終末編03
俺たちは一旦上空で待機することになっていた。魔王城に物量作戦で対抗するためだ。気の早いヤツらはすでに魔王城に突撃しているが、魔王城からの魔法弾と、隕石の脅威の前に膠着状態に陥っている。魔法弾を避けたと思ったら隕石に衝突しているヤツもいる。逆もまた然りだ。エースは垂直バレルロールや、予測したかのように勇者を発射して魔法弾を迎撃したり、隕石に隠れたりして変態的な飛行をしている。
最後の機体が離陸すると、上空で待機していた機体も編隊を組んで魔王城に向かう。
『魔法弾以外に隕石にも注意しないといけないなんてな。ヘイルバル、頼むぜ?』
『そりゃー、頼むのはおっさんじゃなくて運に任せるしかないな。あと、上からの指示次第でもあるな』
『それもそうか。ああ、衛星からの情報は……もうだめそうだな』
たった今、魔王城に比較的近い衛星が隕石によって破壊された。今から予備を向かわせるにしても遅すぎるし、他もいつ破壊されるかといった状態だ。情報は二万メートル上空を飛ぶ、空飛ぶ魔導情報システムに委ねられたも同然だ。
『ふぅ、しばらくは隕石との衝突を回避することに専念か。多少は力を貸すぜ?』
出来ることはもちろん監視役だ。
『俺もっすよ!』
『そりゃ、心強いな!』
そう、そんなことを出発当初は考えていました。しかし現実は非情というもので、俺たちのその唯一といえる役目も特になく、気が付くと魔王城まで十キロメートルまで近付いていた。どうやらみんな考えることは同じだったようで、俺が気付く前に誰かが気付いて隕石の衝突を避けたり、危険な気流の変化への対応をしたりしていた。クッ、本当に俺の出番が全くなかった。
さて、気を取り直して魔王城の様子を伺ってみる。周囲では魔法弾と実戦投入したての航空機が飛び交う戦闘空域となっている。先に来たヤツからの情報を集めてみる。外観上は以前と変わったところは見当たらない。ロボット形態のまま、仰向けにぐったりと倒れているように見える。いや、前と後ろがわからないので仰向けかどうかはわからない。それよりも、問題は魔法弾が以前とは段違いになっている点だ。一秒間に十発ほど撃ってきている。それと尻だけでなく腋からも撃ってきている。またおかしな方向へ進化したのか? そして所々、巨大な水晶のような色に混じって緑の蛍光色の光を発している場所がある。もしかしてヨーマが作った細菌兵器と思われるものが繁殖しているのか? 疑問は尽きないが、合流して数の優位で圧倒する方向でいくようだ。……乗せてもらっている俺に決定権はない。しかし提案くらいはする。
『うーん、魔法弾が厚いな。どうにかならんもんかね?』
『ここはおっさんの腕の見せ所だな!』
そう言ってヘイルバルは魔王城の左へと進路を変える。後方にいたので特に混乱はない。
『うん? いきなり編隊離れて大丈夫なのか?』
『問題ない。というか考えはもう伝えてある。こっちのほうに魔法弾の射出口が集まってるんだ。なら反対側から海面スレスレでの奇襲をかける』
『なるほど』
確かに魔王城はこちらの方にケツを向けている。ならば頭の方から攻めるのはセオリー通りか。城がケツを向けるという表現は、考えている俺でも意味がわからないが。
『まずは一旦空域を抜けて最高速度で突撃だ! おっさんに任せろ!』
『おう! 任せた!』
『了解っす』
そのまま速度を上げて魔王城から一旦距離を取り、反対側から魔王城の方向へ突っ込んでいく。海面からはまだ距離がある。魔王城へと突っ込むために低高度へと降下すると思った矢先――。
『ああ、スマン。言い忘れていたが、行くのはハゼルとアレックスな。この機体って構造上、音速出せないんだ』
――突如としてヘイルバルからの無慈悲な宣告が。そして俺たちを格納していたウェポンベイが開かれる。
『は!?』
『うぇっ!? 聞いてないっすよー!』
『スマンがあともう一つ、無誘導だから外すかもしれんが……まぁ頑張ってくれ』
更なる無慈悲な追い打ちがかけられる。
『ちょっと待っ――』
そして無慈悲な心の準備不足。ヘイルバルは待ってくれなかった。俺たちは勇者となって発射された。自由落下して少し降下してから、俺やアレックスを乗せた棺桶二つは海面スレスレを滑るようにしてブースターによって魔王城の方向へと加速していく。
『仕方ねえ。腹くくっていくか』
発射されたらわずかな時間で魔王城へと突っ込むのだろうが、この時の俺は一秒一秒が長く感じた。音速を突破してソニックブームが発生し、海面にその痕跡を残していく。加速しているにも関わらず、逆に減速しているかのような感覚に陥る。上空では大規模な交戦が繰り広げられている。魔法弾や隕石で一機、また一機と落ちていく様子がゆっくりと流れてくる。
『掠った!? しまった! 翼が半分ない!』
落とされずともトラブルが発生するヤツも出ている。
『魔法弾が来てる! 危ない!』
『ああ! ブロースがやられた!』
『おい! やられたことにすんな! まだいける!』
『援護する!』
『勇者発射! これで最後だ。後は俺が囮になる!』
『俺も囮になって魔法弾をかく乱させる! その隙に突破するんだ!』
『おう! ……ああ、もう! また隕石に注意だ!』
『またか!』
『魔王城の西から長距離勇者! 誰だよ……いい仕事しやがって!』
『おっさんだが? ちょっとした賭けだから援護、頼むぞ』
情報が多すぎて、指揮系統にも混乱が生じている様子。そして俺たちの事を平然と『ちょっとした賭け』にするのはやめていただきたい。そう思った次の瞬間、俺じゃない方のミサイルが魔法弾の直撃によって爆発四散していた。
『ぐあっ!』
アレックスにアクセスしようとしても弾かれる。まさか死んだというのか? アレックスが!? あのアレックスが……俺の舎弟が……アレックスとの思い出が一瞬で駆け巡る。あの、初対面の時のガッカリ感、俺の試作品を壊しまくった日々……えーと、他に何があったっけ? ひどい思い出しか出てこないが、悲しみだけは湧いてくる。
『あ、ああ……ああぁ! アレックスー!!』
なんてことだ……残ったのは俺だけになってしまった。その間にもゆっくりと流れる時間。しかし、もう魔王城は目前となっていた。そして大きな衝突音がした後、気が付くと俺は不思議な空間にいた。乗ってきたミサイルの破片が辺りに散乱している。ここのことを伝えようにも、魔導情報システムに繋がらない。多分ここが魔王城の内部なのだろう。俺の勘がそう告げる。魔王城の中は上も下もない。四方八方へと水晶の色が広がり、ところどころには様々な形の水晶が浮かんでいる空間になっていた。慌てて後ろを振り返ると、空間の中にぽっかりと空いた穴と、その周囲にヒビが入っていた。多分、俺が突入した場所だろう。ボーっと見ているとヒビは少しずつ修復されていき、やがて穴も閉じた。
「ふーぅ……さて、これからどうなる?」
魔王城内部は魔力がないか、あるいは反魔力で溢れていると予測していたが全く違っていた。むしろ膨大な魔力の密度を感じる。この密度じゃ魔力生命体が発生してもおかしくはない。いや、もしかすると魔力生命体の中なのか? 違和感しかない空間だ。しかし、ここにいるとどんな願いでも叶うような、そんな錯覚が起きる。
『そうだ……何でも願え。ここならどんな願いでも叶う』
俺の心を見透かすような幻聴まで聞こえてきやがった。
「ハハハ……おかしな幻聴まで聞こえてきやがった。こりゃ相当やばいな」
もしかすると一方通行で他には聞こえているのかもしれないと一縷の望みをかけ、魔導情報システムへと叫ぶ。
『俺だ! ハゼルだ! 魔王城内部に突っ込めたぞ! まぁ……多分だけどな!』
やはりいくら待っても返答はない。ヘイルバルの無慈悲さ、アレックスの死、謎の幻聴、色々ありすぎて俺もおかしくなってるんだ。でも段々と幻聴の通りに、何でもできるような全能感が支配してくる。この空間がおかしすぎてどこがどうなっているかわからないが、多分前だと思われる方向へと少しずつ進み始める。進むと同時に、意識が朦朧としてくるのを感じる。さっき進み始めたばかりなのに、もうフラフラで進めない。この世界に来て初めて感じる酩酊状態とでも言えるような中、俺も少しくらい願いを声に出すくらいは許されるだろうという思いが出てくる。ここなら誰も聞いていない。恥ずかしいことでも先っちょだけならいいだろう。
「願い……願いねぇ……。なら、こっちに来てからのこと全部のやり直しだ! 何もかも! 本当に全部だ全部!! こんな世界やってられるか! ちょっとはかわいい女の子くらい用意しておけよな! 俺もこんな見た目じゃなくてさぁ! モブいキャラでもいいからさぁ! ファンタジー世界じゃなくて前世みたいな世界でやり直すんだ! うんざりだったんだよ! こんな世界!」
そうだ、この世界は俺のメンタルを前世以上に削ってくることに長けている。ビックリドッキリなんてもうコリゴリなんだ!
『……えぇ……』
ほら見たことか、幻聴もドン引きだろう。もう意識を保つのもやっとだ。
『でも願われちゃ仕方ないか。……ハァ、相当時間かかるだろうなぁ……』
俺の意識がプツンと途絶えるその間際、そんな言葉が聞こえた気がした。