帰還編03
月から黄水球への道のりは何日どころか二十日程かかった。よく辿り着いたことに自分を褒めたい気持ちでいっぱいだ。その間は、時折宇宙空間に満ちる魔力を吸い取っては、軌道修正のために爆発するという作業の繰り返しだった。行きは超高速だったものの、帰りはかなり長い旅路だったのは、細かな軌道修正を強いられ、計算せずにその場の勢いに任せていたからだ。黄水球からぶっ飛んで来た時にちょうどよく月があってよかった。もしも、月がなければどこに行っていただろうか?
さて、周回軌道しながら黄水球の様子を眺めるが……なんだか雲がかかりすぎていてよく見えない。かつての勇者が漂った記録では多少は晴れている部分があったが、今はわずかな陸地どころか、緑色がかった海でさえも見えない。俺の体感でも、確かに今まで天気のよかった日というのは少なかった気がするが、星ごと霧に包まれているような感じというのは珍しい。これじゃ地上に日差しが全く降り注いでいないかもしれない。もう少し詳しく見ると、赤道よりも少し北に赤道と並行になるようにして、黄色を主体とした白っぽいところと黒っぽいところが渦を巻いている縞々の楕円形部分があることに気付く。そこでは他のところよりも雷が多く発生しているようで、夜になると雷光がよく見える。そこでは一体何が起こっているのだろうか? これは長期にわたる観測が必要かもしれない。
黄水球の宇宙からの眺めはこれくらいにしておいて、俺はまず人工衛星を黄水球の赤道面に沿って設置していく作業をすることにした。ロケットの側面に取りつけたユニットから円筒形の人工衛星を取り出し、南北に立てるように二十個のうち十八個の人工衛星を等間隔で設置していく。残った二個は予備として取っておく。そして、この人工衛星が同じ距離を保ち続けるためのシステムを起動する!
「さて皆さん、いよいよ人工衛星の起動の時間です!」
俺は人工衛星の一つの北側に飛び乗り、腕はないが腕組みをするようにして叫ぶ。システムを起動すると一番近い人工衛星間に三本ずつ赤いビーム状のラインが次々に出る! これでこの黄水球が戦いのリングだ! 続いて俺は勢いよく腕を広げ、手を握って叫ぶ!
「それでは異世界ファイト、レディィィィィゴォーーーーー!」
まぁ、こう言ったところで熱い戦いはこの世界では起きようがないことはご存知の通りだ。ちなみにビームは人工衛星同士が一定の距離を取っておくため出ているらしい。ブロースが設計したのをただ組み上げただけなので詳しいことはわからないが、これで魔力がある限り黄水球に落ちることはないとのことだ。
『さて、これまで黄水球に戻ってくるのに必死で、地上の様子を確認してなかったんだが……これは一体どういう状況なんだ?』
『やっと戻ってこれたか……おかえり、ハゼル』
マルホスが返事をした。そして続けて状況説明に入った。
『ハゼルが飛んで行った後、あの爆発で未だに落ち着いてない衝撃波が黄水球を何週もしててね。いやー、魔王の庭が完全に吹き飛んだから、その塵のせいで地上はかなり薄暗くなってるよ』
俺がいなくなっている間にそんなことが起こっていたとは……いや、俺を宇宙空間に短時間で飛ばす威力の爆発だから、それくらいで済んだと思った方がいいのだろうか? しかし、どうやら黄水球は闇に覆われいる様子。これがファンタジー世界ならば、主人公が帰還して、そして世界に光を取り戻す戦いになることだろう。しかし、俺だとそんな大役は務まるはずがない。というか、闇に覆われているのは物理的なものなので時間がなんとかしてくれるだろう。
『あ? あぁ……宇宙から見てもひどい有様なのはわかるな。宇宙からの眺めはこうなっているが……どうだ?』
俺は宇宙からの眺めを魔導情報システム上で流す。
『あー、黄水球全体がこうなっているとは……しかし、宇宙からの眺めは何度見ても壮大なものだねぇ』
『あんな爆発があったんだ……仕方ないだろう』
『ああ、そういえば爆発の影響で元々小さかった陸地もかなり削られたよ。魔王の庭は、今は波が穏やかでほぼ円形の内海になってしまったよ。幸い、あの後すぐに魔力は戻ったから、早速みんなの実験場になっているよ』
もう実験場になっているなんて、この世界の住人は逞しいな。あんな災害にあったとしてもすぐに実験スタートだ。今になってその映像を魔導情報システム上で確認する。そこには波の穏やかな内海を利用して水上機の離発着の実験をしたり、船を作ってみたりしている住人たちの姿が……! なお、まだ黄水球を周回している衝撃波の影響で航空機の場合は飛んでいる最中に墜落したり、水上では技術的に未熟なために船が構造的に脆くて壊れたりしている様子が確認できる。他に気になる点は、雷がずっと鳴り響いている様子だ。よくこんな過酷な環境にいれるな……と、まぁ宇宙空間にいる俺が思っても仕方ないか。
『で、みんながいる辺りはどこだろうか? 宇宙からだと地上が見えないから見当つかないんだが』
『フッ、それは俺の装置の出番だな!』
ブロースがいきなり出しゃばってくる。ブロースの装置……観測のための人工衛星だから、こんな状態の黄水球でも地上を調べるための何かしらの仕掛けがあるようだ。
『位置を測定する機能を詰め込んでおいたんだ。これでこっちに戻るのも、前よりは楽になるはずだ!』
ブロースの言葉をそのまま当てはめると、所謂測位システムなんだろうか?
『俺にビーコンの機能を組み込んでおいた! これで大体の位置はわかるだろう』
自分にシステムを組み込んでいくなんて、ブロースは体張ってるなぁ……としみじみ思う。システムにアクセスし、試しにビーコンの情報を読み込んでみる。位置は分かったが条件が悪いところだ。
『あ、あの巨大な渦の中にいるのね……雷がひどいから厳しそうだな』
そう、あの特徴的な渦のほぼ真下にブロースがいるということになる。
『ああ、こっちはハゼルが飛んでいってから、ずっと雷がひどいぜ?』
『そうか……』
ホントにあの嵐の中にいやがった! 帰還するには覚悟が必要な様子。その前に魔王城の位置の探し方を確認しておく。
『そういえば魔王城の探索はどうなってる?』
『それもその装置次第ってとこだな……こっちで出来ることが限られすぎていてな』
魔王城の場所が特定できなければ、俺に魔法弾が飛んでくる可能性がある。ここは慎重にいきたい。起動してまだ間もないが、人工衛星に搭載されたシステムから様々な情報を読み取っていく。魔王城はあの時、西に移動していったことから、巨大な渦の西側に絞って探索する。視界では確認できないので他の探索方法を考える。理論は分からないが驚いたことに、上空から地上付近にかけての気温や湿度、気圧を測ることができるセンサーが取り付けてある。……しかしこれも空振り。
『ブロース、いろいろ俺の方でも探索してみたがサッパリだ』
『うーむ、他に何か方法が……魔力か? ああ、ほぼ魔力がないところがすぐにわかった。断言できないが……多分ここか?』
なるほど、魔力か……確かに魔王の庭では魔力が非常に薄かった。そしてその位置はというと黄水球の中心から考えて、渦巻の西のだいたい四十五度離れた位置であることがわかった。微妙に近いが……すぐ近くじゃなくてよかったと思うべきだろうか?
『ここかぁ……さて、どうやって地上に降りるかな?』
『何を考える必要がある? そのままダイブじゃダメなのか?』
『俺を何だと思ってるんだよ⁉』
『ハゼルなら大丈夫だろ? 月まで行ったくらいだしヘーキヘーキ』
月まで行ったというよりも、黄水球から飛び出るほどの衝撃を受けても耐えれたし、確かに問題はなさそうだと納得してしまう。問題は上空の気流がどうなっているかだが……まぁ、今回も出たとこ勝負とする。早速、月からの脱出に使ったチタン製のロケットの先端に搭乗し、宇宙空間の魔力を補給してから巨大な渦の中に飛び込んで行く。途中で問題が起きたら、墜落後に泳いで帰還することになるが、その時は……まぁ、頑張ろう。