表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/81

#ばっか・ざ・ろっく

「バンドしたい〜!」


 このバカの一言から全てが始まった。

 本当に事の発端を辿れば音無に行き着くが、そんな事はどうでもいい。

 かの邪智暴虐な王よりもどうにかしなければならない。

 誰か無知暴走のアホを潰す方法を教えてくれ。


「で?これはどういう状況だ?」

「練習風景だな!」

「俺にはコミュ障の会話不能空間にしか見えねぇぞ」


 場所は音無家のリビング。

 全室完全防音というスタジオレベルの設備で四天王が楽器を弾きまくっている。

 いや、正確には二人だけだな。

 曲を覚えるだけの八重咲と夜斗はベースとギターを既に人並み以上に使いこなしている。

 もともと弾けるとは聞いていたが、なんでこうオタク気質な奴らは誰に見せることもない技術をここまで高められるのか。

 まぁそれはいい。

 問題となっている部屋の一角。

 そこにはキーボードを前に困惑する音無とスミレさんがいた。


「そこは何してるんですか」

「あ、兄者くん……」

「え、えっと……あの、その……」

「この前慣れたんじゃなかったのかよ」

「ま、まだ、面と向かっては……き、緊張し、する、から……」

「私もどうすればいいか分からなくて」


 それは俺も分からん。

 愚妹が提案したバンドやろうぜ宣言の裏には、音無がイベントで披露するものの案を募集したのがそもそもらしい。

 楽器に精通したメンバーが集まってしまったためにスタートしたP.Sバンド計画は、キーボード担当のスミレさんの負担がかなり大きくなってしまった。

 というのも、グランドピアノの演奏とバンドのキーボードではそもそもの音楽性が違いすぎる。

 結果、指先の勘はあれど弾き方が大きく異なるキーボードを音無に習うことになった。

 で、習おうとした結果がこれ。

 どうすんだよ。


「他に教えられるやつはいねぇのか」

「ベースしか無理です」

「オレもギターしか弾けねぇ」

「この一点特化ピーキー集団め」

「杏ちゃんは大体の楽器弾けるから大丈夫です」

「むしろ音無の負担が異常に増えてんな」

「い、一応、弾き方は、わ、分かるから……」

「教える才能が絶望的なんだが」


 先日音無に頼まれたのは、コレ。

 ライブのスケジュールの中でここが一番の問題らしい。

 コミュ障にコミュ障がどう教えるか。

 無理ゲーを縛りプレイでクリアする様なもんだろそれ。

 ふざけろ。


「どうしろと」

「兄者くんが、こう、通訳に入るとか」

「誰が歩く糸電話をすると?」

「ダメかな」

「ただカオスになるだけです」

「ダメかぁ……」

「もう兄者が教えればいいんじゃね」

「夜斗、黙って練習するか地に伏せろ」

「その二択はおかしいだろ!」

「つか、愚妹はどこいった?」

「あ、レコーディング室で、練習してるよ」

「そんなもんまであるのかこの家。確かにバカデカかったが」

「今頃、音響監督のツバキちゃんが腕を振るってますね」

「ひでぇプロデューサーがついたな」


 というか甘鳥って楽器弾けたのか。

 まぁ教えて貰えるなら何でもいいだろう。

 こっちの問題は、ひとまず出来るかどうか試すだけ試すか。

 面と向かわなければ会話できるらしいし。


「確か、YouTubeって視聴者固定でライブができたよな?」



















 いわゆるメンバー限定と同様の方法で、アカウント権限を持つ人限定でライブをする。

 こうすれば顔を見合わせずに会話ができる。

 P.Sライバー音無杏として画面越しにスミレさんに教えるという荒業だ。

 レコーディング室があるだけあって、マイクの本数にも困らない。

 音無は自室、スミレさんはリビングで通話しながらの練習を始めた。

 LIMEとかディスコードの通話にしなかったのはVTuberバフが音無にかかるからだ。

 テンション高めの方が話も進むだろう。


「んでお前は何してんだよ」

「練習だよ〜!グリグリやめ〜!」

「どう見てもボーカルオンリーじゃねぇか」

「桜先輩、楽器弾けないッスからね」

「それは知ってたが、お前も弾けねぇとか何しに来たんだよ」

「ツバキはもちろん練習のお手伝いッスよ。アドバイスは任せて欲しいッス!」

「まぁボーカルも必要ではあるが」

「でしょ〜!だからはなして〜!」

「なんでバンド設立した奴が楽器に触れすらしねぇんだよ」

「だって弾けないもん〜!」

「このアマ……」

「まーライブで楽器とか映せないッスから、エアバンドでも問題ないんッスけどね」

「ならなんでアイツらゴリゴリに練習してんだよ」

「だって〜なっしー参加できないじゃん〜」

「は?」

「あ、知らないんッスね。なっしー先輩って、歌う活動しないことになってるんッスよ」

「なんだそれ。契約的な話か?」

「詳しくは知らないッスけど、そういう縛りはP.S(うち)にはないッスね」


 そういや前にも苦手みたいな話をしたか。

 イベントの詳細は知らんが、歌ではなく演奏なら音無も参加できるからこそのバンドだったと。

 ふむ。

 そういう話なら一番に動きそうなのは姉御な気もする。

 これ、裏であれこれしててあの人は存じ上げてないとかないよな。

 全く悪くない俺が理不尽極まりない文句を言われかねん。

 一応、連絡は取っておこうか。


 LIME


 俺『音無のイベントの練習について知ってるか?』

 紅上『なんや急に』

 紅上『バンドやるいう話か?』

 俺『知ってるならいい』

 紅上『むしろなんでアンタが知ってんねん』

 俺『愚妹を家まで送ったついでに聞いた』

 俺『こういうのはあんたも参加すると思ってたが』

 紅上『ウチは楽器全く弾けんからな』

 紅上『それに歌うのがメインのイベントやし』

 俺『そうか』


 この人も歌うのか。

 聞くところによると、P.S歌謡祭とかいう結構恒例のイベントらしい。

 司会はいつも夜斗と出番でないメンバーで回しているが、今回は甘鳥もメイン司会として出るとか。

 さぞ小気味よい漫才が聞けることだろう。


 俺『音無が歌わない理由って聞いてるか?』

 紅上『なんや』

 紅上『杏のことが気になっとるんか?』

 俺『いや、純粋な好奇心だが』

 紅上『そうか』

 紅上『詳しくはウチも知らん』

 紅上『ホントにちっちゃい頃からって話は聞いたな』

 俺『へぇ』

 紅上『杏が話したがらない話をする訳にもいかんしな』

 紅上『本当に知りたいなら本人に聞きな』

 俺『あんたにも話したがらないなら聞けねぇだろ』

 紅上『そらそうやな!』


 なんか上機嫌だな。

 相当仲のいい姉御でも知らないってことは、アンタッチャブルな内容なんだろう。

 なら俺がどうこうできることじゃない。

 愚妹が楽器を弾けないくらいどうしようも無い。

 そんなわけで、キッチンを借りて今日の夕飯を作る。

 いや何でだよって話はつい一時間前に終わった。

 どうせ帰っても一人だし、愚妹を迎えに来る手間も考えればここで色々終わらせてた方が楽だろうということだ。

 いつもは八重咲の車で移動してるんだからそっちで動けって文句も言ったが、食費を俺以外が出すというなら、まぁ、いいかと。

 作る手間にしても大人数の方がむしろ楽だしな。

 そんなわけで、チキンカレーの片手間に当たりのないロシアン唐揚げを作りながら人数分のサラダを仕上げた。

 ちなみにお残しは絶対にゆるさん。

 完全防音だからいくら叫ばれてもご近所迷惑にはならなかった。























「そういえば、兄者さんってドラム叩けるんですよね?」

「もう無理だろうな。スティック置いて久しい」

「でも楽器って割と覚えたら割と体が覚えてるよな」

「夜斗、貴様は黙ってその唐揚げを食え」

「オレの分は食ったはずだが!?誰だ俺の皿に激酸っぱい唐揚げ乗せたやつ!」


 夕食は愚妹が途中で抜けて歌枠配信をレコーディング室を借りてやっている。

 他のメンバーは夕食後の片付けを担当することになった。

 そしてその後。


「きさまら……」

「兄者さんが杏ちゃんの部屋に入るのを拒むからじゃないですか」

「だからと言ってわざわざ全部降ろしてくんなよ」

「ここまでお膳立てされてやらないはないッスよ兄者先輩」

「やめろその芸人のノリ」

「兄者、腹くくれよ」

「お前は歯を食いしばれ」

「なんでオレにだけ当たり強いんだよ!」

「ドラムじゃなくて、お前を叩きたい」

「なんでちょっといい声で言うんだ!」

「なんッスかBLッスか」

「これBLじゃなくて暴力!」


 BLがよく分かっていないスミレさんと音無、あんたらはそのままでいてくれ。

 まぁしかし、久しぶりに弾く機会を得ると何となく触りたくなるのはあるあるではないだろうか。

 楽器に限らず、昔やってたスポーツとかもそういうのはあると思う。

 騒音を気にする事はないし、音無から受け取ったスティックを軽く握る。

 多少の位置調整をした後、手癖に任せてドラムを叩いた。

 十数秒の軽いパフォーマンスの後、パラパラと拍手が起こった。


「本当に久しぶりかよ兄者!」

「適当にやっただけだ」

「それでも凄いよ兄者くん。なんか、かっこよかった」

「それはどうも。音無の方が遥かに上手いんだろうけど」

「いや、その、本当に上手だとおもうよ?」

「はいはい、ありがとうございます」

「いやいや、本当に。多分、かなり練習したんじゃない?」

「まぁ、当時はマジでやってたしな」

「スミレパイセン?どうしたんッスか?」

「ちょっと……無意識に恥ずかしいことを口走っちゃったなって……」


 あの時は上達が楽しくてのめり込んでたしな。

 ゲームのレベル上げみたいで。

 まぁ、発表会みたいな機会はなかったし、先生を除けばこうやって人前で弾くのは初かもしれん。

 世辞でもこういうことを言われるのは悪くないな。


「つか、音無。大抵の楽器弾けるってマジか?」

「うん。親の影響で色々触ったことがあるから」

「触ったことあるのレベルじゃないですけどね」

「教えるのも上手だしね」

「スミレさん、それはダウトです」

「あ、ほら、リモートなら上手だから」


 それもどうなんだ。

 いやしかし、スミレさんが一日でかなり形になっているあたり、ちゃんと上手いのかもしれない。

 音ゲーの解釈違いで叩けないという話もそうだが、センスだけでなく、できるできないの原理や要因がちゃんと理解できているんだろう。

 大量の楽器を扱えるのも、そういった分析ができてこそなのかもしれない。


「音無。高レベルなドラマーとしては、どんな感想を持つ?」

「え?いや、高レベルとかじゃないけど……」

「んじゃ自分と比べてどうだ」

「あ……うんと、曲じゃないからなんとも言えないけど……」


 スティックの持ち幅、シンバルの高さなどかなり細かい内容だが指摘があった。

 こういうのは感覚でそうしていたが、直してみると確かに弾きやすい。

 まぁスティック握るのすら久しぶりだし、無意識にできてなかったのかもしれない。

 だとしても、それを一回見て聞いてわかるとか何者だよ。

 ほんと才能とデメリットがあってねぇなこの子。

 その常識力の一割でも愚妹にあれば……。


「兄者、こんだけ上手いならバンドとかやってたんじゃねぇか?」

「してねぇよ。当時小学生だし」

「小学生でギターとかベースはなかなかいないですよね」

「ドラムもいなかったけどな。俺以外の生徒、高校生とかだった気がするし」

「そうなんだ。やってみたかったとかは、なかったの?」

「あー、まぁ、そういう話をしてるのが周りにいたんで、憧れはあったかもしれないですね」

「そっか。高校生とかと一緒にっていうのは、難しいもんね」

「そうですね」

「組める相手がいなかったってことか。なぁ、兄者。そういうことなら」

「やらねぇからな」

「まだ何も言ってねぇぞ!?」


 全員の上位互換とかいうチートキャラいるのにやる理由がねぇわ。

 それに、このバンドは歌えない音無が参加できるようにする為のバンドだからな。

 リズム隊だが、それでもこのバンドの主役は音無だ。

 今回はこいつが楽しめれば御の字だろう。


 わざわざ移動させるのが大変だということで、合わせ練習も含めてリビングで全員が練習するようになった。

 すでにスミレさんも個人練習ができるようになっている。

 音無教官、恐るべし。

 手持ち無沙汰になり、音無のドラムを聞いてみる。

 やはり、上手い。

 基本もそうだが、即興アレンジが特にすごい。

 多分本番では意識しないと分からないだろうが、音の厚みを足しつつリズムを崩さない絶妙なバランスを見事に成している。

 こういうのが、天才なんだろうな。


「お兄さん」

「ん?おう、なんだ?」

「昔、バンドやってみたいって、思ってたの?」

「まぁ、多分な」

「もしも、組んでくれる人がいたら、やってた?」

「んー、いや、多分やってないな」

「どうして?」

「まぁ、あれだな。ヘタなのがバレるのが嫌だからだろうな」

「お兄さんは、すごい上手だとおもうけど……」

「俺より上手いやつしか周りにいなかったからな。誰かと弾いたらそういうのが分かるだろ?ガキのプライドっていうのがあったんだよ」

「そんなこと……」

「まぁ、どっち道だな。やってもやんなくても後悔するんだろうさ」

「そう、なんだ……」


 なんか暗い話になったな。

 今更落ち込むような事でもないし。

 そういえば、と話題を変える。


「なんで今回のイベントは参加したんだ?」

「え?」

「今までは不参加だったんだろ?」

「うん」

「でも今回はあの愚妹にすら相談してまで」

「姉御に、ちゃんとできてるよって、見せたくて」

「姉離れか。あいつ泣くんじゃねぇか」

「あ、そ、そういうのじゃないの。あたし、姉御に助けて貰ってVTuberになったから」

「そうなのか」

「うん。でも、ずっと姉御に頼ってばっかりだったから」

「成長を見せたいと」

「うん」

「どっち道泣くな姉御」

「えぇ……」


 分からんが、あの人絶対涙腺脆い。

 動物番組の安い感動エピソードでもガン泣きしそう。

 ワイプで抜いたらこっちの涙が引っ込むやつ。

 どう転がってもめんどくせぇな。

 今回、姉御にではなく愚妹にアイデアを募集したのも、そういった成長を見せるためなのかもしれない。

 結果として愚妹がそこら中のやべぇ奴らを巻き込んでしまって今に至ったんだろう。

 姉御とのメッセージでのやり取り的に、あっちもそういう意図をある程度察しているのか。

 さすが皆の姉御だな。気遣いもばっちりじゃねぇか。

 その気遣いの一厘でも俺に向けてくれればな。
























 LIME


 紅上『ところで』

 紅上『最近アンズとコラボしすぎやない?』

 紅上『仲ええのはええよ』

 紅上『P.Sの兄者ってのも認めとる』

 紅上『でもちょっと仲良すぎんか?』

 紅上『その辺どうなん?』

 紅上『なぁ』

 紅上『返事せぇや』

 紅上『おいこら』


 ブロックした。

 何この人怖い。

 とりあえずお詫びの印にプリンを送ろう。

 2kgくらい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
2kgくらいのプリンがどの位か計算してみると、 グ○コのプッ○ンプリン3個入りの内の1個が約67g それが2kgくらいなので3個入りが10個・・・ 思ったより現実的な量だな それが家に常備されている…
[一言] 2kgのプリンってイメージ出来ないw
[良い点] 兄者にできない事は無い! だから見てみたい出来ないことをw [一言] 返事しなかったってことは・・・そういうつもりだったんかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ