帰還編02
紆余曲折を経て、月になぜか来てしまった俺もどうかと思うが、月から黄水球への帰還という難しいミッション……しかもブロースからのおつかいの人工衛星付きという重要なことを成し遂げなくてはならない。一応、ブロースとヘイルバルからの提案が来たが、確実に帰還する技術を確立するにはどうしても時間がかかってしまう。ではどうするか?
「フム……ならば……俺も行き当たりばったりでいくしかない!」
とりあえず、俺たち魔物には重力が作用している。つまりこの地球圏ならぬ黄水球圏には留まっていられるはず。宇宙空間に出た後は、宇宙空間に満ちている魔力で軌道修正をするという筋肉思考で計画を進める。この月の重力加速度は測っていないが、多分……というより絶対に黄水球よりは低いはずなので、アレックスに散々背負わせて実地試験をした、ロケットエンジンを応用することにする。
まずはその辺にある地殻から、魔法で磁石で砂鉄を取るように華麗にチタンを収集し、単体にして俺が入るような穴が一ヵ所開いている容器を作り上げる。まるでタコ壺みたいな外観を持ちつつも、メタリックでどこかモダンな雰囲気の壺が出来上がった。まぁ、入るのはタコじゃなくて俺なのだが……それよりも、この壺はいいものに違いない!
「おお、俺よ……! コイツで黄水球まで帰るんだ……! この壺は……いいものだ……!」
思わずテンションが上がって呟いてしまう。そういえば、研究に夢中で今まで家無しで暮らしてきたので、帰還したらこんな壺を作って住処にするのもいいかもしれない。その場合、タコ壺ならぬ爆弾壺となるだろう。もしもゲームだったら、プレイヤーが壺を調べたら俺が出てきて戦う羽目になる……つまり俺はお邪魔モンスターか裏ボス枠だな。初見殺しは間違いないだろう。
さて、そんな話はどうでもいいので、そろそろ真面目に帰還する準備をする。穴がある方を下にして、この中で俺が少しずつ爆発して衝撃を月面に当てて風の影響がなければ月の重力から脱出できるはず。
『おい、ハゼル! 俺の案はどうなった?』
と、ここでブロースからの横槍が入る。
『いやー、念のためにマルホスに聞いたら、やっぱ問題だっていうから……』
『そこをなんとか押し通せよ』
『そんなの押し通すなよ……』
なぜ、こんなにブロースはどこかのワンマン社長のように強引なのだろうか? いや、マルホスの情報によるとコイツだけじゃなかったな。この世界の誰もが多少はそういう傾向があるので何とも言えない。
『とりあえず……似たような素材はヨーコが開発してたんだ。魔力で覆うんじゃなくて普通の物質で作る方法がな。今のところ、そっちを採用する予定だ』
『ほう、同じような発想に辿り着くヤツもいたのか。じゃあ、それでいいか』
『あれぇ? あっさり引くなぁ……』
案外、引くのが即行だったので困惑する。ブロースならもっと粘るのかと思っていた。
『まぁいいや、俺はこれから帰還の準備を続けるぞ』
『ああ、早く帰ってきてくれ! ま、こっちはひどい状態なんだがな』
『む? ひどいって?』
『帰ってくる時にわかるだろうよ。今は準備に集中しとけー』
『そうか……わかった』
ブロースが言った、ひどい状態も気になるが……今は月からの脱出に集中する。
ふと、タコ壺という形のスラスターを見て気付く。
「俺が中に入ったら、どっちに向かってるかわからなくなるじゃねぇか……全然いい壺じゃねぇな」
ということで素直に、あれほどいい壺だと言っていたものを円筒形……あるいはパイプ状に作り直して、俺が一番上に来るようにする。顔の部分だけ出るようにして向きの調整と魔力供給を兼ねることにする。今までのブロースやヘイルバルの作品もゲテモノ揃いだったが、俺もその仲間入りになった瞬間だった。推力を一番上のショックコーン部分で得るロケットなんて、俺も少しどうかと思うが仕方ない。そして人工衛星はというと、ロケットの横にユニットとしてくっつけることとする。もちろん剥き出しではいけないので、ヨーコが開発したクッション材を大量に作る作業に入る。
クッション材の材料は主に炭素で出来た……というよりは、どういうわけかカーボンナノチューブで出来た糸くずを大量に作る方法だ。なんというカーボンナノチューブの無駄遣いだろうか。前世だったらこんな贅沢な使い方はしないだろう……しないよね? まぁ、今はその辺は考えないこととして、月の地殻からチタンではなく、今度は炭素を取り出しカーボンナノチューブに加工していく作業をする。そんな作業も小一時間ですぐに出来るのも魔法のおかげだ。作業を終えてからふと呟く。
「うーむ、方向調整って手二つで足りるかなぁ?」
月に魔力があっても誰も使わなさそうなので、魔力を今まで限界だと思っていた以上に吸収してみる。出来れば足が欲しい。さて、どうなるか?
「あぁ、うん……手が四つに増えたぁ……」
なんとお得なことに、自由に使える手がもう二つおまけでついて四つの手が出た。まるで通販番組みたいなお得感だ。これでこれから俺の姿は、光る二つの目を持った黒い靄の球に四つの手が浮かんでいるという、すっげえキモイデザインになってしまった。ゲテモノロケットの次は、俺自体が更なるゲテモノ臭溢れる生物になってしまった。今は後悔している。しかし、こうなった以上は仕方ないので、開き直ることにする。
次に人工衛星を入れるための容器を作ることにする。月の地殻からチタンを更に採取し、同じ形の五つの円筒形にして、人工衛星を四つずつ入れたユニットにすることとする。人工衛星を入れたユニットの中は、クッション材でどこかの宅配業者が投げても全く問題ないくらいにしっかりと梱包作業をする。これを立てたロケットの側面に五つのユニット全てをくっつけて最終調整をする。
「ヨシ! まぁ、何か問題あってもやり直すだけだ……今回はこんなもんだろ」
言ってみて、かなりこの世界に毒されてきた感じがする。俺、前はこんな雑な設計なんてしたことなかった気がするなぁ……。この世界ではほぼ死ぬ危険もないので仕方ないことなのかもしれない。
次に黄水球がある方向を確認する……が、ここで思わぬ誤算が生じた。俺が月に衝突した時、確かに黄水球が見えていた。しかし今はどうだ? 頭上を見ると晴れ渡っているにもかかわらず、広大に広がる宇宙空間がそこにあった……夜なので遠くの星の瞬きが見える。この月はどうやらずっと同じ面を向けているわけではないらしい。
「こりゃ、参ったなぁ……そのまま飛び出してたら明後日の方向に行ってたかもしれないな」
俺は仕方なく、黄水球が見えるまで打ち上げを延期することにした。そして、その時を今か今かとしばらく待っていると、地平線から雲で覆われた黄水球が見えてきた。今度こそ打ち上げだ。ロケットの先端に搭乗し、爆発の力で打ち上げる。風は少し黄水球が見える方向から吹いてきているのが気になるが、お祈りするしかない。
「速攻魔法発動! 魔力を一割墓地に送り、『爆発しろ』!」
ほぼ垂直に打ち出されるロケット。四つに増えた手で少し風の向きと合わせることで、風の影響はほとんどないくらいに真っ直ぐだ。これでまた魑魅魍魎が跋扈するあの世界に戻ることになる。このまま月でこの世界を眺めるのも乙なものだったのかもしれないと、打ち上げた後で少し後悔する。とは言え、月で一人……孤独な世界というのもボケそうなので黄水球への帰還を続ける。大気が薄いことと、もともと月の重力は弱いようで、すぐに宇宙空間に出る。黄水球がある方向は正面からずれているので、黄水球へと軌道修正を何度もすることになりそうだが、宇宙空間に魔力は満ちている。元からガバガバな計算で打ち上げたんだ……何日かかけてゆっくり向かおうじゃないか。人工衛星の位置調整もあるだろうし、黄水球に突入するのもかなり時間がかかるだろう。魔導情報システム上で帰還することを伝える。
『なんとかなった! これからそっちに戻るぞ!』
今回出てきた爆発の衝撃波による推進方法である、デトネーションエンジンは最初からどこかで出す予定でした。最近(7月27日)、このJAXAがデトネーションエンジンを搭載した観測ロケットS-520 31号機を打ち上げていたので便乗しました。