♯2 一縷の希望
「「頂きます。」」
食事の準備を始めてから五分後、部屋の中央辺りに設置されてある丸テーブルの上にはビーフシチュー、彩りのためにトマトのぶつ切りが添えられたサラダ、バタートーストという献立が並べられていた。
そして、丸テーブルを挟んで向かい合うように並べられた椅子に双方共に座り、同時に食事を始める際の挨拶をした。
雫は流れるようにスプーンを手に取りビーフシチューを掬い上げるが、彩芽はスプーンを取らずに食い入るように雫の動作を見つめる。
そして、上品な仕草で音を立てぬよう啜り終えると、
「美味しいですね。」
微笑みを口の端に浮かべながら彩芽に少し驚いたような調子の声でそう伝えた。
「本当?良かった~!市販のルーだから口に合わないかなって思ったんだけど……。」
彩芽は好印象と取れる雫の反応を確認した後に、ふぅっ……と安堵の溜め息を吐いてからスプーンを手に取り食べ始めるのだった。
「そうなんですか?昔に調理実習で市販のルーのシチューを食べたことがありますが……ここまでのコクは出ていませんでしたよ?」
雫は掬っていた二杯目のスプーンを空中で止め、僅かに目を見開いた。
純粋な感情は薄いのだろうか、じっと見ていなければ分からないような本当に僅かな差異である。
「う~ん、純粋にルーの質が良くなったのもあると思うけど……コンソメを入れたからかな?」
「コンソメ……ですか?」
その反応を見た彩芽は、思考を巡らせながらもそれを悟られないよう出来うる限りの自然体でそう返した。
雫は、彩芽の返しに対して首をコテンッと傾げながら疑問を投げ掛ける。
「そうそう、隠し味として入れるだけで美味しくなるんだよ。」
「そうなんですか……そんなことも知っているなんて博識なのですね。」
「博識……うん、ありがとう!」
言わば料理の豆知識を披露しただけで博識という言葉を使われるのに彩芽は若干の違和感を感じつつも、反射的に出ようとした否定の言葉を飲み込み快活良く感謝を述べた。
そして、表面上には仲睦まじい少女二人の夕食は滞りなく終わり、二人はソファーで身を寄せあって座っていた。
少女特有の弾力的な柔らかい肢体は、紙一枚すら入る余地が無い位に密着した両者によって柔らかく歪んでいる。
そんな中、右横に座っている雫の肩に頭を預け雫からまるで割れ物を扱うように優しく撫でられていた彩芽は
「と、ところでさぁ……明日からの献立なんだけど……」
「あぁ、それでしたらまた四日分の献立を考えて必要なものをメモに書き出してもらえますか?後で注文しますので……それとも何か?」
右横に座っている雫の肩に頭を預け雫からまるで割れ物を扱うように優しく撫でられていた彩芽は雫の反応を伺うように頭を離し、少し淀みながら尋ね始める。
雫は、その彩芽の言葉を遮るように言葉を返した。最後の言葉は明らかに威圧を含んでいる。
その雫の対応に彩芽は少し萎縮したように縮こまるが、
「その~、その前にさ……私って、外に出れない……よね?」
おずおずとそう尋ねた。瞬間、
「……何当たり前の事を言ってるんですか?まぁ、一年後には嫌が応にも一緒に出てもらいますが……それまでには一歩たりともこの家から出しませんよ?」
雫の態度が一変した。
目をキッと鋭利なナイフのように鋭くし睨み付けるように目を彩芽に合わせ、変わらない口調では有りつつも底冷えするような声色で彩芽の言葉を突っぱねた。
「そう……だよね、ゴメンね変なこと聞いて!別に深い意味はないから!!」
彩芽はその反応に悵然の意を表してしまうが、直ぐに笑顔で取り繕った。
「ふ~ん、そうですかぁ……てっきり……」
すると、雫は納得したように表情を柔らかくした。
その様子のみを見た彩芽は内心でほっと一息をつこうとしたが、
「てっきり、そのまま私から逃げ出したい……なんて下らないことを考えたのかと……邪推してしまいましたよ?」
雫は笑顔そのままに彩芽の核心を突く一言を放った。
「っ!?……そ、そんなわけないじゃん!!こんなに愛し合ってるんだよ!?」
彩芽はその発言に激しく動揺してしまい、過剰に反応してしまう。
語調を強め、立ち上がって反論するその様子は謂れの無い事実を否定しているようにも取れるが……瞳は激しく動き、脚が細かく震えている。
当然、それは言葉でどれだけ取り繕っても意味がないほどに分かりやすく……
「それにしては言い淀みましたね……はぁ、やっぱり昨日までの教育ではまだ足りませんでしたか……。」
雫の琴線に触れるには十分だった。
雫もゆっくりとソファーから立ち上がると、
「ッ!?……っ~~!!!」
彩芽を乱暴にソファーへ押し倒した。
その際に、ソファーの生地の薄いところの骨組みとゴスッ……という鈍い音を立ててソファーに横たわる。
痛みから体を丸めたくなるが、
「違う!!違うって!!本当にそんな事考えてないからぁ!!」
彩芽はグワングワンと襲い来る鈍痛に耐えながら、必死に体を立て直し雫の方向へ向け、必死に弁明するのだった。
痛みから来るものか、はたまた雫への恐怖から来るものか分からない涙を目に浮かべ顔を歪める彩芽は、
「本当に……本当に残念……です!」
雫の嗜虐心を掻き立てるには十分なものとなっていた。
雫は残念だと口にしつつも頬を染め、嬉々とした表情でソファーに座り込んでいる彩芽の鳩尾へ拳を振り切った。
「オグッ!!?」
ソファーの背もたれによって衝撃を殺すことができない彩芽の鳩尾にボグッ……と深く拳が突き刺さった。
彩芽は全身から力が抜けていくような虚脱感に襲われて再びソファーへ横たわる。
そして、雫の細い腕からは想像もできない威力の拳は、
「おご!……ぇ゛……ゴホ……ぅえ……。」
彩芽を嘔吐へ誘うには十分なものであった。
彩芽はソファーの座席の縁から、顔だけを出し床へ吐瀉物をビチャビチャと落としていく。
先ほど夕食を食べ終えたばかりのためか床に広がっていく溜まりは基本的に黒く、まばらに消化されていないオレンジや緑のが混じっている。
常人であれば目を背けたくなるような光景ではあるが、雫はそれすらも恍惚とした表情で見つめていた。
「ぐぅぅ……ヒグッ……。」
彩芽は暫くの間、襲い続ける吐き気より吐き続けたが……吐くものがなくなり嗚咽のみとなると未だ気持ち悪いであろう体を起き上がらせて、
「ご、ごめんなさい……ごめんなさぃ……!」
今度は、雫にすがり付くように足へ抱きついた。
もはや壊れたと形容してもおかしくない彩芽の行動を雫はニタァッ……と淑女らしくない嫌らしい笑みを浮かべる。
「謝ってくるってことは……事実だったと認めるわけですよね?」
「っぅ……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ!」
雫がそう諭すように呟くと、彩芽は言葉を止めて一度顔を上げる。
しかし、まともに回らない思考は何も良い発想を浮かばせることはなく、彩芽は雫の顔を見上げながら許しを功ばかりだった。
涙や鼻水でぐちゃぐちゃとなった彩芽の顔に雫はゾクゾクッ……と更なる欲求へと駆られるが……
「……ふぅ、一年の猶予があるにも関わらず功を焦っているのは私の方ですが……しょうがないですよね?だって……」
「ひぅっ!?」
雫は彩芽を軽く突き放して屈み、彩芽のだぼだぼとした服を目繰り上げることで溜飲を下げた。
彩芽の服の下、腹部には先ほどの一撃だけでは絶対に付かないであろう程広範囲が青黒く変色し……一部には切り傷も付いていた。
彩芽は先ほどまで以上に体を震わせ、涙も大粒となり彩芽は黙り込む。
そんな彩芽の顔に雫は両手ともに添え瞳の更に奥を見つめる。
そして、
「隠しきれずに仄かに見えていた畏怖の表情も……今の私の愛を一身に受けるその可愛らしく歪んだ表情も……その青アザだらけになったお腹も……全部がこんなにもいとおしくなるんですから……んっ。」
「……ん……ふぁ……。」
雫は歪んだ愛を彩芽に伝えた後に彩芽に深く唇を重ねた。
侵入してきた舌により吐瀉物によって粘ついている口内を蹂躙されるが、彩芽は諦めたように自ら舌を絡めるのだった。
雫はその反応に満足したのか、直ぐに唇を離す。
「それじゃあ……お風呂に入りましょうか……ただ、彩芽……分かってますよね?彩芽が私を愛してくれるなら……彩芽は苦痛を被ることなく……体を重ね合わせて、互いに愛を囁いて、ただひたすらに快楽のみを享受できるんですよ?それは、彩芽さんにとっても幸せですよね?」
雫からの有無を言わさぬ一方的な押し付けだが。
「……はい。」
彩芽は肯定するしかなかった。
「では、私は準備をしてきますので彩芽さんも浴槽の準備をしておいてくださいね。」
雫はそう言い残して鉄格子の奥へと消えていった。
(どうしてこんな事になったんだろ……。)
彩芽は言われたことを実行しようと体を動かしながらポツリと考える。
(……楓……会いたいよぉ……。)
一人の少女に思いを馳せながら。
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「……彩芽。」
又、一人の少女も少女も彩芽の名をポツリと呟くのだった。
青たんって言葉を使おうと思いながら調べてたら青アザの方言だって知ってビックリした。
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