#Dr.LIVE
お久しぶりです。
書籍2巻発売が決定しました。
「んじゃ『あんサンブル』!これどうだ!」
「ヤトセン、それはダサいッス」
「それなら『あんコール』の方が良かったです」
「辛辣だなおい!」
「パイセン〜なんかある〜?」
「あん、だから……あん、『あんビリバボー』……?」
「なんか〜兄者が〜、それだ。って言いそ〜」
「「「わかる!!!」」」
「褒められてる気がしないな……」
どんな奇跡体験をしたんだよ。
ベランダを区切った窓の向こう側。
音無杏メインボーカル化訓練の後夜祭は、大変盛り上がっているようだ。
ただ、メインの音無は何も言わず、両手で抱えたジュースのストローを吸い続けている。
いや、言わないんじゃなくて言えねぇのか。
コミュ障の方は、治る兆しがねぇな。
「吸殻はこれに入れ」
「おう。……なんだあの謎会議」
「バンド名ちゃう?」
「大喜利のお題はそれか」
「本人らは大真面目やろけどな」
三人寄れば何とかって言葉もあるが、バカは何人集めてもバカなんだろうな。
姉御の携帯用吸殻入れに煙草を処理し、大部屋へと戻る。
「おかえりなさいッス!P.Sの兄貴と姉御!」
「それはもう名誉毀損だろ」
「兄者〜『あん』から始まるバンド名って何が良いと思う〜?」
「大喜利やったわ」
「何で変な縛りが付いてんだよ」
「今日はアンちゃんが理由で集まったんだよね?だから、名前から取ろうって話になったんだよ」
「本人は嫌そうでしたけどね」
「拒否権は無しだ!うちのバンドの要だからな!」
あー、だからやたらと音無に視線を向けられてんのか。
申し訳ないが、ここまで盛り上がったバカ共を止める手立てはない。
諦めて人柱になってくれ。
一人分空いているスペースに座ろうとしゃがみ込む。
テーブルに手をかけ、胡座をかく。
そのつもりだった。
膝を曲げた辺りからの記憶が、ない。
目が覚めると、ベッドの上だった。
多分、そうだと思う。
寝起き特有のダルさで頭が回っていない。
この性能が下がりきった脳内CPUで、今すべきことをどうにか導き出した。
「……知らない天井だ」
「ホンマに第一声がそれなんかい」
「……姉御か」
「紅葉の予想通りなんが怖いわ」
死ぬまでに言ってみたいセリフランキングでベスト5に入るセリフだしな。
なんなら全国でアンケート取っても同じ結果だろう。
いや、まずリアクションすべきはこの状況だよな。
「なんでここに?つかここどこ?ワタシはダレ?」
「倒れた時、頭は打ってへんかったはずなんやが」
「俺は誰に倒されたんだよ」
「自分自身とちゃう?」
「つまり俺は卍解ができるのか」
「何がつまりなんかさっぱりわからんわ」
ボケにツッコんでくれているのは、姉御なりの優しさだろうか。
伝わらない前提のネタ振ってごめんね。
まぁ、なんとなく何があったかは分かった。
俺は昨夜、倒れたらしい。
理由は、過労だろうな。
最近は日常的な仕事が忙しかったし、ドラム練習も並行していた。
配信を休んでなかったら、もっと早くにダウンしていただろう。
「すまん。迷惑かけたな」
「まぁびっくりはしたな。スミレに感謝しとき」
「手当でもしてくれたのか?」
「倒れる前に肩、支えとったわ」
「あの人、そんな反射神経凄かったっけ?」
「なんや前の職場じゃ、よう人が倒れとったらしい」
なにその異常な作業環境。
前職はサッカーの審判か?
もしくは合気道の師範。
どっちにしても、現VTuberってこと含めて経歴が狂人のソレになってしまう。
元から狂人か。
いや、流石に助けてくれた人に対してそういうことを思うのは良くないな。
ごめんね、清楚風飲兵衛雪女さん。
狂人より怖いわその人。
「で、俺は音無家のどこかに寝かされていると」
「二階にある、親父さんの部屋やな」
「そうか。取り敢えず、ありがとう。さっさと帰って寝るわ」
「それは、多分無理やな」
「どの辺が?」
「主に、帰るとこが」
「なぜ?」
「看病だ〜!言うて全員張り切っとる」
「……は?」
カン、ビョウ?
カンビョウってなんだっけ?
完全に病死させるの略?
こんな所で死んでられないし、そもそも病気じゃねぇ。
何より、アイツらに生殺与奪の権を握らせちゃダメだわ。
水の柱もブチ切れよ。
あのイカれたメンバーのなんちゃって看病だろ?
毒物を食わされた挙句、冷水をぶっ掛けられる未来が見える。
それはただの拷問なんだよ。
「逃走経路を教えろ」
「無駄やな。階段の下にアンズが配置されとる」
「最終防衛ラインが強すぎるな」
「アンタも大概、アンズには甘いな」
「殴ると泣かれそう。泣かれるとこっちが悪いみたいで気分が悪い」
「なんやその邪悪の化身みたいなセリフ!」
「屋根裏のゴミだな」
「ホンマにゴミやなそいつ」
「ホンマには言ってないんだけどな」
まず殴ることがないのでこの前提は成り立たない。
音無なら話せば分かってくれると思うが、説得している時間はあるだろうか。
いや、そもそも配置って何?
見張り役みたいに言ってたけど、ただ階段でカップのフチ子ごっこしてるだけでは?
ゲーセンのプライズかよ。
ふむ、ビジュアル的に考えたら割と売れそうな気がする。
P.SのVTuberをグッズ化する常時混乱状態の企業があればの話だが。
「くそ、頭が働いてねぇ」
「アホなこと考えてたらしいな」
「なぁ。危害を加えずに複数人を短時間で無力化する方法、教えてくれよ」
「ウチがそれをできる前提で話を進めんなや」
「頼む、命に関わる話なんだ」
「無茶した反省にしいや」
「過労死なら分かるが、この場合の死因は集団リンチだろ」
「そこまで酷いことにはならんや──」
「姉御〜!おかゆできたよ〜!あ〜兄者起きてる。おはよ〜」
「──ろ……」
見当違いなことを言いかけた姉御が、呆然としている。
まぁそらそうだ。
部屋に入って来た愚妹の言葉的に、お盆に乗った大盛りのおかゆ(仮称)を俺に食わせそうなのだ。
明らかにおかゆではないソレを。
「それ、なんだって?」
「これ〜?おかゆ〜」
「ミーにはあんかけチャーハンに見える」
「サクラが作ったんか?」
「ううん〜パイセンに頼んだ〜」
「あの人、実はバカなんじゃないか?」
「バカとか言うな!流石にスミレでもおかゆ頼まれてチャーハンは出さんやろ」
「あんたもそれなりに思ってる事あるだろ」
俺も信じたいところではあるが、否定しきれないんだよなぁ。
まず普通に作りそうだし、ヘビー級の米料理を病人に食わせる蛮行に疑問を抱かなそうなんだよ。
まずいな。
このままだと、愚妹レベルの頭、という人類史上最大最悪の絶望的評価を下してしまいそうだ。
誰か弁護でロンパしてくれよ。
俺と姉御がドン引きしている中、階段を駆け上がる足音が聞こえて来た。
「春ちゃん!」
「パイセン〜?どしたの〜?」
「それはアンちゃんの分だよ!おかゆはこっち!」
「そっか〜なんか量多いな〜とは思ってんだよね〜」
「よかった、製作者はこれを食わせる気じゃなかったんだな」
「兄者くんは私をどう思ってるのかな?」
「うん、ごめんなさい。割とマジでごめん」
「あ、そこまで謝らなくてもいいんだけど。兄者くん、体調は大丈夫?」
「おかげさまで怪我すらしてない。ありがとう」
「あ、うん、どう、致しまして……」
「なんで急にコミュ障モードになった?」
「アンタらしくない素直さ、やからとちゃう?」
「俺、今別人扱いされてんのかよ」
まぁお互いに失礼なことを考えてた訳だし、ドローってことにしておこう。
愚妹は熱々のチャーハンを音無へ渡しに行った。
できるならそのまま帰って来ないで欲しい。
スミレさんが、恐らく借り物のエプロンをしているあたり、昼飯担当なのだろうか。
「他のメンバーは、帰ったのか?」
「ううん。夜斗くんは買い出しに行ってて、椿ちゃんと八重ちゃんは配信の準備してるよ」
「他人の家でコラボ配信すんのかよあの二人」
「三人だよ、アンちゃんも出るんだって」
「へぇ。音無は準備要らないのか」
「準備しないのが準備って言ってたけど、詳しくは私も分からないかな」
「アンズに無茶振りする言うとった気もす──」
「「兄者先輩!大丈夫ッスか!?」」
「──る……」
「お前らの顔見たら不安になったよ」
「そこは安心するところじゃないですかね!?」
お前ら、不安要素に人の体を与えたらこうなる、みたいな存在だからな。
姉御のセリフを遮るのは流行っているのだろうか。
八重咲と甘鳥は、半開きのドアを勢いよく開けて入って来た。
話が違うぜスミレさんよぉ、配信の準備はどこ行ったよ。
「その罵倒のキレを見るに、大丈夫そうッスね!」
「普段から罵詈雑言を吐いてるみたいに言うな」
「ビックリしたんですよ?いきなり気絶とか、人生で初めて見たんですから」
「校長先生の話とか聞いてる時とかよくあっただろ」
「わたし不登校だったんで」
「急に特大地雷チラつかせんのやめろよ」
「ビックリで言うとアレッスね、スミレ先輩の俊敏さにも驚いたッスよ」
「あれは、条件反射みたいなものだから、そんなに凄いことじゃないと思うよ?」
「どんな経験したらそんなスキルを習得するんですかね」
「こっちはこっちで闇が深そうなんだよな」
やぶ蛇が怖いからできれば触れないでおきたい。
今や小学生が将来なりたい職業ランキングの上位にあるYouTuber。
その派生系であるところのVTuberも本質的には変わらず、一般的な社会人とは大きく違った形態をしている。
それはつまり、社会人は全く別の適正を求められるということでもある。
言い方を変えるなら、一般的な社会では生きづらい質を持っていることが多い。
八重咲の過去が最たる例だが、苦労話は尽きなそうだ。
「休めば大丈夫そう言うとったのもスミレやったな。実際それで問題なかったわけや」
「できればお医者さんに行って欲しいんだけど」
「寝れば治るもんだし、大事にしないでくれたのはありがてぇよ」
「そうだ兄者さん、何か欲しいものとかあります?」
「風邪でもねぇんだから看病しようとしなくていい」
「夜斗っち先輩が買い出し行ってるんで、頼めば何でも買ってくると思うッスよ?」
「急に知育菓子が食いたくなってきたわ」
「ねりねり☆ねりねを、頼んだッス!」
「流れるように嫌がらせしとんなぁ」
「独身男性が一人で買うのはほぼ罰ゲームですよね」
完全に自分用に買った感が出るからな。
まぁ配信者のメンタルには痒みにもならないと思うが。
スミレさんは本物のお粥を取りに、問題児二人しかも最狂な陰陽コンビは配信準備の続きをしに行った。
恐らく看病ごっこができると一番騒いでいたであろう愚妹は、とっくに飽きて昼飯に舌鼓を打っている頃か。
再び、部屋には姉御と俺の二人だけになった。
「……一つ、ええか?」
「なんだよ」
「アンズも気にしとるから確認しときたいんやけど、アンタが倒れたんは──」
「最初から最後まで徹頭徹尾、零から百まで漏れなく全部、俺の自己責任だ」
「──はぁ……最後まで言わせぇや」
「変な気を回さなくていいっての。なんならクソほど忙しい会社が悪いくらいだ」
「アンタが体調崩すほどなんか」
「ここ最近急にな。といっても、急に抜けた人材の穴埋めで働かせられただけだし、すぐに収まるだろ」
「そういや先週から配信休んどったな」
「その表現は配信に出ることが通常みたいでなんか複雑なんだがな」
「そろそろ週の半分は出てたんとちゃう?」
「否定できねぇが確認は絶対しねぇ」
もう出過ぎて分かんないし、分かりたくない。
直視したくない現実は割とよくある。
別に公式で世間に休むと言ってはいない。いつもコラボするメンバーに出れないと伝えただけだ。
まぁ愚妹が言いふらしてるのは知っている。
それを聞いてデビュー準備では?と、かすりもしていない考察を見せているリスナーがいるのも確認した。
絶対しねぇ。
「音無にも気にすんなって言っておきたいんだがな」
「気にするやろな。今も気にしとるやろうし」
「もしかして階段で待機してんのって、単純に気まずいからか?」
「もとから会話が苦手なんやから、気まずい相手にはそもそも会えんやろな」
「つか大丈夫か?配信前なのに音無のテンションだだ下がりだろこれ」
「案外、配信した方が気が紛れるんとちゃうかな」
「そうだと願いたい」
話せば分かってくれるかねぇ。
自分が気にしていることを相手が気にしているとは限らない。逆もまた然り。
そんな単純な事実は、頭で理解できても心情的に受け入れられないことがある。
特に内向的な性格ほど、そうではないかと思う。
天才の20年以上続いた悩みを、凡人の一晩で軽減できたなら、コスパとしては破格だろう。
それを伝えて納得してもらえる気は、全くしないが。
「まぁ長期戦覚悟で勘違いを正していこうかね」
「間接的には原因の一端やし、間違いではないんやろうが」
「それ含めて俺の自己管理の甘さなんだがな」
「もしかしたら、P.Sメンバーから頼られる機会が減るかもしれんな」
「それは願ってもないことだ」
「その方がええんかは分からんが、P.Sの兄貴にも限界があるっちゅうことやろな」
「なんで許容値青天井が前提なんだよ」
「そら兄者がなんでもできるからやろ」
「できるならさっさと音無を説得したいところだ」
「そう思っとるんやったら、案外すぐにそうな──」
「よう兄者!わざわざ知育菓子買って来てやったぜ!」
「──る……」
「そこは音無が来いよ」
「色んな意味でタイミングが腹立つわ」
「なんでオレ睨まれてんだ!?」
その日は、夕方頃に音無家を後にした。
音無とは一応話したが、距離感が出会った当初まで戻った気分だった。
懐いた小動物に家を空けたせいで忘れられた気分だ。
また餌付けからスタートかな。
その日の夜、八重咲のチャンネルでオフコラボ配信が行われたらしい。
タイトルは雑談だったが、その裏設定が酷かった。
簡単に言うと、雑談配信のBGMが音無杏の生演奏だったらリスナーは気付くのかドッキリ。
音無の負担ヤバすぎるだろ。
あの問題児ーズは、今度シバこう。