導入編01
読み飛ばしても問題ない部分です
今、住んでいるアパートを出て春の陽気とともに颯爽と歩き始めた俺は嶋村馳流。世間的には少しニッチな学部、異世界学部に通う大学生二年生だ。
いつもなら異世界についての考察で頭を悩ませつつ歩くが、今日は足取り軽く大学へ向かう。なぜなら本来は来月までの期限のレポートが早くも完成したからだ。そのレポートの名こそ、『なぜ異世界転生トラックはよく使われるのか』!
しかし、この精神的な高揚もアパートの敷地を出て数分も経たずに冷えていく。
「今日は……トラックが……やけに多いな」
思わず掠れ気味に呟く。ここは学園都市と呼ばれる学生が多く住む都市区画。引っ越しシーズンでもないのにどういうわけかトラックが多い。ふと、正にこれから提出しようとしている、カバンに入れたレポートの存在が頭をよぎる。まさかこのレポートを持っているが故に俺は消されかけている……? そんな邪推すら生まれ、背筋が汗ばむ。
しかし、完成した以上レポートを提出しない訳にはいかない。くるっとUターンしてアパートに戻るという選択肢はない。春の陽気の中にも関わらず、ダラダラと冷や汗を流しつつも慎重に大学への道を歩む。幸い大学に近いアパートだから十分もせずトラックだらけの、この地獄からも解放されるだろう。
幸か不幸か、トラックが多いことに気付いてから一分も経たずにトラックの追突が起きている光景に出くわす。大きな事故でもないし、これで少々トラックの運転手も気を使って運転するだろう。
――その油断が命取りだったのかもしれない。歩道を疾走してくるミサイルの如く疾走してくる某ハイブリッドカーがいるとはこの俺の頭からはスポーンと抜けていたのだ。
歩道を歩いていて交差点に着くとともに、ガツンという高速で硬い何かが体に当たる感触。そんなことが起きては気を失うという選択肢しかなかった。
どれくらいの時間が経ったのか、気付いた時には俺は車道に横たわる、ドクドクと血を流している俺を見下ろしていた。「一体何が起こった……」と言おうとして声が出ないことに気付く。
「おい、人が撥ねられたぞ!」
「ヒェッ!」
「事故だ! 早く警察と救急車を!」
「うへぇ、ありゃ……もう助からないぞ」
その場で事故を見た人々の声が聞こえてくる。声は出せないのに聞くことはできるのか……と困惑する。よく自分の体を見ると、無残な姿をしていて即死だったであろうことが想像できる。
そして他にも。
「……異世界転生の準備完了。以後はそちらに引く次ぐ」
「異世界転生自動車協会さんお疲れ様です。異世界転生トラック協会の方々もナイスアシストでした。今後ともよろしくお願いいたします」
と、さらに困惑する会話も誰が喋っているのかわからないが喧騒の中から聞こえてくる。なんということだ! 異世界転生トラックは実在していたのか!! あのレポートはやはり異世界転生をさせる側にとっては不都合だったのか! この世界は不条理に溢れている。
「あっ、転生させる対象が違う? 了解しました……チッ、しくじったか。また始末書を書かなきゃイカンな」
あれ、違うの? それって俺、死に損じゃね? またってなんだよ。前科ありなのかよ。そして始末書で済む問題なの?
そうこうしているうちに目の前の景色が滲んでいく。そうか、これが死ぬってことか……父さん、母さん、ごめん。俺、重要なレポート提出できなかったよ……。最後に思ったのはそんなことだった。