#虐殺教室
出し惜しみはしない主義
子供の頃の夢を言えるか。
俺は無理。
というかそもそもそんなものを持ったことがない。
最近の若者には夢も希望もないなんて言うが、実際その通りだ。
ゆとり世代も過ぎ去ってゆとりがある事が当たり前になり、娯楽も極楽も大差ないなと思う程度には満ち足りている。
生きるために活力を必要としないのは、良くも悪くも時代のせいだ。
当たり障りのない作文をでっち上げていた小学生は、特に何かに目覚めることなく中学を卒業し、虚無と言って差し支えない高校時代を経て社会人になった。
そんな未来予想図のパートⅠもなかった男は今、殺し合いをしている。
まさか銃を手に取ることになるとは。
その日、VTuber最強を決める大戦が幕を開けた。
『天下一V闘会』の開催である。
BPEXにて全20チーム、総勢60人の名だたるVTuberが集まり鎬を削る。
複数回にわたる試合の戦歴をもとにポイント制で雌雄を決するこの大会。
プレイスキルはもちろん、チーム内の戦略戦術、長期戦に耐えうる集中力、そして運と、まさしく総合力が求められる。
P.Sからも少数精鋭ながら2チームが参加しているらしい。
この日まで枠の全てを費やして練習して来たメンバーを知っている手前、大会を茶化す気にはなれない。
名前からふざけてるだろとか、よりによってP.Sに声かけるのかよとかツッコミは色々あるけど、今はよそう。
これだけの人数が集まっている。
それはそれは熱い展開が待っているはずだ。
つかどんだけいんだよVTuber……。
まぁ、いい。
ごく普通のありふれたどこにでも居る平凡な何の変哲もない一般人の俺には関係ない。
普段から奇行に走ることの多い職業の奴らがドンパチやっている裏で、俺はプレッシャーゼロのゲームを楽しむ。
なんと幸せな事だろう。
ある一点を除けば……。
「今日は、よろしくね、兄者くん」
「ああ、うん」
通話の先には、スミレさんがいる。
それはまぁいい。
「よろしくおねがいします、師匠!」
その、恐らく隣には、甥っ子くんがいる。
意味がわからんだろう?俺もだ。
もしも説明できる人間がいるなら教えて欲しい。
縁あって存在を知った『兄者』に感化されて何故かプロゲーマーを目指し、連絡先も知っていて日常的に『兄者』とゲームで遊んでいる身内がたまたまいて、最近『兄者』がBPEXをやっていることを知った小3男子の気持ちなんて俺は知らない。
「そうか。とりあえず師匠はやめてくれないか」
「じゃあなんて呼べばいい?」
「兄者って呼ばれることが多いが」
「わかった!兄者師匠!」
いやそういう事じゃねぇよ。
呼び捨てやめてさん付けしろ、とかそういうニュアンスじゃねぇ。
お前天然か?
血は争えないのかもしれん。
いや、言ってもまだ小学生だ。
発想が飛び抜けてるのも個性だし長所にすらなりえる。
何より元気そうでよかった。
「まぁ、いいか。んで、俺は何をすればいいんだ?」
「BPEX教えて!おれプロ目指してるから!」
「あー、まず俺がプロじゃないんだが」
「兄者師匠めちゃくちゃうまいから!おれもアレくらいできるようになりたい!」
どうやらプロゲーマーを諦めてはいないらしい。
いつかプロゲーマーはやめとけって間接的に配信で言った気がするが、まぁ見てないか伝わってないな。
小3相手には少し遠回しが過ぎたか。
アレが何を指すかは知らんが、まぁ昔なにかしら心に刺さるプレーをしたんだろう。
何やってんだよ過去の俺。
ここにデロリアンがあったら今すぐ轢き殺してやったのに。
まずは雑談でもと話を振り、適当に応えながらスマホを操作する。
LIME
俺『で?』
俺『俺に何をしろと?』
スミレ『できれば説得をして欲しくて』
スミレ『ごめんね、こんなことになって』
ホントだよ。
何してくれてんだよ。
元はと言えばこの人が迷子になったせいで……いや、もうどうしようもない。
残念ながらここにはデロリアンどころか異空間へ繋がる机もDのメールを送る機械もない。
現実逃避、そろそろやめようか。
「んじゃあ、取り敢えず何戦かやってみるか。気になったことがあったら言う感じで」
「おっけえ!」
「少年は、結構BPEXやってるみたいだな。ランク的に」
「毎日やってる。野良ばっかだからあんまり勝てないけど」
「プロならチームメイトとかも探さなきゃならないのか」
「ううん、ソロでやってる人もいるよ」
「そうなのか」
「うん。あと、そういう大会もあるから」
「ソロというか野良限定みたいなやつか」
「そうそう!」
うむ、困った。
思い付きでプロゲーマーになるとか言っていたならまだ説得とかもあったんだが。
この子なりにちゃんと調べてるし、割と本気なところあるんだな。
説得は無理だろ。
とはいえ、このままだとスミレさんが実兄にキレられそうなんだよな。
年の離れた兄だったか。
それは怖い。
『兄者』を教えてしまった手前、どうにか方向転換したいんだろうが、この人ダダ甘だろうしな。
弟が欲しいとか言ってた気もするし、強くは出れないんだろう。
だからって俺に何ができると?
子供の夢を目の前で握り潰して、できた塵を見せつけろとでも?
どんな鬼畜野郎だそれ。
取り敢えず、数戦やってみた。
スミレさんは隣で観戦中らしい。
実力は、まぁまぁだな。
スジはいい。努力もしている。いいエイムだ。
まだ発展途上だがな。
これ、今からでも心を摘みに行くか?
流石に思考がボマー過ぎるな。
小3でこれなら十分に強い方だろう。
「上手いじゃん」
「まじで?よっしゃ!」
「これ教えることないぞ」
「そんなこと言わないでよ兄者師匠」
「いや、初心者とかに教えるならまだしも、ここまで戦える奴に言えることはないぞ」
「でも全然勝てないんだよ。兄者師匠みたいに一人でもドカドカ勝ちたい」
まずもって一人でドカドカ勝った記憶がないんだが。
「基本はチームで戦うゲームだしな。ワンマンで戦うのはムズいぞ」
「でもこの前も2タテしてたじゃん!」
「この前?」
「他のVTuberに教えてたやつ」
「あー、いや、あれは相手チームを分断したからできたことだぞ」
「2対1でも勝ってたのに?」
「ちょっと違う。3対2を2対1にしたから勝てたんだ」
「何が違うの?」
「そうだな、例えば、三刀流の剣士がいるとするだろう?」
「うん、ゾ〇だ」
「まぁそれでいい。そしてこっちは剣を二本持ってるけど、いつも一本で戦う剣士だったとしよう」
「うん」
「勝負する前に、お互い剣を一本折ったとする」
「え!折るの!?」
「まぁな。さて、三刀流は剣を二本しか使えないが、こっちはいつも通り一本で勝負する」
「う、うん」
「この勝負、どっちが有利だ?」
「う……ん。こっち!」
「なんでだ?」
「こっちはいつも通りだけど、ゾ〇は二刀流だから」
「正解。それと同じだ」
どうやらまだちょっと分からないらしい。
難しすぎたか。
変に曲解する前に解説しよう。
「あの時の勝負は、相手は三人で戦う予定だったけど、二人になった。でもこっちは最初から一人ずつで戦うつもりだった。分かるか?」
「やっぱり一人が強い方がいいってこと?」
「いや、予定通りさせないのが強いんだ」
「予定通りに、させない……」
「なんでもそうだ。右利きの奴に利き手じゃない方を使わせると弱くなるだろ?」
「お、おお、おお!すげえ!頭いい!」
「まぁ、これは強いやつが誰でもやってる事だけどな」
「まじで!?」
テンションぶち上がってんな。
人は興味のあることで何かを知ると楽しさを感じるからな。
子供は特にその傾向が出やすい。
「ほかには!?ほかにはないの!?」
「あー、そうだな。相手の予定通りにさせないのが強いって言ったろ?」
「うん!」
「強い相手なら当然同じことをやってくる」
「そっか……」
「そんな時はどうすればいい?」
「う……ん。うぅ……ん?わかんない!」
「サブプランだ」
「サブ、プラン?」
「予定通り行くのがベストだ。でもそうじゃない時、できない時がある。その時の為に、もう一つの予定を作っておく。それがサブプランだ」
「サブプラン……」
「丁度いいからやりながら説明するけど、俺は今から向こう岸の相手を狙撃する」
「うん!」
「当たれば勝ちだが、外れるかもしれない」
「うん!」
「外したら相手に位置がバレる。となれば相手チームが向かってくるだろ?」
「来る!」
「だからそれに備えて、俺は撃った後に中距離用の武器に切り替えてる」
「おお!」
「もしスナイパーのままだったら、ここの撃ち合いでやられてただろう」
「すげえ!師匠頭いい!」
いや、ベタ褒めしてくれてるところ悪いが、結構普通のことなんだよこれ。
大人になれば誰でも分かることをドヤ顔で話してるだけで、遅かれ早かれ君も気付いてることなんだよ。
だからまぁ、今の段階で知れたのが良かったと思ってくれればそれでいい。
「少年が勝てないんだとしたら、それはサブプランがねぇからだ」
「サブプランがねぇから……か」
「ああ。なんなら予定通りに行くことの方が少ねぇんだ。サブプランを大事にしろよ」
「わかった!おれコレで勝てる気がする!」
単純だな。
まぁ勝率は上がるだろう。
先読みして動くことは何事に置いてもプラスに働く。
あわよくば、これからの人生も先を見て歩んでくれ。
さらに数戦して、甥っ子の修行は終わった。
その頃にはとっくに例の大会も幕を閉じていた。
少し暇を持て余していたところに、愚妹からディスコードがかかる。
「兄者〜?今ヒマ〜?」
「なんだ?」
「BPEXやろ〜?今ね〜エクス、ビジョン?やってんの〜」
「エキシビションな。それ参加者だけじゃねぇのか」
「リスナーもいっぱい入ってるよ〜」
「まぁ、暇つぶしにな」
「いぇい!コード送るね〜」
ここ最近、何故か人に教える機会が多かったBPEX。
教えた側としては、不甲斐ない試合はできないという謎のプレッシャーを感じてしまう。
いやまぁ、エキシビションだし、別にいいんだけどね。
どっかのリスナーと共に、愚妹の示した地点に着地する。
「そういや結果はどうだったんだ?」
「アタシたちは6位〜姉御は、15?とかだった〜」
「そりゃ残念だ」
「でもね〜!アタシたちめっちゃ勝ってたよ!1位のチームにも勝ったし」
「勝つ時は勝つだろ。夜斗もいるんだし」
「アタシが最後決めたんだよ〜!しかもタイマンで〜!」
「いや、逆にタイマンしか練習してねぇだろお前」
この大会は総合力を見るからな。
ラッキーパンチを連発できる愚妹でも勝ち続けるのは無理だろう。
夜斗も運がないしな。
忘れがちだが、あいつの実力はかなり上澄みだ。
一言で言うなら、当て感がいい。
普通にやればもっと安定してるんだろうが、味方があの二人だしな。
しっかりと握ったリードに引きずり回されてる絵が見える見える。
「今度は勝ちたいな〜。兄者も出よ、次」
「出ねぇよ。まず呼ばれねぇし」
「そっか〜どうしたら呼ばれるかな〜?」
「呼ばれても出ねぇよ」
「え〜、夜斗くんと兄者と、紅葉ちゃんなら1位取れるんじゃない〜?」
「相手も強いんだし無理だろ。てか八重咲は出てないのか」
「うん、なんか忙し〜んだって」
「そうか。んで、今回は何やらかした?」
「なんもやってないけど!?」
「コメント読めよ。リスナー共、こいつは何したんだ?」
「ちょ、ちょちょちょ!……ん〜、特にないかな〜」
「本当か?嘘はないな?」
「嘘つくわけないじゃ〜ん」
「ちなみに今、配信画面開いてんだけどさ」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい〜!!!」
「嘘つきってどうすんだっけ、針万本飲むんだっけか」
「怖っ!てか多っ!?ね〜!ホントに何もしてないって〜!」
何もしてないことねぇだろ。
大会中にグレネードで遊び出す。
遊んでたグレネードでワンキル。
謎に焦って銃を捨ててステゴロになる。
奈落へダイブ。
貰った回復薬をマグマにポイ。
目につくだけでもだいぶ戦犯だぞ。
ガチの大会本番中にやってるのもふざけてるし、これで6位なのもやべぇよ。
お前、そろそろマジでいい加減にしろよ。
「よーし、今からワンキルごとに愚妹の黒歴史晒してくぞー」
「やぁめぇてぇぇぇ〜!!!」
よし、1キル目。
LIME
スミレ『昨日はありがとう』
スミレ『今度何かお礼するね』
俺『何か成果はあったか?』
俺『ないなら別に気にしなくてもいいんだが』
スミレ『プロゲーマー以外もやるって』
俺『それは、解決なのか?』
スミレ『前よりは良くなってると思うよ』
サブプランというよりデュアルミッションな気がするが、まぁいいか。
依頼主が解決だと言っているならそれは解決なのだ。
お礼は、高い酒かな。
これは予定通りだが、天下一V闘会の切り抜きが大量に出ていた。
予定通りでないとすれば、その内容だろう。
【切り抜き】撮れ高しかないバカと魔王とサイコ鳥!【P.S/天下一V闘会】
【切り抜き】優勝候補を倒した後に何故か自殺する姫【P.S/春風桜/天下一V闘会】
【切り抜き】エキシビションで無双する真・魔王への反応まとめ【天下一V闘会/兄者】
確かに調子は良かったが、俺ここまでのことしたっけ?
14キルした記憶はあるけど。