#兄と愚妹の神配信
我が家は四人家族だが、ほぼ二人で暮らしている。
両親が共働きの上、仕事の事情もあって家を空けている時間が長いからな。
そんな我が家が今直面している問題がある。
無論、大鍋にギッシリと詰まった親子丼を一人で処理しなければならない事である。
カレーにしても多い量だ。
二日目ボーナスもないし、アレンジするにも完成しきってるメニューなんだよな。
愚妹には食パンしか食わせないつもりだし、さてどうするか。
さしあたっては綺麗な皿を貸してくれたおねじさんに感謝の押し売りでもやろうかと思ったのだが、生憎と暇じゃなかった。
呼べば来そうな八重咲と文字通り一人で処理しそうな音無を呼ぶか?
愚妹が作ったと言っただけで逃げられそうだな。
「兄者〜アタシに言うことな〜い?」
「マーガリンは冷蔵庫にまだあるぞ」
「ちがうから!」
「ジャムは、この前ヨーグルトに混ぜたからねぇわ」
「だからちがうって〜!なにこれ!パンだけじゃん〜!」
「違う。これは虚空サンドと言ってだな」
「聞いたことないから〜!ただ袋からパン二枚出しただけだろ〜!」
「知らないのか?これはおふくろが親父に出した思い出の料理だぞ」
「え、そうなの〜?」
これは親父に直接聞いた話だ。
昔、親父は美術館で女子大生に声を掛けられたという。
その子は親父を一方的に知っていたようで、親父が自分の絵を見に来たところでそうなったらしい。
親父の絵のことをその子はかなり気に入ったようだった。
少し話したところで、ある悩みを打ち明けられた。
いわゆる、スランプというやつだ。
その子は絵を描くのが好きで、コンクールにも作品を提出していた。
だが最近は筆が乗らず、コンクールの締切も近いのにどうすればいいのか分からない。
そんな話だった。
「へ〜!そんなことあったんだ〜!」
「おふくろも知ってたし実話だろうな」
「それで〜?パパは何て言ったの〜?」
「理由がないなら描かなくていいんじゃないか」
「うわ〜」
「その後のフォローも無し」
「パパってそういうところあるよね〜兄者に似てさ〜」
「似てねぇし、似るにしても順序が逆だ」
親父は感覚派の人間だからな。
愚妹もそこがよく似ている。
自分の感覚を言葉で説明できない。
それは物事を理屈や理論ではなく、感情や感覚で判断しているからな。
解決を求める相談にはとことん向かない。
「兄者〜その子はどうなったの〜?」
「色々あって、おふくろがフォローを入れたらしい」
「え?パパとその子連絡先交換してたの〜?」
「いや、親父がその子の大学のOBだったらしい。んでその辺のツテを色々使ったとか」
「ママすげ〜!」
愚妹はマーガリンパンを齧りながら無駄にでかいリアクションを取っている。
これも職業病なのかもな。
いや、愚妹だし元々のアビリティか。
ちなみに親父が今の話をおふくろに聞かせた日の夕食が虚空サンド。
親子そろってこのアホさ加減か。
同じDNAが俺にも流れていることに恐怖しかない。
【供養】兄者の倒し方を真剣に考える会【春風桜、音無杏、八重咲紅葉、兄者】
「兄者をマジで倒すぞ〜!」
「倒してボイスを録らせます!」
「え、お兄さんいるけどいいの?」
「マジで呼ばれた意味が分からん」
「実はちゃんと理由があるんですよ」
「なっしーは知らないかもだけどね〜前に兄者の倒し方をめっちゃ募集したんだよね〜」
「あ、Twitterに流れたやつだ」
「そそ〜。でね〜まだまだ送られてくるんだけどさ〜」
「俺への殺意が高過ぎるだろ」
「中には大喜利みたいな内容もありましてですね」
「ちょっと面白いから兄者に見せよ〜って話になった〜」
「タイトルから真剣に考えるを消せよお前」
コメント:#兄者の倒し方
コメント:なつい
コメント:あれは無理難題
コメント:無茶振りだし
コメント:できると思っていたあの頃
コメント:方法があったらとっくに出来てる
懐かしい、とか思いたくない。
それはしばらく配信業を続けているやつが、こんな事もやったなぁとアーカイブのサムネを眺める作業と同義だ。
俺は職業配信者じゃないし、暇だからこれに出ているだけ。
趣味でVTuberをやっている者だ、なんて言わない。
まずやってないし。
「そのツイートのせいで罰ゲームルールみたいなのができた気がするんだが」
「なにそれ〜?」
「兄者さんに負けたら罰ゲーム、兄者さんが負けたら何でも願いを聞くというあの!」
「あぁ、それってそんなに前からあるんだね」
「できた時期は兄者さんのデビューとほぼ同時だと思いますけど」
「デビューはしてねぇからそれは存在しない記憶だな」
「ま〜見てこ〜。はい〜一個目〜」
『姫が家を出て夜斗と一緒に住ませる』
「これって、どういう意味なんだろう……?」
「事故死狙いか」
「中々えぐい作戦ですね」
「アタシの住むとこないんだけど〜」
「必要経費じゃないですか?」
「絶対やだ〜」
「えぇ、みんな理解してるの、なんで?」
コメント:これは強い
コメント:車が玄関に突っ込んで来そう
コメント:隕石落ちてくるとか?
コメント:階段から落ちて運悪く……
コメント:先に夜斗がやられるのでは?
「夜斗使うなら正面からゲームした方が良いだろうに」
「毎回勝ってる人がよく言いますよ」
「いや、初コラボの時とか、俺は結構あいつに負けてるぞ?」
「そうなの?お兄さんってゲーム絶対勝つマンだと思ってた」
「ん〜兄者は〜結構いいとこ取りするところあるから〜」
「お前にだけは言われたくねぇ。それを言うなら夜斗がいいとこ渡しして来るんだよ」
「そんな言葉聞いたことないよ」
「そんな夜斗先輩の不運なら兄者さんを倒せるかもしれませんね」
「生身を直接狙うのは反則だろ」
コメント:初戦は油断したからでは?
コメント:兄者が負けた記憶なんてない
コメント:無双系チート主人公兄者
コメント:魔王は負けない
コメント:本気の兄者は絶対勝つマン
ネタ抜きに夜斗はゲームになると謎に強いからな。
日常生活になった瞬間にダメ人間になるけど。
そういや、あいつ社会経験ねぇもんな。
マウントを取る気はないが、色々と偏るよな。
主に生活のバランスが。
次の案は、『パイセンがめっちゃ負けてってお願いする』だそうだ。
「兄者〜どう思う〜?」
「多分、無視する」
「冷たいですね」
「多分なんだね」
「これ、試せそうですよね」
「じゃあなっしーお願い役ね〜」
「え!?」
コメント:適任
コメント:これはいけるのでは?
コメント:なっしーならワンチャン
コメント:姫と八重咲は絶対無視されるw
コメント:これ攻略いけるぞ
「兄者さん、じゃんけんしましょう!わたしはパーを出します!」
「なぁ、これ罰ゲームあんの?」
「もちろん!いつものルールです!」
「分かった」
「はい!なっしー!お願いして〜」
「え?え、あ、えっと……お兄さん、負けて?」
「なっしー!もっともっと〜!」
「お兄さん、負けて、お願い!」
「負けてもいいが、その場合、俺は音無のせいで無茶振りされるって事だよな?」
「え?」
「きっと八重咲からの罰ゲームはしんどいだろうなぁ。嫌だなぁ。でも音無に頼まれたしなぁ」
「あ、あの、お、お兄さん……?」
「絶対キツいだろうなぁ。仕返しする気満々だろうしなぁ。でも音無から言われたしなぁ」
「あ、いや、えっと……」
「嫌だなぁ。酷い目に遭うんだろうなぁ。できれば勝たせて欲しいなぁ」
「あ、あ、え、あ……負けないで、いい、です……」
「うわ〜」
「やってる事ヤバいですね……ヤバいですね!」
「取ってつけたようにプリンセスにコネクトすんな」
コメント:脅したw
コメント:これなっしーの負けでは?
コメント:圧が凄い
コメント:無視よりひどいw
コメント:心理戦の暴力
コメント:この人無敵か
なんでそんな非難されにゃならんのか。
人の良心に付け込むような事されてる身にもなれよ。
心が痛くてしょうがねぇわ。
多分、スミレさんでも同じ攻略方法できただろうな。
血も涙もない案を出すのやめようぜドSリスナー共。
「でも、こういう兄者さんの対応から攻略法を見つけるのが、今回の趣旨でもあるので許しましょう!」
「誰目線だよ」
「うぅ、お兄さん怖い……」
「兄者〜なっしーに変なトラウマ作るのやめてよ〜」
「被害者は俺のはずでは?」
「次の案、行きます!」
『退かない、媚びない、顧みない』
「おいどっかの聖帝からアイデア来たぞ」
「間違えました。こっちです」
「いやわざとだろ……」
『24時間耐久戦で交代で相手する』
「手段選ばないにも程があるだろ。前提からして人数不利だし」
「兄者さん相手とか、24時間かけて削らないと隙が作れないですし」
「偽のゴールをいくつも用意すんな」
「術式頼りの守りにさせるんだね」
「兄者は最強だからね〜」
「ちゃんと脳天を呪具で刺さないといけませんね」
「お前ら昨日見たアニメの影響受けすぎだろ」
コメント:何見たかすぐわかるw
コメント:昨日みんなで見たのか?
コメント:こいつら仲良いな
コメント:兄者は最強だもんな
コメント:夜斗が闇堕ちするなw
コメント:夜斗「猿め」
夕飯を振る舞うついでに見たよ。
おかげで親子丼を消費できた。
相変らずだが、音無の許容量が異常だった。
絶対何かしらの縛りだぞあれ。
次の案は『兄者の両手両足に100キロの重りを付ける』だとよ。
「腕はともかく足は要らねぇだろ」
「これで3D配信で卓球とかすれば勝てますね」
「まともに卓球できるやついねぇだろ」
「アタシできるよ〜!」
「うそつけ」
「マジだし!友だちと温泉でやった時優勝だったからね〜」
「さくらちゃん、すごいね!」
「へへ〜でしょ〜?」
「たまに何故かできたりするよなお前」
コメント:姫の得意がよく分からん
コメント:接待では?
コメント:案外感覚でできそう
コメント:フィジカル弱いのに
コメント:昔はできたんでしょ
「卓球なら、姉御も上手いよ?」
「姉御も大概なんでもできますよね」
「八重咲もどっちかといえばできる方だろうに」
「この前のアドフィットでちょっと運動への自信が……」
「正直、姉御にあんま器用なイメージねぇけどな。部活やってたとかか?」
「ううん。授業でやったことあるくらいだって言ってたよ」
「それで上手いのか。すげぇな」
「姉御は何でも一生懸命にやるから、かな?」
「姉御〜歌も上手いし〜ダンスもできるもんね〜」
「歌も、すごい頑張ってるからね」
コメント:姉御は何でもガチ
コメント:本気で兄者倒しに行ってたな
コメント:努力家のヤクザ
コメント:ゲーム昔は苦手だったな
コメント:姉御踊れるのか
「兄者さんの3D解禁されてますし、普通にスポーツ系はありかもですよね」
「サラッとVTuber化してるみたいに言うな」
「ドッチボールしたい〜」
「なんでよりにもよって一番殺意の高いものを」
「スポーツ……あたしは無理だなぁ」
「そもそもVTuberが球技は無理あるだろ」
「どんなスポーツやっても勝てる気はしませんけどね」
「確かに」
「兄者はゲームになるとクソ強いんだよ〜」
「んな夜斗みたいな評価されてもな」
「夜斗先輩は勝負になるとクソ弱いですから」
「ここまで舐められてる一期生はアイツだけだろうな」
夜斗はエンタメになるとクソ強いというか弱いというか、確実に面白くなるよな。
愚妹もそうだが、あのギャグ漫画の登場人物みたいな特性はもう才能の域だと思う。
考えてできる事じゃねぇもん。
一期生の三人は、こう見るとバランスがいいな。
まとめ役とリアクションの両方ができる姉御と、ゲームとエンタメに強い夜斗、天然ポンコツ故のイレギュラーを出せるスミレさん。
最後の一人は要らないようで、実は結構重要な気がする。
何せ狙わずにボケられるからな。
俺はP.Sの初期組がどんな動画を出していたのかは知らんが、姉御と夜斗がスミレさんにツッコミまくっているだろうと確信している。
その話をすると、スミレさんをツッコミに回らせる二期生と三期生がどんだけ狂ってるんだって所が着地点になるんだよな。
カオスの二期生って異名、怖すぎだろ。
その中に身内がいるってのはもう悲報でしかない。
八重咲と音無をヘルプに呼んだ日である。
やはり音無の胃袋は異次元だなと切に感じた。
「わたしが言うのもアレですけど、よくその体にそれだけの量が入りますよね」
「昔からよく食べる方だったから。でも、全然大きくなれなかったんだ」
「高身長になりたかったのか?」
「そういう事じゃないけど……」
音無が気まずそうに愚妹へ目を向ける。
釣られるように八重咲も視線を動かし、何かを察したように目を細めた。
ああ、女性としてってことね。
「え、なに〜?」
「お前は大きくなったなとか思ってるだけだろ」
「そう〜?アタシの背って〜普通くらいだと思うけど〜」
「いや、上にってより全体的に大きくなったよな」
「おいこら〜!」
「いや、大きくなったというより太っ」
「だ〜ま〜れ〜!」
何、湯○婆?