出逢い
――血と、炎と、激痛。
血が、眼球の端から流れ落ちる。
臓腑が、腹の中から滑り落ちる。
死の淵に倒れた俺を、誰かが覗き込む。
その目は、慈愛に満ちているように見えた。
そう、まるで――
「め、が……」
「大丈夫、です。すぐ楽になり、ます」
か細い、けれど優しい、女の声。
暖かな光が俺を包み、眼球をえぐる痛みが薄れ、腹の傷が塞がり――
「――お前、『技』持ちか……!」
俺の額にかざされた女の手が、びく、と震えた。
――運がいい。
俺は相当な強札を引いた――!
女の首に手をかけ、指先に意識を集中させる。
彼女の怯える顔など、狂喜する俺の目には映らない。
栗皮色の髪だけが、抗うように俺の指を撫ぜた。
――俺は”宣告”した。
「”治癒の『技』をもって、俺につき従え”」
バキン、と聞こえないはずの音がして、彼女の細い首に、黒い魔力の輪が刻まれた。
まるでのたくる黒い蛇のような、おぞましい刻印。
「ぅ……、あ」
女は苦しそうな声を上げ、自分の首を押さえて突っ伏した。
「無駄だ。簡単には外せない術式になっている」
彼女は感じたことのない苦しみに困惑し、辛そうに眉根を寄せている。
俺はその首についた黒い輪をなぞりながら、震える彼女に告げる。
「これは、俺の意志を拒むことを許さない“首輪”だ。
俺の命令に逆らえば苦しむだけだぞ。
――理解できたか」
彼女は苦痛に息を切らし――頷く。
「なら、早くここを出るぞ、ついてこい」
俺は立ち上がり、身体中にあったはずの傷を確認する。
先ほどまでの激痛の余韻はなく、傷跡すら残っていない。
痛みが抜けると、ふいに、今まで気にならなかったアルコール臭が鼻をつく。
そういえば、病室らしき部屋を見つけて、せめて止血の手立てでもないかと入った直後、力尽きたのだった。
「ぁう」
ジャラ、と鎖の音が彼女を引き止める。
それは白い石壁に強固に繋がっていた。
「……なんだ、俺の前はここの連中に飼われてたってことか」
彼女の手を床に押さえ、片手剣で手錠を断ち切る。
バキン、バキン、と小気味よい音が2回響き、彼女の身体は解放された。
重さを突然失った手首を見つめる、女――というにはいささか早いであろう、少女。
「………」
「正面玄関は駄目になった。他の出口は分かるか」
膝を折り、俺の肩あたりまでの背丈しかない少女に目線を合わせる。
俺の視線に気圧されたのか、おずおずと左の白い通路を指差す。
細い指だ、と思った。
「俺の後ろについて歩け。
――言っておくが、その”首輪”がついている限り、離れすぎると苦しむだけだぞ」
少女が頷くのを確認し、俺は火の海へと足を踏み入れた。