#冴えないオタクの育てかた
最近、我が家の人の出入りが多くなった。
色々と理由はあるが、愚妹が高校生を卒業できてしまったことが一番の要因だろう。
法律上の成人になり、おふくろが「もう大丈夫でしょう」とかいうどこぞの黄門様のお約束みたいなことを言ったと思えば、家を空ける日が更に増えた。
遊びに来て騒ぐだけ騒いで帰っても困るのは俺だけになったわけだ。
そら人を呼ぶ機会も増える。
で、朝っぱらから来たのがP.S二期生の二人。
「……………………っ」
「兄者さん、何かしたんですか?」
「基本この対応されてんな」
「杏ちゃんガクブルですよ」
「むしろこの前の配信と人が違いすぎてこっちが戸惑ってんだが」
そもそも小さい八重咲の後ろに、ただでさえ小さい体を縮めて隠れているのが音無。
メッセージとか配信内ではまともな会話できるはずなんだが、なんでこうなるんだこの子。
まぁスミレさんもほぼ初対面の配信でまともに話せてた気もするし、そういう人がなるのがVTuberという職業なんだろう。
あまりにもタイプが違いすぎる連中ばっかで法則と呼べるか怪しいが。
これが本当の例外のほうが多い規則ってな。
やかましいわ。
「むしろ音無がまともにコミュニケーションを取れるメンバーがどれくらいいるのか気になるまであるわ」
「本当に仲良いって言われると、姉御か桜ちゃんだと思いますよ」
「甘鳥とか八重咲はどうなんだ?」
「普通、ですかね」
「俺へのリアクションを見てると普通の度合いがわからんぞ」
「兄者さんには必要の数倍は怯えてそうですね」
「ご、ごめんなさい……男の人と、あまり話したことが、なくて……」
「男性恐怖症なのか?射程範囲に入ったらボコられたりしねぇよな」
「北方のファミレスで働く男性恐怖症の暴力系ヒロインではないと思います」
「まぁ、むしろちっちゃい方に見えるしな」
「ちっちゃくないよ!」
シンプルなオタクトークに音無を置き去りにしてる気がする。
俺は山篭りして正拳突きでもしてたっけか。
それにしても、音無とはもう少し話せた記憶があるんだが。
またドーナツでもやった方がいいか?
やっぱ餌付けだなこれ。
「つーか、愚妹はまだ大学だぞ」
「1時間早く来ましたから」
「わざとかよ。何用だ」
「せっかくならオタトーークでもしようかと」
「何その雨上がりの決死なテンション」
「こういうのも拾える兄者さんのツッコミスキルどうなってるんですか」
「天然でノータイムでところ構わずボケてる奴が身内にいるからな」
「……なんか……配信みたい……」
「プライベートだが」
「普段からこういう会話しかしてないですしね」
「……いつも、こう、なんだ……」
「まぁ基本」
「兄者さん凄いですよ。何振っても大体ツッコんでくれますから」
「やめろ。変な紹介すんな」
「……ツッコミお兄さん……?」
「要らん称号付け足すな」
顔が怖いお兄さん→お兄さん→ツッコミお兄さんは実質ランクアップか。
総合評価は何も変わってないけども。
二人が今日来たのはアニメ鑑賞をしたいからという事らしい。
前回の配信をきっかけに、アニソンでの話題でひと盛り上がりがあったと。
んで、我が家のリビングにあるクソデカテレビを使うつもりらしい。
別にいいけどね。持て余してるし。
「で、何見るんだ?」
「とりあえずエヴ〇で」
「重すぎるだろ。ハ〇ヒとかにしとけよ」
「いきなりエンドレスエイトはしんどいと思います」
「まさかノーカットでやる気だとは」
「スキップは甘えですよ。ちゃんとOPEDもフルで見るんですから」
「まぁ音無はそれ目当てな部分もあるんだろ」
「……あ、まぁ……それも、あります……」
「作品見てからの方が曲も好きになれるって話をしたんですよ」
「一理あるな。けどいきなりは無理がある」
「そうですね。最初で躓くと後が続きませんし」
その後、あれやこれやと議論を重ね、ハガ〇ン(新)になった。
なんでって感じだが、まぁ解説付きなら案外行けるだろうという判断。
あと有名なのはちょくちょく見てるらしいしな。
んで、とりあえず1クール消化。
途中で愚妹も合流している。
「一旦休憩にしますか」
「え~、続き見たい~」
「お前、実は結構見てるはずだぞ」
「こういうのって見始めると止まんないじゃん~」
「あるあるですね」
「どうでもいい事だが、音無との距離がまた開いた気がするんだが」
「あ~、端っこ同士だもんね~今~」
「いや物理的にじゃなくてだな。配信もそうだし、この前ももう少し話せた気がするんだが」
「配信の時も思ってたんですけど、兄者さん、敬語使わないんですね。杏ちゃんにも、姉御にも」
「ん?あー、姉御はそういうオーダー受けたしな」
むしろ悪印象与えに行ってたからガンガン失礼してた気がすんな。
まぁ本人が気にしてない感じだったからいいと思うが。
そういや音無は歳上……。
「急に距離詰めすぎたって事か」
「あ……えっと、その……そうじゃなくて……」
「ふむ」
「その……敬語、とかは、関係なくて……あたしが、どう話せばいいかわからない……というか……」
「気にせんでもいいんだがな」
「なっしーさ~、前はもっと話せてたってマジ~?」
「え?あ、うん、多分」
「事務所で初めて会った時に多少話してな」
「レアケースですね」
「あ……あの時は、その……何というか……話しやすくて……?」
「いや聞かれてもな」
「兄者が何かした~?」
「ドーナツもらった」
「それだ~」
「絶対違うだろ」
それだと音無がドーナツに釣られて話したことになるわけで。
そうなると姉御が言ってた暴論が正しかったということになるわけで。
認めたくないし絶対に正しくない。
「もしくは親切モードの兄者さんを引いたかですね」
「人の人格をガチャ感覚で変えるな」
「あ~、めっちゃ機嫌いいときとかね〜」
「俺は基本優しいんだが」
「「いやいやいやいや~」」
「シバくぞ貴様ら」
「ほら~」
「今のは明らかにお前らが原因だろ」
「今思うと、杏ちゃん運いいですもんね」
「そんなに、だよ。でも最近は凄くいい気がする」
「桜ちゃんとヨットで張り合えたらほぼ最強格ですよ」
「ヘッドホン様々かな」
「どういうことですかそれ」
「さぁな。そろそろ再開するか。何か摘まみながら見たい所だが」
「お菓子いっぱいあるよ~。あとプリンも~」
「便座カバーみたいなやつは要らないです」
「例えおかしくない~!?」
「いや、100点の返しだ」
「どこが~?」
まぁ、全部。
この作品を全話見るとなると一日じゃ不可能なので明日も来る気らしい。
それでも今日丸一日消費するんだけどな。
俺の分を計算していなかったため、スナック類は早めに底をついた。
もともと愚妹に計算ができるわけはないけど。
午後からは昼飯ついでに作ったドーナツをポップコーン代わりに鑑賞を続ける。
「旧の方も見て欲しいですね。DVD貸しますし」
「ありがとう」
「それなりに見てきてるけど、実際どうだ?」
「あ……おもしろい、よ……?」
「なら良かったな」
「ふふっ、ひと一人を沼らせるなんてそう難しいことじゃありませんよ」
「マッドサイエンティストか」
「沼……?」
「人類オタク化計画だ。知らんでいい」
「あ……そ、そうなんだ……」
「愚妹に至っては寝てるし。よく八重咲と見てて寝れるもんだな」
「どういう意味ですか兄者さん」
「そのままだが」
「たまに大声出すから……」
隣で必要な部分をネタバレが絶対にない絶妙なラインで解説し続けてる辺りから高スペックオタクの片鱗を見せまくってる。
ただ盛り上がるところで本人も熱くなるのが玉に瑕だがな。
もしくは玉に致命傷。
音無が歴戦のオタクにされる日も近いかもしれん。
「今思うと、音無は音楽オタク、みたいな分類なのか?」
「その感じは結構ありますね」
「オタク……そう、なのかな……?」
「確か、作曲家とピアニストが親だとか言ってませんでしたっけ」
「うん。お父さんが作曲家だね」
「なんだその音楽界のサラブレッド」
「音楽に触れる機会がきっと多かったんですね。わたしもアニオタとガノタの間に生まれたハーフですし」
「何も半分じゃねぇだろ。稀に見る英才教育を受けたオタクだろ」
「あ……お兄さんも……そう、なんですか……?」
「いや、うちはそこまで特殊じゃねぇな。つか、なんでお兄さん?」
「え?あ……嫌、だった……?」
「いや、そう呼ばれるのに慣れてなくてな」
「兄者さん、って呼ばれるのがほとんどですもんね」
リアル妹にすら兄者以外の呼び方された記憶がほぼ無いしな。
相当小さかった頃はあったんだろうが、忘れるわそりゃ。
ましてというか、何度も言うがこの人歳上なんだよな。
歳上にお兄さんて呼ばれるのはもうあだ名の域だろ。
兄者の方がまだしっくりくる。
それも本来はおかしいんだが。
「その……初めて会った時に……お兄さん、ってイメージ……だったから……」
「初めて?事務所の時か?」
「いや……あの……車の時……」
「あぁ、そっちか。でもその時って俺を愚妹の兄って認識してねぇんじゃねぇのか」
「うん。……だから、なんか……本当に、歳上のお兄さん、みたいって思って……」
「老けて見られたと」
「言い方に皮肉しかないですね!」
「そうじゃなくて……えっと……そう、姉御みたいだなって」
「え?なに?ケンカ?表出る?」
「ひぃ……!」
「兄者さん!圧!圧がやばいです!その覇気は耐えられないですから!」
「誰が覇王だ」
姉御みたいは悪口だろ。
人のことを、年下と見れば問答無用で弟妹認定するバカ倫理観の持ち主みたいに言うな。
まぁ、呼び名なんてのは飾りだもんな。
誰がどう呼ぶかなんてのはさして重要じゃない。
大事なのは何を為して、何を残すかだもんな。
それっぽいけど何のセリフだろうなこれ。
無意識だから分からんな。
そして思い返すと、『兄者』の為した事も残したもんもロクでもねぇな。
兄者がいるせいで甘鳥とかいう危険人物をこの業界に入れてしまった疑惑まであるし。
それに関しては責任をもって俺が処分しないといけない案件なのかもしれない。
絶対に俺悪くないって……。
あの音無杏オタク強化週間の初回スペシャルから数日後。
メンバーシップ限定配信で他の作品も同時視聴をしたらしい。
どうやら完全に落ちたようだ。
恐るべし、八重咲紅葉。
聞くところによると、OPEDだけでなくSEやBGMなんかも刺さるものがあるようだ。
単体で存在するのではなく、映像やシチュエーションでの相乗効果を見る上で、演出の幅が広いアニメは相性がいいんだろう。
LIME
姉御『最近アンズからよう分からん振りされんねんけど』
姉御『あんた何か知らん?』
おかげでこんなメッセージが来る始末だ。
姉御、アニメはあんま見ないらしいからな。
趣味の違いが音楽性の違いにならないといいが。
まぁ、姉御が既に性格の上で大きな間違いを抱えてるから絶交はないだろう。
俺『八重咲に聞け』
姉御『やっぱそういう類の話か』
さすがお姉様、妹の趣味趣向は理解しているようですわ。
でも私にヘルプをよこす理由が分かりませんわ。
同じP.Sメンバーには言いにくいのでしょうか。
お姉様も大変ですわね。
ジャッジメントですの。
もしくはP.Sの兄貴として頼られた説。
もしそうなら早急にこの汚名を速達で送り返さねばならない。
まぁ、八百長ゲームで受け取って貰える気は全くしないが。
兄者でエゴサをかけると、たまに全く出ていない配信の切り抜きが浮かんで来ることもある。
【切り抜き】今週の妄想放送局まとめ【P.S/甘鳥椿】
「も〜そ〜ほ〜そ〜局〜!メインパーソナリティはご存知、甘鳥椿!今日もリスナーからの妄想を垂れ流していくッスよ〜!」
コメント:兄スミてぇてぇ
「舎弟ネーム『ホリンクドルダー』さんからッス。『パイセンの甥っ子がパイセンよりも兄者に懐いて色々嫉妬するパイセンが見たい』」
コメント:パイセン甥っ子いるん?
コメント:確かいる
コメント:前にプリン横流しされてた
「甥っ子!この発想はなかったッスね!甥っ子が遊びに来て、兄者先輩とゲームとかしてて。それを後ろからパイセンが見てるんッスよ。で、最初は仲良いな〜とか思ってたんッスけど、だんだんどっちにも構って貰えなくなって来て──」
LIME
俺『今暇?』
甘鳥『暇ですよ!』
甘鳥『暇ですよ?』
甘鳥『兄者さーん?』
無視して寝た。