#兄者のひとりごと
P.S初期メンバーの三人は、始まりの一期生と呼ばれている。
読んで字のごとく、かのイカれたVTuber事務所はそこがスタートだからな。
基本的に頭のおかしな連中でも、名も売れて所帯も大きくなって来ると、当然悩みも増える。
大先輩と言って差し支えない立場の一期生からすると、そういった悩みを相談する相手は限られてくる。
その大半は同期なのだが、ここで一つの問題にぶち当たる。
同期にまともなやついない問題である。
姉御はまぁいいとして、片やゲーム極振りの世間知らずに、一方は天然ポンコツの酒豪様だ。
こいつらに頼るなどと考えるだけ時間の無駄とさえ思えてくる。
話すだけでも楽になるとも言うが、マジの相談はできないよな。
そうなると何故か、俺のスマホが呼出音を奏でることになるわけで。
「ウチが頼んどいてアレやけど、何でラーメン屋やねん。しかもアンズまでおるし」
「先約優先だ」
「姉御、ごめんね」
「いや、別にええよ。午後に予定あるついでやったし、腹も減っとるしな」
「なら丁度いいな」
「あんなぁ、メニューにはちょっと文句はあるで」
「それは音無が請け負うべきだな」
「姉御、ごめんね……」
「いや、ええわ!もうええ!覚悟決めたるわ!」
忙しいやっちゃなー。
この方言合ってる?
行きつけの二郎系とかいうパワーワードを飲み込み、音無と以前にも来ている店でラーメンの形をした何かを待つ。
消化機能がバグってる音無とか、やたらと男趣味な八重咲とか、何も考えてない愚妹のせいで忘れそうになるが、二郎系に来た女性の反応は多分こっちが正解だよな。
全てのセレクトを小盛りに抑え、限界までリスクを減らす姉御がそこにはいた。
「んで、愚痴に付き合えってのは、どういう話題だ?」
「それは、アレや。ウチの知り合いが、最近……結、婚、するらしい……」
「へぇ。それはおめでとう。はい、大盛りはこっちです」
「めでたいのは、せやけどな……」
「全マシはそっちです。ありがとうございます。何か問題でも?」
「その知り合いって、めっちゃ変人やねん」
「あー、うん、なるほどな。いただきます」
なんかつい最近似たような話を聞いたな。
まぁ、俺と姉御じゃ感想がだいぶ違うだろうけど。
俺は流行りに疎いから分からないが、巷では変人さんと結婚するのがトレンドなのだろうか。
そんなイカれたクレイジーブームはさっさと過ぎ去って欲しい。
色んな意味で。
「……まぁ、P.Sにいる時点で姉御も変人だし、可能性が出てきたんじゃねぇの」
「いただきます。フォローへたくそかい。違う角度から心えぐりに来てるやん」
「いや、その話題振られて返せる言葉はねぇよ」
「姉御、見て見て!天地返し!」
「おお!上手いなアンズ〜!いつの間にそんな技覚えたんや」
「急に落ち着くなよ」
来店二回目で習得したことは黙っておこう。
初めて成功させた時の顔は、新しいゲームを貰った小学生みたいだったな。
本当にこの人年上か?
今も麺を美味しそうに噛み締めてるけど、小動物にしか見えん。
「まぁ、そういうのは出会いとかタイミングとか色々重なって起こるもんだし、運がいいとか悪いとかって考えた方がいいんじゃねぇの。知らんけど」
「職業柄、出会いとかは絶望的やもんなぁ。あの人もそんな多いことないとは思うねんけど」
「別に人と比べなくていいだろ。姉御とその知り合いじゃ長所も短所も違う訳だし」
「それは分かっとるんやけどなぁ。なぁ、ウチの長所って何?何をウリにすればええと思う?」
「音無、出番だ」
「えぇ!?」
「その反応は困ってる時のやつやろ!」
その後はマジカル姉御をしながらラーメンを食うことになった。
かなり序盤から大喜利になったのは言うまでもない。
【ひとりでできるもん】今日の夕食は自分で作ります【春風桜、紅上桃、兄者】
「は〜い、おはる〜!春風桜だよ〜」
「実況の紅上桃や」
「解説の兄者です」
「今日はね〜兄者がごはんサボるから〜もうアタシが作るってことになったよ〜」
「サボってるいうんはどういう事や?」
「恐らく、一週間続いている鯖の水煮サンドの事を言っているんでしょうね」
「何やったらそんな罰ゲームを受けることになんねん」
「さぁ?愚妹のやらかしを数え出したらキリがありませんからね」
「ようそんな他人事に話せるわ」
コメント:心配しかない
コメント:よそ行き兄者すこ
コメント:兄者が爽やかなの草
コメント:だいたい姫が悪いw
コメント:姫大丈夫?
コメント:食べれるものが出てくるかも怪しいな
コメント:これ兄者と姉御も食うのか?
食うわけねぇだろ。
俺はひとりごとの多い薬屋じゃねぇんだわ。
好き好んで毒を飲む趣味はねぇ。
本日のメニューはオムライス。
米を具ごと炒めて熱した卵を載せるだけ。
結構雑に作っても形になるのがいいところだ。
オムレツの半熟にこだわる必要もないしな。
普通にやれば大丈夫だろう。
普通にやればな。
「先にね〜兄者が作ったやつを見せるね〜」
「この完成例、やたら綺麗に撮ってんなぁ」
「わざわざ雰囲気の出る皿を知り合いから借りましたからね」
「そうなんか。無駄に手間かけてるやん」
「これを作るよ〜!」
コメント:店の料理だろ
コメント:トロトロじゃん
コメント:無茶言うな
コメント:お店のCMみたいだな
コメント:テロップ草
コメント:この後兄者が美味しく頂きましたwww
「これハードル高ない?ウチもこんな綺麗に作れるかはあやしいで」
「多くは求めないので、せめて食べられるものを作って欲しいですね」
「ハードルめっちゃ下がったな」
「兄者うざ〜。作るの見てたけどめっちゃ簡単だったし〜これはよゆ〜だよ〜」
「お手本は見てたんやな」
「作り方のメモもあるので、まともな脳を持っていれば大丈夫でしょう」
「実の妹がまともな思考しないって言っとるようなもんやんそれ」
「尚、今回は事務所のキッチンよりお送りしております」
まともな事をしないんだよなぁ。
これで家のキッチン貸せとか言ってきたらリアルに拳が出るところだ。
リスナーには愚妹の動きは見えていないので、リアクション係の姉御に実況してもらう。
下手にこいつの動きを全世界に配信したら炎上しかねん。
酷すぎて映す価値ないし、やってる事が食材への冒涜だもん。
「は〜い!まずは〜、チキンライスの具を切ってくよ〜」
「鶏むね肉と、人参、玉ねぎやな」
「鶏肉は一口大、野菜はみじん切りにするとメモには書いてあります。安心してください、ちゃんと読み仮名も振ってあります」
「その注意書きは要るんか」
「とり肉をひとくちだいだから〜こんな感じかな〜」
「ちょっと、でかい気もするけど、許容範囲やろか」
「一口のデカさを物語ってますね」
「包丁を使うときは〜ねこの手〜シャケくんの手〜」
「猫の手はええけど、なんか動きが怖いわ」
「形だけでやっているので、結局支えられてないですね」
「危ないわこれ、止めたいんやけど」
「絆創膏は一箱分渡してあるので大丈夫ですよ」
「指切るんは前提なん!?」
コメント:優しい兄者
コメント:猫の手できてえらい
コメント:まず野菜を切れるか
コメント:小学生の家庭科かな?
コメント:園児の方が上手く切ってそう
「みじん切り〜って〜ちっちゃくすればいいんだよね〜」
「せやな。その方が火も通りやすいわ」
「了解〜了解〜」
「みじん切り言うたよな?え、これ見本見たんよな?」
「──それは、みじん切りと言うにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた」
「多分、なんかのネタなんやろけど、スマン何の真似か分からんわ」
「もはやざく切りですね。彼女はカレーでも作る気なんでしょうか」
「待って。アンタの情緒もようわからん」
コメント:カレーってw
コメント:ざく切りはダメだろw
コメント:小さくするって言ったじゃん
コメント:まずみじん切りをググれ姫
コメント:見本見たんじゃないのかよw
何を作っているのか既に分からなくなってきた。
今からでもコンソメスープにぶち込んだ方がいいんじゃないか?
まぁ、俺は食わないからいいんだけどさ。
次はフライパンに油を敷いて具を炒める。
ある程度火が通ったら米を追加するんだが、人参とか半ナマになる未来しか見えねぇな。
「まずは〜油〜」
「多ない?」
「今日のメニューは揚げ物でしたっけ?」
「そこまでヒタヒタでもないやろ!」
「あっつ〜!油超はねるんだけど〜!」
「そらそんな入れたらなぁ。野菜、入れるみたいやな。めっちゃ離れとるけど」
「理科の実験ですかね。化合したら爆発でもするんでしょうか」
「それはもう理科やのうてマッドサイエンティストやん!」
「お〜こわ〜!よし〜あとは混ぜて〜色が変わればいいんだね〜」
「ちゃんとメモ見とるな」
「引き換えに具材がフライパンからフライアウェイしてますけどね」
「まー、ある意味予想通りやなこれ」
「ちゃんと片付けまでやると企画説明しているはずなのにこれですから手に負えませんね」
コメント:目に浮かぶw
コメント:兄者が他人事なの笑う
コメント:今のところ食べられる
コメント:もはや油で茹でてるのでは?
コメント:コントかこれ?
マジである。
なんならここまでは一応メモ通りにやろうとしているので高評価ですらある。
チキンライスの赤を自らの血にしなかっただけでもファインプレーに思えるレベルで、こいつは何かするからな。
まだ野菜が半生の状態で肉を追加したのはまぁいいけど、貴様まさかそれで終わるつもりではあるまいな
「ちょう待ちサクラ!?米はまだ早いわ!」
「え〜?兄者はこの位で入れてたよ〜?」
「そら具の大きさ違うんやから焼く時間も変わるやろ!」
「鶏肉をレアで食ったことなんて一度もないだろと言いたいですね」
「そう〜?でもこれもう焼けてるでしょ〜」
「芯まで火通っとらんって!肉も赤みあるし!」
「色が変わるまで焼けって書いたし読んだだろうがって話ですね」
「おう、ちょいちょい本心出てきとるな」
「コレに文句言われてると思うとあれですね。もうそのまま食って腹壊せとかしか言えないですよ」
「ブチ切れやん!しかもめっちゃ笑顔で言ってそうで怖いわ」
コメント:ブチ切れ兄者w
コメント:淡々と切れてるw
コメント:スーツ着てるタイプの悪役だわ
コメント:糸目で笑ってるサイコキャラじゃんw
コメント:そりゃ怒るわw
コメント:腹壊せは草
我が愚妹が半生を回避したらどうなるか。
当然、焦がす。
何故か米を色が変わるまで焼き続け、ケチャップをかけて分かるくらい焦げ目がついている。
煎餅にする気かお前。
米が焦げているということは具材も過剰に焼かれているということであり、フライパンからは料理中に嗅ぎたくない炭素の匂いがしていることだろう。
とはいえ、食えないことはない。
せめて卵だけでも綺麗に載せて見栄えを誤魔化せば、まぁ成功と言えなくないだろう。
「なんでスクランブルエッグにしてんねん!」
「兄者の真似したらぐちゃぐちゃになったんだけど〜!?」
「お前もうそれはわざとだろいい加減にしろよ」
「兄者がこうやってたんじゃん〜!」
「崩れるほど混ぜてねぇだろうが」
「しゃあないし、とりあえず盛り付けよか?」
「ん〜……そうする〜」
「あー、なんか、これをオムライスと呼ぶんは詐欺やな」
「はい。ということで、愚妹のTKG完成でーす」
「オムライスだ〜!」
コメント:TKGでもないだろw
コメント:レギュレーション違反ではw
コメント:なんでそうなる
コメント:姫は兄者の何を見てたのか
コメント:知ってた
コメント:あーあ
コメント:でしょうねw
ギリギリだが食べられるものを錬成して配信は終了となった。
愚妹のオムライスのなり損ないを食べた感想は、ケチャップの味しかしない。
そらそうだ。
ちゃんと下味をつけろという指示を全てスルーして作っていたからな。
しかも焦げの味を消すために追いケチャップとかいうケチャラームーブをかましてたらそうなるに決まっている。
まぁ今回まともに作れたのは姉御がちょくちょく軌道修正していたのと、必要最低限の物しか作業場に置かなかったからだろう。
ヘタにアレンジできる環境にすると、創作料理の域を超えた未確認物体を生成するからな。
やっぱり家のキッチンには入って欲しくない。
危険要素しかねぇわ。
食ったあとは片付けをしろという事で、配信中に皿洗いまでやらせた。
姉御がもうオカンみたいな口出しの仕方をしていたお片付けフェーズは、間違いなく切り抜かれる事だろう。
後日、料理にハマったという愚妹の品が食卓に置かれた。
内容は至って普通の親子丼だが、ちゃんと食えるものになっていた。
味は、まぁ、不味くはない。
「兄者〜ど〜よ?アタシもやればできるでしょ〜?」
「そうだな。味の調整ミスって卵足しただろ?」
「え?あ〜うん。え、なんでわかんの?」
「甘いし、鍋にぎゅうぎゅう詰めだし、その割に具が少ねぇ」
「ま〜、たまにはアタシもミスるしね〜」
「あと、これ何品目だ?」
「え?」
「散々色々作って、んでミスって、最終的にできたのがコレだろ」
「……マジでなんでわかんの?」
「キッチンを片付けろ今すぐに」
「……あい」
調理場は地獄絵図だった。
案の定、冷蔵庫も荒らされている。
やっぱキッチンは使用禁止かねぇ。
まぁ、チャレンジしようとする気概は買うけどな。
色々試して失敗して人は学ぶもんだ。
残念なことに、愚妹の辞書に学習の文字はないんだがな。
兄としては少しでも学んで欲しいので、明日のメニューは虚空サンドに決めた。