考察編04
ヘイルバルによる、勇者を魔王城に打ち込むという『勇者砲』は爆発の制御の問題と、発射後の弾道の不安定さ、そして風の影響を考えられていなかったということの三つの点に指摘がなされた。これによって空気中の流体力学と天気の重要性が話し合われた。
そのため空気中のものの動きを研究する者たちが現れた。なにせ、この世界では空を飛ぶ生物がいなかったのだ……。これは飛ぶという概念の話し合いから始まった。ちなみに俺みたいに浮遊する魔物もいるがどういうわけか物理法則を無視して浮遊している。様々な観点で実験されたが、その場に浮遊するだけなら地面から少し離れて浮遊、そしてその高度で移動できる。そのことから空中に空気力学的な影響を受けて浮遊しているのではなく、魔力で浮遊しているように見えているだけという結論に至った。
さらに気象システムの構築が始まった。その天気予報のシステムを作り上げるために何が必要かと言えば、各地の気圧や風速や湿度、そしてこの世界特有の魔力密度の情報で、魔王の庭を囲むように測定地点が数十ヵ所も設けられた。この時点で天気の重要性が考えられてからほぼ半年近くの時間が経っていた。魔王城攻略も一時中断しての総動員体制での調査や作業だったのでこの短期間で仕上げられた。
そして、それからさらに半年後にヘイルバルが最初に発射した、あの行方不明になった勇者が戻ってきた。その勇者は発射された後そのまま上昇し続けて宇宙空間に飛び出し、たまたましばらく星の周りを何週も回った後、時にはスイングバイしつつも魔法で無事再突入をして海に墜落したという。この世界で初の宇宙空間に飛び出した物体はロケット等の機械ではなく勇者になった。実際、この世界では勇者は鉄砲玉扱いだから問題はない。
しかし驚くべきことにその勇者は、魔王城の気配を感じとれるように、そして水中を泳ぐように自己進化を果たして泳いで帰ってきた。見た目は発射された時の球体からガラッと変わり、上半身は人で下半身だけ魚みたいになっていた。偶然の産物でこの世界で人魚が誕生したが残念ながらかわいくも美しくもなく妖怪の仲間入りだ。その勇者の体験により、さらに気象システムは宇宙からの測定という視点が考えられた。この星の宇宙からの様子が明らかになったからだ。
俺も帰ってきた勇者のその記憶を垣間見たが『この星黄ばんでるなぁ』という感想が出るくらい黄色かった。そして陸地が魔王城とその周りに少ししかない水の惑星だった。その勇者同様俺も、厳しい環境に晒されれば体が変化する……と思ったが、少しだけ墜落後の様子を追体験したらそんな考えは吹き飛んだ。あんないつ変化するか、どう変化するかわからない苦行は俺には無理だ……俺の存在がさらにおかしくなる可能性すらある危険な行為だった。
そんな魔物の可能性を知ってしまった今日この頃、俺は転居してからずっと思っていたんだ。俺の癒し兼助手的な存在が欲しいと! もちろん癒しがほぼ十割である。
そんな訳で早速、肩書きが『魔導管理局登記記録課』であるマルホスに相談を持ち掛けることにする。今現在、マルホスは特にやることがないので魔導管理局で暇そうにしている。魔導管理局のラボで新型生命体の創造もできて、ついでにすぐに登記もできる! 適任としか言いようがないだろう。
「突然だが、俺の助手が欲しい!」
朝早くから魔導管理局のラボにて、暇そうにしているマルホスに、本音を隠して相談する。
「いいんじゃない? でも問題は誰も適任がいないってことかな。新しく作り出すっていう方法になるけどいいかい?」
その言葉を待っていた! 誰があんな常時百鬼夜行状態の魑魅魍魎と一緒に行動できるか! 俺はここぞとばかりに今まで考えてきた計画をマルホスに伝える。
「もちろんいいぞ! で、形なんだがな……」
俺はクリエイトを駆使し猫を作る。クリエイトは万能に見えて実はそうでもない。記憶の中で印象に残っていて、しかも立体じゃなければ失敗する。少し前にそういえば……とアニメのキャラをクリエイトで作ろうとしたら細部がわからなくなって躓いたり、作画の違いにより不整合が出たりして失敗した。二次元だとイカンということがわかったので今度はフィギュアならいけるはずだと思ったが、印象に残ってるかわいい女の子のフィギュアがなかった……俺、そういえば前世でロボットのプラモしか組み立ててない……。そんな訳で若干近いであろう、子供の頃近所にいた白い猫を再現した。
「これを人型してほしい。顔はヨーコから皺とったみたいにツルツルにしてな!」
そうだ、俺はこの世界に来てからずっと飢えていたんだ……萌えキャラにな!
「うん? これを人型に⁉」
なぜか驚くマルホス。詳しくは聞いてないけどお前の前世にも多分そういうのあったろ?
「おいおい、想像上でもそういうキャラっていなかったのか? そういやマルホスって前世はどんな姿だったんだ?」
「え、僕は前世はこんな形してたけど」
すぐにマルホスが前世の姿をクリエイトで形作る。そこにいたのは――。
「うん? お……え、ああ……スマンな、俺とは全然違う文明だったらしいな」
――星形の海の生物、ヒトデだった。ヒトデ文明はゲーム上ではありえたが、まさか実在したとは思わなかった。この世界に来てから俺の中での、もはや八百万になった七不思議がまた一つ増えた。
「まぁ、それはいいや。……で、俺のこの案は実現できるだろうか?」
猫のフィギュアをつつきながら聞く。難しい顔をするマルホス。
「うーん……やるだけやってみるけど時間が欲しい。しっかりとイメージしないとおかしな生物になるからね」
「そうだな、俺みたいにな」
「ハゼルはそこまで……いや、慰めの言葉が思いつかなかった。すまない」
俺がこの世界に来て一年、もう諦めたことだ……もういいんだ……もう肩を落として落ち込むネタじゃないんだ……そう思い込まないとこれから先へ進めない。
「ゴホン……とりあえず、さっきも言ったようにイメージを固めるために時間が欲しい。少し待ってくれ」
「わかった。俺はこれからまた実験だから後はよろしく!」
ここは大人しく待つことにする。俺にはどうすることもできないので、そのまま安心と信頼の魔導管理局を後にする。実はあの行方不明になった勇者が帰ってきてから、俺はロケットエンジンの開発のため多忙になっている。理由は二つで、一つは重力を振り切り、宇宙に進出するための手段として有力視されているのと、二つ目は魔王城攻略再開のための推進力として利用だ。自分でもやらかしたと思ったが、俺の肩書きは『爆発研究部長』だ。どうしたら精製魔水から効率的な爆発が得られるかのデータ取りに追われている。待ちきれないヤツらには、俺の性質と外見をそのままコピーして酷使している者もいる。記憶……というより意識のコピーはできなかったため、ただの研究材料……そう思えば特に思うことはない。
そうしているうちに数日経った。まだか……まだか……とソワソワしているとマルホスから連絡が入る。ついにこの世界に絶望的な、進化の袋小路に入っていると思われる見た目から解放されると喜び勇んで、俺はデータ取りに忙しいためマルホスに連れてきてもらう。肩書きは助手として普通に『爆発研究部員』、名前は中性的な『アレックス』とした。会う直前までワクワクするために姿は見ないことにしていた。
「やあ、『爆発研究部員』の『アレックス』を連れてきたよ」
マルホスの後ろには、ぶかぶかなローブ姿でフードを目深に被った人型の生物が着いてきていた。胸部が少し膨らんでいて期待に胸が高鳴る。そしてアレックスはフードをゆっくりと取り、顔を見せて挨拶する。
「よろしくっす。兄貴!」
そこにはサングラスが似合いそうな、いかついニーチャンがいた。猫耳も付いてないのが救いか……いや、注文と少し違うような?
「ん? よ、よろしく。……おい、マルホス、なんか俺の思ってたのと違うんだがどういうことだ?」
マルホスに勢いよく取りついて尋問する。
「え、注文通りでしょ? アレックス、変形してみてくれ」
「了解っす!」
そう言ってアレックスはローブを勢いよく脱ぎ捨てる! 胸部には猫の頭部があり、そっちに猫耳がついている。人型の頭以外の体全体はふさふさの毛で覆われている。それより変形って何だよと困惑しているうちに、アレックスの頭部が胴体に収納され、俺がクリエイトで作った猫の姿に言葉通りに変形していく。
「注文通りにあの姿から人型にしたけどどうだい? よく考えたと思わないかい? 完璧でしょ」
「お、そうだな」
「それじゃ、僕は戻るとするよ」
俺は「違う、そうじゃない!」と帰るマルホスの後ろ姿に向かって叫びたかったが、ぐうの音も出ないので抑えた。思い出せば確かに『猫を人型にしてほしい』と注文をつけていた。俺も確かに変形ギミックは好きだ。外注に任せてしまったということも含めて全部俺の発注ミスのせいだ。そしてまた一人、この世界に変なヤツを増やしてしまった。この世界、姿も考え方も変なヤツしかいないぞ!