旅立つ僕より、旅立つ君へ
いい天気だ。
キミの旅立ちに、ぴったりだね。
白いタキシードに身を包んだキミは、僕に気がついて、最高の笑顔で歩いてくる。
「なんか、落ち着かねえわ」
いつもの髪も、しっかり固めて、なんだか別人みたいだよ。
「おめでとう」
僕は、赤い薔薇を、彼の胸に差し込んだ。
「よく似合うよ、いつもより、カッコいい」
いつものように、彼は笑って、白いイスに座った。
しばらくお待ちください、と式場の人が出て行ったから、そのまま僕たちはふたりきり。
「ここにいていいの?」
僕たちは、幼馴染。記憶がある限り、僕たちはずっと一緒だ。
保育園も、小学校も、中学は、部活も一緒だったね。
高校は、同じだったけど、クラスも部活も離れたから、少し、距離があったかな。キミはいつも人気者で、まわりにたくさん人がいて、根暗な僕は、オタクと呼ばれるグループで、ひっそり生きてた。
大学は別になったけど、社会人になると不思議だよね、学生のころのグループなんて関係なくなる。
相変わらず、キミは体育会系で、僕はインドア。営業成績ナンバーワンのキミに、とても素敵な奥さんだ。
「綺麗な人だね」
「あ、ああ…そうかな」
「お見合いだって聞いたけど、意外だよね。キミなら、普通に恋愛できそうなのに」
なぜ、なにも言わないんだろう。
キミは目を逸らしたまま、浮かない顔だ。
さっきはあんなに笑顔だったのに。
「なんだ、もしかして、マリッジブルーかい?キミらしくないな」
冗談のつもりだったけど、キミは笑わない。キミがそんなだと、僕も…つらくなるじゃないか。
「結婚、するんだよ」
「そうだね、今日はキミの結婚式だ。いい天気だし、いい日和だ」
僕は窓の外を見た。
ガーデンウェディングを選んだのは、奥さんの趣味かな?そろそろ、人が集まり始めて、お喋りをしている。
「結婚、するんだ、俺」
また同じことを。だから、
「タキシード、似合ってるよ」
なにも言えなくて、僕も同じことを言った。
「ずっと、友達でいてくれてありがとう」
キミはそう言って、日に焼けた右手を差し出した。
「こちらこそ」
僕は白い右手を…何度も握ったキミの手、これで最後なんだろうか。こんな気持ちで握るのは、もう、これで最後にしなければいけない。
僕たちは、握手をする。僕は、キミとのお別れに、キミは?どんな気持ち?
「幸せにね」
精一杯の笑顔で、本心から、そう言った。本当だよ、僕は、本当にキミにね…
「どうしたんだよ」
僕たちの握った手に、キミの涙が落ちている。そんな風に、やめてくれよ、僕の気持ちが、揺れるじゃないか。
「結婚、したくない」
「なにいってるんだ、ダメだよ、今更」
「したくないんだよ!」
そうやって駄々をこねるところ、子供の頃とちっとも変わっていない。その度に、僕はキミの頭をこうやって撫でたよね。
「ほら、キミのために、あんなにたくさんの人が集まってる。見えるだろ?」
やめてくれ、そんなこと、しないでくれ。
キミのたくましい腕が、僕の痩せた体にしがみついて、どうしたらいい。僕は、どうしたらいい?
「忘れられない彼女でもいるの?」
いつもにキミのとなりには、可愛い彼女がいて、僕は羨ましかった…その彼女が。
もし僕が女なら、キミは僕を彼女にしてくれたかな?こんな地味な女はダメか、どっちにしても、僕が隣にいるには、友達でしか方法はないか。
「さあ、もう時間だから。メイクもしてるんだろ?せっかくカッコよくしてもらったのに、台無しじゃないか」
鏡台にあったティッシュで涙を拭いてやると、少し、ファンデーションがついた。
乱れた前髪を置いてあった櫛で通すと、キミは目を閉じて、僕はもう…
「結婚するんだね」
ダメだ、こうなるから、来たくなかったんだ。キミのことを、ちゃんと笑顔で送り出す自信なんかなかった。だから家を出る、いや、ここに入るまで、僕は迷ってたんだ。このまま、遠くで見送ったほうがいいんじゃないかって。
「泣くなよ」
キミの指が僕の涙を拭う。僕もティッシュでキミの涙を拭う。
拭って、ずっと、言えなかった、言っちゃいけなかった、あの気持ちが、涙と一緒に溢れている。
「キミもね」
キミは、知っていた?僕の気持ち。僕は、知らなかったよ、キミの気持ち。
そんな気持ち、ダメだって、そう…当たり前だろ?
僕たちは、男同士なんだから、「キスなんて、しちゃいけない」
「ずっと好きだった、今でも」
「だからなんだ、キミは今から結婚式だろ?さあ、そんな顔しないで、笑ってくれよ、そうじゃないと、僕も笑えない」
「笑えない、もうやめる、結婚式なんか、もういい!」
また始まった、キミのそういうワガママ、手をつけられない。
「そんなことできるわけないだろう。いいか、キミも大人ならわかるだろう?この日のために、どれだけの人が準備してると思ってるんだ。キミの奥さんだって、辛い思いをすることになる。キミの家族や、上司もそうだ」
「結婚したくない」
「なら、最初からこんなことやめればよかっただろう。責任をとるんだ、大人として」
「どうしたらいい、結婚なんかしたくないんだよ。付き合いで見合いをしたら、そのまま決まってしまった。俺の意思なんてどこにもない、こんな結婚、誰も幸せにならない!」
「ここでやめても、同じことだ。形だけの結婚だというなら、形だけの式をやり抜くんだ。僕が付いてるから、さあ…」
ノックされて、準備ができましたと、ドアが開いた。
「なんだか感情が高ぶってるみたいで、メイクを直してあげてください」
僕はもう一度、キミの頭を撫でて、キミはいつものように笑っている。
新郎と新婦はとてもお似合いで、素敵な夫婦に見える。
僕は後ろの席で、ひとり、ずっとワインを飲んでいる。学生時代の同級生が何人かいたけれど、誰も僕のことなど…見えていない。
僕はひとり、キミの晴れ姿を見ている。
だって僕は、昨日、死んだから。
お読みいただき、ありがとうございました。




