#Virtual Beats!
お待たせ
待った?
歌ってみた動画は大赤字らしい。
言ってしまえばカバー曲を流すだけの動画であるため、動画投稿サイトとしての広告収入が長尺のものに比べて低いという。
しかも、制作費用がアホみたいに高い。らしい。
冷静に考えてみれば納得できる。
練習時間、レコーディング、ミックスで時間と労力がかかるだけじゃない。
楽曲の使用許可、動画用にサムネ用のイラスト、動画編集と、外注が前提の作業もあり、その費用は尋常ではない。
そして完成する、わずか五分程度の動画。
「コスパ最悪じゃねぇか」
「それでもVTuberの大半は出すんですよ」
「宣伝効果ってとこか」
「そうです!歌動画は再生数が伸びやすいんです!」
「確かに、人気の曲は億単位だしな」
「それだけ人の目につきやすいってことですね。カバー曲はライバルも増えますけど、関連に出てきやすいですし」
スマホから流れてくる八重咲の音質が急に良くなった気がする。
マイクを切り替えたのだろうか。
VTuberに限らず、歌ってみた動画はかなり多い。
確かに知っている曲を歌っていたら気の迷いで動画を開くこともあるかもしれない。
存在を知ってもらうということは、VTuberにとって最も大きな収穫なのだろう。
であれば、収支でマイナスでもやる価値がある。
「カバー曲を出して宣伝はわかるが、オリジナル曲はその期待値も低いんじゃねぇのか?」
「そうでもないですよ。ファンサービスって目的もありますし、オリ曲自体がバズることもあるので」
「まぁそうか」
「……もしかして、オリ曲出すんですか?作詞でもギターでも手伝いますよ!?」
「出すかよ出さねぇよ出すわけねぇだろ」
「じゃあなんで聞いてきたんですか。歌動画ってやる意味ある?とか素人みたいなことを」
「いや、素人だし」
プロとして──みたいなプライドは持ち合わせていない。
休業中の仮の姿でもないから、ライバー前提で会話を進めるのやめてね。
俺が曲を出す訳じゃない。
ただ、厄介な人物が歌ってみたを出したいそうなのだ。
いや、もっと単純に、歌ってみたいそうなのだ。
詳細を語るには、昨日の記憶を掘り返す必要がある。
その日、俺たち兄妹は音無家にいた。
「兄者〜コレなんでアタシ達呼ばれたの〜?」
「知らんが、姉御と音無の表情で察しろよ。めっちゃ真面目モードだぞ」
「うん、なんか正座してるし〜」
「だろ。だからそういう緊張感のないことは口に出すな」
「でも真面目な話ってさ〜例えば何〜?」
「例えば、今後のことだろ」
「だから例えば〜?」
「あー、ああ。ご結婚おめでとうございます」
「シバいたろか」
違ったか。
てっきり音無と本物の家族になりました、的なノリかと思ったんだが。
その場合は養子縁組になるか。
もう姉ですらないな。
……うん、ごめんね、シリアスな空気に耐えれなかった。
散々バンド関係で入った音無家なのに居心地が悪い。
マジで理由も分からず姉御に呼ばれたんだよな。
「閑話休題ってことで」
「話題的にスルーできんのやが」
「どうにかスルーしてもらって、何の用だ?」
「ほれ、アンズ」
「う、うん……」
音無の返事は弱々しい。
厄介事じゃないといいんだが。
少し長めの間を置いて、ようやく音無が口を開いた。
「あたしを……あたしを、歌えるようにして欲しい、です……」
「……マジか」
「マジや」
「え?歌えばいいじゃん〜」
「お前ちょっと黙ってろ」
「なんで!?アタシおかしいこと言ってないでしょ〜!」
できねぇから言ってんだろ。
空気読み能力皆無か。
いや、そういえば愚妹は音無の事情を知らねぇのか。
俺も詳しくはない。
事象だけで言えば、アレンジでしか歌えない状態。
分類は音痴なのかもしれない。
しかし、あのセンスをただの音痴として扱うのは無理だろう。
それを……どうしろと?
「想像の二千倍は重い相談なんだが」
「ご、ごめんなさい……」
「謝られると余計にやりづれぇよ」
「無茶言うてるんは分かってる。その上で、頼まれて欲しい」
「なんで俺らなんだよ」
「アンズが信用できる相手を集めた結果や。ウチの主観も入っとるが」
「信用……?コレを?」
「コレって言うな〜。てか〜なっしー、歌うまいじゃん〜」
「うまくは、ないよ……」
「アレンジが凄かっただろ?」
「あ〜そうかも〜。ダメなの〜?」
「ダメっていうか……」
「とりあえず、なんか深い事情があるなら聞こう」
深い事情を、音無は語らなかった。
というか、音無自身が理解できていない様だった。
まぁ理由が分かっていれば問題になってないか。
何故歌えないかを音無は知らない。
代わりに、この依頼の理由を彼女は語る。
全ての始まりは、あのP.S歌謡祭だったと。
「あたし、あの時、初めて、楽しく歌えたの。だから……」
「また歌いたい、と?」
「うん。あれから、今のままでもいいって、そう言ってくれる人もできて、嬉しかった。でも、もっとって、思うようになっちゃって……」
「もっと〜?いっぱい歌わないと足りないってこと〜?」
「その……一緒に、歌いたいって、そう思うようになったの」
「いいよ〜!歌お〜」
「そういう事じゃねぇんだろ」
一緒に、同じ歌を、同じように歌う。
音無の願いはそれだけなのだろう。
それができなくて悩んでるって話なんだが。
「まぁ、なんとなく分かった」
「兄者〜?どゆこと〜?」
「皆で歌を歌いましょうってことだな」
「アタシと言ってること変わんないじゃん〜」
「そりゃあバカにでも分かるように言ってるからな」
「ああ〜!?なんだ〜?やるか〜?」
「そうだな。引き受けよう」
「え?珍し〜兄者はグチグチ言うと思ってた〜」
「せやな。素直過ぎて逆に怪しいわ」
「おい呼んだのそっちだろ」
まぁ文句を複数ターンで言いたいし、面倒事をまだ増やすのかって気持ちもある。
だが、原因の一つに俺達がいるのは無視できない。
「P.S歌謡祭に関してはこっちがやらかしてる部分があるからな」
「なんかあったっけ〜?」
「主にお前のせいなんだが?」
「そっか……お兄さん、桜ちゃん。ありがとう」
「ふふ〜まっかせろ〜」
「つっても、解決できるかは保証しかねるぞ」
「そこまではウチらも要求できんわな。専門家が匙投げた話やし」
「サラッと難易度が超地獄級になった気がするんだが」
「大学でも、治せなかったから……」
そういや音無の両親はプロの音楽関係者だったか。
幼い頃から楽器を触らせるくらい熱心な親でも、芸術大学の教授でも無理だったと。
それ、俺らにどうにかできる内容か?
無茶苦茶に無謀な無理難題は百も承知した上で、できることを考えるか。
まずは原因分析だな。
「なぜなぜ分析でもやってみるか」
「兄者〜まじめにやれ〜」
「大真面目だっつの。まぁネーミングに関しては俺も疑問しかねぇが」
「それって、何をするの?」
「事象になぜって質問を繋げていく。五回ぐらいやれば真因が分かるって手法だな」
俺も社会人になってから知ったやつだし、この三人が知らないのは仕方ない。
進める上でいくつか要点はあるのが、その辺は俺が修正しよう。
あまりにも個人的な悩み過ぎて、今回の件で役立つかは微妙だが。
まぁ、やるだけやろう。
「んじゃまず、なぜ音無は正しく歌えない?」
「えっと、音が合ってない、から?」
「まぁいいか。んじゃ、なぜ音が合っていない?」
「なぜ……?」
「さ〜?」
「アレンジしとるから、ちゃうか?」
「それでいこう。次、なぜアレンジしている?」
「えっと……」
「なんか兄者〜感じ悪〜」
「質問責めみたいなのは認める。残念ながらこういうもんなんだよ」
音無がアレンジをする理由は本人しか分からない。
だが逆に言えば、ここさえ分かれば解決できる。
かもしれない。
「メロディが、浮かぶから……?」
「なぜ浮かぶ?」
「……曲を聴いたから?」
「それも理由だけど、変更できない条件だな。他は?」
「えっと……どうしてだろう?」
「条件を変更すんのは有りなん?」
「アイデアがあるなら言ってくれ」
「曲を聴くとメロディが浮かぶから、になぜを繋げんのはどうや?」
「やってみるか。どうだ?」
「曲……インスピレーションがあるから、とか?」
「どゆこと〜?」
俺もわからん。
インスピレーションがあればアレンジしてしまうものなのか。
天才のエピソードに才能が溢れ過ぎて理解できん。
まぁ理由が分からないよりはいいってことで前向きに捉えようか。
で、どうすんのよこれ。
「それを無視して歌うってのは──」
「できない、と思う……」
「できないかー」
「じゃあさ〜なっしーが曲作ればいいじゃん〜」
「んな簡単に言うなよ」
「やってはみたんだけど、その……」
「いやできんのかよ」
「自分で作ってもアレンジしてまうみたいでな」
「自分の曲すらインスピレーションになるってか」
はい。
終了。
解散。
帰っていい?
……なんか姉御に睨まれてる気がする。
いやさ、だってさ、もう無理じゃん。
音無がアレンジ無しで歌える曲は理論上存在しねぇぞ。
姉御に確認した限り、曲を自作したり、アレンジ後の譜面を歌い直したりと、思い付く限りのことは試したようだ。
既存の曲に比べてアレンジの幅は減るらしいが、それでも解決には至らないという。
「つまり常人の策は通用しないってことだな」
「アンズが超常現象の類にされてへんか」
「ってなわけで、愚妹、出番だ」
「お〜!で、どゆこと〜?」
「古来より、目には目を歯には歯を、超常には超常をっていうだろ」
「それは微妙に意味がちゃうやろ」
「桜ちゃんも超常現象なんだね」
「おそろいだ〜いえ〜い!」
「喜んでいいのかな……」
少なくとも、褒めてはねぇよ、お二人さん。
音無に限っては有り余る才能って気もするが、まぁいい。
正攻法で考えても無理そうな話は、一度狂ってみるのも手だ。
ブレインストーミングの応用だな。
横文字慣れねぇ……。
ともかく、愚妹のイカれた発想も使い様があるかもしれんという事で、頑張ってくれ変人代表。
「さて、どう思う?」
「う〜ん……歌えるまで練習する!」
「ゴリ押しやな……」
「それは……えっと……」
「まぁ、まともな練習じゃ解決しなかったのが現状だろうな」
「……うん」
「兄者〜今何考えてる〜?」
「ちょっと思い付きがな。音無、一曲を作るのにどれくらいかかる?」
「え?あ、えっと、簡単なものなら、すぐできるよ?」
「曲って、そんな野菜炒めくらいの感覚でできるもんなのかよ」
「アンズの才能には同業者でも絶句しとったからな」
この子、なんでVTuberなんかやってるんだろ。
業界からすりゃ痛手も痛手じゃねのか。
コミュ障ってそんなに重いデメリットかねぇ。
そういえば会話に人数制限あったし、合唱も合奏もできないのか。
才能が性格にメタられてるな。
その後、音無は30分程で一曲を仕上げていた。
もうこの道で食ってけよ。
音無の一件は、ひとまず持ち帰るということで解散となった。
歌う必要がなければそもそも論で解決かなとも思ったが、歌動画はむしろやるべきという話だった。
逃げる理由だけが無くなっていくな。
来週からはしばらく配信を休むことになってるし、まぁ大丈夫だろ。
あとはこっちの努力次第ってか。
「兄者〜ごはん食べよ〜」
「…………」
「お〜い無視すんな〜」
「…………」
「らに〜!?らんへ〜ほっへひっはんの〜!?」
「八つ当たり」
「はらへ〜クホあにひゃ〜!」
お前やることないんだし、サンドバックにしてもよくね?