終末編01
あと2、3話で終わると思います。
帰還した俺を待ち構えていたのはアレックスや大量の試作機だけではなかった。滑走路脇のスペースで、真っ白な試作機の一つの上にイキイキとした毛の塊の姿が……! そう、かつて俺の地上への帰還のついでに、魔王城の偵察に失敗して思いつめていたヘイルバルが復活していた。俺が近付いていくと、ちょうど作業に一段落ついたようで、ヘイルバルが機体から降りたので声をかける。
「よう、復活したみたいだな」
「あ? ああ、なんだおっさんか。そりゃあ、あんな刺激的な光景が見れたんだ。おっさんも漲ってきたとこだ! 今、それを形にしてるとこだ」
「刺激的な光景? 何のこったよ?」
魔王城周回作業中は確かに色々刺激があったが、どの場面なのかわからない。この世界の住人の感性が、俺には理解しがたい独特なのも拍車をかけている。疑問に思っていると、ヘイルバルは俺に向かって毛をスッと差し、興奮しながら語り出す。
「おっさんが分離した後のアレックスの操縦だ。あんな状態でも問題なく飛べるなら、更なる進化を遂げさせたいと思わないか⁉ そうじゃないか? そうだろ? いや、そうに違いない! おっさんには表現が難しいが……うーむ……そう、これはおっさんの使命だと何かが囁いてきたんだ。そんな感覚だ!」
「そ、そうか」
ヘイルバルのあまりの気迫に、俺は少し後ろに下がりながら絞り出すように反応する。完全にイッちゃってるよ……このおっさん。声をかけたのは完全に失敗だったなと後悔した瞬間だった。その後、機体の形状、制御の問題を無理やり色々聞かされているが、頭の中ではいつ解放されるんだろうとほとんどスルーしている。この世界でいい感じの会話の打ち切り方を俺は知らない。最初は「なるほど」や「そうなのか」などと時折生返事を返していたが、さらにイキイキと説明しだす始末。もはや手に負えない。どうせ疑問に思ったら過去を見ればいいだけだから問題ないな!
「――それでな、この部分がこの形状になったのはな、少しでも排気の魔力の痕跡を隠すためでな――」
さて、俺はそんなヘイルバルの話を聞き流しつつ、周囲の慌ただしさに目を向ける。ほぼ全員一機作るような勢いで試作機が大量に作られているが、今もイキイキと説明しているヘイルバルのように何かインスピレーションが湧いて作っている訳ではない。隕石群がこの黄水球に衝突コースにあることが確認されたからだ。
事の発端は、俺が必死に海を泳いで帰還途中の事だった。十八基あるうちの一基の人工衛星が何らかの原因により分解した。ここまでは稀にあることかもしれないので問題ない。急いで二基ある予備のうちの一基で復旧する。しかし、なぜ分解したのかと原因を調べてみると、隕石の衝突によるものと結論付けられた。直ちに他にも衝突しそうな隕石があるかを確認したところ、多数の隕石群が迫ってきていた。宇宙に目を向ける機会が今まで少なかったために、いつになるかはさっぱりわからない。しかし行動は早いに越したことはない。そんな訳で総動員体制で魔王城攻略と隕石への備えという、二つのプロジェクトが同時に進行している。隕石の被害がどれくらいのものになるかは現段階では回数が少ないため未知数だ。
「――それとこの機体のほぼ全てを魔力不透過物質で作ることにして魔力的隠蔽性を高めることにしてだな――」
そんなことをヘイルバルが喋っていた時、南の方向で薄っすらと閃光が走る。その後すぐに特徴的なゴロゴロとした音から、今回は流星ではなく雷だったと判断する。
「ふぅ、もっと長い話になるんだが、今はこれくらいにしておくか。魔王は待ってくれても、空からの落とし物は待ってくれないみたいだからな」
ヘイルバルはそう言って、先ほどの閃光の方に毛を伸ばす。
「あ? ああ、そうだな。機会があれば……な」
先ほどの光で、ヘイルバルも会話モードから作業モードに切り替わった様子。真っ白な試作機によじ登り、作業を再開している。試作機といってもまだ角ばった翼しか作られていないようで、最終的にどんな機体になるかは少し気になるところだ。
さて、他の試作機の様子も見てみることにする。ヘイルバルがいる場所から少し離れた場所では右腕がムキムキのヤツ、つまりブロースが大量にある試作機の中、同時に違う形の試作機を作るという荒業をしているのが嫌でも目に付いてしまった。技術的には俺が地上に帰還した時に乗った双胴船の航行で使った技術を流用しているようだ。ブロースの立っている地点から三機の試作機の地点へと魔法の線が引いてある。明後日の方向を向いてそのまま素通りしようとしたが、俺は困ったことにブロースに見つめられている。大人しくブロースのところに行く。
「ハゼル、どうだ? カッコいいだろ? 俺のこの試作機!」
ブロースは自身満々にそう言って三機の機体へと左から一機ずつ視線の先を向けていく。俺も同様にブロースの視線の先の一機へと視線を向ける。一番左にある機体はデルタ翼の航空機だ。尾翼は二つありV字のように外側に少し広がっている。前世で見かける一般的な戦闘機っぽい。まるでブロースが設計してないみたいだ!
「おー、いいんじゃない? もう飛べるのか?」
「オイオイ、まだ途中だぞ? 空気取り入れ口の追加がまだだ。今追加するとこだったんだ」
ブロースがそう言うなり、普通の戦闘機と思っていた外観がガラリと変わる。機体の下に巨大な空気取り入れ口が追加され、正面から見るとなんだか笑っているか、あるいは顎が外れたみたいなデザインの機体がたった今誕生した。全体像はなんだか地面にとまってる蛾みたいだ。
「え、なんだよ……さっきの方がいいじゃんか」
「航続距離伸ばすために大気中から魔力かき集めなきゃならんからな、こうなって当たり前だろ?」
「ふーん、そっかぁ」
ブロースのデザインセンスが絶望的なのは今に始まったことではないので、もう何も言わない。今回の場合、まだマシな方だと俺的に思うので問題ない。すっげぇキモイデザインで音速超えるとかいう変態的な機体になってからが本番だ。
「で、他はほぼ完成している。後は内部の微調整と魔力不透過物質でコーティングするだけだ。うーん……最終的にどれで行くか悩むが、まぁ、他のヤツらを乗せてもいいか」
「一体何機作るとこなんだよ……」
「さぁな? 思いついたら即作ってるからな。選択肢は多いほうがいいだろ?」
ブロースは投げやりに答える。
「そういうもんかねぇ?」
選択肢が多すぎるのもまた困るものだ。例えば、アドベンチャーゲームとかで選択肢が十個や百個あるゲームなんて面倒すぎて手を出したくなくなるだろう。更に入力なんて出てきたら面倒すぎる。そこまでやるならリアルというゲームをやっていた方がマシだと思う。
さて、中央の機体へと視線を向けると、これまたイロモノ感がある機体が鎮座している。全体が角ばっていて、見る角度によって全然違う印象を受ける。まだコーティングがされていなくてメタリックな外観をしているが、なんだっけな……綾た……いや、夜……なんだったかな? たまに記憶が曖昧になる。とりあえず中央の機体をスルーして三機目の機体へと向かう。
「へぇ、こうきたか」
「お? ハゼルもこの機体の革新性にすぐに気付いたか」
紛うことなき前進翼機だ。この世界では初めて見る機体じゃなかろうか。前世でも採用している機体は少なかったはず。アニメやゲームだと見栄えと近未来的なイメージで出てきたが、現実世界で流行らないのはなんでだったか? ブロースの解説が始まる。
「こいつはこの俺でもかなりピーキーだと思う機体だ。音速を突破するために、翼は百層以上の複合材の積層構造になっている。運動性能はかなりいいはずだが……魔法弾とどこまで張り合えるかは俺もよくわからない」
「うん? 魔法弾に対抗するのか」
「魔法弾も光速で飛んでくる訳じゃない。見てから避けることも可能じゃないかとな」
「まぁ、確かにそうかもしれんが……しかもカッコいいし……うぬぬ……」
目の前の三機のうちどれに乗るか? と聞かれたら、見た目重視で俺はこれに乗ると思う。操縦できるかは別問題だ。
「ふむ、そろそろ時間切れみたいだぜ? 俺も急いで作業を終わらせなきゃな」
そう言ってブロースは北の空に指を差す。少しぼやけているが、直線的な閃光が地面に向かって光るのが見えた。
「どうやらそうみたいだな」
衛星からのデータを解析すると、流星群が降り注ぐ日はもう数日の猶予もないようだ。決戦の日は刻一刻と近付いている。
X-32とF-117とX-29が並んでたら…