考察編05
┗衝撃┓三3
その魔王城失踪の情報は、全員に衝撃を走らせた。この世界の有史以来、ずっとそこにあって当然と思われていた魔王城が浮遊し、そして変形して遥か彼方の海の向こうへと飛び去ったというのは、この世界の住人に常識を覆すインパクトを与えたのだった。俺からするとこの世界の技術者たちのビックリドッキリメカには驚かされてきたが、もっとすごいビックリドッキリメカが魔王だったというのは俺にも少なからず衝撃を与えた。
このことから魔王という存在そのものへの、多くの憶測や推測が出され議論された。
ある者は魔王城は装置であり魔王はそれをコントロールしている存在であるという従来の説を突き通し、またある者は魔王城も一つの生命体説を唱え、またある者は魔王こそ我々を作り出して管理している存在だという説、果てはこの世界の意思そのものとかいう訳のわからない説など、それぞれ言いたい放題なカオスっぷり。その議論は現在進行形で今までになかったくらいに白熱している。俺はまだ学生だったからわからないが、前世においては会議は会議室の机の上でブレイクダンスするもののようだが、それは同じようでこの世界でも会議は踊り、論議のネタは尽きない。
「魔王のこと、兄貴はどう思うっすか? 俺はやっぱ魔王は予測されてるけどまだ観測されてない、反魔力って説が心躍るんすけどねー」
「ん? そんなことよりまずは魔王城を探す手段を考えるべきだろ? いや……そもそも探す必要あるのか? このままのほほんと暮らすのもいいんじゃないか?」
ふと、魔王城は気にせずに仕事どころか食事すらいらないスローライフを考える。この世界では魔法で大体のことが片付いてしまう。やることがない……暇で暇で、そのうち暇を持て余して異世界を求めて死ぬヤツすら出てきそうだ。もしかすると前世で出来なかったこともこの世界では可能かもしれない。可能性があるのに捨てるのは失策だ。俺はまだこの世界で遊べる。
「おっと、失言だった。うーむ、何か手掛かりになるものがあるかもしれない……今まで魔王城があった場所で調査っていうのもアリか?」
「あー、あの陥没してる場所っすね」
そうなのだ。議論しすぎていて誰も魔王城どころか魔王の庭へ調査しに行っていない。と、いうのも魔王の庭はどういう理屈か不明だが、現在魔力がスッカラカンの状態で俺たちには厳しい環境だ。調査に熱中しすぎて魔力切れという最悪の展開もあり得る。ほぼ常時吹いている西からの風によって空気中の魔力が運ばれ、時間さえ経てば解決しそうだがいつになるかは全くわからない。誰も行きたがらないから議論しているのか、それとも議論に熱中していて調査を忘れているのかは俺も鶏が先か卵が先かに陥ってしまう。
「まずは……そっちも調査方法の模索からだな。魔力に頼らなくてもいいものの開発も考えるべきか……?」
「魔力以外で何を動力にするんすか?」
「あー……ほら、化学エネルギーとか電気エネルギーとか……」
そう言ってから気付く。この世界では全力で魔力に頼りきりだ。俺が今言ったのは魔力以外は非効率だと結論が出たためあまり進んでいない分野だ。しかし何かに使えるかと非効率でも研究しているヤツはいる。気は進まないが心当たりがあるので様子を伺うことにする。
『ヨーマ、突然ですまないが、そっちの研究はどうなってる?』
『随分唐突ね。もちろん順調よ』
俺のこの世界でのセカンドコンタクトの相手、声だけは綺麗なヨーマだ。そしてヨーマは魔力がなくなった時に備えて魔力の代替方法を模索している数少ない研究者だ。
『魔王の庭と魔王城跡を調べたいんだが可能だろうか?』
『うーん、そっちにはまだ使えないかも』
『そうか……参ったな』
『私が研究中なのは分子機械であって、そこまで大きなことはできないもの』
『うん? な――』
『話は聞かせてもらった! なら魔力を線で運ぶっていうのはどうだ?』
分子機械とは何だと聞こうとしたが、突然ブロースが割り込む。さすが変態という名の変態だ。思考回路が矮小な一般人の俺とは違う。
『ふむ、調査方法をもう少し詳しく』
『誰かに魔力不透過性物質で出来たケーブルを繋ぎ、魔力を精製魔水で常に供給する! これなら時間を気にせずに調査も進むだろう?』
『確かにな……なるほど』
確かに理には適っている。問題は誰が行くかということだが……。
『で、誰が行くんだ?』
『魔力は精製魔水にして送るんだ。行くのは相性のいいハゼルに決まってるだろ?』
墓穴を掘るとはこのことか……俺には「はい」か「任せろ」か「わかった」しか選択肢がない。
『ああ、行くよ! 俺が行けばいいんだな!』
退路は完全に塞がれた。敢えて四つ目の選択肢、快諾するを選択する。
『じゃ、俺は兄貴の精製魔水の供給係になるっす』
『俺はケーブルを作る。もちろんその辺の岩に擦っただけで切れるようじゃない、頑丈なヤツを作り上げるぜ?』
こうして俺は勇者もどきとなることになった。この世界では元々誰もが勇者になれると考えれば俺にお鉢が回って来ただけともいえる。とは言え、魔法のようにそうすぐに長いケーブルは出来ないだろう。耐久試験なんかを考えると半年くらいは猶予があるだろう。
『あ、ケーブルは魔王の庭に複数設置して冗長性を高める。後、途中にタンクを設置するから数日もあれば準備できるぜ!』
そんな予想を砕く恐怖の計画がブロースから宣告される。
『ああ、うん、わかった』
もうどうにでもなーれ。少なく見積もって半年の猶予が数日に短縮された。つまり俺の心の準備も同じ期間短縮された。
『それまでに俺は精製魔水作り続けておくっす。様子はバッチリ見守るんで安心して行ってきてくださいっす!』
俺とアレックスの立場が研究者が実験動物に、実験動物が研究者へとこの時をもって逆転した。誰だよ……魔王城の跡調べようって言ったヤツ。
その後、数日間は無心になってブロースから渡されたケーブルに弱点がないかを調べる毎日が続いた。必死になって岩に擦り続けたり、これ以上ないくらいに引っ張ってみたり、もはや打つ手がなくなると俺のミニモデルを作って中で爆破したりと考え得る全てのテストをしていったが、問題は出るたびに即座に改良され、実践投入できるレベルになってしまった。他にもブロースを含む複数の目でチェックしたが不具合は見つからず、ついに決行日になった。
「じゃ、行ってくるぜ」
「おう、気をつけてな」
「兄貴、魔力のことは任せてくださいっす!」
俺は本体の黒い靄にケーブルを接続し、ケーブルやタンクを抱えたブロースと共に魔王の庭に侵入する。アレックスは魔王の庭に入らずに、その場でじゃんじゃん精製魔水を作る。もちろんケーブルやタンクの設置でブロースも途中までは一緒になることも多いが、最終的に魔王城の跡に入るのは俺一人となる。幸い魔導情報システムにより、今でも脳内で会議が躍っているため実質一人旅という訳ではない。むしろ脳内だけが賑やかすぎるくらいだ。
進んでいくにつれて、ゴツゴツとした暗い大地から赤茶色の滑らかな大地へと変わっていく。すぐ後ろではブロースがタンクを設置している。今のところ問題はないのでケーブルを引きずりつつ俺は進んでいく。
『ハァ……魔王城がないから当たり前だが、魔法弾は撃たれないな。魔力がないこと以外は平和なもんだ』
『おう、タンクの設置とケーブルの保守点検はバッチリしてるからドンドン進んでいいぞ!』
あのいつもは適当なブロースから保守点検という言葉が出る末期状態。正直、誰かに押し付けて帰りたいが、役目なので仕方なく赤茶色の荒野を進む。精製魔水は滞ることなく流れてきているので活動限界時間は無限。幸い地面は滑らかなので、俺は真っ直ぐ魔王城のあった陥没した場所へと向かうのだった。
次回調査パートとなります