#うちのV姉妹
前回のあらすじ。
「ひぃ……」
「ちょ!デコピンはな──ふぎゃぁっ!」
「前も聞いたが、これ本当に音無杏であってんの?」
音無杏『顔の怖いお兄さんに白い粉ついたお菓子もらった』
姉御『どつき回したる』
ロシアンたこ焼き(8分の1)を8連続で当て続けた夜斗は見るに耐えなかった。
以上。
意味わかんねぇな。
正しくは、ちょっと分かるけど分かりたくない。
Angel Beats!の予告風に脳内で記憶を整理したが、まるで意味がなかった。
俺の日常はいつもこんな感じなのが憎い。
「俺は絶対に悪くないのにどうしてこうなる」
「兄者、運ないんじゃない〜?」
「お前を比較対象にしたら全人類不幸だな。普段の行いもいいはずなんだが、なにゆえ」
「色んな人にいいカッコするからでしょ〜」
「してねぇ」
「してる〜。アタシには扱いひどいのに〜」
「お前の扱いは小3から変わってない」
「アタシなんかしたっけ〜?」
「全教科0点どころかマイナス点を叩き出したからな」
「それありえなくない?」
「俺もそう思ってるよ」
国語−1点。
二度とあの解答用紙は忘れないだろう。
漢字とか読解ができなくて0点はギリ分かった。
本来は100点満点のテストにプラスして国語教師がサービスでつけた『担任の先生のフルネーム(ひらがな可)』という問題。
誰でも1点はとれるテストで『織田信長』という珍回答というよりヤンキーアンサーをぶつけてもれなく減点。
なぜ信長を書いたかも、なぜ漢字で書けたのかもわからん。
お前はいつ教鞭を執った武将に名前を聞いた。
三年生で担任が変わってすぐのテストだから自己紹介も聞いたばっかだろうに。
以来、こいつは天才的なバカなのだと思っている。
紙一重じゃない。バカだ。
「つーか、誰よあの女」
「浮気された彼女みたいなこと言ってる〜」
「本当に、なんで会わにゃならんのか」
「姉御?あ〜、姉御は〜姉御だから」
「意味わからん。というか会ったことあるのか」
「うん。アタシもいい子いい子してくれるんだよ〜兄者と違って」
「お前基本いい子じゃねぇもん」
「おいこらぁ!」
あの後、音無がただドーナツをもらっただけという説明はしたが、それはともかく会わせろとのこと。
なんか嫌な予感がする。
特に愚妹と仲がいい辺りが特に。
さて、実はVTuberをやっているメンバーが外で会うのは難しい。
らしい。
俺は知らない。
身バレ防止というのが特に大変で、オフで会うとなればいつものテンションになりやすい等のリスクもある。
というのが定説。
分かりやすいよな。
そのため、基本的にSNSでやり取りするVTuberがリアルで会う場合、場所は事務所や個室系の店、自宅に絞られる。
って話をよく聞く。
マジで俺には無関係な話だが。
で、俺は今日、会合場所に事務所を指定した。
何故か。
身バレの恐れがあるから。
……なんで俺がそんなことを気にしなければならんのか。
うっかり八つ当たりで夜斗宛に、たっぷり食べたい!カラメルからまるプリン(容量465g)を大量に送って糖尿病にさせたい衝動に駆られそうだ。
「ついでに、人選も絶望的なんだよな」
「ついでにってなんッスか、ついでにって!」
「苦渋の選択だ」
「デッキから五枚見せて一枚相手に選ばせて手札に加えるやつッスね」
「王宮の勅命貼るから少し黙れ」
「唱えたの兄者先生ッスよ!」
「そうか。じゃあリバースカード二枚伏せてターン返すわ」
「脳死で会話しないで下さいよ〜」
「しょうがねぇだろ。今日ほど事務所に行きたくない日はない」
「いつもは来たいんッスか?」
「いつもはゼロだ。今日はマイナス値なんだよ」
「姉御に会うから緊張してるんッスね〜」
「そうなんかね」
今日のお供、甘鳥椿。
馬鹿は大学の講義があり、酒女じゃなくて雪女も本日は用事で無理。
狂犬と猿人、ではなく八重咲と夜斗も今日スケジュールが合わなかった。
仕方なく甘鳥を連れて来たが、不安しかない。
一応、オタクに理解のある陽キャだが、そもそも陰と陽は相性がな。
かといって音無に仲介人を任せるのはしんどいだろうし。
甘鳥も姉御と面識があり、音無ともある程度は話せるらしい。
ここはどうにかなることを祈ろう。
例のカフェのいつもの席。
指定したそこには既に会う予定の二人が座っていた。
一人は見覚えのあるヘッドホンの少女。少女じゃないけど。
もう一人は、背が高めでスタイルのいいロングヘアの女性。
ラフな上着とジーパン、かなりボーイッシュな格好だ。
「姉御さ〜ん!ウィッス!」
「おお、ツバキか。直接会うんは久しぶりやな」
「前のイベント以来ッスね!」
「ってことは、アンタが、顔の怖いお兄さんか」
「初めまして。私は──」
「ええね、ええねん。堅苦しいのは無しにしよや」
「そうか。じゃあ、俺は兄者な」
「おお……順応性高いな自分」
「似たようなことを言われた事があるんで」
促されるより先に座る。
印象は最悪だろうな。
まぁ、避けられるのが目的だし。
もともと俺は、音無と関わる気はあまり無かった。
たまたま会ったが、兄者と配信で関わるとリスクもあるからな。
それは音無本人も望んではないはず。
ということでお互いに距離をあけるキッカケになってもらおう。
ただまぁ、嫌われるようにするってのも心が痛むんだよな。
「じゃあ〜、改めて紹介するッスね」
「たのむわ」
「こっちが兄者先輩。春先輩の実兄ッス」
「どうも」
「で、こっちが姉御。紅上 桃先輩の中の人ッス」
「よろしゅうな」
「……は?」
「何がは?やねん」
「え、いや、VTuber?」
「そうやけど」
「姉御じゃなく?」
「うちがP.Sの姉御、紅上桃や!」
「甘鳥、集合」
「はいッス!」
席を外して甘鳥を連れてくる。
「聞いてないんだが?」
「マジッスか」
「え、じゃあ何、あの人P.Sのライバーなの?」
「そうッスよ。P.S一期生、パイセンとかと同期ッス」
「先に言えよ」
「今言ったッスよ」
「いや、主にあのバカに思ったセリフだ」
「なるほどッス」
席に戻った。
「早かったな?」
「ああ、色々誤解があったからな」
「それで、アンタがあの兄者と」
「そう呼ばれてる」
「話には聞いとるわ。サクラの兄がよう人気出とるとかな」
「何故かそうなったんだよな」
そうか、VTuberか。
いや、なんだろうな。
ついに、ようやく、P.Sでまともな人間に会った。
話し方もそうだし、この人は見るからにしっかりしている。
姉御と言う呼び名も、姉貴分的なところから来たんだろう。
この人ならちゃんと話が通じるかもしれない。
八重咲みたいな暴走モードがある可能性も捨てきれないが、それだって通常時なら会話はできる。
ここは穏便に距離を置こう。
「というか、なんで姉御って呼ばれてんだ?」
「アンズが前々からそう呼んでたからな」
「リアルでの知り合いなのか」
「あ……その……」
「大学が一緒やねん」
「なるほど。俺はてっきりヤクザ級に怖い人なんだと」
「ヤクザの若頭みたいな顔しとるアンタには言われたないわ!」
「会ったこともないのに人をどつき回そうとする人に言われちゃ世話ないな」
「喧嘩売っとんの?」
とりあえず軽いジャブ。
さすが関西人、ノリがいいな。
ちなみにキレてそうなのは演技だな。
ツッコミなれてんだろう。
「いやいや。それで、今日俺を呼んだのは?」
「この前のアンズのメッセージの話やな」
「あれはおちゃめなボケだと」
「いや、そこやのうて」
「ん?」
「アンズが!アンタと!会話できたって!ホンマか!?」
「あー」
「しかも聞いたら会って二回目とか言うやん!有り得へんやろ!」
「姉御……その通りだけど、ひどくない?」
「そこのところ、どうなん?」
「まぁ、一応」
「マジか。どんな魔法使ったねん自分!」
「いや、魔法というか宝具をあげたというか」
「ほうぐ?なんやそれ」
「そこのやつ」
「ヘッドホンッスか?」
「もともと愚妹のだったんだが、要らなくなったからやった」
「あ……だから、最近……」
運が良くなったと。
いや、俺もそれについては信じたくないんだがな。
あのガチャを見たらそれもできない。
故障の応急処置にはおまけが強すぎるけど、ご愛嬌ってことにしてくれ。
一方の姉御は、腕を組んで何かしらについて思案していた。
「やっぱり、そういうことやな」
「何が?」
「アンズをモノで釣ろうゆうことやな!」
「え?」
「おかしい思ったんや!アンズが会話できたとかな!」
「は?」
「確かにこの子はかなり妹オーラがすごいわ!そらもう守らなあかんと思わせてくる!」
「え、何の話?」
「けどな、だからってそんなうっすい考えで甘やかそう言うのはもっとあかん」
「はぁ」
「ええか、言っとくわ。アンズの──いや、P.Sの姉御はこのうちや!」
仁王立ちして親指で自らを指し示すポーズ、リアルで拝むことになろうとはな。
いや、それよりも、マジか……。
八重咲タイプか。
しかしスイッチがよく分かんねぇ。
この人、何言ってんだろ。
「甘鳥、俺は何を力説されてんだ?」
「どっちが姉、兄にふさわしいか。みたいな事じゃないッスかね」
「それマジで何の話?」
「ほら、兄者先輩、最近P.Sのお兄ちゃんとかヤベェ奴らの保護者とか呼ばれてるじゃないッスか」
「俺の与り知らぬところで変な役職が追加されてんな」
「それに対抗意識とか出てるんじゃないッスかね」
「それはもう因縁つけられてるだけだろ。ダンプで轢かれて歩道なんて歩いてんじゃねぇとか言われてるレベル」
ああ、せっかくまともな人だと思ったのに。
いや何となく予想はできてたけども。
やっぱり残念美人か……。
いい加減にしろよP.S。
一人くらいまともなの置いとけよ。
聞いた感じ、というか見た目からも薄々勘づいてたけどこの人、音無の実姉じゃないんだろうし。
自分のことを姉だと思ってる関西弁の一般VTuberとかキャラが濃いわ。
……濃いか?
濃いけど、まぁそういう人もいるよなとか思っちゃう自分がいる。
マジでいい加減にしろよP.S……。
「で、記憶喪失した騎士を一方的に弟扱いしてるあんたは何が言いたいんだ?」
「そんな特殊な趣味ないわ!」
「失礼」
「うちが言いたいんはな、姉としての立場は譲れんて一点だけや」
姉になる気はないからもう帰っていいか?
なんかP.Sの配信に関わること全般を禁止されそうな雰囲気もあるけど。
まぁ、その時はその時だな。
そもそも配信に出ることがおかしいわけだし。
ここで禁止されてもリアルで遊ぶ分には問題もないからな。
「だから、白黒つけようや」
「……は?」
「やから、どっちが姉、兄にふさわしいか決めよう言うてんねん」
「悪い、話が見えんのだが」
「うちもP.Sの姉御と呼ばれてだいぶ経つ。やからそのプライドがある」
「知らんが」
「けど、アンタも兄者いう名前を背負っとる以上、意地ってもんがあるやろ」
「いや全然全くこれっぽちも」
「だから決めようやないか。P.Sの姉貴分、兄貴分を名乗るにふさわしいんはどっちかを!」
「しねぇよ。勝手に名乗れよ」
「勝負は今度、またちゃんと話すわ。今日はこんくらいにしとく。ほな」
とか言って音無と帰って行った。
後半会話になってなかったよな明らかに。
勢いと圧がすげぇな。
あと思考回路が少年ジャンプだった。
バーサクすると知能指数がぶっちぎりで下がるらしい。
「つかなんで勝負する流れになってんだ」
「負けたら兄者先輩引退ッスか!」
「いや、なんなら引退する覚悟で来たんだが」
「兄者先輩、まだ引退したかったんッスか!」
「まだってなんだよ」
「とっくに諦めて、そろそろデビューの日取りでも考えてるものかと」
「おっけー、昼飯は自腹でいいんだな。せっかく奢ろうと思ってたのに」
「ちょ、兄者先輩のピンチに駆けつけた後輩への仕打ちじゃないッスよそれ!」
今日の昼飯と引き換えに召喚したからなこいつ。
ぶっちゃけ本当に引退するくらいの覚悟はあった。
今は愚妹のリスナーや他のメンバーのファンが許してるから良いみたいな感じになっているが、俺はあくまでも部外者だ。
音無杏は今までコラボでも会ったことがないくらいには、愚妹とのプライベートな付き合いは少ない。
そんな相手とコラボでも無いのに関係を持つこと、ましてや異性ともなると何かと面倒も起こるというものだ。
俺はマイナスがないから許されるのであって、少しでもそういった異常をきたすのであればいない方がいい。
と思ってたんだがな。
本当に、ここのやつらは思い通りにいかねぇわ。
てか、相変わらず音無は喋んなかったな。
甘鳥椿
『今日は兄者先輩とデート♡お昼は牛丼でした!』
コメント
春風桜
『今から貴様の連絡先を消す』
返信
甘鳥椿
『お疲れ様です。
本日は事務所に用事があり、兄者先輩と一緒に向かいました。
小一時間のミーティングを済ませた後、お昼に牛丼を頂きました。
その他、デートと形容できる行為・事象は一切ございませんでした。
誤解を招く内容になってしまい、誠に申し訳ありません。
以後、このような事が起こらぬよう
送信前の確認と文章の添削を実施していきます』
コメント:草
コメント:いつものw
コメント:兄者やなw
コメント:By兄者
コメント:社内メールやんけw
コメント:反省文w
コメント:恒例行事
こういうことするから呼びたくねぇんだよな。
とりあえずLIMEはブロックしとこう。