導入編03
さて、異世界の光景は……空はオレンジ色をしていて夕焼けのようだが恒星はまだ高い位置にある。そして広がる暗い色の岩石でできているデコボコした大地は岩石砂漠を彷彿とさせる。所々噴火しているのか、それとも工房でもあるのかはわからないが、黒煙がたなびいている。とても生物が住めるような環境には見えないが、現に生物らしきものがいるので前の世界の生物の概念は通じないのだろう。宇宙人探しをしている人間なら歓喜でこれからレポートを書きまくるのだろうが、残念ながら俺はそっちの専門家ではない。俺の専門は異世界学だ! もうすでにレポートの準備をしている!
異世界人とのファーストコンタクトから、前の世界の生態や文明とはかけ離れた進化をしているという結論に至りつつ、異世界の家の拝見させていただく。後ろをヨーマ越しに見ると暗い色の大地と同化するかのような色をした、少し角ばった壁と出入口が見える。傾斜も体感ではなかったはずなので廊下の壁から推測すると一階建てだ。角ばっていなければ洞窟付きの丘と言ってもいいくらいに風景に溶け込んでいる。
ヨーマは暗黒の岩の大地を登ったり下ったりしながら進む。障害物がなく、開けているせいか風は少し強めの様子だ。ヨーマのローブが靡く。この世の終わりか、他の星に行ったかのような光景を見ていると、ここが魔王の支配地とか言われても問題ないくらいの荒廃ぶりだ。……ここが異世界か……そう思った次の瞬間、いきなりヨーマが飛び上がったため声が抑えられなかった。
「うぉう! ……あ、すまん。声を抑えられなかった」
「ん? あぁ、そう言えば黙ってって言われてたっけ? もう着いたし問題ないよ。……まぁ、私としては話しながらでもよかったんだけどね?」
ここまで何とも出くわさず、あっさりと目的地に着いたようだ。岩石砂漠の中に佇む、他の場所とは決定的に違う……人工物だとはっきりわかる、扉の付いた白っぽい建物。透明な窓も確認できる。でもさすが異世界だ……建物がしょぼい。
「お邪魔します」
そうヨーマは声をかけてから扉を開け、建物に入る。入ったと同時に赤い光が点滅する。まるで警報のようだ。建物の中も外壁と同じ色合いで、ただ床と壁、天井があるだけで受付のような場所すらない。それよりも公的なとこで入った時にお邪魔しますはないだろう……。なんだか知り合いの家に入るときみたいじゃないか。
「ようこそ、魔導調査局へ。私は運輸管理課のディレクシオと申します」
組合じゃないのかよ! やや間が合ってから軽い地響きを立てて現れたハスキーボイスのソイツは……黒光りする外見で、四本足に人間の上半身とまるで某究極兵器のようだ! ヨーコやヨーマで十分異形だが目の前のヤツは一線を画す。声や物腰は柔らかいがこいつは裏ボスか⁉ 。しかしヨーマは動じることなく返答する。
「新型生命体の登録に来ました。……えーと、ディレクシオ、私はヨーマと申します。以後、よろしくお願いします」
「ほう、ヨーコが新型生命体を作り出したとは聞いていましたが……珍しいこともあるのですね。ヨーマも新顔ですね。どうぞよろしく」
魔王ではないが裏ボス疑惑は更に深まった。
「それで……新規登録の方はどちらに? ただ今、登記記録者を呼び出します」
「ここに。名前は……ハゼルで、とのことです」
ヨーマは俺の入った容器を両手で掲げる。おっと、予想外の見た目に呆けてしまっていた。そう、この世界での身分証が必要……異世界モノのテンプレだ。ファーストコンタクトは特に大事。
「よろしく――」と言いかけたところ、ディレクシオの目がブォンと一瞬赤く輝く!
「――申し訳ございません、危険物なのですぐに外へ!」
出鼻をくじかれた……というか危険物?
そんな訳で外へ出る。なお、オレの中では裏ボスこと、ディレクシオは外に出る際、入口から少し離れた所にある、物資搬入口のような見た目のところから出た。入口を大きくするという発想はなかったのだろうか?
「失礼しました。まさか精製魔水が新型生命体だとは……爆発の恐れがあるので裏の何もないところへ案内します」
外に出た後、更に移動する。なお、俺は依然としてヨーマに抱えられたままだ。しかし、ここに来るまでとは打って変わって、どことなくヨーマは恐る恐る歩いているように見える。俺ってそんなに危険なのか……?
魔導管理局の建物から少し離れた、ガラクタが散乱している場所に案内された。ところどころ爆発の後のような痕跡も見られる。違うのは地面が他と違って白いということだろうか。
「散らかっていますね。掃除しますので少々お待ちを」
ディレクシオはそう言って右手を差し出し、手のひらからビームのようなものを射出しガラクタを一掃する。
「い、今のは……?」
「サブウェポンの拡散魔導砲です。掃除に便利ですよ」
「そ、そうなんですね……」
思わず興奮して聞いてしまったがサブウェポンで掃除をしないで頂きたい。確かに掃除にはなったが……かなり派手なサブウェポンだったが、メインウェポンは何だろうか。やはりチャージに時間のかかる究極魔法だろうか?
「では、担当者が来ましたので私は失礼します」
そう言い残し地響きを立てながら去っていくディレクシオ。さて、今度はどんな濃いヤツが出てくるのだろうか。
ディレクシオ氏と入れ違いになるようにして別の人影がこちらへ向かってくる。
「魔導管理局登記記録課のマルホスです。よろしく」
白いローブを纏った銀髪イケメンが現れた! こっちに来てからの濃いメンツだらけだったので期待はずれにも程があるが、フードを下ろしてローブを少し緩めると色とりどりの派手なネクタイをしているのが気になる。そっちの手で突っ込みどころを入れてくるとはなかなかの策士だ。襟のないラフな服装でネクタイをしているのも謎だ。
「よろしくお願いします。ヨーマです。そしてこちらが登録する爆発物のハゼルです」
さらりと俺を爆発物と言い切ってくるヨーマ。
「では、登録に入る前にどういった性質があるかの確認を致しますね。新規の場合ですので記録証はありませんか?」
「これです」
マルホスはヨーマがヨーコから手渡されたカードを受け取り、渋い顔で俺を見る。ほう、あのカードは記録証って言うのか……そしてその顔は何なんだ……? 渋い顔の次は困惑顔のマルホス。
「爆発物に間違いないですね。どうすれば精製魔水が生命体になり得るのか……? うーん、これは僕だけでは判断できないので審議の後、登録になりそうです。早くて明日の昼頃になるかと……」
「では、明日改めて来ますね」
「申し訳ありませんが危険ですのでハゼルさんはここに置いていくことをお勧めします」
「ソウデスカ……仕方ないですね。では、そちらにお任せします。よろしくお願いします」
ヨーマは俺から目を逸らしながら去っていく。少し棒読みな気もしたのは俺の気のせいだろうか? あと、華麗に俺を押し付けていくスタイル。異世界に来てから俺の扱いがひどい件。
ヨーマが去った後、この場に残された俺。そのままいたマルホスがゆっくりとした歩みで近づいてくる。
「いやぁ、ひどい対応をして申し訳ない。お詫びに少々この世界について説明をしようと思うんだけど……どうだろうか?」
マルホスは俺の目の前に来るとしゃがんで俺と目の高さを合わせて提案してくる。
「はぁ、そうですね。聞いておきたいです。でも連絡とか審議とかがあるんじゃ?」
「連絡はもう済みましたし、審議も我々はどこでもできるんですよ」
どうやらこの世界ではどこでもリモートワークができるようだ。しかも電話やパソコンみたいな機器すら見えないし、誰かと話しているような素振りもない。こいつら未来に生きてやがるな。