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#ありふれた配信で世界最高


 #P.S歌謡祭 春


 コメント:このデュエットが聞きたかった

 コメント:ずっとクライマックス

 コメント:姫の体力バケモンかよ

 コメント:四天王が暴れ回ってるw


「さぁ!まだまだ続くぜP.S歌謡祭!」

「次の曲は、八重咲先輩のオリジナル曲ッス!オタク全開な歌詞が人気で、もうサキサキ先輩といえばこれ!って感じッスよね」

「そうだな!これネタ全部拾えるやつとか普通いねぇだろ」

「いやいや、落ち葉さん達は猛者ばっかりッスよ!」

「なんだそのエリート集団」

「さぁ、歌って頂きましょう!八重咲紅葉さんで、『Nerdest(ナーデスト)』!」


 コメント:うおおおおお!!!

 コメント:作詞八重咲紅葉の狂いっぷり好き

 コメント:ネタが多すぎて拾えねぇw

 コメント:さすがだぜ八重咲

 コメント:初のオリ曲とは思えない完成度だよな

 コメント:一生聞ける


 わー盛り上がってんなー。

 コメ欄もそうだが、会場のボルテージも最高潮だ。

 会場ってのは、まぁスタジオなわけだが。

 ちゃんとした音響監督やスタッフさん達と同じ位置で観覧してる俺はなんなんだろうか。

 愚妹を事務所に送ったらついでに見ていけよって、それついでにやっていい所業じゃないのでは。

 そして当然のように受け入れるこの事務所もどうなんだ。

 ツッコミ始めたらキリないな。

 そして、ステージにはマイクスタンドと楽器が運び込まれる。


「それじゃあいよいよ、オレ達の出番だな!ツバキ、あとは任せるぜ!」

「はいはい、了解ッス。さぁ、今回の歌謡祭を締めくくるは桜先輩率いる新生P.Sバンドッスよ!」


 コメント:バンド!?

 コメント:え、がち?

 コメント:姫楽器弾けるの?

 コメント:なっしーが参加ってそういうこと?

 コメント:マジで弾くの?


「いえ〜い!準備できたよ〜!」

「それじゃあ桜先輩、よろしくお願いしまッス!」

「は〜い!えっと、バンドチーム作ったぞ〜!」


 雑かよ。

 しかしそんないつも通りの雑さにコメ欄は一気に加速する。


「メンバー紹介〜。はい、じゃあ紅葉ちゃんから〜」

「ベース担当。八重咲、紅葉」

「何キャラ〜?じゃあ次〜、夜斗くん〜」

「P.Sバンドギター担当!サイサリス・夜斗・グランツ様だぁ!」

「いえ〜い!そんで、パイセン〜」

「キーボード担当、吹雪菫です。よろしくお願いします」

「そして、なっしー!」

「なっしーこと、音無杏!ドラム担当だぁ!」

「お〜、なんかすご〜」


 コメント:豪華メンバー

 コメント:なぜ弾ける

 コメント:なっしーすげぇ

 コメント:杏ちゃんめちゃウマでは

 コメント:これで食っていけそう

 コメント:夜斗ふつうに上手くね?

 コメント:ない

 コメント:それはない

 コメント:ないな

 コメント:魔王軍はツンデレ


「最後に〜、ボーカルはアタシだよ〜!ってことで、さっそく一曲目〜。紅葉ちゃん、せーの……」

「「G〇d knows…!」」


 コメント:熱い

 コメント:選曲者がよく分かる

 コメント:うおおおおお

 コメント:なんか書いとけ

 コメント:滅びの爆裂疾風弾

 コメント:俺らの青春

 コメント:泣ける

 コメント:最初からクライマックスだぜ!


 いや名乗れよバカボーカル。

 まぁ今日だけでかなりの曲数歌ってるし今更か。

 愚妹の交友関係が凄まじいせいで、デュエット数が半端じゃない。

 よく歌詞覚えられたな。

 とか思ってたら普通にカンペあったわ。

 それはそれとして、やはりとんでもない盛り上がりだな。

 やたらとクオリティの高い演奏に、八重咲の間違いない選曲。

 客観的に見ても歌唱力のあるボーカルがここまでのパフォーマンスをするなら、推し補正無しでも十分に盛り上がる。


 コメント:最高かよ

 コメント:この人ら本当に素人か?

 コメント:これマジ演奏?

 コメント:クオリティやばすぎるw

 コメント:お遊びのレベルじゃない

 コメント:上手すぎでは

 コメント:ムテキ


「いえ〜い!うぉ、やば〜!超盛り上がってる〜!」

「まぁ?オレ様に任せればこんなもんよ」

「次はわたしも歌いますからね!ツインボーカルもできるってとこ、見せてやりますよ!」

「よっしゃあ!桜、紅葉、かましてやれ!」


 二曲目は最近流行りのJPOP。

 女性二人組の曲だけあって、サビのハモリも特徴的なもの。

 もともと八重咲の前に配置されていた二本目のマイクスタンドに電源が入れられ、再びスティック同士の音が小さく鳴る。

 技巧を凝らしたベース、自由に駆け抜けるギター、陰ながら全体を支えるキーボード、それらがバラバラにならないよう細心の注意を払いながらリズムを刻むドラム。

 そして、跳ねる高音と力強い低音だけでなくハモリすらこなすツインボーカル。

 一曲目に僅かに感じられた緊張による硬さはもうない。

 純粋に、かっこいい。

 素直にそう思った。

 昔、誰かと弾くことすらなく終わった俺の短い音楽人生から来る薄っぺらい感想だ。

 それでも、この感情は世辞でも偽物でもないと確信できる。

 普段を知るだけに、余計に心にくるものがある。

 才能といえば、それもあるだろう。

 音楽センスに天性の歌唱力は存在する。

 だが、それだけでは成り立たない。

 指に豆ができるほど繰り返された練習の果てにようやく辿り着ける領域。

 それだけの苦労の果てに得た基礎を活かすために、今日この瞬間まで積み上げられた更なる練習。

 裏と表を知ってしまっているからこそ、この演奏に俺は──。


「はぁ……その真面目さをもう少し普段の生活にだな……」


 そんな負け惜しみくらいしか言えない。


 コメント:うおおおおおおおおお

 コメント:やばいやばいやばい

 コメント:最高か?最高だ

 コメント:パーフェクトだP.S

 コメント:当然のようにベースしながら歌える八重咲

 コメント:こいつらスペックおばけか?

 コメント:無限に聞いてられる

 コメント:まだまだやってくれ


「うは〜!みんなありがと〜!」

「でも、残念ながら次がラストです!」

「アタシももっと歌いたいんだけどね〜。三曲が限界って言われた〜」

「そこはしょうがねぇだろ。流石に何曲も弾けねぇからな」

「え〜、アタシはまだまだできたよ〜」

「桜は楽器練習ねぇからだろ!」

「あははははは!じゃあ最後は──あ」

「……どうした?桜」


 コメント:?

 コメント:歌詞とんだ?

 コメント:姫大丈夫?

 コメント:どうした?


 ……すごい、嫌な予感がする。

 あの顔は、何かを思い付いた顔だ。

 省エネ主義の探偵じゃねぇんだから、閃くんじゃねぇ。


「なっしー!歌お〜!」

「……へ!?」

「はいはい〜!なっしー前来て〜!」

「え、あ、ちょ……」

「紅葉ちゃん〜マイク借りていいよね〜?」

「それはいいけど、でも杏ちゃんは歌わないですよ」

「あ、あたしは、歌は……その……」

「え〜でもなっしー絶対うまいよ〜?」

「そんな……あたしは……」

「は、春ちゃん!アンちゃんが歌ったら、ドラムがいなくなっちゃうよ」

「あ、そっか〜。お〜い!兄者〜!」


 コメント:なんだなんだ

 コメント:放送事故か

 コメント:姫がまたやらかしてんぞ

 コメント:兄者責任取れ

 コメント:責任者を呼べ(兄者)

 コメント:おいおいなんだこれ

 コメント:保護者は?


 漂う変な空気にスタジオやスタッフだけでなく、コメント欄にも困惑が見える。

 名指しで問題児に呼ばれた俺は、周囲のスタッフと二、三確認を取ってからステージに登った。

 やることはまずこの事故をどうにかする。

 その後に状況確認だ。


「は〜い!兄者ど〜ん!」

「どーんじゃねぇよ。お前、何しでかしてんの?」

「え〜だってなっしーと歌いたいし〜」

「本人が歌わんって言ってんだろうが」

「大丈夫〜なっしー絶対うまいから〜」

「会話になってねぇっての」

「ぎゃああああ!頭〜!つぶれる〜!」

「音無、すまんな。バカのわがままに付き合うことはねぇからな」

「あ、うん……ありがとう……」

「……まぁ、何やってもやらなくても後悔はするもんだ」

「……はい?」

「兄者さん?何の話ですか?」

「いや、ただの独り言だよ。どうせ後悔すんなら、楽しんだもん勝ちなんだろうってな。このバカを見てると思うんだよ」

「兄者〜!痛いって〜!」


 コメント:兄者きたー!

 コメント:待ってたぜ兄者

 コメント:いつもの

 コメント:虐待コントか

 コメント:責任者(兄者)

 コメント:ついにP.S歌謡祭に兄者が

 コメント:もうVTuberだろこの兄者


 とりあえずこの場はどうにかなったな。

 あとは適当に俺がフェードアウトすればいい。

 ……あるいは、後ろの席に座ることになるか。

 愚妹の頭から手を離し、音無に向きなおる。

 小さく礼を言った彼女は、しかし定位置には戻らない。

 音無は今まで人前で歌うことを避けてきた。

 そして今、歌うきっかけがここにある。

 音無が歌わない理由を俺は知らない。

 だが、少なくとも歌うことを完全に否定しているわけではないと思う。

 でなければ、ここで迷うことはない。

 だから、ここからはこいつ次第だ。


「……あ、あの……」

「どうしたの〜?なっしー」

「その……あたし……」


 俯きかけた視線が僅かに動く。

 その先には、舞台裏で心配そうにこちらを見ている姉御の姿があった。

 放送事故寸前、いや既に一回事故っているが、それでも彼女が乱入していないのは社長直々にストップがかかっているからだろう。

 彼女の肩にはボスの手が置かれていた。

 姉御が入って来たらさらにカオスになるのは目に見えてるからな。

 むしろよく止めてくれている。


「あ、あたし……う、歌っても……い、いい……?」

「もちろん〜!兄者、いいよね〜?」

「……まぁ、本人が言うならな」

「ぃやった〜!はいじゃあ〜兄者ドラムね〜!」

「へいへい。一応言っとくけど、音無レベルの演奏期待すんなよ。歌いづらいだろうが文句は受け付けねぇからな」

「あいあ〜い!よろしく〜!」


 色々な感情を飲み込みながら捻り出した音無の覚悟。

 それを緩く受け入れた愚妹はぶん殴られてもしょうがないだろう。

 だがそれくらいが丁度いい。

 今は少しでも気楽になってもらいたい。


(おい兄者)

(あん?どうした)

(大丈夫なのか?)

(さぁ?)

(さぁってお前……)

(まぁ覚悟だけはしとけ)

(んなこと言われてもな……)

(ビビりすぎてピック落とすなよ)

(は?っておい……)


 夜斗の心配はもっともだ。

 だが、その心配は杞憂に終わる。

 何せ、アイツはバケモンだからな。


「いくぞー。わん、つー」


 コメント:棒読みw

 コメント:いやうまw

 コメント:謙遜すんな

 コメント:てかこれだいたいラッキーでは?

 コメント:やばい新曲やん

 コメント:なんで兄者弾けんだよw

 コメント:もしやシスコンか?

 コメント:おいおいアイツ死んだわ


 誰がシスコンか。

 練習聞いてたからある程度知ってるだけだ。

 割と誤魔化してるし。

 でも、ボーカル(そっち)はマジだ。

 目配せしながら合わせる愚妹と音無。

 愚妹の本家パートから、音無へとバトンが渡る。


 コメント:え?

 コメント:んん?

 コメント:なにこれ

 コメント:マジか

 コメント:はい?

 コメント:いやいやいや




 コメント:アレンジ神すぎん?




 音無の歌声は原曲を完全に壊していた。

 それは本来、音痴と呼ばれるものだろう。

 だが、世に聞く音痴とは一線を画すのが音無杏だ。

 なぜならその根本が違う。

 彼女の歌声は、彼女の中にある作曲センスにのみ従う。

 原曲の良さとリスペクトを残しつつ、それらを凌駕するセンスから来るアレンジ。

 初めて聞いて分かる。

 これは、最高だと。

 その圧倒的なセンスを前に、楽器隊は思わずオフマイクでこぼす。


「おいおいマジかよ」

「アンちゃん、すごい……」

「これは、ヤバいですね!」


 ああ、俺もそう思う。

 こいつらはやべぇ奴らだ。


 サビに入っても被せては歌わない。

 この二人のデュエットは交わらない。

 だがそれでも、原曲とアレンジは今までにない化学反応となって鼓膜を、そして心を揺さぶる。


 愚妹『運任せくらいが丁度いいから〜』


 音無『鬼さんこちら楽しい方へ』


 愚妹『そんで最後に笑えればいいよ〜』


 音無『今を──遊ぼう』


 コメント:うおおおおおおおおおおおおおおおおお

 コメント:最高

 コメント:なっしーの初歌神

 コメント:神回すぎる

 コメント:伝説へ

 コメント:永久保存版

 コメント:圧倒的感謝

 コメント:もうこれで終わってもいい

 コメント:シンプルに神


 歌い切った。

 もはや演出ではなく、真に感動したと分かる拍手がステージに鳴り響く。


「ありがと〜!なっしーも!最高だった〜!」

「あ、さく──むぐっ……」


 コメント:てぇてぇ

 コメント:本当に最高やった

 コメント:まだまだ聞きたい

 コメント:次回も期待

 コメント:アンコール

 コメント:アンコール!

 コメント:アンコール


 抱きつかれた音無は、疲れながらも笑っていた。

 きっと歌っている間もコメントは目に入っていただろう。

 溢れんばかりの賞賛の言葉が。


 プライベートで音ゲー並走をした時、たまたまマイクに入った音無の鼻歌を聞いたことがある。

 向こうも無意識にやっていたらしくその場はスルーしたが、最初聞いた時はなんの曲か分からなかった。

 だが、ゲームをリスタートして理解した。

 同時に、驚愕した。

 メロディーは全く違うのに、合っている。

 ほぼ無限に繰り返している曲だからこそ当てはめられたが、初見では原曲が分からないほどのアレンジ。

 好き不好きはあれど、少なくともそれは人の心を掴むには十分すぎるものだった。

 お陰でその時のスコアはボロボロだったがな。

 そんなわけで、音無が歌うこと自体に不安はなかった。

 最終的にどうするかは結局のところ彼女次第だったが、その気があるのなら俺もできるだけの事はしようと決めていた。

 ……あくまで迷惑をかけた愚妹の後始末としてだが。


 アンコールには予め用意されたP.S全員用の曲を歌ってエンドロールとなった。

 無論、バンド演奏はなし。

 音無だけはソロパートがないので口パクもバレていないだろう。

 何せ愚妹と歌った時点で完全に燃え尽きてたからな。

 だがそれでも、今回のイベントは大成功だろう。

 コメント欄は最後の最後まで諦めの悪いアンコールが連なっていた。


































 なんだかんだP.S歌謡祭は音無が全てをかっさらっていった。

 初歌披露で度肝を抜くポテンシャルを見せたのだから無理もない。

 それも生歌のぶっつけ本番。

 愚妹とのデュエットは打ち合わせなしときた。

 よくもまぁ合わせられるもんだ。

 ライバー各々が自分の配信で後日談を語り切った頃には、さぞ音無の株も上がりまくっていることだろう。



 Viki

『兄者』


 P.S歌謡祭 春 にてP.Sバンドのドラムを担当。音無杏がボーカルに入る際にのみ登場する。

 後日談でわかったが、完全に台本にない登場にも関わらず、放送事故ギリギリの展開を収め、一曲を完璧に演奏し切った。

 P.Sバンドの立役者であり、影の主役。

 ドラムらしく、縁の下の力持ちとしてイベント成功を支えた。



「はぁ……」

「兄者〜!このワンピ可愛くない〜?」

「……シャケ、やれ」

「うわぁ〜!シャケくんダメ〜!毛がつく〜!」



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― 新着の感想 ―
[良い点] みんなのキャラが立ってて楽しい。 [気になる点] Viki書いてるのって実はボスだと思う。 [一言] いつも楽しく読ませていただいてます。 ありがとうございます。
[一言] 本当面白い 音無ちゃん本当好きだわ 歌わなくなった理由もなんとなく予想できる感じだけど 兄者ようやった!!
[一言] がんばれシャケッ!そこだッ!!
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