第五話 実行
悠ちゃんと家の前で合流し、吉田さん真由美さんも含めてみんなで行くことにした。
パレードが行われる大通りの近くの準備室に行く。大きな建物で部屋がいくつもあった。ただボロい建物のくせに警備は手厚かった。雇われた信頼のおける賞金稼ぎが、センサーなどで武器を所持しているものがいないかチェックしていた。
でも、幸い私は勇者の娘と言うことでノーチェックで通れた。銃は脚のホルスターに挿していた。
「お互いがんばろうぜ」悠ちゃんはそう言って、何かで汚れたシミが多い準備室の椅子に元気なく座る私に声をかけてくれた。
吉田さんは、お手洗いに行ってくると言って扉から出て行った。吉田さんはどうやら安全な特等席で見物できることになったようだ。でも、結局吉田さんはパレードを見ることはないのだ。
この準備室に勇者三人が揃うはずだ。そして三人が油断している隙に一人でも多く倒す。それが私のやること、狙いだったからだ。
「お疲れ様」
扉を開ける音とともに男の声がした。
現れた男は、中年一歩手前ぐらいの、まだ青年と言っていいのかわからないが、爽やかな雰囲気をまとっていた。見たところ武器は持っていない。当然か。
「久しぶりね。元気にしてた?」真由美さんが尋ねた。
「最近は地上にいてね。賞金稼ぎはもうやめたんだけど、まだこんなしがらみがあるとはね」
二人が和やかに雑談しているのを見て、薫はかなり緊張していた。本当にこんな良い人たちを撃ってしまっていいのだろうか?
また扉が開き、ちょっと年がいっているがまだ中年と呼べるくらいの男が入って来た。
「よお、待たせたな」
「父ちゃん!」
「お、悠治! 見違えたなあ。正装をすると断然大人っぽく見えるな」
「何言ってるんだよ、父ちゃん」
悠ちゃんのお父さんは少し悠ちゃんと雑談した後、勇者二人組の輪に入って行った。
そして悠ちゃんのお父さんは厳しい顔をして、最近竜の鳴き声を聞いたという噂が広まっているんだが、という話をしだした。
勇者三人の顔つきが険しくなる。
一方、薫の方は、この話を聞き流していた。竜の話とはいえ、じっくり聞いているような精神状態ではなかったのだ。
ついに、ついにこの時が来たんだ。
まだ決心はついていない。
だが、もう後戻りはできない。
風の魔力と弾は昨日のうちに込めてある。
後は安全装置を外し、狙いをつけ引き金をひくだけだ。
今なら誰も、こちらを見ていない。手が汗で濡れている。心臓の鼓動が早い。緊張して目まいがする。でも、やるんだと自分を奮い立たせる。今しかない。
薫は震える手で、咄嗟にドレスの裾をまくり脚のホルスターから銃を取り出す。安全装置を外し、勇者の一人、一番若い、一番私と関係の薄い、心理的抵抗の少ない勇者に狙いを定めた。
こいつからだ。
その時、薫の座っている椅子の対面にある扉が開いて、一人の少女、吉田理恵が現れた。吉田の目が驚愕に見開かれる。そして大声をあげようと口を開けた。
まずい、気づかれる。
薫は動揺した。そのせいで手許が狂い、(いや、そうでなかったとしても、人を殺すなんてことができなくてどっちにしろ狙いは外れていただろうが)弾丸が風の魔力で押し出されて、鋭く空気を切り裂く音と共に、対象とは全然かけ離れた壁に穴が開く。
そうだ。どだい無理な話なのだ。銃の練習もしてないのに当てようなどとは無理な話だったのだ。射撃時の反動のない魔法銃なら、この至近距離でも当たると思っていたけど考えが甘かった。
「薫ちゃん!」吉田さんの大声が響く。
みんなが一斉に薫の方を向き、驚きの表情を浮かべる。
やっぱり私はダメな人間なんだ。悪い人間はいなくならなければならない。
銃を自分のこめかみに当てる。
母親が何事か口の中で唱えた。
すると鋭い風が吹き、銃を薫の手から吹き飛ばした。
「薫!」母親が薫に駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。服越しに体温のぬくもりが伝わり、あの時の、竜の鱗が温かかったことを何故か思い出した。
「良かった。無事で」母親は涙を流していた。
準備室は騒然となり、悠ちゃんと吉田さんはただ驚き、二人の勇者の間でも警備に突き出すかどうか相談が始まった。
その時、扉が強くノックされ、開演の時間です。と声がかけられた。
警備に突き出そうと言う勇者の二人に吉田さんと悠ちゃんが、私たちが見てますから!と言って勇者二人をしぶしぶ納得させた。
母親は銃を拾うと、何度もこちらを振り返りながら、それを持って出て行った。
薫の気分は沈んでいた。長年胸に秘めてきた復讐が失敗した上に、それを母親を含めみんなに見られてしまった。もうおしまいだと思った。
椅子に座ったまま、顔を腕に埋めていると吉田さんが震える声で話しかけてきた。やっぱり私が怖いのだろう。
「薫ちゃん、悩みがあるんだったら一人で抱えこまないで、私たちに言って。もう友達でしょ」
そうだよと悠ちゃんも言う。
何が友達だ。今までほとんど話したこともないじゃない。
その日、薫はずっと俯いたまま誰とも喋らなかった。誰も無理に事情を聞き出そうとはしなかった。