこいつ、俺のいない配信じゃほとんどゲームしてなかったのか。
今更だが、なんでこいつに大量のリスナーがついてんだ?
「兄者〜お休み中の話しようよ〜」
「俺の休み中はお前の迷走期だったってお題が上がってるんだが」
「するのは兄者の話〜!」
「つっても仕事漬けだったしな。帰ってもほぼ寝てたし」
「わ〜つまんな〜」
「普通は日常に語ることなんてそんなねぇんだよ」
「そう〜? 友だちと遊んだ話とか〜あ、ごめんね〜」
「あ、じゃねぇよ。半笑いで謝んな」
「兄者〜もうライバーの友だちしか居ないんじゃない〜?」
「そこまでイカれた交友関係はしてねぇよ」
コメント:ほんとに?
コメント:ほぼP.Sメンバーでは?
コメント:ボスとも友だちだしね
コメント:涙拭けよ兄者
コメント:とも……だち……?
コメント:急に刺されたんだが
コメント:もっと明るい話しない?
コメント:この話やめね?
特に理由のない言葉の暴力がリスナーを襲う。
付き人には足りないものがある。危機感だよ。
まさか刺されると思いながら見に来るヤツらはいないと思うけども。
配信休止期間で起きた最大のイベント、音無ボーカル化計画については公表を伏せている。
音無が歌えるようになるという事象は、これからのタレント業に大きく影響する内容だ。
それに、彼女にとってはコンプレックスであり、トラウマのような側面も含んでいる。
それに関しておいそれと話していい訳はない。
愚妹ですらしっかりと伏せている。
それくらいには秘匿性が高い話だ。
公表するとすれば、それは音無が例の件を克服した時だろう。
「そだ〜兄者出たら聞かないと〜って話あるから〜ちょっと待ってね〜」
「何きっかけで思い出したんだお前。てか配信に流すような話なのか?」
「そ〜そ〜。えっと〜まずは〜シャンプーの案件来たって〜」
「んなバカな」
「兄者の話で売れたからね〜」
「よし、人のシャンプー晒したの、もっと謝れ」
「どうでもいいって言ってたじゃん〜」
「二週間足らずでここまで大事になる想定はしてねぇんだよ」
コメント:案件おめ
コメント:めちゃくちゃ被害あって草
コメント:まさかの公式反応www
コメント:だから謝ってたのか
コメント:配信に流していい話なの?
「確認しといて〜って言われたから〜兄者どう〜?」
「どうって、そもそもそれ、俺宛なのかよ」
「兄者メインだね〜男物のヤツだし〜」
「いや、俺そういうの受け付けてねぇんだけど」
「じゃ〜断る〜?」
「案件を受けるとは言えねぇよ。俺はライバーでもP.S社員でもねぇんだわ」
「は〜い。じゃ〜これ終わり〜次〜」
「驚くほど雑だな」
まぁ、この答えは予想済みなんだろうな。
恐らくボスが受け取ったこの案件について、俺に直接連絡を取るのは体裁が悪い。
主に俺が、仕事として受け取る必要があるからな。
だから配信を通して、俺のスタンスを言葉で残しておく。
愚妹が持ってるメモの筋書きは、おおよそそんな所だろう。
未来が見え過ぎてて怖いよあの人。
「コラボしたい〜って〜」
「誰が」
「今は言えないんだけど〜これ〜」
「あー、いや、えー?」
コメント:配信でする話か笑
コメント:かなり裏側の話してるw
コメント:誰だろ
コメント:まさか他箱か?
コメント:P.S全員と絡んで欲しい
愚妹がリストを寄越した。
ざっと見て十人近くの名前が乗っている。
誰よこの女。てかこの人たち。
かろうじて見た事ある名前は恐らくP.Sライバーだとして、マジで知らん奴が多い。
他事務所とか個人勢というやつだろうか。
「この辺の話は、ちゃんと後で話し合うとして」
「おっけ〜」
「コメントにもあるけど、これ今話す内容じゃねぇだろ」
「そう〜? ……あ」
「今明らかにやらかした時のあ出ただろそれ」
「いや〜? そんなことないよ〜?」
「おいこっち向け。だからその首の向き絶対声入ってねぇって」
「開くヤツ間違えてた〜……」
「これ大丈夫なのか情報管理的なやつとか」
「多分大丈夫〜マネちゃんアタシに大事なのは渡してないって言ってたし〜」
「お前どんだけ信用ねぇの」
これを信用しろと言う方が無理なのは分かるがな。
事務所もだいぶ愚妹の扱いを心得ている。
運がいいから自由にさせていた方が成果を出すんだが、ほぼ確実にトラブルも錬成するからな。
ほとんど歩くパンドラの箱だ。
できれば厳重に封印したい。
愚妹が本来開きたかったメモ。
そこには、さっき名前が上がっていたライバー達からの質問が載っていた。
先週に凸待ち配信をし、不在の俺宛に質問募集と言う形で一言貰ったらしい。
今日の配信、後半はそれに回答する時間になった。
別にいいんだが、これ本人に答えた内容届くのだろうか。
配信を終え、自室に戻る。
スマホで検索すると、一週間前にとあるツイートが話題になっていた。
『バイト先のシャンプーが一種だけ謎に売れてるんだけど何事?』
俺が知りたい。
これ、もしかしてあれか?
たまたま愚妹が配信したタイミングで、たまたまリスナーのシャンプーが切れてたとか?
天文学的数字でも表せねぇ確率だろ。
「兄者〜ヘッドホン忘れてたぞ〜」
「おう。……ついでにコラボの話するか」
「あ、そだね〜やろ〜」
「んじゃ、お前そこで正座な」
「なんで〜!?」
「人のシャンプー晒したの謝るって言ったよな?」
「あ〜う〜ん」
「よし、ちゃんと話し合おうな。三時間くらい」
「そんなに正座むり〜!」
大丈夫、膝に石は積まないから安心しろ。




