偵察編01
水平線の彼方から近付いてくるブロースの魂が込められていそうな異形の船。可視光線で見ると、金属のような光沢のない、白っぽい外観をしている。お互いの位置はわかっているので、そのまま互いに近付く。そしてどう乗り込むかは聞いていなかったが、取って付けたかのように船の甲板の左脇に着いていたクレーンで搭乗となった。甲板には巨大な樽のような、変な物体が置かれている。左側にある船室からヘイルバルが触手のような毛で誘っている。船室からなぜか青白い光が漏れているのが気になる。その中に入って出迎えたのは、相変わらずフサフサなヘイルバルと、船の前方を向いているブロース、そして入口の横でひっそりと隠れるように佇んでいたアレックスだった。
「兄貴! 久々っすね!」
「うん? アレックス、お前まで来てたのか?」
「兄貴が帰ってきたんすから、当然じゃないっすか!」
「おっさんに、乗せてくれなきゃ泳いででも迎えに行くなんて言われたんだ。おっさんもしゃーないと思って乗せてきたぜ」
「あれぇ? アレックスってそんなに熱いキャラだったっけか?」
「いやぁ、照れるじゃないっすかぁ。そんなに褒めても変形して抱き着くくらいしかできないっすよ?」
「人型に変形は勘弁してくれ……それと抱き着くなよ?」
強面のニーチャンに抱き着かれて喜ぶような趣味はないので絶対に阻止しよう。そんな訳で、このメンツで魔王城の偵察をすることとなった。しかしまず疑問を解消しておきたい。
「ところで、外にある……なんか変な物体はなんだ?」
樽じゃ上手く伝わらないであろうから言葉を選ぶ。
「変な物体? なんだとぉ⁉ 外にあるのは偵察機だ! おっさんの自信作だぞ?」
「え、あれ飛ぶのか……」
あんなずんぐりむっくりな見た目できちんと飛べるのかはわからない。もっと見た目的にかっこいい形にはならないものだろうか? この世界の基準ではかっこいい形というのがアレなのだろうか? それとも合理的な形を追求していった結果なのだろうか? 疑問は尽きない。
「まぁ、アレが本当に飛ぶのかは俺も気になるな。しかしまずは魔王城が本当に推測した地点にあるかが問題だな」
ブロースも飛ぶのかは疑問に思っているらしい。飛行試験すらしてないのか……?
「おっさんのシミュレーションでは飛んでる。完璧な飛行を見せてやる!」
「おい、シミュレーションかよ」
「ああ、なら……問題ないな!」
思わず突っ込むがブロースもその方式らしい。脳内だけで完結するなよ……実際にデータ取らなきゃ意味ないだろう。俺も搭載完了したので停泊していた船が進み始めた。疑問はこの船自体にもあるので話題を変える。
「あ、それはともかくとして、この船って一体何なんだ?」
「フフフ……よくぞ聞いてくれたな! こぉれはァ! 俺が魔王城に偵察するためにィ……開発した船だ! 動力はァ! 俺がァ! 今必死になって……! 魔法で船に接しているゥ! 水流をォォォ! 制御して進んで……いるんだ! おかげで……ググッ……俺はここから移動できないぜ!」
「ほぇー」
なんだその脳筋仕様! 波で揺れる以外はやけに静かだと思ったら魔法で移動しているとは! しかし一つ疑問が浮かぶ。
「あれ? でも魔法って離れたところじゃ発動しないんじゃ?」
「ああ、だから……み、水が船とォ……接している……部分にィ! ま、魔法が……つつつ、伝わるようにィ! 新しく! 素材をォ……開発したんだ! だがァ! 近距離でしかァ! 機能しないのが……欠点だがなぁ……。あと……操作するの辛い」
さっきから魔力操作が難しいのか、ブロースが力みながら解説する。最後は泣きごとのようにボソッと呟いた。確かに、今までのように船にロケットエンジンを付けたところで出来上がるのは、羽の付いてないロケットエンジン搭載カヌーだ。エンジンの性能を持て余すことになるだろう。もちろんエンジンが最大性能を出せば、どこに行くかわからないロケットになる。しかし、もう少し違う発想はなかったのだろうか? 例えばスクリューとかポンプとか……この船のコンセプトが、魔法で全部なんとかしていく脳筋仕様が遺憾なく発揮されているのはわかった。
「そうか……大した発想だな」
「そう……だろ⁉ しかしィ! こんなに……操作がァ……む、難しいのはァ! もう……やめたい……」
「いや、陸地に戻るまで頑張ってくれよ」
正直に言えばツッコミどころしかないが、船の移動方法は新発想だし、今現在ブロースが頑張って操縦しているので称賛しておく。そうでもしなければ海流に沿って流されて行きそうだ。
そのまま船の進路は魔王城があるとされる方面へと進む。測位システムとブロースの頑張りで、その道のりは順調そのものだった。なお、問題のブロースはというと、波や海流が変化するたびに必死の形相で船の操作をしていた。そんなブロースに配慮するため、俺たちは終始無言を貫くのだった。俺としては、野太いブロースの喘ぎ声に似たような、踏ん張っている声を聞きたくないという理由もあった。
「む? ア……アレかァッ?」
予測した地点が水平線の彼方に見える地点まで進むと、ブロースが何かあることに気が付き声を上げる。それに反応して全員一斉にその方角を見る。そこには……周りが薄暗い中、力尽きたように横倒しになって、所々青白い光を出して輝く魔王ロボの姿が! 少し斜めになっているので浅瀬に乗り上げている可能性が高い。
「前は陸地だったから危険地帯がわかりやすかったが、海だとどこまで近付いていいのかわからないな」
「ここからはおっさんの出番だな!」
ヘイルバルが意気揚々と甲板へ出ていく。
「ふぅ……俺はここから動けないから後は任せるぜ」
「わかった」
ブロースのみを船室に残して甲板へ向かう。
「準備は出来てる。これから起動試験だ!」
「そ、そうか」
ヘイルバルの話ではシミュレーション上は飛んでるとか言っていたので、本当に飛ぶのかという疑問は飲み込んでおく。下手に言ったらキレそうだ。
「起動開始!」
ヘイルバルのその言葉で轟音を上げる謎の物体。よく見ると、樽のような外見をしつつも、その側面には小さな翼が付いていることに気付く。ゆっくりと浮遊し始めてヘイルバルが歓声を上げる。
「ヨシ! シミュレーション通り! そのまま上昇して水平飛行に移行だ!」
なるほど、つまりこれは垂直離着陸機な訳かと納得する。でも外見はどうにかならなかったものだろうか? どんどん上昇し、やがて斜めになっていく航空機。力尽きたように佇む魔王城に向かってついに水平飛行し始めた。
「おー、飛んでる!」
この光景には俺も感嘆する。しかし、ヘイルバルはお気に召さなかったらしい。
「うーむ、もうちょい安定した飛行になるハズだったんだがなぁ」
「そうなのか?」
「おっさんのシミュレーションではもっとスピードも出るはずだったが何がダメだったんだかな?」
そう言っているうちにも徐々に航空機は魔王城に近付いていく。以前の魔王の庭の半径に到達したその時、魔王城から魔法弾が発射された。魔法弾は以前とはスピードが違う。非常に高速で一直線に航空機に命中して、航空機はバラバラになった。昔の魔法弾よりずっと速い!
「これは……魔法弾が前よりパワーアップしてるな」
「そうっすねぇ」
「対策はどうするかねぇ?」
「うーん、魔法弾より速くしたらいいんじゃないっすかね?」
ヘイルバルがしばらく無言で不審だったので声をかける。
「おーい、ヘイルバル、どうしたんだ?」
おや? ヘイルバルの様子が……しばらくして少し震えた後、くたっと力尽きたようにその場でぐったりしている。
「お、おい……どうなってんだよ?」
「兄貴、なんかブツブツ言ってるっすよ⁉」
近付いて聞いてみると、『おっさんの夢が……』とか『おっさんの計画が……』とか呆然と呟いている! スゴク怖い! これはイカンと船室に駆け込み、ブロースに早く戻るように頼む。
「ブロース! ヘイルバルがショックで呆然としてる! 早く戻ったほうがいい!」
「ああ、そうだよな……これからって時に撃墜されたんだ。俺もわかるぜ……」
ブロースはなぜか納得したようで、陸地への帰還を優先するのだった。
なお、ヘイルバルはアレックスに頼んで船室に運んでもらい、帰りも全員無言で前世の通夜のような雰囲気で帰還した。そして全員下船した後、船はブロースによってすぐに破壊された。その際、ブロースは『誰がこんな船作ったんだ! クッソ!』と八つ当たりしていた。作ったのお前やん……。そして船室の謎の青白い光はチェレンコフ放射光だったことが後に発覚した。いや……俺たちは魔物だから、放射能や放射線とかは直ちに影響はないと詳しく考えないことにした。
今回はC450 コレオプテールを基に考えました。
前回に引き続き、おフランス製が続いてしまった…。