第三話 記憶(後編)
薫は居間に移動して、美味しそうな食事が並べられたテーブルのイスに座る。
向かいの席には母親が座っており、私の隣の席には幼なじみの間宮悠治がいた。
「あれ? 悠ちゃん何でいるの?」
悠ちゃんと呼ばれた少年は既に薫の母親と話をしている最中だったが、こっちを見て「今日、うちの親帰ってこれないみたいでさ。それで真由美さんのところで今夜はお世話になってくれって言われたんだ」と言った。
「明日のパレードの準備?」薫はフォークとナイフを手に取りながら聞いた。
「そうそう。薫もくるよな?」
「うん……」
悠ちゃんを見ると明日着ていくための礼服をもう着ている。気が早いと思った。
きっとお父さんのことを誇りに思っているのだろう。だって悠ちゃんのお父さんは……。
「薫、あなたも明日は参加するんだから、しっかりと準備して寝ておくのよ」
「はい、真由美さん」
そう、私の義理の母の名前は真由美。竜を殺した三人の勇者の一人だ。そして私はその娘となった。そして幼なじみの悠ちゃんも勇者の一人の息子だった。
明日、竜を倒し都市に多大な貢献をしたとして三人の勇者がパレードに出る。本当は真由美さんも悠ちゃんのお父さんも出たくないと言っているけど、伝説の賞金稼ぎ、通称勇者として出ざるおえなかったそうだ。
薫は計画のことを思い出す。
私は目の前にいてずっと私を育ててくれた人と、横に座っている幼なじみの父親を殺そうと言うのだ。なんだか気分が悪くなって、食事もほとんどのどを通らなかった。
体調の悪そうな私を母親は心配して、早く休んで明日に備えなさいと、お風呂をわかしてくれた。私が居間から出ていくとき、悠ちゃんは無理するなよと言ってくれた。今日食べれなかったぶん、明日の朝いっぱいご飯作るからねと言い残して母親は洗面所から出て行った。
薫は温かいお湯の張った浴槽に沈み、体の芯まで温まりながら考えた。
幼い時に決意した復讐。それがこんな形になるなんて……。まだ自分の中には、あの名前のない竜を失った悲しみで心にぽっかりと穴が開き、怒りで時々おかしくなりそうになる。私はどうしたらいいのだろうか。自分が嫌いになりそうだった。いや嫌いだった。
水面に映る自分の顔を見る。自分で言うのもなんだが結構な美少女である。でも、今は目の色が光を失い、疲れ果てた顔をしている。本当に自分のやろうとしていることが正しいことなのだろうか。
ふと、薫はある時の竜との記憶を思い出していた。
ある日、外出から帰ってきた竜はところどころから血を流し、怪我をしていた。銃で撃たれたのだそうだ。そこで少女は消毒液と包帯で応急処置をしてあげた。竜は自然治癒力の高い私には必要のないことだが、と前置きして、
「人間という生き物も悪くないものだな」竜は目をぱちくりさせながら言った。
「私、人間に見捨てられたんだよ。ずっとひとりぼっちだったんだよ。私なれるんだったら竜になりたい」
「お前を見てればわかる。人間は本来は良い生き物だとな。だからお前が人間で良かったよ」
薫はむすっとして
「そんなことないもん」と横を向いてつぶやいた。
竜はただ表情の読み取れない顔で、目をぱちくりさせていた。
薫は記憶の中から現実に戻ると、自分が泣いていることに気づいた。
竜の言っていたことは間違っている。やっぱり人間は悪い生き物だ。
だって私が、こんなに悪い人間なんだから。
良い人間もいる。真由美さんや悠ちゃんや、きっと他にも。でも、私は私から竜を奪った勇者を許せない。
明日は血祭だ。
そこまで考えて、自分があまりにも長く浴槽に浸かり過ぎたことに気づく。体が熱くてだるい。急いで出ようと思って、いきなり立ち上がって浴槽の縁をまたいで出たら、目まいがして、そのまま床にどすんと倒れ込んでしまう。
その音を聞きつけた母親が、どうしたの? と遠くで心配そうな声をあげた。
「だ、大丈夫!」目まいでくらくらしながら母親に大声で答えた。