第七話 和解
薫は自室のベッドに座っていた。
今日の出来事があまりにもショックが強かったので、頭の中でよく考えがまとまらず、ぼーっとしていた。
私がこうなることを竜は望んでいたの? さっきは驚きと悲しみと怒りのあまり竜の話もろくに理解できなかったが、今ならわかる気がする。竜は私のことが好きで、竜は私に幸せになってもらいたかったのだ。それなのに私ときたら、竜の仇を討つことばかり考えていた。きっと今の私を知ったら竜は悲しむだろう。
「私は、竜の気持ちを全然わかっていなかったんだ」ぽつりと薫は呟いた。
そのとき、遠くから銃声や人の叫び声が聞こえてきた。
薫は驚いて、窓の外を見ると、そこには茶色い木彫りのような竜が都市を襲っていた。
薫はまたもや驚いた。一日に二度も竜を見るなんて、しかもあの竜がいる場所は母親たちの目的地への途中の場所だった。時計を見る。この時間だったらまだあの辺にいてもおかしくない。どうしよう。このまま放っておこうか。私に直接的被害はない。私は自分でも自分が性格が悪いと思ってしまう。復讐のことばかり考えてきたような人間だ。私に比べれば周りの人間、真由美さんや悠ちゃん吉田さんなんてみんな聖人だ。吉田さんも、こんな私を見て友達だと言ってくれたのだから。
薫は今日廃工場で見た幼いころの自分を思い出す。人に虐げられながらも、まだまっすぐで良い心を持っていたころの自分を。
私は竜と一緒に過ごしていたころの良い子の自分に戻れるのなら戻りたい!
もう私は落ちるところまで落ちた。学校で習った安全な魔法でみんなを助ける。みんなとは人間だけではなく竜もだ。あの幼い自分が描いていた理想的な世界、人間も竜も和解する、そんなことを夢見る自分に戻りたい。
私はあの世の竜を悲しませただろう。みんなに迷惑をかけただろう。そして心配させただろう。私の罪は重いと思う。でも、少しでもこれで罪滅ぼしができて、みんなを助けられるなら。
薫は部屋を飛び出して、慌てて靴を履くと、家を飛び出した。
急がないと!
全速力で道を駆け抜ける。竜のいる場所へ近づくにつれ、逃げてくる人と何度も何度もすれ違う。同時に竜退治に出かける。賞金稼ぎが薫を追い越して行った。
息が切れる。それでも走る。走らなきゃ!
現場につくと周りの建物は破壊され、賞金稼ぎたちが銃を手に戦っていた。血を流し倒れているものもいる。うめき声も聞こえる。竜も弾を受けて悲鳴を上げていた。竜が大事に前足で持っているのは食料品だった。
真由美さんとみんなは!? 探しても見当たらない。
茶色い竜は土属性の魔法を使う。口から石の塊を吐き飛ばして、ものを破壊するのだ。
悠ちゃんと吉田さんは建物の近くでうずくまっていた。銃撃と石の双方から真由美さんの風魔法で身を守っているのだ。
みんな今助けるから。
「薫ちゃん!?」
「誰!?」
振り返ると悠ちゃんのお父さんがいた。今着いたばかりのようでライフルを持っているが、まだ構えていない。
「悠ちゃんのお父さん。お願いがあるんです」
「今は危ないぞ。下がって……」
「お願いです」薫は頭を下げた。
「竜の説得に協力してください」
「竜の説得だあ!? 今はそれどころじゃ」
「これさえあれば何とかなります」そう言って薫はポケットからエメラルド色の石を取り出した。
「そりゃあ、竜の涙かい。いったいそんなものどこで……。よし、わかった。護衛してやる。で、どうすればいい? ただ危なくなったらすぐに撃つからな」
「このビルの屋上まで行きます。そこで私を守ってください」
ビルの扉の前までいくと鍵がかかっていて開かない。悠ちゃんのお父さん、いや一人の勇者がライフルで鍵を撃ち壊し中に入った。階段を急いで上がって行く。屋上へ着くと、竜の咆哮が凄まじい音で聞こえた。
ちょうど今、竜はこのビルの屋上の真上を飛んでいるところだった。
私は銃声や竜の咆哮に負けないようあらん限りの声をふりしぼって叫んだ。
「茶色の竜よ! お願いです。聞いてください。私は竜も人間も助けます!」そう言って竜の涙をかざした。
茶色の竜に声が届いたのか、どすんという衝撃とともに茶色の竜はビルに着地した。
「そうかお前が……」竜の大声が響く。
勇者は念のためかライフルを構えている。
「お前のことは噂に聞いているぞ竜の娘よ」
「竜の娘?」
「竜が愛した人間という意味だ」エメラルド色の石、竜の涙を見つめ茶色い竜は言う。
「しかし、どうやって助けるというのだ?」
「お互いに力を合わせれば、竜と人間は共存できるはずです」
竜はからからと笑う。
「夢物語だな」
「そうです。でも、こうやって対話ができるのですから、仲良くなる努力はできるはずです。そして、この人は」薫は勇者を指さす。
「この人は竜を退治した伝説の勇者の一人です。勇者の言葉ともなれば、人々も耳を貸すでしょう」
「お前が勇者か」茶色い竜が目を細める。
「いいだろう。今回は引こう」
その言葉に薫は安堵した。勇者の名前を出すことは諸刃の剣。竜にとって勇者は憎しみの対象だからだ。しかし、茶色い竜は憎しみに身を任せることはしなかった。きっと茶色い竜とは認め合うことができる。薫はそう思った。
「次回は都市を荒らさずに来る。その時、お前と勇者とで話し合いにこい」
「ありがとうございます」
「このモンスターめ!」突然ビル屋上の扉が開くと、銃を手に賞金稼ぎたちが入ってきた。
「では、また会おう」そう言って羽ばたきの風圧で賞金稼ぎたちをなぎ倒してから、空高く飛び上がって、どこかへ帰って行った。
薫は全身の力が抜けてしまって、その場にへたりこんでしまった。
「薫!?」
勇者が駆け寄ってきて、助け起こしてくれた。
「ありがとう。悠ちゃんのお父さん」
その日の被害はそれで収まった。
真由美さんも、悠ちゃんも、吉田さんも、かすり傷程度で済んだ。
吉田さんは怖かったと言って、こんなに危ないなら、しばらくは来れないかも、と薫にとって少しショックな、だが当然なことを言った。だが薫が屋上での出来事を話したら、すごいね、これで少しは安全になりそうだねと言ってくれた。また地下都市には遊びに来てくれるそうだ。
その後、竜との話し合いは長期間に渡った。賞金稼ぎたちがが竜退治の名声や賞金が入ってこなくなることに不満を唱えて、かなり難航したからだ。でも勇者三人の協力もあって、何とか話はついた。金や食料の贈与は都市行政に働きかけて、竜出現による被害が出るよりはマシとの結論にこぎつけた。
竜の方は、金や食糧の対価として何もしないわけにはいかず、地上の人間に向けて空からの地下都市観光ということで、人を背中に乗っけて飛ぶ職業を始めた。最初、その案が薫の口から出たときは、茶色の竜はプライドの高さと人間への敵対意識からとても嫌がったけれど、始めてみれば案外楽しんでいるようだった。
薫は一部の賞金稼ぎからの恨みを買いながらも、竜との良好な関係が結べたということで、都市行政から四人目の勇者の称号を与えられた。