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竜の涙  作者: 雨森あさひ
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第六話 再会

 次の日、薫は学校を休んだ。

 その次の日も。


 薫は母親にも何も話さなかった。食事の時間になると食事を皿に盛って部屋に引きこもってしまった。

 薫が引きこもって三日目の休日の朝、といってもここでは朝も夜も同じだ。街灯の明かりがついているだけで、時計の針でしか時間はわからないが、悠ちゃんと吉田さんがお見舞いに来た。


 しかし、薫は相変わらず引きこもっていた。そこに扉がノックされ母親と悠ちゃんと吉田さんが入って来た。

 「勝手に入ってこないで」久しぶりに喋ったせいでかすれた声を出した薫に、母親はごめんねと言って、それから私服姿の悠ちゃんと吉田さん二人に今日時間あるかしらと尋ねた。


 二人は首を縦に振った。

 薫は嫌がったが、無理やり母親に連れられて、悠ちゃんと吉田さんと一緒に、あの記憶の中の廃工場まで来た。今はモンスターも駆除されて安全になっているそうだ。


 入り口の鍵を開け、中に入りどんどん奥へ進んで行く。その最奥へ向かって。

 薫の記憶の中の部屋はそこにあった。竜と一緒に暮らした場所。思い出の場所。

 「どうして、ここに連れてきたの」薫が俯き加減に誰も見ないで言った。

 「うん、ちょっと思い当たることがあってね」母親は部屋の真ん中に行って魔法陣を書きはじめる。本当は使っちゃいけないんだけどと独り言を言いながら、書き終わると、魔法陣が光り出し、あの記憶の中の竜と幼いころの薫が現れた。だけど少し輪郭が光って見える。それだけではない、存在自体が淡く光を放っている。


 「なに、これ?」薫は驚いてそう言うと、

 「この場所にある当時の記憶を再現しているの」

 突然現れた廃工場の一室を埋め尽くすほど大きな竜に、悠ちゃんと、吉田さんは驚きを通り越して表情を失っていた。

 そして大声が響く。


 「おお、お前か。見違えたぞ。大きくなったな」

 紛れもない竜の声だ。薫は目を見開いて、竜の顔を見ながら母親に聞いた。

 「ねえ、本物なの?」

 母親は首を横に振る。

 「ううん、あくまでこの場所の当時の記憶を再現しているだけだから、本物ではないわ。でも再現性はある。もう竜は生きてはいないけど、当時の竜と喋ることができるの。禁忌の魔法だから使ったことは誰にも言わないでね」そう言って母親は口元に人差し指をやる。


 竜は薫の母親の方を向く。

 「お前が、あの時私を苦しめた魔法使いか。年を取ったな」

 「女性に年齢のことを言うなんて失礼ね」

 「ふふ、人間のことはわからん。しかし優しそうな人間だ」

 竜はちらりと、悠ちゃんと吉田さんを見てから、再び薫の方に向き直ると、ちょろっと二つに割れた舌を出した。

 「優しそうな人間に囲まれていて良かったな」

 「やめてよ!」

 私はいつの間にか涙を流していた。名前のない竜、あなたがいなくなってどれほど悲しんだか、どれほど復讐心で苦しい思いをしたか。

 「なんで、なんで私のそばからいなくなってしまったの?」


 竜は黄色い目をぱちくりさせて、鼻から息を吐いた。

 「竜と人間はもとより共存できぬものだ。いずれ私の元を離れる運命だった。それが早いか遅いかの違いだ」

 「なにそれ! 意味がわからない!」

 竜は昔と同じように表情の読み取れない顔で言った。

 「私が昔、物語を聞かせてあげたことがあったな。覚えているか? 復讐に狂った竜の話だ。ある時、母竜と子竜がいた。しかし子竜が人間に退治されてしまった。復讐に狂った母竜はその人間たちが住む街を燃やし尽くした。しかし、生き残った人間たちは力の限りを尽くして、その母竜を打ち取った。そういう悲しい話だ。覚えているか?」

 「覚えていない」薫はぼそっと言った。


 「そう、でもその話はあまりにも悲しすぎるわ」幼い薫が言った。

 「生き残った人間たちは、その母竜の涙に自分の涙を重ね、宝石を持って謝りに行った。そして両者とも仲直りしたの」幼い薫が続けて言った。

 「そんなの無理に決まってるじゃん! 理想だよ!」今の薫が叫ぶ。

 「でも、私はこの話が気に入っている。異質な他者に共感しようとする心。お互いに理解できずとも、お互いに消せない傷を負わせたとしても、他者に共感する気持ちさえ持っていれば、許し合うことができなくても、認め合うことができる。お前らしい考え方だ」竜は相変わらず表情の読み取れない顔で言う。


 涙で竜の姿がぼやけて見える。本当に私はそんなことを言ったのだろうか。まだ綺麗な心を持っていたころがあったのだろうか。

 竜と幼い薫の輪郭の光がだんだん強くなっていく。

 「終わりが近いわ」母親が厳しい声で言う。


 少しずつ光が濃くなっていく。竜は黄色い目を薫に向けて言った。

 「人間の子は、人間の元で生きるべきだ。だが、私ももう少しお前を見守っていたかった」

 「私がついているじゃない」幼い薫が言う。

 「そうだな」


 竜がその言葉を発したとき、目をつむらざるおえない程、光が強くなって、次に目を開けたとき、竜も幼い薫の姿も無かった。

 薫は泣きはらした目をして、竜がいた場所をしばらく見つめたまま、じっと動かなかった。


 「あ、あれは」薫がか細い声を出した。

 薫は部屋の奥に何か緑色に光るものを見つけていた。走り寄って手に取ると、それはエメラルド色をした石だった。


 「それは、竜の涙ね」母親が驚いて言った。

 「竜の涙?」

 「そう、竜が本当に好きな人に出会った時、目から流して固まる宝石だと言われているの、どうして今まで見つからなかったのかしら」

 「これ持って帰っていい?」

 「きっとあなたのよ。大事にしなさい」母親は薫の願いに優しく言った。


 廃工場を出ると、もう夕方だった。地下都市では街灯の光しかないため母親の腕時計で夕方だと知った。


 「薫のこと誤解して欲しくなかったの。本当はとっても優しい子なんだから」

 薫を家へ残して。真由美は二人を近くのエレベーターまで送っていた。吉田さんの家は地上で、悠治の家はエレベーターを通り過ぎた先にあった。

 「あの幼い子って薫ちゃんなんですか?」吉田さんが考え込みながら言う。

 「そうよ、きっとあの子にとっては竜は親同然だったのでしょうね」真由美は言う。

 真由美も考え込みながら、

 「竜は薫をひとり占めしたいけど、それだと薫が苦しむと思っていたんじゃないかしら。ああ見えて優しいところもあったのね。私たちも戦う前に話し合いすれば良かったのかも」

 真由美は続けて、

 「そうだ。今日はせっかく付き合ってくれたから、何かお礼にお土産を買いましょう」そう言ったときだった。空から重たい羽ばたきの音が聞こえてきたのは。

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