導入編02
「ファファファ……」
死んだはずの俺に幽かな声が聞こえてくる。もしかするとこれは異世界転生前の神の声か⁉ これから転生先やらステータスやらスキルやらが与えられていざ異世界へ行かん! 興奮気味に目を開けるとそこには――。
灰色の肌をした天然パーマ気味のローブ姿の老婆の姿があった。まるでゴブリンみたいだ。そして辺りはかなり薄暗いので、必然的にその皺くちゃの顔が協調されてビビる。
「ヒェッ!」
異世界に関してはよく学んでいた俺でも悲鳴を上げるのは当然だった。むしろ誰もが驚くだろう。ここではあるかどうかわからないが俺の心臓によくない。
すると老婆はどこか驚くような表情と共に俺に向かって語りかけてきた。
「ほう……これは珍しい。精製魔水に意識が宿るとは……。さて……名前は何にしようか……」
どうやら俺は変な素材になったらしい。が、名前を勝手に決められる前に割り込む。
「おっ、俺、嶋村馳流って名前があるんすけど!」
なんとかこの空気を払拭するためにビビりながらも名乗る。さぁ、素材でも意識があるならスキルなりステータスなりがあるだろう! 早く力を寄越せ!
「……ぬ? そうだな……名前は……あー……ファゼルと――」
「――馳流です!」
「よし、ハゼル。と……」
どうやらこのババアはどうやら話を聞かない系らしい。ハゼルとか爆発しそうじゃないか。もしかするとイントネーションが変なだけかもしれないが。そう言ってババアは目を閉じながら俺に向かって手をかざし、少ししてから手を戻す。どうやら……ナニカサレタヨウダ。
沈黙が続き、特に何も起こらないので周囲を見渡す。薄暗いが、雑然としたゴミ……もとい、何かの素材のようなものや、器具や容器が置かれた棚があり、さしずめファンタジー世界の錬金工房の部屋のようだ。隅には目の前のババアが入りそうなくらいの大きさの箱がある。そして部屋の扉はなく、すぐに廊下になっているようだ。もうすでに異世界説がじわじわと現実味を帯びていくが拒否したい光景だ。
さらに俺の体を見ようにも視線を下げていくと一回転する。どうやら俺は液体の満たされた容器の上で空中に浮遊していることと、体が小さくなったのか、あるいは部屋がただ単にデカイかのような印象を受ける。そして体がない可能性という大問題が浮上する。手もなければ足もない。色々あったせいか不思議にも冷静になってくる。実は俺はまだ実体化していなくて、目の前の灰色ババアには声が届いていないという異世界転生前のアストラル体説などと考察し始める。その場合、この灰色ババアはモノに向かって喋っているヤバいヤツということになる。
そうこうしているうちに部屋の隅にあった箱がおもむろに開き、目の前のババアと似た、しかし体の色が青で全裸というこれまたそっと目を逸らしたくなる光景に出くわす。すぐに目の前の灰色のババアは手を青いババアにかざす。
「あぁ……次はヨー……ヨーマにするか」
「はい。私はヨーマね!」
青いババアはその容姿に似合わない透き通る声だった。見た目と声が合ってなくて混乱するが、どうやら名付けの瞬間に立ち会ったようだ。そして一人置いてけぼりにされている俺はどうしろと……。
「で、これから何をしたらいいの? これは何?」
と、青いババア改めヨーマは俺に指を差しながら言った。この先どうしたらいいかわからない俺には朗報だ! そしてかまってもらえた! 俺は間違いなくここにいるんだ! さぁ一体何がどうなってるのか説明してもらおうじゃないか!
「あぁ……名付けがうまくできないから組合……だったかな……? 名付けの登録に行ってきておくれ」
「わかったわ」
ヨーマと呼ばれた青い方のババアは箱の近くにあったボロ切れを手に取り勢いよく被る。どうやらローブのようだ。他にも見た目と違って機敏な動きで何やら準備している。どうやら何もされてなかったようだ。
それよりも、何もできてなくてこの灰色のババアも困ってたようだ。そして待ってた意味はなかったらしい。いや、状況を整理する時間だったと思うんだ。そしてすでに異世界で転生先だったというオチが待っていた。さらにひどいことにハゼルなんて名前を付けられるとか爆発する未来しか見えない。しかしまずは疑問をぶつける。
「えっと、まずバ……ゴホン、アンタは何者なんすかね? そしてここは一体……?」
「あぁ、放置してて悪かったねぇ。オレはねぇ……ヨーコさ。ここで魔王を倒すための材料を作っているモンさ。それよりこんな乙女にババアと言いかけなかったかね?」
「――違います! ば……ば、場所って言いかけたけどまず名前からだと思っただけです! そんな失礼なこと言いかけても考えてもいません!」
亜光速で反応する。弁明も早口になった。思わずババアと言いかけたがギリギリセーフだ。ファーストコンタクトでしくじるところだった。そしてヨーコさんオレっ娘かよ。
「あぁ、そうかい。そういうことにしとこうかい」
疑いの目をまだ向けるヨーコ。そんな目で見ないでくれ。どんな扱いになるのか想像するのがホント怖い。
さて、それよりも気になる発言が出てきた。
「それよりも、あー……魔王を倒すって言ってたけどどんなヤツなんですかね?」
「……よくわからんヤツさ。見たことはないね。出かけるついでにヨーマから聞きな」
「え、私も知らないけれど」
少しの間ヨーコは迷ったように目をあちこちに向けた後、出かける準備が整ったヨーマに丸投げするもののヨーマも知らないらしい。知らないで倒そうとしてるのかよ。蛮族なのだろうか。というよりもこいつらは魔王の尖兵にしか見えないが魔王とは対立しているのか……。それとも魔王は複数いるのか?
「じゃあヨーマ、この新手の精製魔水の登録、頼むよ……名前はこれに書いてある通りにハゼルでな!」
考えている間にヨーコはヨーマに手のひらサイズのカードのようなものを手渡す。名前は前世の名前を引きずっていても仕方ないと、この際諦めることにする。
「よろしくね、ハゼル」
「はぁ、わかったよ。ヨーマさん……だったか?」
「ヨーマでいいよ」
ヨーマは多分笑顔のつもりなんだろうけど、俺から見るとこれから邪神に生贄を捧げそうな邪悪な顔にしか見えない。容姿に声が合ってないのが絶望的だ。もしゲームやアニメに登場したらクレームをつけるレベルだ。
「よし、これに……アレしておくから運んでいきな」
どうやらこの異世界でも『コレにアレ』は有効らしい。
「ところで……やっ、いいもの見たね? オレらが生まれてくる瞬間なんてそうそう見れるもんじゃないよ!」
おもむろにヨーコは俺に近付いて小声で語り掛ける。理解したくないが状況を察するにヨーマは生まれたてらしい。知らないうちにこの世界の生命誕生の瞬間に立ち会っていた。
意識が審議拒否で停止しているうちに、俺はそれほど深くない円筒形の透明な容器に入れられていた。容器はヨーコの頭くらいの小さいサイズだ。やはり俺が小さくなっただけのようだ。上が開いているし俺自体が浮遊しているので出ていくのは楽かもしれないが大人しくしておく。
透明な容器に入れられたことによって俺の体が薄っすらとわかる。浮遊している黒い靄のかかった球体にハッキリとわかる目のような光る光点が二つ。片目を閉じてみると光点が一つ暗くなる。なんなんだこの体……自分ながら怖い。
「じゃあ、暗くなる前に行こっか」
「お、おう……で、どこに行くかわかるのか?」
自分の体のチェックをしていたところに、いきなりヨーマから声をかけられて一瞬どもる。
「そりゃ、ヨーコ母さんの記憶でわかるよ?」
「えっ、そういうもんなの⁉」
「えっ、むしろなんで知らないの?」
「えっ」
「えっ、ホントに知らないの? 怖い」
これ以上は「えっ」の応酬になるのでやめておく。どういうわけかここの連中は記憶をコピーする技術を持っているようだ。なんという便利な生物なのだろうか。
「とりあえず黙って運ばれておきな!」
ヨーコに注意されたので大人しくしておく。運ばれるうちに聞きたいことを整理しておこう。
さて、召喚……でいいのかわからないがこの異世界に誕生した部屋を、容器に入れられた状態でヨーマに抱えられ後にする――扉がないから部屋というより空間が合っているかもしれないが、それはこの際置いておくこととする――と、いきなり外というわけではなく通路となっている。なんだか窓は小さく高い位置にあるし、壁や床は黒くて色味はないが、構造だけは小学校の廊下みたいだ。そして他にも部屋があるらしいがヨーマは真っ直ぐ明るい方へと歩いていく。
どういうわけか廊下はあったがまたしても扉はなく、すんなりと外へ出る。出入り自由なんだろうか。防犯対策はまるでないようだ。それともこの世界ではダンジョン暮らしになるのだろうか?
灰色はヨーコ、青色はヨーマ、出すつもりはないけど緑色は〇ーダ…