偵察編02
東と西を間違えていたため編集
ようやく実験装置の積み込みも終わり、偵察機の用意が整った。アレックスは機首にある操縦室へ、俺は尾翼にある第二エンジンに乗り込む。なお、操縦室といっても前世のコックピットのようなものではなく、アレックスを固定しておく装置しかない。そのため操縦室の中は中央にデカい猫が拘束されているようにしか見えない。飛行速度や姿勢指示器が申し訳程度に窓の下に表示される。エンジン出力や機種角度を調節するのは魔導情報システムを応用している。この機体専用の魔導制御システムを構築した。システム構築はゼロからのスタートじゃなかったのでマシだ。
『順調順調! いよいよ偵察開始だな!』
『そうっすねー。ええと、これがエンジン出力で……こっちがフラップ……』
アレックスは操縦用の魔物の扱いを今一度チェックしている。今までこの世界ではこんな装置はなかったから、チェックはいくらしてもしたりないだろう。我ながら相当な無茶をしたと思っているが、やってみるしかない。滑走路上を強風が吹いていないことを確認してからアレックスに声をかける。
『アレックス、準備はいいか?』
『問題なしっす!』
『じゃ、行くとするか』
『了解っす! 兄貴!』
『よし、魔力を一パーセント使ってちょっと爆発しろ』
機体は滑走路上にすでにあるので、離陸する設定をしてから詠唱を唱え、エンジンを起動する。離陸から最後の旋回までは、爆発歴の長い俺が担当することになっている。途端に加速しだす機体。さすがに爆発を利用するエンジンの出力は凄まじい加速力を発生させる。進みだしてから二十秒足らずで浮き出す巨大な機体。アレックスがせっかく長く作った滑走路をほとんど使わずに離陸してしまった。
『兄貴……俺があんなに長く滑走路作ったのは何だったんすかね?』
『いや、まぁその……スマン。どれくらい使うかわからなかったんだ……上手く折り合いをつけてくれ』
少し気まずい雰囲気が俺たちの間を支配する。試作機だから仕方ないじゃないか。
そんな空気の中、俺たちの偵察機は高度を上げていく。一直線に魔王城まで進むことが出来ればいいのだが、台風のような渦を伴う激しい雷雨がレーダー上では目前に迫ってきている。アレックスと進路をどうするかの相談をする。
『アレックス、この先は雷雨がひどそうだ。北側か南側、どっちに進む?』
正直なところ、衛星からの解析では南側が北側よりも穏やかなので聞く必要はない。アレックスに考えさせるためで、これは今後のアレックスの操縦技術を磨く目的がある。
『えーと……衛星からの情報によると南側が追い風、北側は向かい風っすか……。北側はかなり広い範囲に広がってるっすね。これは南側がいいんすかね?』
『そうだな。南側で行こう。もう速度はかなり出てるからフラップとスラットを引き戻すぞ?』
『了解っす!』
機首は上げたまま少し南側に向ける。ついでに低速度時に揚力を発生させるためのフラップとスラットを引き戻しておく。速度さえ出ていればこれらの装置は邪魔になってしまう。次使う時は問題が起こって失速した時か、全てが終わって着陸する時になるだろう。対気速度は変わらないが、次第に追い風に乗って対地速度は上がっていく。機首をそのまま上げつつ、エンジンの出力を上げて高度は三千メートルまで上昇する。そうすると、今度は乱気流に遭遇し機体はガタガタと揺れ始める。
『俺、なんでこんなに縛られなくなちゃならないんだって思ってたんすけど、これは納得っすね。すごい揺れっすねーこれは』
『……ああ、そうだな』
多分前世だったら吐くほどの揺れだ。重力加速度を感じない体でよかったと心から思う。外は分厚い雲で真っ暗。視覚や感覚には頼れない。各種計器だけが命綱だ。
『雷雨の中心はちょうど右側っすね。レーダー上は』
『暗くてレーダーだけが頼りだな。しかし……順調そのものだな。というか少し早く着きそうだ』
『追い風に乗ったせいっすね』
『まぁ、魔王城の周りを旋回する余裕が出来たと思えばいいか』
その後は軽い乱気流に数回遭遇しつつも魔王城の近くまで来た。魔法弾の飛んでこない距離を保って、魔王城の北へと進路を取る。高度も五千メートルまで上げておく。
『ふいー、実験開始っすね』
『じゃ、拘束具を外して準備してくれ。俺は操縦に専念する』
『了解っす!』
アレックスは拘束具を外して自由になると、実験装置が置いてある後部へと四足歩行で移動する。
『まずはご挨拶の勇者っすね』
アレックスは機体の下部を開き、アームを操作して勇者を慎重に下ろしていく。もし青空の下、外から見たら航空機の下にミサイルがアームでぶら下がっているように見えるだろう。主翼の下に取りつけてもよかったのだが、搭載量に余裕があったのでこうなった。各種実験装置の投下も楽だ。それとミサイルが搭載してあるが、これは誰が何と言おうと偵察機だ。アームから離れて魔王城の方向に飛んでいく勇者。
『さて、その挨拶にどう返してくるかな?』
『あー、今、魔法弾に当たったみたいっすね』
勇者の魔力反応が消えたが想定内だ。今度は観測装置を順に投下していく。パラシュートは必要ない。魔力で出来た物はそんなヤワな作りじゃないので問題ない。どんどん投下させていく。
『そろそろ魔王城の真北だな。ヨーマが持ってきたものを一つだけ投下してくれ』
『えーと、これっすね』
アレックスが蛍光色に光る液体が入った瓶を確認して投下する。魔力が感じられないので、投下後にどうなるかは誰かが確認しない限り誰にもわからない。シュレディンガーの瓶だ。
各種観測装置の投下は終わったので、旋回するために今度は南東へと進路を取る。今の気象データでは西から東へと風が吹いている。そして海流も似たような動きをしているので、今度はほぼ同じ地点で二個投下することになるだろう。……しかし少し考え直してみる。
『いや、待てよ』
『どうしたんすか? 兄貴』
『ヨーマが持ってきた瓶、二個は予定通りでいいと思うが残り一個は二週目にするか』
『ほとんど下すものは終わってるし問題ないっすね。でもなんでっすか?』
『風に乗せて魔王城の近くまで届くようにしたい』
『なるほど……出来そうで……え、出来るんすかね? タイミング的にはシビアっすよ?』
『まぁ、やってみるだけだ。ヨーマもダメ元で実験する訳だしな。二週目は少し大回りで開始、西から少しだけ追い風に乗ってヨーマの瓶を投下、後は予定通りの航路ってことで。どうせ燃料は余るくらいなんだろ?』
『えーと……そうっすね』
即座に思いついた航路をアレックスと共有する。アレックスはタンクの中の燃料を確認してから問題ないことを告げる。なら決まりだ。二週目はオリジナルチャート発動だ!
『っと、そろそろ二個目の投下ポイントだ。アレックス、よろしく頼む』
『へい! 了解っす!』
二個目の瓶が落とされる。魔王の庭――今は魔王の海域とでも言ったらいいのだろうが――は半径五キロメートル程度なので投下する作業は忙しい。この地点ではヨーマの瓶の他にも、魔力不透過物質や魔力を持たない物質で出来た装置の投下も行われた。ここで投下した装置は魔力で出来た物体とは違って脆いのでパラシュートを付けての投下となった。電波を使った観測によると風下に向かって流れていっている。魔王城にかなり接近しても問題はない様子。この情報に、魔導情報システム上では住人たちが大盛り上がりになっている。今度からは如何に魔力の気配を消すかの検討が行われている。
『三個目の投下ポイントだな。やってくれ』
『えーと……ううん?』
『どうした? アレックス?』
『あ、いや探すのに手間取っただけっす。揺れた時に動いたみたいで』
アレックスの視覚を共有すると、割れていなかったので問題はなかった。もし割れていたと思うとヒヤッとする。無事三個目の投下が完了して一週目が終わる。魔王城から西の地点に来た時に少し旋回角度を浅くして、魔王城から距離を取る。さぁ、これから二週目だ!