勇者編01
全然考察してないのでサブタイトル変更です。内容に変更はありません。(変更日:8/20)
少々靄っているが、赤茶色の大地に朝日を浴びて伸びる二つの影。一つは黒い靄の本体にケーブルを接続し魔王の庭を進む俺。そしてもう一つは俺の後ろでタンクとケーブルを設置して俺の魔力補給に尽力するブロース。ブロースはタンクを設置するたびに戻り、また別のタンクを持ってきて設置しケーブルを繋ぎ直す作業をしている。おかげで俺の魔力は今のところは常時フルパワーを維持できている。
『ヒョーッ! 魔王の庭ってこんな感じなんすねぇ!』
『ハゼル、もう少し早く進めないのか⁉』
『いや、もっと慎重に進んで詳しくデータを取るべきでは?』
さすがに魔王議論は中断し、魔王の庭内部の様子に沸く魔導情報システム上で、全員参加型の脳内会議が開催されている。物理的にはほぼ一人旅のはずなのに非常に騒がしい。
『オイオイ、一度に正反対の指示を出すのは勘弁してくれ。誰がなんと言おうと俺はこのままのペースで行くぞ』
『そうだぞ、タンクとケーブルのチェックをしてる俺の負担も考えてくれ』
いつも適当なブロースがチェックしていること自体が不安なのだが、他に適任はいなかったのか今考える。そしてふと、全員でかかればよかったのでは……と気付く。
『おい、ただ会議してるだけじゃなく……誰かブロースを手伝ったらどうなんだ?』
『すまない、僕は魔王探索の方法を探してて忙しい』
『俺は兄貴の精製魔水作るので精一杯っすよ』
『生憎、私は研究中よ。今問題解決中なの』
『おっさんも毛が空いてないな』
考えていた以上に芳しくない返答が返ってくる。今日に限ってなんで……と思うが、そもそもコイツらはいつもそうだった……個々の研究や実験で団結して何かに挑むってことがなかった! むしろ今の状態の俺、ブロース、アレックスの三人も一つのことに協力することが初めてじゃなかろうか。コンセプトの考案から設計開発、材料の確保と加工すらワンオペがこの世界の標準だった。経済が回る気配すらないし、もちろん物々交換という概念すらない。情報は共有されるが俺のものはみんなのもの、みんなのものは俺のものでもあるという有様だ。
『ああ、そういやそうだったな。ブロース、魔力切れには気を付けてくれよ。俺の命がかかってるんだ』
『もちろんだ! 俺もこんなところで倒れるわけにはいかないしな』
俺の後ろに次々と直線状に設置されていくタンクとケーブル、そしてそれを調整し点検するブロースを背に、俺は進み続ける。オレンジ色の空と赤茶色の大地、この世界に来てからの地面というと、いつもは暗い大地なので違和感を感じる。魔王城があった中心まで残り四分の一、すり鉢状に陥没した大地が目と鼻の先にある。しかし進んでいくに従って自分の魔力が徐々に少なくなってきていることに気付く。手が消え始めたのだ。視覚化できるのでさすがの事態に焦る。振り返りタンクとケーブルを確認しつつ、かなり離れた位置にいるブロースに注意を促す。
『おい、精製魔水がどこかで漏れてないか? 何かおかしいぞ……魔力が減ってるみたいなんだ』
『へ? どこも問題ないはずだが……変だな? それに俺は今のところ問題ないぞ?』
『兄貴ー、俺はしっかり作って送ってますぜ?』
『ホントに何かがおかしいんだ! 一時中断して戻ることにする!』
『うーん、タンクとケーブルは問題ないぜ?』
『ここまで来て引き返すなど勇者の恥さらしよ……』
『あと少しなんだし進むしかないだろ! 前進あるのみ!』
『貴様の勇者魂はその程度のものなのか!』
魔導情報システム上で煽られるが、とにかく何か不審な時は一時中断で戻って確認する。俺の実験方法の鉄則だ。他のヤツらみたいに単純ミスはしないためだ。時刻はまだ昼にもなっていないが戦略的撤退をすることにした。
すぐにブロースと共に魔王の庭外縁部へ退避する。魔力を補いつつ、違和感の正体を魔王の庭に入ってからの記憶を基に、その場でブロースとアレックス、そして手は空いてないけど考える余裕はあるヤツらと共有する。もちろん俺もいつから異変が始まったかを脳内再生する。こういう時に脳内再生余裕でしたができる魔導情報システムは素晴らしい。そういえば再生どころか逆再生も余裕だ。
『俺は一番最後のあたりから遡っていってみる。それぞれ手法は任せる!』
そう言って俺は脳内再生ならぬ脳内逆再生を開始する。問題は魔力量だから魔力量の値を、と思ってから初めて気が付く。この世界、魔力を測る単位がない!
いや、単位で思い出す……魔導情報システムがあるからこそ全員に感覚が共有されるから単位っていう概念がない。「これくらい」がそのまま伝わるからこその弊害だった。そして魔力はそこにあって当たり前のもの……「魔力を単位化? あって当たり前だから、する必要なんかないじゃないですか」という答えが返ってきそうだ。距離は巨大なものでもそれぞれが指の間なり歩幅なり、それこそ魔力でそれと同じ長さの棒を作るなりすればそのまま伝わる。今まで魔法を使って力業で研究してたツケがここで明らかになった。そもそも問題は原子レベルで見れるヤツがいるのと、歴史が浅いせいだ。そこに超便利すぎて他が霞む魔法が組み合わさり、こうして今に至る。
「そもそも体内の魔力ってどう測るんだ……」
思わず呟いてしまったほどに参った。ゲームならマジックポイントとして可視化できるが、そんな親切設計にはなっていない。心折ってくることはこの世界では余念がないことは俺がよく知っている。何でもいいから魔力の単位……この際センチとかガロンとかでもいいから何かあるか考える。いや、体内の魔力密度なんだから魔力毎立方センチとかが適当か……? もちろんこの世界にメートル原器がないので困り果てる。
「よかった。俺もそう考えていたところだ」
「俺だけじゃなかったんすね!」
ブロースとアレックスの援護があってよかった。三人寄れば文殊の知恵、多分解決へと向かっていけるだろう。しかし焦ってはいけない……ここで単位を統一しておかねばならない。あの憎きヤードポンド法を作り出さないようにするためだ。いや、もうこの世界では各々が好きな単位を使っているから時すでに遅しだった。あの半年かけて完成したと思われている気象システムも、ガワだけは完成したが実はまだまだ大雑把な出来だ。圧倒的に計測の経験が足りない。
『手が消え始めたタイミングはわかったが、これはどう表現したらいいのかわからんね』
『魔力の尺度を作るべきでは?』
魔導情報システム上でも議論されている。これで単位への道筋が――。
『じゃあ魔王の庭に入った時の魔力量を一ハゼルとして……最後のあたりはゼロハゼルに近いから実質、ハゼルは死んだのでは?』
『なるほど、一理あるな』
――いきなり不穏な話になった。まだ俺は生きている。三人寄れば文殊の知恵を超えて、船頭多くして船山に上るになりつつある。
『おい、死んだことにするな! こうしてまだピンピン生きてるだろ!』
一理もないだろ……一かゼロかしかない尺度じゃイカンでしょ。
『では、まず魔力の数値化をするとしましょうか』
みんな……いや、俺の頼れる裏ボス、ディレクシオが軌道修正する。さっすがー、ディレクシオは話がわかるッ!
『魔力をまず最初の状態を百として百段階で考えましょう……厳密には端数が出ますが、今はゼロにならないように切り上げることとします』
『じゃあ……一番減った時点は一番接近した……三十五だな』
せっかく軌道修正してくれたので即便乗、そのまま一番減った時の数値にして当てはめる。
『……かなり減ってるな。これは対策が必要だがどうするかな? 減り始めたタイミングは……ここか』
脳内再生で減り始めた地点を割り出す。距離の尺度がないから表現が難しくて映像を出す。時間は気が付いて声をかけた十分前。相当早く減っていることがわかる。
『魔力は問題なく送られてきている。こんなことってあり得るか? もしかしてあの穴に近付くと魔力が霧散してくのか?』
「じゃあ、兄貴も魔力不透過性物質で覆ったらいいんじゃないっすかね?」
アレックスが俺の改造計画を持ち出す。
「そりゃ名案だ! よし、すぐにハゼルの本体に合わせた球体と手の装甲を作りにかかるぞ!」
「あ、待て……」
「待つわけないだろ? こんな楽しそうなことがあるのによぉ! なぁに、材料はもう揃えてある!」
いつになくノリノリのブロースも乗ってきてもう手が付けられない状態となった。いつ材料を調達したのかはわからないが、目を離した隙に魔力不透過物質が大量に詰みあがっている。こうして俺がフルアーマー化を施されることが決定したのだった。エネルギー供給ケーブルに繋がれ、重装甲化される俺……一体この世界で俺の姿はどこへ向かっていくのだろうか。