導入編04
日が暮れだし、元々オレンジ色だった空はさらに赤みを強くする。風もさらに強くなってきたようだ。
「少し長くなるかもしれない。座って話そう」
そう言って風に煽られているフードを被りつつ、マルホスは俺のすぐ横に座る。
「いいのか? 俺は爆発する危険があるんじゃないのか?」
「今のところその心配はないさ。なんせ魔力が少ししかなさそうだからね。まぁ、どうやらこの世界の記憶がないから、もしかすると魔力がわからないかもしれないが……その話は後にしよう」
そしてマルホスは静かに語りだした……。
「この世界の生命体は魔王に執着があるようでね……ああ、聞いているかもしれないが、我々の中では魔王と暫定的に呼んでいる存在がいるんだ。今の段階ではどんな存在か調べることすら困難なんだけど」
「はぇー」
思わず生返事になる。登山家みたいに『そこに山があるから』みたいなノリで魔王に挑むのかよ。
「僕はその魔王に挑むために作り出されたんだが……強度不足の失敗作なんだ」
マルホスは自嘲気味に話す。しかし謎が深まる。
「強度不足?」
「ああ、魔王の庭……じゃわからないな。ある一定の場所まで魔王の城に近付くと魔法弾が飛んできてね。魔法弾を食らった時は魔力が尽きかけて危うく死にかけたよ。そんな訳で僕は魔導管理局にいるんだ」
その後もマルホスによる解説が続くかと思われたその瞬間、突然地震が起き、地平線の彼方で火山が噴火しているのが見える。もちろん地震には慣れている。
「地震には慣れてるようだね? 僕は慣れるのに時間がかかったよ」
「前世では地震が多い国に住んでたからな。……あっ」
うっかり前世とか言っちゃったよ。痛い子に見られないか心配になってマルホスを眺めるが彼も驚いた顔をしている。
「なんだ、僕と同じ前世持ちだったか。飲み込みが早い訳だ。これなら登録も早く済みそうだ」
マルホス、お前もか。その後、一日は二十四時間で区切っている――俺の体感だと前世とはもしかしたら時間の感覚が少し違っているかもしれないが――こと、一年は大体四百八十日であることの説明を受ける。そもそも大気成分が色を見る限り大分違うだろうから当然だよな。
「そういやこの体ってどうなってるんだ?」
忘れかけていた根本的な疑問を投げかける。この浮遊している黒い靄に光る目、もはや生命体と言っていいのかわからない。
「その体……は純粋に魔力でできてるんだ。僕も……というかこの世界では全員が魔力で体を形作っているんだ」
「んじゃあ、今は魔力が少ししかないなら違う姿になれるのかね?」
「あー……いや、そこまではわからないなぁ……ハゼルの場合は多分、そこまで変わらないんじゃないかなぁ。ハッキリとは今の段階ではわからないからね」
マルホスは少し気まずい顔をして顔を逸らす。なんだよ、みんなして顔逸らしまくりじゃないかよ。俺はそんなに顔逸らしたくなるほど変な存在なのかよ!
「マルホスがこっちに来てすぐの時はどうだったんだ?」
「僕の場合はねぇ……少し待ってくれ。うーん、ちょっと恥ずかしいんだけど……模型を作る魔法で作って見せようか」
「うん? なんだとぉ⁉」
こっちに来てからテンションがジェットコースターだ! 魔法があるのか。いや、魔法はディレクシオの拡散魔導砲を見てたが初見であの破壊力は引くだろう。
「よし、できた。見たことのあるものを立体化する魔法なんだけど、これくらいならハゼルに教えてても問題ないかな。ただ、登録の後でね」
マルホスの手のひらの上で何やらフィギュアのようなものが出来上がっていた。そして、俺にも見えるように手を降ろす。そこには……顔は今のマルホスのままだが筋肉モリモリでトゲ付き肩パッドの世紀末的スタイルのマルホスフィギュアがあった。思わず二度に飽き足らず三度マルホスとマルホスフィギュアを往復して見る。照れた顔のマルホス……そして手のひらにある世紀末マルホス……カオスな状況だ。
「お、おう、スゲー……こんな感じだったんだな」
語彙力が大幅に落ちた頭をフル回転させ、精一杯のリアクションを返す。
「今は外装を薄くして裏方さ。あぁ、前もって言っておくけど、僕は文化的に前世と違いすぎるからこの世界がどうなるかの観察もしたいんだ。だから前世の知識はなるべく隠している。どうせ魔王は動かないしね」
マルホスはフィギュアをサッと消しつつ、前世の知識を抑えている事とその理由を述べる。外装とは多分筋肉のことだろう。ローブ越しでも線が薄くなってるのはバレバレだ。
「魔王って引きこもりなのかよ……」
そりゃ、こんなのほほんとしている訳だ。引きこもりにちょっかいをかけるこの世界の住人達……どちらが悪役かわからなくなる。
「色々な試行錯誤で時におかしいと思うこともあるだろうけど、出来ればハゼルにも生暖かく見守ってやってほしい。幸い、魔力さえあれば寿命はほぼ無限だろうしね」
「そんなことならわかったよ。でも魔力さえあれば寿命が無限って何なんだ?」
当然の疑問が湧く。
「体が魔力でできてるって言っただろう? その辺にある魔力さえ取り込めれば寿命なんてないも同然さ」
飲食の必要がこの世界の住人にはないらしい。グルメなヤツにはとても過酷な世界だろう。いや、前世ではアイドルが使っているシャンプーですら味の感想を述べる酔狂な行為もあった。魔力にも味があるかもしれない。
そうこう話しているといつの間にか頭上は真っ暗になっていた。しかし暗い大地から湧き上がる色とりどりの光の粒が気になる。暗い大地も薄っすらと光っている。なお、この白い場では湧き出していないし地面も光っていない。それに気付いたかのようにマルホスは解説する。
「今光っている光の粒、あの光こそ魔力さ。ここに湧き出してないのはこの場所が魔力を通さない魔力不透過性物質でできてるからね。魔力の影響を受けない実験をしたい時はここや、もっと厳密にやるなら魔導管理局内の魔力暗室でやるに限るよ」
なるほど、魔力はカラフル。つまりマルホスのネクタイは魔力をイメージしてるのか……と一人納得する。でもなぜネクタイなのだろうか? 疑問は残るが、前世で見たことのあるよりも巨大な月が昇っていてそっちにも驚く。
「月が大きいな……」
「月? あぁ、他の天体とはかなり距離が近いみたいだけど、たまたまディレクシオが月が真上まで来た時に魔法で地面から月まで魔力で細い棒を作ってそれを尺で計算したって話、最初聞いた時は笑わせてもらったよ」
「えぇ……?」
ハハハ、と本当に笑っているマルホス。さすがに他天体への距離を魔法的力技で、しかも尺で判断するなよ。測るのはさぞかし気が遠くなるような作業だっただろう。
「でも測った後で念のためまた同じことをしたら長さが違ってたらしいけどね。今は魔王のほうが優先事項だから一旦計画が止まっているらしいよ?」
ひどいオチが待っていた。
その後も夜が明け、また空がオレンジ色になるまでマルホスとの問答は続いた。大体の物事を魔法で力技するのがこの世界のスタイルのようだ。さすが魔法文明だ……困った時は魔法で解決したように見せかけることにかけては余念がない。なお、徹夜したことを謝罪したところ睡眠も必要ないということが明らかになった。オーバーワークでの疲労すらこの世界の生命体には通用しない。勤続疲労なんて関係のない真の二十四時間戦える戦士達がこの世界には揃っていた。
「さて、登録申請も問題なく終わったよ。で、一つ重要なことがあるんだけど……」
そう言ってマルホスは呆気なくこの世界の住民になるための手続きが終わったことを知らせてきた。
「重要なこと?」
「ハゼルには起爆する能力があるから何らかの形で起爆するようにしてほしいんだ。絶対言わないような言葉でもいい」
つまり、自爆の合言葉だ。言わないようなこと……と言うと悩む。
「じゃあ、『爆発しろ』かな。俺なら自分から爆発するようなことはないだろう」
しばらくして答える。
「よし、問題なさそうだ。今日からよろしく、ハゼル!」
「おう、よろしくな!」
その後、マルホス直伝の模型を作る魔法を取得し、しばらくの住まいはこの広場ということになった。一応急造で耐久性のある家を作るという話になっているが、いつになるかはわからないという話だ。