開発編03
今回の場合、機体が出来上がったからと言ってすぐに出発とはならない。まず計画としては、魔王城の周辺を魔法弾が飛んでこないくらいの感覚を開けて何週もぐるぐると周回して各種観測をする。その観測のついでに他の研究者から便乗で実験をしたいという希望があったので、その実験装置の到着を待っている。内部の搭載量にはかなり余裕を持った設計にしたから問題はない。なんなら実験装置にもよるのだが、機体の外部に取りつけることもできるだろう。それと滑走路作りも急ピッチどころじゃない勢いで進めている。なにせ、このサイズの航空機の離陸は前例がない。そんな訳なので、前世の超音速旅客機も多分余裕の八千メートルという長さを予定している。なお、アレックスが滑走路は作りを担当していて、現在は大体三分の二が作られた頃だろうか? 正直、滑走路が長いのでよくわからない。そしてマルホスは機体の外観を見たら内部に入って、設計通りに出来ているかの客観的なチェックをしている。俺とアレックスだけで設計したので第三者からの目線というのも欲しかったのでちょうどいい。
「よう、ハゼル。ちょっと待ってくれ」
「一番乗りだな。ブロース」
機体を後部から眺めていると、ブロースがひょっこりとやって来て実験用の装置を……近場で素材を調達して作り始めた。
「あ? 俺が最初だったのかよ。なんだよ……すぐに出発かと思って焦ったぜ」
「んん? 出発はまだ先って言ったはずなんだが?」
「完成したら即、飛ばしてみるってのが俺のモットーだからな。その感覚で考えてたぜ。で、実験装置の設計を考えてたらいつの間にか忘れてたぜ」
そう言いつつも実験装置を作る手は止めず、次第に形作られていく。外観は筒状になっている。
「なぁ、これは一体……?」
「ああ、俺はあれから考えたんだよ……。空気中にも魔力はある。なら飛ぶついでに吸気して魔力を補給しつつ、吸気した魔力で推進力を得る。そうすれば半永久的に飛んでいられるんじゃないかってな。こいつはその実証研究のためのものだぜ? スゲーだろ?」
「ふむ、なるほど。空気中から魔力を……考えもつかなかったな」
着眼点がすごい。技術実証はこれからだが、機能してくれれば離陸時の燃料の重量を減らすことができる。
「さてと、出来上がったんだが……場所はどこが空いてる?」
「ん? ああ、機能的に考えると、これは機体外部に取り付けって形になるよなぁ。他のもあるだろうから少し待っててくれ」
取りつけ箇所を検討する。主翼の下が一番妥当だろうか? 非常に悩む。そう考えている間にブロースの姿が消えていた。代わりにヨーマが何かを背負って歩いてきているのが目に付いた。少ししてから到着して俺に声をかけるヨーマ。
「ねぇ、ハゼル。何段階かに分けて実験したいんだけど、問題はない?」
「ああ、今のところ大丈夫だろうよ。まだまだ準備中で他の奴らを待ってる段階だから、最終的に決めることになるがいいか?」
「そういう事なら仕方ないわね。少し待ちましょうか。待っている間、中を見学してもいい?」
「ああ、壊さなきゃ問題ないぜ?」
「そんなことしないって。それにしても、実際に見ると大きいねぇ……」
そう言って機体に近付いていくヨーマ。その後、他のヤツらも次々と実験装置を持ってきたが、搭載量的には全く問題なく、逆に余分なスペースが空くほどだった。持ち込まれた装置は様々で、この世界では一般的なミサイルをさらに改良して高速での飛行制御を可能にしたもの、魔法弾の当たらない距離の海底に沈めてそこから観測する装置、中には魔力不透過物質や魔力を持たない普通の物質でできたもの、そしてそれを遠くから観測する装置も含まれていた。重量配分を考えて燃料のタンクの位置を調節していく。管理しやすいように機体胴体の中央部は通路として利用し、タンクはその両側へ配置し、最終的に重量の偏りがないようにする。機内で出来ることは全て終わったのでヨーコを呼び出す。
『ヨーマ、全部終わったぜー』
『お、ようやく?』
『で、実験は何段階にする?』
『そうねぇ……四段階にしようかな。魔王城の真北、風上、海流が魔王城の方向に流れているところ、真南の四つの地点で……』
そう言ったところで俺の目の前にヨーマが現れる。機内は暗く、ヨーマの顔がぼんやりと照らし出されて少しビビった。音を立てずに移動するのはやめていただきたい。今の俺に心臓があったら一瞬止まっていただろう。
「この容器を投下できる?」
ヨーマはそう言って俺に透明な容器を見せてくる。容器自体は透明だが、中身が問題だ。薄っすらと緑の蛍光色に光る液体が半分ほど入れられている。
「あ? ああ、問題ないが、こりゃ何だ? 魔力はないようだが」
「魔力に頼らずに行動できて、しかも自己複製できる素材よ? 実験室でも不安定だからどうなるかわからないけど。微妙に光ってるのは偶然の産物ね。でも位置がわかるし、マーカーとして優秀だからこのままにしてるわ。あ、容器自体はガラスよ?」
「ふぅん……そうか。そりゃすごいな」
なるほど、魔力に頼らないで……道理で魔力が感じられない訳だ。しかも自己複製できるとな……まるで細菌だな。そういやヨーマは分子機械がなんちゃらと言っていたような……まぁいいか。
「投下場所を考えると……いや、今のところ魔王城付近の海流の上流と風上はほとんど同じだな。行った時に変わってるかもしれないから、一応分けておく程度で近いところに置いておくか」
宇宙からの観測によるとそうなっている。それを考えると、ブロースはこの黄水球の厚い雲に遮られていても観測できる便利な装置を開発してくれたものだな。魔法があるからこその観測装置だが。原理は魔力を含む三重水素を追っているだけだ。処理が膨大そうだがなんとかなっている。この世界では、これまでの住民による数々の実験によって三重水素が黄水球全体に散らばっている。放射線による住民への被害は皆無なので放射性廃棄物が垂れ流し状態だ。きっと前世の市民団体も声を上げずにそっ閉じする、生物にとっては過酷な環境だ。
「じゃあ、あとは任せるわ」
そう言ってヨーマは容器を四つ渡してくる。四つある手で一つずつ受け取り、帰っていくヨーマを見送る。
「ああ、任せとけ!」
投下する順番を考えて設置していく。どうせ魔王城の周りを何回も旋回する訳だし、投下するチャンスは一度じゃない。設置が終わり後部から機体を見上げると、航行中の俺の収納スペース――つまり、尾翼の付け根――でブロースが何かいじってやがる! いなくなったと思ったらいつの間にかいる。神出鬼没なヤツだな。
「おーい、ブロース! 何やってるんだよ⁉」
「あ? 何やってるって、俺の作った装置を取り付けただけだが?」
慌てて近寄り、よく見ると勝手に機体を改造されていた。尾翼の前の部分に筒状の巨大な空気取り入れ口が出来上がっていた。
「まぁ、取り付けというよりも大型にして機体を改造させてもらった。ハゼルの近くのほうが機能を十分に発揮できそうだからな。……別に飛ぶのには問題はないだろ?」
「一言でも言ってからにしてくれよ。勝手な改造は勘弁してくれ」
確かに飛ぶのに問題はないが、何も言わずに改造されるのはモヤっとする。前世でもいたよな……こういう他人の物を勝手に使ったり改造したり色々するヤツ。まさかこの世界でも身近なところにいようとは。世界が違ってもこういうところは一緒なんだなと、その日は前世との共通点を発見した日となった。