#3D兄者リアルマオウ
美容師との会話ほど虚無なものはない。
例外があるとすれば、相手がちゃんとした知り合いかコミュ力53万の帝王系美容師のどちらかだろう。
今回は一応前者。
おねじさんをトータルで見てちゃんとした大人に分類するのは難しい。
ただまぁ、知り合いということに関して嘘はないからな。
なんてことのない雑談は、中身はないが虚無でもない。
「この前の配信見たわよ。おめでとう、あにちゃん」
「おめでとうはそっちだろうに。あと全然嬉しくねぇ」
「女の子にプレゼントをもらったのに?」
「主にイカれた自称後輩と騙された天然酒豪のせいでな」
「他の人のは、そんなにおかしくなかったじゃない」
「包丁とかどうなんだよ。普段の生活で使うからまぁ要らねぇとはならんが」
「紅上ちゃんね。気遣いのできる女って感じがするわよね」
「だからといって刃物贈るか?一昔前の脅迫便じゃねぇんだからよ」
「ああ、カミソリ入ってるファンレターね」
「そのファン、ヤンデレが過ぎるわ」
なんで配信見てんだよこのオカマゴリラ。
新しいものは馴染まないとか言ってなかったか?
まぁ、最新機種のゲーム機持ってる時点でダウトって思ってるがな。
最近は忙しくて出来てないだろう。
親父の仕事が昔よりも遥かに増えたし、おねじさんは業界でも名が通ってるとかおふくろに聞いた気がする。
需要と供給というべきか。
一つのことを極めた者は、人から求められるようになる。
「今更だが、VTuberって見てんだな」
「見てると言っても、切り抜きとかを隙間時間に見るくらいだけどね」
「まぁ忙しいだろうからな」
「そうね。ありがたいことによく声がかかるわ。忙しいと言えば、あにちゃんもでしょうけど」
「ありがたくないことに声がかかるからな」
「またそういうことを言う。口の悪さは治らないみたいね」
「師匠の教え方が悪いんじゃねぇの」
「それは親の責任でしょ」
「じゃあ順当だな」
「否定できないわね」
親父は気遣いできないし、おふくろの身内に対する当たりの強さは4トントラック並みだからな。
うっかり轢かれたら異世界に転生して無双ハーレムができてしまう。
何それ怖い。
両親の愚痴でひと盛り上がりした後、珍しく店のドアを開ける音がする。
予約のブッキングか?
しかし時間はかなり中途半端だ。
鏡越しに入って来た人物をどうにか視界に入れ、何となく色々なことに合点がいった。
入り口には、八重咲の姿があった。
「こんにちは!」
「いらっしゃい、八重咲ちゃん。お仕事しながらでもいいかしら?」
「お客さんが大丈夫なら……え、兄者さん!?」
「よう」
「おねじさんには切ってもらってないとか言ってませんでした?」
「丁度伸びてたからな。あと、ついでの資金援助だ」
「なるほど。兄者さんも結婚祝いで来たってことですね」
「まぁ、そんなところだ。も、ってことは八重咲の用事もそれか」
「はい。お世話になったので」
この前の散髪のこと、だけじゃないんだろうな。
結婚の話題を知ったのは八重咲とおねじさんが解散した後だし、俺より先にその事を八重咲が知ることはまずないだろう。
となると、あれ以降個人的な繋がりがあるということになる。
連絡先の交換くらいはしてた気がするしな。
「改めて、結婚おめでとうございます。おねじさん」
「ありがとう。まだ籍は入れてないけどね」
「しかし驚きだな。どんだけ器広いんだその人」
「そうね。ちょっと変わってるワタシを受け入れてくれてるものね」
「ちょっと……?」
「おねじさんと奥さんの馴れ初めって、聞いてもいいですか?」
「馴れ初めって言うほどのものはないんだけれど、会ったきっかけはあにちゃんのパパさんね」
「は?親父?」
「そうそう。知り合いの紹介で、みたいな話よ」
親父にそんな気の利いたことができるのか?
交友関係は割と広いだろうし、シチュエーションも想像がつかねぇ。
まぁ、変人奇人のパイプは太いし多いだろうしな。
実は俺の知ってる相手だったりするか。
いや、色んな業界に手を出しては足を突っ込んでる奴の紹介だ。
世界を股に掛ける女盗賊とかが出て来ても納得感がある。
こういう話を根掘り葉掘り聞くのはちょっと気が引ける。
プライベートに踏み込みすぎるのが嫌というか何というか。
あと、人格者のとはいえおねじさんと結婚まで考えられる相手をまともな人と思えないのは俺が悪いか。
色々と知るのが怖い。
「そういや謎が一個解けたな」
「全て、ではなく?」
「俺のじっちゃんは名をかけるほどの名探偵じゃねぇ」
「あら?何が分かったというのかしら。小さな探偵さん?」
「遊園地で毒薬飲まされてもねぇわ。あと小さくもねぇだろ」
「おねじさんって、結構ノリいいですよね」
「まぁ、あれだ。八重咲のアケコン贈呈事件だ」
「人の好意を犯罪みたいに言わないで下さいよ」
「あれ、アドバイスしたのおねじさんだろ」
「面白い推理をするわね。君には小説家の才能があるんじゃないかしら?」
「真犯人じゃねぇか」
おねじさんと八重咲は個人的に話す間柄にあった。
俺と昔馴染みのおねじさんならアケコンを贈るという発想が出てくるのも頷ける。
未所持か否かくらいは愚妹に確認すればいいからな。
アケコンってのはゲーセン勢じゃない奴に渡しても喜ばれないことが多い。
八重咲からすればそんなギャンブルする気にはならんだろう。
おねじさん以外の情報元が愚妹だけで信用性皆無だし。
こいつというか、P.Sのライバー共は変なところで真面目なんだよな。
「さ、できたわよ」
「お代は親父に請求してくれ」
「わかったわ。八重咲ちゃんも切っていく?」
「っ…………」
「どうした?フリーズしてんぞ」
「あにちゃんに見蕩れてる?」
「どんだけ奇抜なヘアスタイルにしやがった」
「してないわよ」
「……はっ!あぁ、いえ、えっと、今日は雑談枠です。あと、これどうぞ」
「ありがとう八重咲ちゃん」
「なんだそれ」
「布教用のコミケ品です」
「どうなんだそれは」
「嬉しいわよ。自分じゃ行けないしね」
「そこまでオタクって訳でもないだろうに」
「それがね、最近結構見てるのよアニメ。八重咲ちゃんの話聞いてたら気になっちゃって」
「八重咲、ドヤ顔やめい」
ハイスペックオタクって厄介だな。
これで被害者は三人目か。
内二人が陰キャなのを考えると、実はおねじさんもそっち寄りの属性なのかもしれない。
流石にないな。
俺も一応、新作のゲームをおねじさんに渡した。
プレイできるかはスケジュールの密度次第だろうがな。
ちゃんと鏡を見直す。
おねじさんには全体的に整えるだけを頼んだが、やっぱり変にアレンジしてやがる。
いや、ヘアセットしただけなんだろうけど、なんだろうな。
ヤクザの若頭にしか見えねぇ。
グラサンとか着けたらもうそれ。
だからこの人に頼みたくねぇんだよな。
やり過ぎるから。
【お家3D】貰ったもの全部使って兄者が感謝を伝える回【春風桜、兄者】
「アタシは天才だね〜」
「もういいよ。お前に企画を任せた俺のミスだ」
「超頭良いでしょコレは〜」
「お前分かってんのか。今俺の手元に包丁あるんだぞ」
「こわっ!この人こわ〜!」
コメント:画面がもう酷いw
コメント:カオスのテンプレ
コメント:これ何が始まる
コメント:兄者初の3Dがコレ?
コメント:訳分かライジングサン
今回の企画の前に、まずは配信画面について説明しなければなるまい。
普段は画面の左上にコメントスペースがあり、右側にゲーム画面を映している。
基本的には左下にアバターの姿があるのだが、今回は右下にも一つ画面が追加されている。
それが、手だけを3Dにした映像。
装備とカメラで上手く映しているが、アケコンは画像を背景にしているだけだ。
ここまでは、まぁギリギリ理解できなくはない。
せっかくの3D機材があるのだから動きを見せようというのは分かる。
ここからが春風桜チャンネルなんです。
俺の右側には包丁、まな板、そして出来たてのクソデカハンバーグが置いてある。
しかもハンバーグと包丁はリアルで映っている。
訳が分からんだろう?
安心しろ。
俺もだ。
「は〜い!兄者にはこれから、ゲームでリスナーさんと勝負してもらいま〜す!」
「まだ普通だな」
「で、負ける度にハンバーグを半分に切って貰いま〜す」
「まぁ、うん。まだギリギリ分かる」
「どんどん半分に切って、枠が終わる時に残ってた分を兄者が食べていい〜他はアタシが食べま〜す」
「逆倍々ゲームってところか」
「兄者分かった〜?」
「ルールはな。で?このイカれた画面はなんだ」
「分かりやすくない〜?」
「分かりやすくない」
コメント:うん分からん
コメント:初見に理解できる画面じゃない
コメント:初見は帰れなのだ状態
コメント:風邪の時に見る夢
コメント:料理系YouTuberのゲーム実況かな?
どんな料理自慢でもゲーム機の横に刃物は置かねぇよ。
それはもう料理系じゃなくて猟奇系なんだわ。
流石に貰い物を返り血で汚すのは悪いため、今回はハンバーグと一緒に愚妹を半分にするということはしないでおく。
まぁ、そもそもする訳ないが。
全国配信できる内容じゃねぇし、ドSゲーム実況系YouTuberにされたくない。
まだP.Sメンバー集めてデスゲームさせる方がマシだ。
そう思うとあのピエロは最古のゲーム実況者なのかもしれない。
いや最古というかサイコパスだけども。
「つか、なんで手元を3D化してんだ?元から三次元には生きてるんだが」
「兄者が全身はヤダって言ったんじゃん〜」
「まぁ、それやっちゃうと本格的に詰みな気がするからな」
「ちゃんと見えてるからいいんじゃない〜?兄者ちょっと動かしてみて〜」
「へいへい」
コメント:鉄〇か
コメント:〇拳7いいぞ
コメント:当然のように10連コンボするの草
コメント:トレモだけで絵になるのずるい
コメント:手癖でやってそうなのが猛者感ある
「どうだ?」
「え?あ〜、なんか手の動きがキモい」
「映ってるかどうかを聞いてんだが?」
「見えてるからキモいのかな〜?それとも兄者だから〜?」
「はぁ……」
「いったっ!ちょ、いった!ねぇ〜!まな板で叩かないで!木のやつ痛い〜!」
コメント:わざわざ皿によけてるw
コメント:包丁じゃないだけ優しい
コメント:いい音するわー
コメント:まな板なくなるのシュールすぎw
格ゲーの『鉄〇7』はガキの頃にやりまくった奴の続編にあたる。
キャラ対策のために全キャラ練習したのは我ながらよくやったと思う。
それでも勝てなかったな。
相手がランダムハンデ付きとはいえ大人だったからな。
散々ボコボコにされたのは良くも悪くも思い出に残っている。
アケコンでやるのは久しぶりだったが、意外と体が覚えているもので、半分くらいのキャラは何となくでコンボが出せる。
まぁ新キャラとかもいるし、あの頃に全部キャラ極めた訳じゃねぇからな。
その辺はおいおいか。
ちなみにだが、ちゃんと音無に貰ったヘッドホンも装備している。
あと横にあるハンバーグは、夜斗の肉とは一切関係ない。
だって昨日焼いて食ったし。
「はいじゃ〜スタート〜!って、めっちゃ人来てる〜」
「リスナーの幅広すぎだろ。ぶっちゃけ、こんなプレイ人口多いとか思ってなかったわ」
「兄者みたいなゲーマーって意外といるよ〜」
「俺、そこまでキャラ濃い方じゃないんだが」
「え〜?コメ欄が嘘つけってめっちゃ言ってるけど〜」
「一般人だ」
「これなんて読むの?」
「逸般人だな。やかましいわ」
「てか兄者〜」
「なに。今忙しいんだけど」
「これ何してるか全然わかんない」
「解説役お前だよな一応」
「多分ね〜すごいんだけどね〜何が?って感じ〜」
「何を持ってすごいと察してんだ」
「コメント〜。めっちゃ褒めててさ〜」
「そりゃ嬉しいことで」
「上下の読みがいじょう。判定はあくがやばい。きめぇ。だって〜」
「動詞が全部純粋な褒め言葉じゃねぇな。最後のは特に」
「あと兄者〜、音うるさい。ガッチャガチャいってるんだけど〜」
「そういうもんだ」
コメント:つよ
コメント:ジジイの一発重いw
コメント:手元助かる
コメント:アケコン勢すごい
コメント:これ久々のアケコンなの嘘だろ
コメント:リスナーも普通に強いのやばい
ようやく一戦を終えてコメントに目を向けた。
そうだよな。
やっぱり相手強いよな。
実力が拮抗すれば当然、試合時間も長くなる。
ブランクもあると思うが、全然ダメージ入らなかったもんな。
予備動作とか攻撃の選択肢を理解されてる感じがあった。
これは相当やり込んでる奴じゃないとできない。
約一時間、このレベルの連中と連戦か。
「……なんか、自己主張の塊みたいなやつ来たな」
「だれ〜?」
「クリオネ?お前クリオネか」
「あ〜魔王殺しの〜」
「何その物騒なあだ名」
「夜斗くんのとこに来て毎回いいところ取りして帰ってくんだって〜」
「リスナーすら有名になる時代かよ。そういえば最近夜斗もコレやってたっけか」
「新作だからね〜やるよ〜そりゃ〜」
「なんかVTuberとしてのメタ発言な気もするが、いいか」
コメント:待ってたぞ
コメント:真魔王への挑戦熱い
コメント:デビル使いか
コメント:いけ魔王殺し
コメント:首切りクリオネの出番はやいw
コメント:夜斗倒せるお前ならワンチャンあるぞ
首切りクリオネ。
そういや何度か名前を聞いた気がする。
夜斗を倒した経歴持ちというだけあって、かなり上手い。
あいつは前作くらいから始めてるはずだから、こいつもそんくらいの歴か?
格闘ゲームは経験値と歴がモノを言う世界だ。
どれだけレバーを握りしめ、どれだけボタンを叩いたか。
それで言うなら、ガキの頃からやってる俺としては負けられない。
プライドがあるわけじゃないが、それなりにやり込んだゲームだからな。
普段よりも結果に拘りたくもなる。
「しっかし上手いな。ミスが少ないからマジでやり込んでんだろうなこいつ」
「そういうのわかるもんなの〜?」
「まぁ体感だけどな。雑な動きがないっていうか、ちゃんと考えて操作できてる感じがあるからな」
「考えて操作しないことってないでしょ〜」
「お前が言う?」
「アタシもゲームする時はちゃんと色々考えてるから〜!」
「え、あれで?」
「マジでビックリした〜みたいな言い方すんな〜!」
コメント:え?
コメント:考える?
コメント:姫うそはよくない
コメント:考えない方が強いのでは?
コメント:「ゲームする時は」ね
コメント:マジでビックリした
「みんなひどくないっ!?」
「うるせぇ。あとうるさいついでにもうちょっと騒いでろ。少し黙るわ」
「え、兄者〜?配信中だよ〜?ゲーム実況だよ〜?」
「…………」
「ね〜!マジじゃん!マジで黙るじゃん!」
「…………」
「兄者〜!しゃべれ〜!放送事故になるぞ〜!」
「いつも大体お前の企画は放送事故だろ」
「わ〜しゃべった〜兄者がしゃべった〜」
「次舐めた態度取ったらその舌切り落とすからな」
「兄者!?ツッコむためだけに包丁持つのやめて〜!」
コメント:こわw
コメント:リアル兄妹でも許されない凶行で草
コメント:兄者ならやりかねない
コメント:誰だ兄者に武器渡したバカは
コメント:セリフがカタギじゃないw
隣が本当にうるさい。
このフリスビーサイズのハンバーグを口に突っ込んだ方が得策か?
一勝取るのが長ぇし。
このレベルの相手は集中しねぇと勝てねぇって。
頼むから黙ってくれ。
いやそれこそ放送事故か。
「ほら、暇なら七の段でも言って時間潰せ」
「兄者〜、まず七の段って何〜?」
「そっから説明すんの?お前本当に小学校行ってた?」
「行ってたし!あ、小学校で習ったやつか〜!」
「そうそれ。ほれ、言えるもんなら言ってみろよ」
「普通に言えるし。セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナスズシロ〜」
「誰が七草の話したよバカヤロウ」
「これじゃないの〜!?」
コメント:それは春の七草
コメント:七しか合ってないw
コメント:何で七草は言えるんだよw
コメント:もっと覚えるべきことがあっただろw
コメント:七草言えてえらい!
コメント:姫すごい!
コメント:姫は天才だ!
「兄者〜アタシすごいって〜!天才だって〜!」
「お前がバカなまま成長したのはリスナーが甘やかしたからかもしれんな」
「バカは七草言えないよ〜」
「バカじゃないやつが七草と七の段を間違うわけねぇだろ」
「あ。兄者勝ってるじゃん〜」
「まぁ、フルセットでギリだけどな」
「どう?やっぱ強かった〜?」
「そうだな。強いて言うなら、──お前に足りないものは、それは!情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ!そしてなによりもッ!速さが足りない!」
「うわうるさ!」
コメント:速さが足りないw
コメント:ク〇ガー兄者
コメント:声真似助かる
コメント:声真似を引き出したクリオネに拍手
コメント:よくやった
コメント:兄者テンション高いw
まぁ強者への敬意ってことで。
一本取られてる訳だしな。
P.S恒例の罰ゲームということにしておこう。
なんで自ら罰ゲーム設定してんだって気もするが、緊張感がある方が集中できるしな。
一応ハンバーグの取り分が減っていく企画ではあるが、冷めたひき肉の塊を貰ってもあまり嬉しくない。
今日はやたらと猛者が多いからな。
心置きなく対戦を楽しむことにしよう。
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春風桜
『配信で半分こしたハンバーグに美味しくないって言ってからアタシのご飯ずっと缶詰と食パンなの酷くない?』
鯖の水煮サンド縛り生活三日目の投稿である。